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閃光少女(4)

 そうして、まわっていく。


「――はい“千佐都”。こちらがアタシと同じクラスの柏木さんですよっ」


 まわりはじめる。再びぐるぐると、日常が、生活が、世界が動きだしはじめていく。


「えっと……」

「す、すみませんっ! もう……卯月、いきなり引っ張ってきて。樫枝さんも困ってるじゃない」


「いいじゃないですか。前から話したがってたから連れてきたんですよ」


 幼いころにフタの壊れてしまったCDプレーヤーを手で止めてみたことがあった。手で押さえてみると、音はすぐに止まってしまい、それでもプレーヤーは懸命にCDを回し続けようとする力がずっと働いていた。

 もがくように、あがくように働き続けていた。


 そうした時のことを、今はぼんやりと思い出すのだ。

 きっとこれまでの自分は、ずっとそうして押さえられ続けていたあのCDのようだったのだろう。

 手を離すとあっさりとそれが回り始め、再び豊かなメロディが流れ出す。それまでの止めていた間の時間を取り戻すように。沈黙の部屋の中に鳴り響き始める。


 ぐるぐると回って、音楽を奏で出すのだ。

 どこまでもどこまでも。


 そんな風に千佐都自身の時間も、卯月という一人の女と出会うことで、再び回り始めた。


 そうして日常がどんどんと色づいていく実感――


 ***


「――えー。それでは文化祭の出し物、お化け屋敷のお化けは樫枝さんに決まりました。皆さん拍手」

「ちょ、ちょっと……待って」

「“チット”がお化けなんてやったら、来た人みんな失神しちゃうんじゃない?」

「おいこら! 今誰が言った!? お前か浦上っ!!」


 きっかけは全部、卯月がくれたものだった。

 毎日のように休み時間になると、卯月は千佐都のクラスへとやってきて、しょうもないことをぺらぺらと語り出した。昨日一緒に寮にあるテレビで見た番組の話や、雑誌に載っていた恋愛特集の記事に関すること。他にも休日に二人で町に出た際に見つけた、美味しいお店のことなど。

 そうした二人の会話は、その後の突破口にもなったと思う。相変わらずぎゃあぎゃあと喚き合う関係ではあったが、それも周囲からすれば愉快な二人に見えたのかも知れなかっただった。


 やがて卯月は、クラスに打ち解けられなかった千佐都に対し、自らのクラスから友達を引き連れてくるようになった。その数は、気付けば夏休みに入る直前に三、四人になっていた。

 そうしてやってきた卯月の知り合いは、千佐都のクラスの中にいた同じ部活同士の人物を紹介してきて、その紹介からはさらに同じクラスの別の人物を連れてきた。

 芋づる式に五、六人となった千佐都と卯月のグループは、徐々にクラス内での千佐都のイメージを変えていくことになる。


 いつしか千佐都のクラスでの呼び名は「チット」と呼ばれるようになり、入学当初に作り上げられた「こわい人」というイメージが、秋になるころにはネタ的な扱いにまで昇華されるようになっていた。そんな妙なキャラ付けに最初は戸惑いつつも、千佐都は自らの周りに集まる多数の人間達と触れあうことが、とても嬉しくなっていた。


 徐々に笑う回数が増えていく。

 毎日を消化していくのが惜しくなるほどに、駆け抜けていく。


「――ときどき、思うですよ」


 皆で固まり合って昼食を食べている時に、ふと卯月がこんなことを言い出した。


「もしかしたら、アタシ達――というか、具体的には女子高生というくくりなんですけれども」

「なにその、またくだらないこと言い出す前振りみたいな感じ」


 千佐都が呆れた目で卯月を見つめると、卯月はゆっくりと首を振って、


「いやいや。大真面目なことですよ。いいですか? もしかしたらワレワレ女子高生というものは日本――いや、世界最強の存在なんじゃないかって……痛いっ!」


 千佐都がぽかっと卯月の頭を小突くと、周りで一緒に昼食を食べていた友人達がどっと笑い出した。そうして小突く力も、外に雪が降り始める季節には随分と優しくなったように思える。


