シュガ美VS塩辛さん(4)
『お名前、教えてきゅりん♪』
パソコンのスピーカーから「塩から」さんのハイトーンな声が流れ出す。
『教えてきゅりん♪』
「あ、えと……」
再度名前を問いかける「塩から」さんの声に、やや気後れながらも千佐都は口を開いた。
「あたしはシュ――ご、権左右衛門でお願いします……」
「「偽名使いやがったっ!」」
悟司と春日が同時にそんな声をあげる。
だが、そんな千佐都の対応は、月子にも非常によく理解ができた。
だって、なんというかこの「塩からさん」、女の目からして完全に作られたテンションで喋っているのである。ここまでわざとらしいキャラは、これまで月子もお目にかかったことがなかった。
おそらくそのせいで千佐都はつい「シュガ美」という名前をためらってしまったのだろう。その気持ちは、なんだかすごく月子にも理解ができた。一緒にいると疲れてしまいそうな、そんなテンション。
……それに喋り方も若干急ぎすぎている気がする。
なにか急いで話さなければならない理由でもあるのだろうか。
そんな風に思っていると、
『きゃーーっ! 権左右衛門って! 変な名前ーっ!』
ぱちぱちと手を叩いている音がこちら側のスピーカーにはっきりと届いた。
千佐都はそんな、相手を小馬鹿にしたような態度に少しだけむっとしながら、マイクを握り直すと、
「あのねアンタ、ちょっとあたしの話を――」
『はあい、それでは権左右衛門さん。今からラクダの物まねしてくださあい♪』
「……へ?」
ラクダ?
ラクダって鳴くんだっけ?
そもそもなぜいきなり物まね?
月子どころか、その場にいた全員――小倉ですらも呆然している中、塩からさんが、
『はい、では三、二、一、きゅーっ!』
と、相変わらずの急ぎ気味な喋りで千佐都を急かした。
「え、あ、あの……」
混乱する千佐都。
そうして出てきた言葉は――
「ら、らくーだ。らくーだ……らくーだァ……」
これが……ラクダの鳴き真似……。
思わず吹き出しそうになった月子が、慌てて口を両手で押さえる。
そんな千佐都の鳴き真似に、悟司と春日はおろか、あの普段は滅多に笑わない小倉ですら必死で笑いを噛み殺していた。
すると、
『そんなのラクダじゃねーよっ!』
という塩からさんの冷徹な一言が聞こえて、通話が強制終了した。千佐都は何も画面を触っていないところを見ると、どうやら相手の方が勝手に通話を切ってしまったのだろう。これはひどい。
「…………」
静かになったシュガ部屋で、千佐都は一人肩を震わせて沈黙していた。
一方で、月子を含む他の全員は、笑いを堪えるのにやっとといった状況。
やがて悟司が震えた声で、
「ラクダって……そんな鳴き方するの?」
と、おもむろにそんなことを言い出すと、とうとう我慢しきれなくなった全員が大声をあげてげらげらと笑い出した。
皆の笑い声に、紅顔になった千佐都が涙を浮かべながらパソコンを指さして叫ぶ。
「なんなのっ!? あの子は!?」
「そんなのこっちが聞きたい」
涙を拭きながら、春日は千佐都に振り返ってそう答えた。
「まるでどこぞのラジオのDJみたいなノリじゃあないか。こんなに笑ったのは僕も久しぶりだな。ありがとう千佐都」
「知らんわさっ! もーいい! もーいい。あたしもうなんにも言うことないしっ」
「そんなに拗ねるなよ。次はもっとうまくラクダの鳴き声が出来るさ」
「アンタまであたしをバカにしてんの!?」
可笑しそうに笑う春日をよそに千佐都がパソコンの前から離れると、そのまま小倉のいるこたつテーブルに勢いよく着席して、テーブルをばんばんと叩き出した。
「悟司こたつ布団出して! 潜る! もうあたし今日はこの中にずっと潜るもんっ!」
「はいはい」
千佐都の言葉を聞いて、悟司がゆっくりと自身の部屋に戻っていく。そうしてぽっかりと空いてしまったパソコンの椅子に、仕方なく月子が座りこむと、
