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閃光少女(1)

「ねぇ悟司。あたしの主題歌を作ってよ」


 悟司のつけていたヘッドフォンをいきなり取り上げて、そんなことを言い出す千佐都。

 本当に突然過ぎて言葉もなかった。


 季節は春。暦の上では三月初めのこと。


 でも外は雪まみれ。


 一年生から二年生へと進級する春休みになったばかりのことであった。

 北海道なのだからある意味当然なのだけれども、三月でも容赦のないその降り方には正直感服せざるを得ないものがある。そう言う間にも雪は積もる積もる。


 そんな時でも、悟司は相も変わらずギターを弾き続けていた。


 そしてそんな時だ。

 そんな時に限って、なのだ。


 突如千佐都が家へと押しかけてきて、急にそんなことを言い出したのである。


「ねぇねぇ。作って作って」


 ああ、もううるさい。

 千佐都が、ここまでしつこく悟司に何かをせがんでくるのも久しぶりのことであった。


 千佐都がこの家から別居していったのはいつのことだったか。いつしか冬休みを過ぎ、気付けばボーカロイドユニットとして春日と月子を含めた四人の『シュガー・シュガー・シュガー(!)』は、破竹の勢いとばかりに動画再生数を伸び上げ続けていた。

 それもこれも、ひょんなことから弘緒という少女と出会い、二曲目のボカロ動画を制作してもらったのが原因だ。そのせいで曲の再生数はうなぎ登りに上昇し、いまやシュガーの名は動画サイトでそれなりになるまで上昇し続けている。