「やっぱり、くだらないことだったじゃないのさ」

「そ、そんな……っ! でもでも、最強ですよっ!!」

「卯月は具体的にどこがそう思うの?」


 友達の一人がそう問いかけると、卯月はうーんと唸ってみせてから、


「わかんないですけど……でもなんというか、無敵な気がするんですよね」

「なにそれ」


 あまりにも考えのない発言に、とうとう千佐都もぷっと吹き出してしまう。

 そうした周囲のくすくす笑いが次第にバカにされているように感じたのだろう。卯月はしばらく机の前で震えていたかと思うと急に椅子の上に立ち上がり、そのままぐっと握り拳をその胸に押し当て、大きな声で叫び始めた。


「ワレワレ女子高生は、本当に無敵なんでありますっ! その中でも特に、ワガ○○女子高等学校の連中は最強中の最強! 格付けで言ったらSランクなんでありますっ!」


「――なぁに。また卯月~?」

「――相変わらずまたバカなこと言ってるー」


 春からほとんど毎日千佐都のクラスへとやってきていた卯月は、この時期にはすっかりお馴染みの面子としてクラス内で意識されていた。女子生徒たちはまた始まったかとばかりに大きな溜息と憐れみの視線を卯月に注ぎ始める。


「バカなことじゃないですよっ! ぜんっぜんバカなことじゃないですっ! こうして女子高生として生きている今のワレワレは、他の追随を許さないほど輝いているのですからっ! ぴっかぴかですよっ! いわば純金っ!」


「――どーでもいいけど、そろそろ静かにしてくんない? 今彼氏にメール送ってんだからさぁ」

「――そーそ。卯月もさぁ、いつまでもそんな子供みたいなこと言ってないで、オトコの一人でも見つけなよ」

「――無理でしょ、あんな性格だもん。ぜってー引かれる」


 そう口々に笑い合うグループの言葉に卯月は地団駄を踏んで憤った。


「むきーっ! 彼氏とか、そんなの今はどーだっていいんですよっ!」

「いいからもう座れ。恥ずかしい」


 千佐都が無理やり卯月を椅子の上から引きずり降ろす。普段ならそれですぐに収まるはずだったのだが、この時の卯月は珍しく不満そうな顔を残したままだった。

 不思議に思って、千佐都が口を開く。


「まさかさ、あんた本気で言ってたの? 今の話」

「本気ですよ。ちょーマジですよっ」


 そう言って、卯月はじろりと千佐都のことを見つめる。


「最強に輝いてる時期なんですよ。女子高生であるアタシも、千佐都だって――」

「あたしも?」

「当たり前じゃないですか。千佐都もアタシも最強なんです。敵なしですよ」

「敵なし、ねぇ……」


 卯月の言葉を繰り返しながら、ストローをちゅうちゅうと吸う千佐都。

 その時は、自覚なんてまるでなかったのであった。


 ***


 二年生になると、千佐都と卯月のいたグループは見事にシャッフルされる形でクラス替えされてしまった。卯月とは以前よりもクラス間の距離が遠くなって、代わりに千佐都のクラスには最初に卯月が連れてきた柏木と一緒になった。