「あれ?」
ディスプレイに表示されたままの「塩から」さんのプロフィール画面を見て、月子がそんな風に声を上げた。
「どうかしたのか? 鷲里」
春日が月子に近寄る。
「いえ、ここのプロフィール見てください」
「プロフィールだと?」
春日は、月子の指さした部分を読み上げた。
「えーっと、なになに。『ただいま生放送中ですっ♪』だと?」
よく見ると、その文の後にはURLが貼られており、春日は月子の前からマウスを掴むと、カーソルをそのURLに合わせてそのまま左クリックを押した。
「……なるほどな。先ほどの妙なテンションは、ネット配信中だったというわけか」
春日は開かれたページを見ながら、そんな風に呟いてみせた。
「ネット配信?」
首を傾げる月子に、春日が振り返る。
「鷲里は知らないのか?」
「ウチ、基本あまりネットしないんで。弘緒ちゃんとゲームくらいしか」
そんな二人の会話を聞いて、小倉もパソコンの前へとやってくる。
「簡単にいえば、個人で自宅から生放送が出来るんだよ。まぁ口で言うより、実際に見てみた方が早いかもね」
小倉に言われるまま、春日が開かれたページ内にあるリンクをクリックすると、マスクをした髪の長い女の子が、自室らしいところでマイクを片手に喋っている姿が映しだされた。
そのまま春日の手で音量が上げられると、
「あ、これさっきの『塩から』さんの声ですね」
スピーカーから流れる声に、思わず春日と小倉に振りかえってそう言った。
と、ちょうどそこで悟司も自室から布団を持ってシュガ部屋へと戻ってくる。
『――さっきの権左右衛門さん、面白かったね』
画面の向こうで塩からさんが、先ほどの千佐都との通話のことを楽しそうに話していた。一体誰に向かって話しているのだろうと思っていると、すぐに画面内に「ノリの良い人だったね」というコメントが流れてくる。
「へぇ……これは今、ウチらと同じように映像を見ている人が、書き込んでいるわけですね?」
「そうだ。まぁ、僕らの作っている動画と似て非なる感じだな。端的にテレビの収録と生放送の違いみたいな感じなわけだけども――」
そこで、春日が画面に映っている塩からさんを見て、一言、
「しかし驚いたな。この『塩から』という女、中学生じゃないか」
「「「えっ!」」」
月子と悟司と、それまでテーブルに顔を突っ伏していた千佐都までもが顔を上げて、春日の方へと振り返った。
「鷲里、ここを見てみろ」
春日が動画の上にある『放送説明』という欄を指さす。
『――塩からのまったりるーむ。この放送はよくgdgdになりますのでご注意を。十四歳のリアルJCです。歌い手動画もやってます』
「ほ、本当ですね……」
てっきり自分達と同年代くらいだとばかり思い込んでいたが、まさか中学生だったとは。思わず身体の力が抜けて椅子にもたれかかると、
「てことはまさか、ちさ姉は中学生の女の子に――」
「あああああああああっっ!」
そんな月子の言葉に、千佐都がこたつの前で発狂しはじめる。
千佐都はそのまま悟司から無理矢理こたつ布団を奪い取ると、簀巻き状態になってごろごろと転がりながら、わけのわからないことを数回ほど叫び続けた。
その場にいた誰もがそんな千佐都の様子を失笑しながら眺めていると、やがて千佐都は、
「……死にたい」
そう、ぽつりと口にした。
まるで、自分の黒歴史を誰かに見られ――いや、実際先ほどの鳴き真似はそのものズバリ黒歴史のようなものなのだが。
そんなことを思っていると、
『――あ! そういえばね、今日この放送を始める前に、シュガーさんから連絡が来てね。もういきなりだったから、塩からすっごくびっくりしちゃったんだぁ』
