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キダサン(1)

 パチンコ屋を出ると外は入店時と変わらず、しんしんと雪が降り積もっていた。


 与那城成司は、にんまりとしながら財布をぽんぽんと叩く。


 ――勝った。


 本当なら今頃は沼田の自動車学校で技能教習をしていたはずなのだが、ついふらふらとパチンコ屋に入ってみると、これがまた出るわ出るわ。気がつけば入る前とは違い、ちょっとした小金持ちになってしまった。


 そんな彼の財布の総金額、しめて十二万。


 既にアパートの家賃と光熱費と携帯代は支払済みの上、ネットなど他に支払うべきものも一切契約していない与那城は、このお金の全てが食費、及び雑費プラス交際費として充てられるわけである。


 こいつはすごい、と成司は思わずぐっと拳を握りしめた。まだ二月に入って間もないのに、こんなお金を手にしてしまうなんて。毎日ピザを食べても大丈夫じゃないか。


 そんなことを考えていると、ブルブルとズボンのポケットの中で携帯が震えた。画面を見てみると、阿古屋からの着信である。


 これはいい。阿古屋にも是非この喜びを伝えなければ。


「――ズッきゅん、もしもしっ!」

『うわ!? テンション高っ!』


 開口一発目でこちらのテンションがバレてしまった。


 だがそんなことはお構いなしに、成司は白い息を吐きながら電話の向こうの阿古屋に向かって、


「勝った! 今日は大勝ちだよ。スズちゃん!」


 と、大袈裟に叫んだ。

 が、一方の阿古屋はそんな成司に対し小さなため息をつくと、


『ああ、それはそれは……・なんというか、良かったっスねホントに』


 と、実にしんみりとした口調でそのまま押し黙ってしまった。


「え。ちょっとスズちゃん、なんかテンション低くない?」

『……なんで、教習サボってんスか』


 思わずぎくりとする。


「あ。あはは。いやー、まさかこんなに出るとは思わなくて」

『……成司くん、まだ一段階目っスよね? 教習』


 阿古屋の声が冷たい。

 成司はぶるっと身体を震わせた。この寒気はもしかすると、外が現在マイナス十度を超えているからなのか、いや違うこれは――


『スズはもう高速道路のシミュレーションまでやったんスよ。あと少しで卒業っス』

「そ、そうなんですかー! すごいなースズちゃんは!」

『他人事のように答えないっ!』

「ひっ!」


 別に目の前にいるわけではないのに、成司はぴっと背筋を正し、声を上ずらせた。


『……免許取ったら、スズをどこに連れて行くって言ってたっスか? 答えて欲しいっス』

「の、登別……温泉?」

『そうッス。それ、成司くんが自分からそう言い出したんスよ? なのに……、これじゃまるでスズが成司くんを乗せていく形になるじゃないスか』


 それもそれで悪くないんじゃないかなぁと、そう思ってはみるけれど結果は火を見るより明らかなので、黙して苦笑いを浮かべるだけに留めておく。


『あーあ。成司くんと登別行きたいなー。行きたいな、ったら行きたいなー』

「わ、わかったよ……。ちゃんと教習行くから。ごめんよスズちゃん」

『絶対ッスよ? 絶対』

「はい……」


 頭に雪を被せたまま、成司はしゅんとうな垂れて雪道を歩きだした。


『で? どれだけ勝ったんスか?』

「あ、やっぱそれは気になるんだ?」

『そりゃ……。だって最近、ずっと負けてるじゃないスか成司くん』


 くっ、言わなければ誰にもバレなかったことをさらりと言ってのける。


 成司は頭に積もった雪を払いながら、先ほど数えた財布の中身を思い出して言った。


「とりあえず、今財布の中身は十二ま――」

『スズ、フランス料理屋食べたいッス!』

「めっちゃくちゃ、現金なヤツだなお前っっ!!」


『えへへ。でも美味しいものが食べたいッス。成司くん、優しいからきっとスズに奢ってくれるッス』

「はいはい……。俺の財布の行方は所詮、キミ次第だよ」

『スズに財布を任せてくれるなんて光栄ッス。じゃあ手始めにフランス――』

「わかったわかった。てか、そんなオシャレな店この町にあるのか?」



 そんな、いつも通りのやりとりを交わし合って数分後。

 成司は雪道を踏みしめてようやくアパートの前に辿り着いた。


 ふと、これだけの雪が降っているんだからタクシーを呼んで帰ってもよかったなと成司は思いながら、


「じゃあ、家に着いたから一旦切るな」