「チ、チットと一緒のクラスだ。嬉しいな」

「あたしも。一年間よろしくね、柏木」


 二年生の時の一年間は千佐都達が卯月のクラスへと行くようになり、今度は千佐都が卯月達のクラスの人間に知れ渡るという逆のパターンが出来上がった。

 そうして始まった二年生の期間は、一年の頃を軽く凌駕してしまうほどに、一日を、もったいなく贅沢に過ごしていった。


 まるで一回だけ鼻をかみ捨てるティッシュのように、カレンダーが加速してめくられていく実感があった。


 月火は週初めということもあり大人しく。

 水木で暖気と共にエンジンを吹かし始める。

 金曜日になると徐々にその熱が高温になりすぎて、今にも破裂しそうなほどだった。


 そうしてやってくる土日は、毎週フルスロットル全開で外へと飛び出していく。


 小さな田舎町でも大騒ぎをしながら、あちこちを歩き回った。知らない店なんてほとんどなくなってくると、今度はさらに別の町へと繰り出した。

 もちろん寮の中で過ごす週末もあった。泊まりがけで夜な夜な騒ぎ立てて、日曜だというのにトイレ掃除と廊下掃除を余儀なくされたこともあった。


 楽しかった。


 毎日が楽しくてたまらなかった。


 そんなある日のことである。


「――修学旅行、楽しみだね」

「だねぇ」


 柏木とそう言い合って教室に入ろうとしたところで、ふと彼女がこんなことを言い出したのである。


「そういえば卯月のことなんだけど。どうしてあの子っていつも敬語なのかなぁ?」


 それはまだ卯月と出会ったばかりのころに、千佐都も一度は考えたことがあった。結局、直接疑問を口にする機会がないままで、気付けばなし崩し的に今の今までずるずると来てしまったのだが。


 しかし、確かにそれは不思議であった。

 卯月はなぜ自分たちと敬語で話すのだろうか?