いきなり「塩から」が、先ほど月子が送ったメールの件を喋り始めたので、月子も春日も小倉も、慌てて千佐都からパソコン画面へと目を戻した。
その後ろから、悟司も三人の背後の縫って覗き込む。
『たぶん放送が終わったら、かけてきてくれるんじゃないかなぁ? もしかしたら、今この放送も見てるかもっ。もうすっごくすっごく嬉しくて――』
嬉しそうに語る「塩から」に、動画を見ているリスナーから「いや見てないんじゃね?」というコメントが書き込まれた。そのすぐ後に、「もしかして、さっきの権左右衛門だったりしてな」というコメントが流れると、
「……当たりだな。このコメントのヤツ」
と春日が先ほどの千佐都を思い出したのか、くっくと喉の奥で笑いながらそんなことを呟いた。
「この放送、いつ終わるのかな?」
月子が小倉に振りかえると、小倉は顎をさすりながら、
「あと五分くらいみたいだね」
と、言って動画の下の部分を指した。確かにそこには「残り時間」という文字と共に数字がカウントされている。
「じゃあちさ姉、五分したらまたかけましょうよ」
「嫌」
月子の言葉に、簀巻きが即答でそう答えた。
「そんなこと言わずにもう一度かけてみればいいじゃん」
月子の後を引き継いで悟司がそう口にするも、
「嫌。絶対に嫌」
と、簀巻きは、頑なに「塩から」とのコンタクトを拒んだ。
さっきはあれだけ意気込んでいたというのに、どうやらたった一回の会話で芯がぽっきり折れてしまったらしい。
その気持ちはなんとなく月子にもわからないでもなかった。仮に自分が千佐都と同じ立場だったら、絶対にもう喋りたくない。
悟司は簀巻きに近付くと、そのまま手でごろごろと身体を転がしながら、
「だってせっかくこんな嬉しそうに俺たちのことを喋っているのに」
「あたしは死んだ。スイーツ(笑)」
「……まぁ確かにその格好は死体っぽくあるけど」
「中坊の手玉にまんまと取られてしまった権左右衛門は、このまま北国のアパートの一室でかちかちに凍ってしまったのです。簀巻きなのはそのせいなのです。もう放っておいてください。あたしは死体なのです」
「へそを曲げすぎだろ……」
頭をかきながら悟司が重いため息をつく。
月子がそんな二人の様子から目を離すと、
「しかし驚いたのは、ここにいるリスナーも普通に僕たちのことを知っていることだな」
ちょうど横で、春日が感慨深くそう口にし始めた。
「皆当たり前のように『シュガー』という単語に反応している。おそらく今年初め辺りにあった、ボーカロイド特設ページで大々的に紹介されたからだろうが……」
今年の初めというと、東京に行った三月くらいのことだろうか。
確かにあの時くらいから、動画の視聴回数も新作を上げる度に増えている気がする。まぁあくまで皆の話からそう聞くだけで、月子自身は自分から動画を見に行ったりはしないのだが。
「君らが思っている以上に、世間は君らのことを認知してるってことじゃないのかな」
小倉が画面を見つめながら、独り言のように呟いた。
「まして中学生というと、ボーカロイドの視聴者層的に結構ピンポイントだったりするしね。多分君らが思っている以上に、この子は『シュガー』を芸能人か何かのように錯覚しているふしがあると思う」
「芸能人……」
ぴくりと簀巻きが反応する。
「千佐都くん、会話してみたら? 今のはタイミングが悪かっただけで、次はきっと大丈夫だと思うよ」
そこまで小倉が言うと、簀巻きがむくりと起き上がり始めた。
「……しょうがないにゃあ」
と言いつつ、千佐都の顔は大変嬉しそうである。
「庄ちゃんは、ホント口がうまいなぁ……」
ぼそりと月子が言うのを、小倉は聞き漏らさなかった。そのままくるりと月子の方に振りかえると、
「口がうまいというのは、ちょっと違うね月子。これは本心だし」
と、少しだけ愉快そうにそう口にした。