『ういッス。スズも今から教習所出るッス。』

「また、あとでな」

『うん。ばいばい、成司くん』


 そんな風に短く別れの言葉を言い合って、通話を終了した。


 なんだかんだと、気付けばもう恋人同士になって半年以上も経ったのかと、感慨深げに成司は思うと、そのまま足を滑らせないよう慎重にアパートの階段を上がっていった。


 二人は未だに喧嘩という喧嘩をしたことがない。

 先ほどのようなじゃれ合いは多々あるけれども、本気の喧嘩になりそうな予兆はこれまでに一度も訪れはしなかった。

 そんな、付き合った当時と何も変わらない二人の仲の良さを、時として先輩連中は冷やかしたり、羨ましがったりする。そのたびに、成司はいつもでれっと顔を緩ませ続けるのだが、かといって成司自身、不安が全くないわけではなかった。


 時々、自分がこんなにだらしない人間であることを、阿古屋は嫌になったりしないのだろうか――?


 そんな風に思うことだって、やはりこの成司という人間にも一応あった。


 彼の人生最大のテーマはずばり、「他人からどう見られるか」である。そのような面倒くさい性格が元で、高校時代には「ナルシス」などと呼ばれたりもしたが、それでも彼は決してこの自身の美学を曲げようとはしなかった。


 それは、大学生であった今でも変わらない。


 他の人もそうだが、今はとにかく阿古屋が自分をどう見ているか。それを、外見だけではなく、最近は特に中身の方をしっかり変えていかなければならないな、とそんな風に思ったりもしているのである。


 だが――ではそれが実践出来ているかというと、そういうわけでは決してない。


 つーか、実際全く出来ていない。

 相変わらず、Fコードを弾いても鳴らないし、教習はサボるし、パチンコ行って一喜一憂しているばかりで、大学だって単位こそ頑張って取っているものの、ほとんどはギリギリ「可」の評価をもらってやりすごしているだけなのである。


 内面って、そんなすぐには変わらないものなのかなぁ……。


 思わずため息がこぼれてしまう。

 そうして成司は自分の部屋の鍵を取り出して、自室へと滑り込んだ。



 ※ ※ ※



 ――阿古屋は、自分のどんなところが好きなのだろうか?


 備え付けのガスストーブの火を見つめながら、成司は足を組んでそんなことをぼーっと思った。


 阿古屋の好きなところなら、自分はたくさん言える。たとえば、笑顔が可愛い。自分といるときだけ、一人称を「スズ」と言うのも可愛いし、不器用だけどどんなことにも真面目で、人見知りが多いくせに、気の置ける相手と一緒にいるときは、いつもアクティブに振る舞おうとする。周りを元気にさせようと気を張り続ける。そんな頑張り屋さんなので、たまにはもっと気を緩めてもいいんじゃないかと思う。いっそ自分のように。


 一方で二人だけになっているときの阿古屋は、全くアクティブさの欠片もない。家に遊びに行ってもごろごろしてるし、どこか行こうと誘っても「だるいッス」の一言でいつも終了する。下手すれば、引き籠もりの一歩手前だ。


 でも、外面でとても頑張り屋な阿古屋を見ていると、そんな彼女の姿も、なんだかとても愛しく思えてしまうのである。自分には気を許してくれてるんだなと微笑ましく思うわけだ。


 と、まぁこのように思えば思うほどノロケ全開になってしまうわけだが――


 以前、直接阿古屋に、「自分のどこがいいの?」と聞いてみたことがある。その時、彼女は「わかんないッス」と、ごろごろしながらそんな風にとぼけてみせて、あいにくその話はそのまま流れてしまったのだが、今思うと、やはりちゃんと聞くべきだったなぁと思うのである。


 結局のところ、だらしないことを自覚しているから――なのだろうか?


 成司はそこで、ようやくガスストーブから目を離してすくっと立ち上がった。


 いつもなら、そんな気には全くならない。

 でも今日は財布に余裕があるせいか、心にも若干の余裕があった。


「ギターを……弾こう」


 ふと、成司はそんな風に思い立ったのであった。

 Fコードを鳴らしてみたい、と。


 なんとなく、そんな気分になったのだった。


 この後この思いつきが、後にこのアパートの部屋を引き払うことになるとも知らずに――



※と、言うことで今回のお話は一気に時間が飛んで二月のお話です。

春日の卒業式直前です。

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