 その日の夜、さっそく千佐都は卯月にそのことを問いかけてみると、


「――いいじゃないですか。敬語。目上の人とか合わせていちいち変えるのめんどくさいんですよ」

「でもそれじゃ、あたし達が皆ぎこちなく感じるんだけど。柏木もそう言ってたし」

「いいじゃないですか、別に」

「全然よくないけど」

「いいじゃないですか」


 卯月は頑なにそう告げるのみで、事の真相をちっとも語ろうとはしなかった。

 その理由が判明したのは、修学旅行当日の朝のことだった。


 まだ寝入っている二人のところにいきなり寮長がやってきて、


「――佐久間さん。家の人からお電話がきていますよ」


 その言葉に、いつもはあれだけ寝起きの悪い卯月がはっきりとした様子でベッドの中から出てくるのが見えた。

 どうしたのだろう、とその時の千佐都は思っていたが、結局眠気に負けて再び夢の中に入ってしまう。


 そうして目覚めた時には、卯月の姿はどこにもいなくなっていた。


 一緒に修学旅行の準備をしたはずのバッグは無くなっており、千佐都は二段ベッドの階段を下りながら、一度だけ大きな欠伸をしてみせてからぽつりと呟く。


「……なんだアイツ」


 先に行くならそう言えば良いのにと、少しだけ寂しく思いながら顔を洗いに向かうと、


「――ねぇ聞いた? 佐久間さんの話」

「うん。叔母さんが急病だって、飛び出して帰ったって」

「残念だよね、修学旅行すごい楽しみにしてたのに」


 そんな噂話が聞こえてきて、千佐都の目が一発で覚醒した。

 すぐにその噂話の中心になっている人物の肩を勢い良く掴む。


「きゃっ! な。か、樫枝さんっ!?」


 よく見ると彼女は、入寮当日に一緒の部屋になる予定であった三井であった。おびえる彼女の顔に一瞬だけ躊躇しながらも、千佐都はぐっと腹に力を込めて尋ねる。


「卯月に……卯月の叔母さんに何があったの?」

「し、知らないんですか?」


 そう三井は敬語で聞き返してくる。

 彼女から発せられる言葉は、本当にぎこちなかった。卯月と同じ敬語口調だというのに、そこにはただならぬ心の壁があるように思える。


 そう思いながらいると、


「さ、佐久間さんの家って母方の叔父さんと叔母さんが、佐久間さんのことをずっと預かってるんです」

「なんで……なんであんたが、そんなこと知ってんの?」

「なんでって……。わたしもここにいる他の皆も、入寮の時に一度顔を合わせてるから……すごい腰の低い方で、全員に頭を下げてよろしくお願いしますって――」


 入寮の時。

 あの日、千佐都は自分の部屋で眠りこけていた。だから彼女の叔父と叔母に顔を合わせることがなかったのだった。


「き、聞いちゃいけない話だったけど、佐久間さんの叔父さんが寮長と話をしているのをわたし聞いちゃって……佐久間さん、小学校の時に両親がいなくなったって」

「いなくなった? なんで!?」

「痛っ! そ、そんなのわたしに聞かれても……っ!」


 痛がる三井の肩を見て、思っていた以上に力が入ってしまっていたことに千佐都は気付いた。すぐさま手を離して、それから千佐都は丁寧に頭を下げる。


「ごめん。取り乱して」

「う、うん……」


 そのままひそひそと話し合う三井達をよそに、千佐都はおもむろに携帯を開いて部屋の中へと戻っていった。

 卯月にメールを送ろうと思った。だが、すぐに千佐都は携帯を閉じてその場にずるっと座り込む。


「どうして……言ってくれなかったの」


 まるで裏切られたような気分だった。自分にはそういうことを打ち明けられないとでも思ったのだろうかと、そこまで考えて千佐都は顔をばっと上げた。


「あたしも……おんなじだ」


 自分だって弟のことを、卯月に話したことはなかった。勝手に期待を押しつけて裏切られた気分になるなんて馬鹿げているにも程があった。


「卯月……」


 結局そのまま卯月は修学旅行に顔を出すことはなかった。

 修学旅行の場所が北海道だと聞いたときものすごく喜んでいたのに、そんな卯月のことを思うとほとんど北海道の地で見たものが記憶に残らなかった。


 函館の夜景も、札幌の時計台も、旭川動物園にも行ったのに――


 卯月が帰ってきたのは千佐都達が旅行から帰ってきて三日後のことであった。


「――いやぁ、残念でした」


 そんな風に、卯月はいつもの笑顔を見せながら帰ってきた。その肩には修学旅行で使う予定だったバッグが提げられており、チャックの隙間からは入れっぱなしのままだったしおりが顔を出していた。


「叔母さん、持病を患ってて具合が悪いって聞かされてたんですよねー。でも帰ったら思ったよりもずっとぴんぴんしてて拍子抜けでしたよ。あーカニが食べたかったですなぁ……って、それよりも千佐都は楽しかったですか? どうでした北海道?」


「……なんで」


 千佐都はぐっと顔を伏せて卯月に告げる。


「なんでそんな風に笑ってられるの……?」

「……千佐都?」


「なんでっ!? 両親いないんでしょっ!? 何があったのか知らないし……教えてもらってないけれど……っ! でも、あたしなら絶対にそんな顔出来ないっ!」


 そのまま千佐都はぐっと涙をこらえて顔を上げる。


「剛児のことを考えていたら、そんな顔なんて絶対に出来ないんだからっ!」

「……剛、児とは?」

「あたしの弟よっ!! 小学校の時に事故で亡くなった……あたしがっ! あたしのせいで亡くなった……大切な弟のことっ!」


 吐き出すようにそう告げると、後はもう流れる涙なんて気にしないで卯月を睨むことしか出来なくなっていた。


「なんで……そうやっていつも笑っていられるのさ……っ!!」


 涙で前が見えなくなる。

 なんとなく掴みかけていた卯月のことが、今になってまたわからなくなってしまった気がしていた。それと同時に、自分と似たような境遇にも関わらずそうして明るく振る舞っていられる彼女に対して、劣等感も感じていたのかも知れない。