 あまり実感のない悟司であったが、それでも自身の曲が多くの人に聴かれているという喜びはかけがえのないものでもあった。


「作って作って作ってよー、ねぇ悟司ぃ」

「ああもう、なんなんだよ」


 とうとう我慢が出来ずにその場にギターを置いて悟司が振り返った、その時だった。


 すぐ真横に千佐都の顔。

 あまりにも顔が近くって、一瞬どきっとしてしまう。


 少なくとも悟司の中ではその瞬間、完全に時間が止まってしまっていた。


「作って」


 千佐都はそんな悟司の心境など、まるで気にも留めない感じでそう告げる。じっと悟司の瞳を見つめながら、その小さな顔の小さな唇がきゅっと結ばれている。


「ど――」


 悟司はそんな千佐都の顔からぷいっと視線を逸らした。


「どうして……そんなこといきなり? てか主題歌なんて……」

「主題歌というか、むしろイメージソングね」


 何が違うんだそれ。

 千佐都は悟司の前から離れると、自信に満ちあふれた表情で両手を腰に当てた。


「簡単なのでいいからちょうだいな。なんならこのあたしの、齢二十歳になったばかりの壮大な人生の歩みを参考史料に教えてあげるよん」

「いらないよ、そんなの……」


 そう言いながらギターを掴むと、悟司は適当にパワーコードを探して二小節、四コード分の進行を千佐都に聴かせた。


「こんなのでいいだろ」


 すごく適当に弾いてみせて、悟司は顔を上げる。


「メロディは?」

「は?」


 今のがメロディだろと口を開こうとするより先に、千佐都は顔の前でピアノを弾く振りをしてみせる。


「なんていうのかな。それって要はコード弾きでしょ、弾き語りってヤツでしょ。その上に、実際は単音でぴろぴろぱーって言う音が入ってくるもんでしょ」

「もしかして……主旋律のことを言ってる?」

「そうそれ! 歌メロみたいな!」

「……めんどくさいなぁ」


 適当に考えた四コードからルート音を探してスケールを組んでみる。そうして一つの音階が浮かんだところで、悟司ははっとしてギターを置き、その場に寝転がった。


「あ。あれ? 悟司? どうしたのいきなり」

「考えてみたら、なんでこんなことしなきゃいけないんだよ」


 いつの間にかペースを握られている自分が馬鹿らしくなって、悟司はぷいっと目を閉じながら千佐都に背を向けてそんな風に漏らしてみせた。


「あーっ! やる気失ってる!」

「そもそも千佐都はまだ俺の質問に答えてない。なんでそんなこと急に言い出したのかわかんない。だからやる気でない。気分が乗らない」

「んな気難しいアーティストみたいなこと言って」


 気難しくもなんともない。ただ当たり前のことを言っているだけなのだが、そうした反論を千佐都に向かっていちいち申す気も失われてしまっていた。


「ただそういうのあったら面白そうだから、お願いしてみたんだけどなぁ……」

「面白そうってだけで、インスピレーションと労力を使われるこっちの身にもなってみてよ」


 そうしてふんと鼻を鳴らしたときだった。


「――面白そうな話をしているな」


 その声はすぐ目の前から聞こえて、悟司は思わずぱちりと目を開ける。

 すると春日が伺うようにこちらを見つめながら、しゃがみ込むようにしてその場に座っていた。


「う、うわああああっ!」


 本気でびっくりして悟司はその場から身を引いてみせる。


「な……っ! い、いきなりどこから入ってきたんですか先輩!?」

「どこって、普通に玄関からだが?」


 親指でキッチンの方に通じるドアを指しながら、春日は不思議そうな顔で悟司を見る。


「鍵が開きっぱなしだったからな。普通に入ってきた」


 全然気がつかなかった。


「――って、千佐都! 来た時に鍵をちゃんとかけといてって言ってるだろ!」

「いいじゃん別に。何も盗られるもんなんかないでしょ。ましてあたしらも今はここにいるわけだし」

「そういう問題じゃなくてだなぁ……」


 ばりばりと頭をかきながら、何か言い返そうと思うも何も思い浮かばない。つくづく自分は気持ちを言葉に出すことが下手だなと、そんな風に思っていると、


「それよりも樫枝。僕からも相談なのだが」


 春日が珍しくうきうきと身を乗り出しながらそんなことを口走り始めた。

 嫌な予感がしながらも、悟司は春日の顔に目を向けると、


「僕にも何か主題歌を考えてくれ。そもそも千佐都だけだなんてずるいじゃないか、こういったものはシュガーのメンバー全員分考えてみるのが筋ってものだろう?」


 案の定、そんなことだろうと思った。悟司はがっくりと肩を落とす。

 本当に一体どこからやってきたというんだ、この主題歌ブームは。


「あんたはあたしの後だかんね、かすが。その前に悟司にはさっきのコードであたしの曲を作ってもらうんだから」

「なに、もう作り始めていたのか。では僕もその辺りまでは自分で考えてみることにしよう。樫枝。少しだけギター借りるぞ」


 そう言って春日は悟司のギターを持って隣の部屋に行ってしまう。

 そうしてドアが閉まって春日がいなくなったところで、悟司は千佐都に振り返った。


「それじゃ、齢二十歳の――」

「うん?」

「千佐都のしょうもない人生を俺に教えて。それでなんか思いついた旋律作ってみる」


 嫌味ったらしくそう言って、そのうえわざとらしく溜息をついてみるも、そんなことはお構いなしに千佐都は自らの胸に手を当てて悟司に告げる。


「ふっふ。千佐都ちゃんのこのパーフェクトな人生の歩みを聞いて、立派な曲を作ってくれるならぜひとも話さないでもないさ!」


 願わくば聞かないでそのまま曲作りも辞めてしまいたいのがベストだったのだが、もうここまできてそういうわけにもいかないのだろう。今の発言は最後の抵抗のつもりだったのだが、千佐都のメンタルには傷一つもつけられなかったらしい。


「んで、どこから話せばいいかしらん? 小学生のあたし? それとも中学生の方?」

「……どこからでもお好きに」


 そういい加減に手を差し出して悟司は先を促す。


「んじゃ前に小学生の頃の話は少し話したし、中学の頃のお話からでも」


 そうしてもったいつけるようにこほんと一つ咳をしてみせて、千佐都は話し始めた。


「前にも言ったことあるかもしれないけど、あたくし中学校の頃は弟の件もあって、少しばかり荒れておりました。周りの人間も近づき難しと言った感じで、ほとんど誰かと仲良くお喋りしていたといった記憶はございません」

