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シュガ美VS塩辛さん(3)

「ちょっと待った千佐都」


 さっそくIDを見るなり通話ボタンを押そうとした千佐都を春日が制した。


「こういうのって普通、メールから先にするもんじゃないのか?」

「え、そうなん?」

「そりゃそうだろ。せめてメールじゃなくても、チャットなりなんなりで、まず相手の了承を取るべきだ」

「うー……じゃあなんて送ろうか?」

「なんて送るかも重要だが、そもそも『誰が送るか』を考える方が先かもな」

「え? なんでさ」

「なんでって、当然じゃないか。千佐都じゃなにを送るかわかったもんじゃない」

「なにそれ」


 ぶーっと頬を膨らませる千佐都の横で、悟司もおずおずと手を挙げた。


「俺も、他の人にやってもらった方が良いと思う。いきなり千佐都の喧嘩口調で入っても、受け入れられなかったら意味がないし」

「ちょっとちょっと! あたしはヤンキーかっ! そんなことしないってばよ!」

「僕らもそこは一応信じているんだがな。だが、相手がどういうタイプかわからん以上、出方によっては喧嘩になる場合だってある。ここはやはり――」


 そうして春日が月子の方を見ると、そのまま悟司と千佐都も春日の視線につられるようにしてじっと月子を見つめた。


「え、え? う、ウチが送るんですか?」


 慌てふためく月子に、春日は大きく頷いた。


「弘緒の一件の時も、大活躍だったしな」

「確かに……。文章の柔らかさなら一番かもね」


 と悟司が春日に同意する形で口を開くと、千佐都もそれを後押しするように、


「まぁ、つっきーならちょっとやそっとじゃ怒らないし。てか、そもそもつっきーが怒っているところって、あたし見たこと無いかも」


 とそんな風に言った。


「いいじゃないか月子。実際適任だとボクも思うよ」


 静観していた小倉までもがそう口にするので、月子は渋々ながらも小さく頷くと、


「な、なんか緊張しますね……」


 と言いながら千佐都に促されるようにして、パソコンデスクの前に座った。


「とりあえず『塩からさんはじめまして』からだろうな。そして『シュガー・シュガー・シュガー(!)です』と、言ったところか?」


 春日が天井を仰ぎながらそう口にすると、


「その次は『動画の方、拝見させていただきました』ってのが無難かな?」


 悟司が春日の文章の先を作り上げる。

 そして最後に千佐都が――


「その後に『ところでちょっと話があるんだけど』で、どうかな?」


 そう言ったところで、思わず全員のため息が漏れた。


 繋げてみる。


『塩からさんはじめまして。シュガー・シュガー・シュガー(!)です。動画の方、拝見させていただきました。ところでちょっと話があるんだけど――』



「……先を読ませたくない文章を書かせたら天才だなお前は」


 春日が千佐都をジト目で睨むと、当の本人はこの文章から読み取れる不穏な様子に全く気がついていないようで、


「え、普通にその後『連絡先に電話してもいいかな?』で良くない?」

「まぁ……それならそれでいいかもしれんが。にしても、ちょっと前後の文と比較して、フランクすぎやしないか?」

「じゃあ『少し話があるので電話してもよろしいでしょうか?』でいいじゃん」

「『話がある』という言い方が、妙に不穏なんだよ。いっそそこはオープンに行くべきだ」

「オープンって、『歌詞を変更して動画をあげているのが気に障ったので』なんて言ったら、向こうは絶対に電話取らないじゃん」

「あのなぁ……」


 頭が痛くなってきたのか、春日がこめかみを揉みはじめる。


 と、ここで悟司がしゅっと勢いよく手をあげて言った。


「違うよ千佐都。先輩が言いたいのは『話がある』なんて言葉じゃ、変な風に受け取られるかもしれないってことだよ。なんか、いかにも『これから文句を言います』って感じじゃないか」

「それくらいわかるわさ。でも、オープンに、っつったらこんな風にしかならなくない?」

「いや、他にも言い方はあるよ。たとえば『ちょっと気になったことがあったので、連絡してもいいでしょうか?』とかさ」

「それ、あたしが今言ってたのとたいして変わらなくない!?」


「――あの、」


 月子がそこで、間に入るように口を開いた。


「そもそもその前の、『動画を拝見させていただきました』のところから変えていった方がいいんじゃないかとウチは思うんですが……」

「え、そこから?」


 千佐都がびっくりしたように目を大きく開ける。


「はい。たとえば『塩からさんはじめまして。シュガー・シュガー・シュガー(!)です。歌を聴いて連絡してみたくなりました。一度、ネット電話でお話ししてみませんか?』みたいなのはどうでしょう?」