「えっと……」


 両手で顔を伏せた千佐都の後で、長い沈黙があってから卯月はそう切り出した。


「その……誰から聞いたんです? その話」

「……三井よ」


 泣きべそと混じった声で千佐都がそう告げると、卯月はあーっと何かを理解したかのように声をあげる。


「……なるほど。つまり千佐都は、三井の話を聞いてアタシの両親がいなくなったことを知ったと」

「そう……。でも、間違ってないんでしょ?」

「まぁ……いなくなったことは間違ってない、です。はい」


 どこか含みのある言い方に、千佐都はぴたりと涙を拭う手を止める。


「なに、その言い方」

「いや。まぁその、なんというか……いなくなったのは確かなんですよ。小学校の三年生の頃から、叔父の家にお世話になっているのも間違ってないです」

「じゃあ何が間違ってんの」

「いやいや。何も間違ってないですよっ! むしろ間違っているのは、その言葉を受けて感じた千佐都自身の認識の問題でして……」

「……どういう意味?」

「えっと……」


 卯月は言いにくそうにしてから、ぽつりとこう漏らした。


「何と言いますか……うちの両親……別に亡くなったりとかしてないですよ?」

「………………は?」


 唖然とする千佐都。


「いなくなったのは事実です。でも別に娘一人置いて夜逃げしたとか、そういう重苦しい理由でもなんでもないです。単に海外赴任です」

「………………え?」

「アタシが両親に付いていかなかったのは、日本にいた友達とどーしても離れたくないと無理を言ったからです。叔父も叔母もそのことに賛同してくれて、それでお世話になってると言いますか……へへ」


 卯月はもじもじとしながら、バッグを置いて顔を赤らめる。


「言いたくなかったんですけど、この際だしはっきり言っちゃいますよ。アタシが敬語なのは、叔父と叔母に預かってもらってるせいで、クセになっちゃったんです。預けられる前からの友達にはずっとタメ口なんですけど、どうしてか、その後の知り合いはみーんな敬語になっちゃうんですよねぇー。マジ不思議です」