「いきなり重いな……」

「両親とも互いに疎遠になって、なんというか世界にあたしだけがひとりぼっちのようなそんな気がしておりましたよ、ええ」


 軽々しく喋っているが、おそらくわざとなのだろうと悟司は思う。


 そうでないとやってられないというか、とにかくそういった彼女の気持ちは悟司自身にも少しだけわかるような気がした。自分も、中学生の頃を振りかえると忘れたいことだらけだ。千佐都のように身内の不幸やそれに伴う哀しいことがあったわけではないのだけれども、それでも話したくないことはたくさんあった。主に非リア充的な意味で。


「そんな時ってのも変だけど、ネットで動画サイトが出てきたじゃない? ちょうどあたしが中学生になってすぐくらいにyoutubeが出てきてさ。あたしが小学生の頃って、クラスでオ○ンジ○ンジの『花』とか流行ってたから、『あー懐かしいなぁ』って思いながら、手当たり次第そういう懐メロを漁ったりしてたっていうか」

「あー。確かに言われてみればちょっと懐かしいかも」

「あたしらが投稿してる動画サイトも出来たばっかりだったじゃん? 知ってる? 『どーまんせーまん』とか言ってるヤツとか」

「ああ、あったあった!」


 同じ世代のちょっとした共感。


「まぁそうしてネットで色んな音楽に触れるのが、なんだかすごく楽しくってさ。あたしって悟司やかすがほど音楽詳しくはないんだけど、それでもなんか救われたなって」

「音楽に?」

「うん。音楽に」


 千佐都は両方の手で何かをつまむようにすると、それを耳に近づけながら、


「だからiPodを買ってもらって、こうしてイヤホンをつけて登校するのがクセになってたかな。最近はそうじゃないんだけど、昔は本当にイヤホンなしじゃ外に出られなくなってたなぁ。外界からの隔絶。視界以外の情報を全シャットアウト、みたいな」

「良い感じに厨二っぽくなってきてるね」

「うるさいっての」


 そこまで話して、それから千佐都ははぁーと息を漏らして天井を見上げた。


「ま。そんな感じで何にも面白くなかった中学生でしたわ。結構、学校サボってふらふらと栄の方まで行ったりしてあてもなくショップ巡りとかしてた。そんなだから補導されまくりで、だから高校は追い出されるようにして山梨の全寮制女子高に飛ばされた」

「反対しなかったの?」

「するわけないさ。あたしも家にあんま居たくなかったんだし、むしろ願ったりって感じ。すごく雰囲気が悪くて、今も――」


 そこまで言ってから、言い淀むように口をつぐむ。


「――まぁそんなわけで、高校生編に話は変わるわけなんだけど」

「早っ! てか、すごく……ざっくりとした中学生編だったね」

「あ! 一つ言い忘れてたけど、だからってあたし援交とかしてないかんねっ! 自暴自棄と言えど、知りもしないオヤジに頼るほど落ちぶれちゃいなかったっていうか!」

「まぁ……別にそういうタイプには見えないから、そんな風に思ってもいないけどさ」

「不良というか、そういうヤンキーちっくな男にも全然なびかなかったなぁ。ひとりぼっちで共感してくれる誰かが欲しかったけど……でもそういう人達とあたしは、なんか違う気がしてた。誰ともわかり合えないっていじけてたし、そうしていじけて独りでいることも、もしかすると今は望んでたフシがあったんじゃないかなーって思うな」

「で? そこから千佐都はどう今みたいなへんちくりんな人間に――って、痛った!」


 蹴られた。


「高校でね。同じ寮の部屋の子がいたの」


 どうやらここからが本題らしい。

 千佐都の顔つきが少しだけ穏やかになったのがわかって、悟司は少しだけ緊張感が漂っていたその場の空気が和らいだのを感じた。






※お知らせ


お久しぶりです。

サブタイトルは、某バンドの中で僕が好きな曲です。

色々考えてみたのですが、

このタイトルが一番しっくりくると思ったのでお借りしてみました。


個人的に現段階の本編ではもう出来ないであろうお話を持ってきてみました。時系列的にはエピ2の後、エピ3直前のお話です。

悟司と千佐都のこの距離感というか、春日もまだいることがちょっぴり懐かしく思ったり。


当初は以前からネタとして考えていた与那城成司を主人公に、彼の初恋話をやろうと思っていたのですが、やっぱ書き出す直前に変更してみました。

それはまたいつか別の機会があればということで。

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