「「「お……おおー」」」


 春日、悟司、千佐都の三名から拍手が飛び交って、照れくさくなった月子は思わずその場でうつむいた。


「さすがだな鷲里よ」

「月子ちゃん、これはいいかも」

「よしつっきー! それでいってみよーっ!」


 三人の満足気な顔に苦笑いしながら、月子はかたかたとメールを作成し始めた。



 ※ ※ ※



 それから数時間ほどして――


「メールがきた」


 パソコンの前に座っていた春日からそんな声がすると、各々で暇を持て余していたシュガーメンバーが一斉に起き上がってパソコンに近付いた。


 以下が、その返信文である。


『件名:Re


 エェーーーーーー( ゜Å゜;)ーーーー!?

 マジですか(*^_^*)!? マジのマジでシュガーさんなのですか(>_<;)??

 嬉しすぎます! 大ファンなんです(T_T)

 いつでもいいですよ! ぜひぜひお話してみたいです!

 正座して待ってますっm(_ _)m! 塩から』



 以上。返信文、終わり。


「――なんというか……嬉しさがビンビン伝わってくる顔文字量だな……」


 春日が若干引き気味にそう呟いた。


「テンションの感じから、こんな子に文句を言うのは……なんだかちょっとだけ気が引けるね」


 そう言って、居たたまれなさそうに画面を見つめる悟司の声を聞きながら、千佐都はぐぅっと喉の奥から音を出して言った。


「……でもさぁ……じゃあこの子を見過ごしたら、この先あたしの存在価値って一体なにさって話になるじゃん……。あたしだって別にこんなあたしらの為に喜んでくれる子に、いろいろ言いたかないけどさ。でも仕方ないじゃん。言わなきゃいけないことだって……あるよ、そりゃ……」


「それはそうだね」


 小倉が、ぱたんとゲーム機を閉じて千佐都を見る。


「はっきり言った方がいいとボクも思う。それで仮に、その子が気分を害して、二度と聞いてもらえなくなったとしても、本人の口から言わないとわからないこともある」

「う、ウチもそう思いますよ!」


 月子もぐっと声に力を込めて、しょげる千佐都に告げる。


「と、トレースってあるじゃないですか。ウチも昔はスケッチブックに好きな漫画の構図を書き写したりして、それでポーズを頭に叩き込んだこともあります。けど……それは、あくまでウチの考えたものじゃなく、あくまで借りた構図でしかないんですよね」


 そうして、動画が開かれているウインドウを指さしながら、


「確かにこの動画には商業的なものは何もありません。ウチらが作った動画もそうです。だから法的にはグレーなのかもしれないですし、そもそもトレースの話とは一緒にしちゃいけない問題なのかもしれないです。でも……このままにしておいて、この塩からさんがこれを良しとしてしまったら、きっと彼女にとって、後の活動に響くような大きな失敗が待ちうけてしまうんじゃないか――そうウチには思えるんです」

「つっきー……」


「……まぁ実際のところ、そこまで僕たちが彼女のこの先を憂うべきではないのかもしれないが――」


 月子の言葉を受けて、春日もおもむろに口を開いた。


「でも、我々を好きになってくれたよしみがあるしな。お節介で嫌われたら、それはそれで、もはや僕たちには慣れっこだ」


「俺はさっきも言ったとおり、千佐都の判断に任せる。それでダメでも、しょうがない時だってあるしね」


 最後に悟司がそう言うと、


「そうか……うん。そうだ! そうだよねっ!」


 皆の言葉に頷いて、ようやく顔を明るくさせた千佐都は、そのまま春日とパソコンデスクの席を入れ替わって、ぎゅっとマウスを握りしめた。


「あたしも一応、ちゃんと“歌”を作ってる一員だもんねっ! よっしゃーばしーんと言ってやるわよーっ! えい、ぽちっとなっ!」


 左クリックがかちりと音を鳴らして、通話ボタンが押される。


 そうして数コール後、相手の声がスピーカーから流れ出したと思ったその瞬間――


「――からから辛塩、シオマネキーんっ! はじめましてきゅりん♪ みんなの妹、塩からちゃんなのですっ! はてさて、アナタ様はどちら様でござるかー??」



 そんな、最高にイカレた自己(※事故?)紹介が聞こえ、シュガーメンバー全員(※プラス小倉)の間に、外気よりも寒い風が背筋の辺りを吹き抜けた。



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