「ふ、不思議です……じゃないっての……」


 ふっと全身の力が抜けたように千佐都は卒倒する。


「うおっ!! ち、千佐都! 大丈夫ですか!?」


 大丈夫じゃないっての。


 本当に、心配ばかりかけさせやがって。

 本当にいつも、人をドキドキさせやがって。


「いなくなるかと……思っちゃってた」


 千佐都は腕で目を隠しながら、そう呟く。


「また大事な人が……ふっと突然……奪われちゃうんじゃないかって……」

「千佐都……」


「……うぇぇぇぇん……ひんっ。ひん」


「うわ!? すごい可愛い泣き方!?」


「うるさぁいばかぁ……ふぇぇぇぇーん……」


 そうして恥も承知でわんわんと泣く千佐都の頭に、ぽんと卯月の手が乗っかる。


「……どこにもいかないよ。アタシは千佐都と卒業するまで……ううん。卒業しても、ずっと一緒にいるから、さ」


 全く耳に馴染まない、そんな敬語を使わない卯月の言葉が部屋に静かに響いていく――



 ***



「――それから、どうなったの?」


 悟司は湯飲みの底を覗いてから、千佐都に向かって顔を上げた。


「どうって、別にどうもしないけど。普通に女子高生やってから卒業したわさ」

「へぇ」

「ちょっと! せっかくあたしの恥ずかしくも不器用な青春グラフティを『へぇ』だけで片付けるんじゃないわいっ!」

「でも、なんかちょっとわかった気がするよ」

「わかったって、なにが?」


 悟司は、ずっと喋り続けていたせいですっかり無くなってしまった千佐都の分のお茶を注ごうと、湯飲みにゆっくりと手を伸ばす。


「その卯月って子に、今の千佐都はすごく影響されてるんだってこと」

「な……っ!」


 ぼっと顔を赤らめる千佐都をよそに、悟司は湯飲みにお茶を注ぐ。


「で。それはわかったけど、それでなんで主題歌なのかが繋がらないんだけど」

「そ、それはその……」


 少しだけ言いにくそうにしてから、千佐都は正直に白状した。


「実は卯月にさ……ボカロで曲を作ってることを前に電話で話して……それで」

「それで?」

「なぜかその話の流れで、あたしのことを歌にした曲もあるんだって言っちゃって」


 バカだ。この人。

 そんなことを思っていると、隣から春日が戻ってきた。


「ふふふ、樫枝。それに千佐都よ。これは、というとっておきのコード進行を発見したのだ。ちょっと聞いてく――」

「あ。ゴメンかすが。ちょっと電話かかってきた」

「すみません先輩。俺もちょっとトイレ行ってきます。ずっと千佐都の話を聞いてて我慢してたんで」


 そうして誰もいなくなった部屋で、春日は悟司のギターをつま弾いてみる。


「良い進行なのだ……本当なのだ」


 ***


「――もしもし?」


 外に出て千佐都が電話を取ると、いつものハイテンションな声が電話越しから飛んでくる。


『あ。千佐都ー? どうなん、主題歌の方?』


 卯月の声はなぜかやたらと寒そうだった。実家は確か静岡だと言っていたはずだし、この時期ならそれほど寒くないだろうと思いながら、


「え、えーっと……。もう少ししたら聴かせられる……と思う」


 そんな曖昧な返事をしてみた。


 悟司に頼み込めば、きっと作ってくれるはず。

 くだらん見栄から言ってしまったものだったし、本当に彼には申し訳ないとは思うけれども。


『へぇー。そりゃ楽しみだ』


 ふぇっひぇっひぇと笑う卯月の声に吹き出しそうになる千佐都。やっぱり相変わらず笑い声が気持ち悪かった。


『ところでさ、家の住所ってこれで合ってるんだっけ?』


 卯月はそう言って、千佐都の住所を尋ねる。

 ニングルハイツの住所だった。そういえば引っ越す前に教えてから、新しいとこの方をまだ教えていなかった。


「ごめん。今もうそっちから引っ越しちゃったんだ」

『な、なな、なぁぁんですとぉぉぉーっっ!!』


 めちゃくちゃ大きな声で心底驚いたように叫ぶ卯月。

 耳がキーンとしそうになった。


「な、なんなのさ。一体……」

『い、いや……なんでもない。じゃあ、あとでメールで送っておいてよ』

「別に良いけど……そういやさ、あたしさっき大学の友達にアンタの話したんだ。高校の時のね」

『ほほー。このアタシのすんばらしー女子高生時代を? そりゃさぞ輝かしいものであったことでしょうよ』

「バカ」


 そう笑ってみせてから、千佐都は先ほど悟司に向かって話していた時に思ったことを卯月に口走った。


「ねぇ卯月」

『ん? なんぞ?』

「あたしさ、今ならわかる気がするよ。アンタが前に自分達のことを最強だって言ってた意味がさ」

『そんなこと言ったけかな?』


 忘れてやがるコイツ。

 一瞬いらっとしながらも、千佐都はふっと笑みをこぼして顔を上げる。


「なんかさ……今も今で十分楽しいんだけど、あの頃のあたしらって本当に今だけをずっと見てたっていうか……すごくいつも全力だった。今はなんていうか、ペース配分考えるようになっちゃってるっていうかね」

『ふぅむ?』 

「わかんないんだけど……とにかく全力だったなぁって。だから、きっと最強だなんて言葉がアンタの口から出てきたんだろうなって、そう思うよ」


『ん? 千佐都。ちょっと待って』


 急にそう言って卯月が会話を遮る。せっかく良いことを言ったつもりだったのに、と思っていると、


『あれ? やっぱさっきの住所で合ってるじゃない。この嘘つきめ!』

「は? いやいや。嘘なんてついて――」


 そこでニングルハイツに一台のタクシーが止まった。なんだろうと思って千佐都が近付こうと思ったその瞬間、


「――ない……んだけど」


 そう言いながら、千佐都はぱたんと携帯を閉じる。


 タクシーから出てきたその人物は、あの時の風貌を少しだけ残したまま、優しく千佐都に向かって笑いかけていた。


「な……なにしに……きたの、さ?」


 驚きで言葉がうまく出てこない千佐都。

知らず知らず表情が半笑いになってしまう。




 その人物は、イエスキリストのような手つきをしながらこう言った。


「――ちょいと、マジックをしにきたんですよ♪」




※あとがき


すみません!!

本当は、もう少しじっくりとエピソード交えて書くつもりでしたが

とんとんと時間の経過描写で進めて、結果的にものすごく急ピッチなお話になってしまいました。

推敲が全然で申し訳ありません。下手くそでごめんなさい。

(※ちなみに三井のことなのですが、名字がそのままエピ2のミッチーとまんま被っていることに気付きました。でもあえてそのままにしておきます。もちろんこの二人に血縁関係などは一切ありません)


いつかもう少しエピソードを増やした完全版をお届け出来たらと思います。

それでは。

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