シュガ美VS塩辛さん(2)
「ボクが見つけたんだよそれ」
背後から突然そんな声が聞こえて、月子が驚きながら振りかえると、雪まみれになった小倉がビニール袋にジュースを携えて立っていた。
「全員分あるよ」
小倉からカツゲンを手渡されて、月子はぽかんとしたままストローを刺した。そのまま全員に周り配り終わると、小倉は自分の分のコーラの栓を捻りながら、
「まぁここで色々言うのもなんだし、実際に動画を見た方が早いかもね」
とあまり抑揚のない調子でそう言った。
※ ※ ※
シュガ部屋に着いた五人は、さっそく普段の作業に使うパソコンの前にこぞってディスプレイに注視した。
「でも庄ちゃんって、意外にちゃんと動画を見てるんだね」
月子がカツゲンから口を離して尋ねると、今更といった様子で小倉が手を振る。
「当たり前じゃないか。見てるよ全部。同時に関連動画もチェックしてるから、まぁ今回のはそれで気付いたってのもあるんだけど」
「これだな? 小倉よ」
春日がマウスで示したリンクには、確かに自分たちの楽曲の名前と、そこに「歌ってみた」と付け足された名前が載っていた。
「サムネイルの絵も違うね」
悟司が真っ先にそこを指摘すると、
「おそらく本人のイメージ画を、どこぞの絵師にでも頼んだんだろう」
と春日がふんと鼻を鳴らして答えた。
「つっきーの絵も侮辱してるわっ! コイツ!」
そんな二人の間に顔をにゅっと突き出して騒ぎ立てる千佐都に、悟司も春日も嫌そうな顔をして睨む。一方で当の月子は、特にこれといった感情も沸かなかったわけだが。
と、いうのも実際のところ何が何だか、月子は未だによくわかっていないのである。
自分の歌を動画をあげるのは理解できる。そして、その為にボカロのオケを使うのももちろん。だが、そこから別の絵を描いてもらったり、自作の歌詞に改変するという行為にまで発展すると、もう月子の頭ではさっぱりわけがわからなってしまうのであった。
第一に、そんなことをして一体なんになるというのだろう? そもそも歌詞なんていうのは、曲のイメージや世界観を制作者同士で相談し合わなければ、間違いなくちぐはぐな出来になってしまうだろうに。
そんな月子の心情をよそに、動画が始まった。
「お、流れた流れた」
春日の声で、月子も顔をそちらに向ける。
そうしてじっと聞き終わるまで、そこにいた誰もが無言のまま動画の映像と音を視聴していた。傍目からすれば、異様な光景といえなくない状況の中、ようやくその全てが流れ終わった後、
「し、け、いっ! し、け、いっ!」
と千佐都が拳を振り上げながら、おっかない言葉を連呼しだす中、月子は我関せずとばかりにカツゲンに刺さっているストローを口に含んだ。
「――聞くと、ただのカラオケじゃなくてオケも変えてきてますね」
「ああ、このアレンジはいいな。説明文見ると、誰かに頼んだみたいだぞ」
千佐都の一人かけ声を無視して、音楽の話をし出す悟司と春日。
「あんたらも、なにふっつーの顔して感心してんのさっ!」
がるると唸り声をあげ、今にも噛みつかんばかりの形相の千佐都に、二人の会話がぴたりと止んだ。その間も、月子はカツゲンをちゅうちゅうと飲み続けて事の成り行きをじっと見守っていた。
こういう時は、自分がしゃしゃり出てもすぐに打ち消されてしまうことを、月子は自身の人生の経験でしっかりと心得ていた。
かくいう悟司もそのタイプで、本来はこういう時、月子と一緒に黙っている側の人間であったはずなのだが、今日ばかりは自身の楽曲の話でもあったせいか、いつもよりも多弁になりすぎてしまったらしい。
少しだけ月子は悟司に同乗してしまった。
ちなみに、春日はいつも通りである。
「テロじゃんこれ。どーみたって、テロさ! あたしらの曲案だけ頂いて、オリジナルにしよーとしてんじゃんコレ!」
「そういうわけでもないみたいだね」
小倉が冷静にそうツッコミをいれると、そのままマウスカーソルを移動させて動画説明文を読み上げ始めた。
「どーも『塩から』です! 今回は四人組ボーカロイドユニット『シュガー・シュガー・シュガー(!)』さんの新曲を歌わさせていただきました! シュガーさんの曲は、以前からずっと好きで追い続けていたんですけど、今回は自分なりに歌詞を解釈して、再構成したものを動画にうpすることにしました!」
「文の後半あたりから、全く共感出来んな、これ」
春日が笑いながらそんな風に口にする。
「途中まではすごくよく理解出来るし、正直嬉しい。だが、ここの『今回は自分なりに歌詞を~』のくだりから意味不明すぎる。なにかのバグかこれは」
「しかも動画コメントも、一部が『塩から』さんのファンみたいだね」
悟司がコメント欄を指で示すと、なるほどコメントの中には「原曲を越えた」だの、「神」だの賞賛するコメントがちらほら散見される。それら一部の連中と、もともとのシュガーのファンがコメント欄で常時対立しあっていた。
そのせいで再生数に対してのコメント比率も、通常の動画と比較してコメントが多すぎている。俗にいう「炎上」というやつに相当するのだろう。
「どうすんのこれ」
悟司は特に興味もなさそうに全員に振り返る。
「どうすんのって、決まってるでしょ! 消させるに決まってんじゃんっ!」
そんな千佐都の言葉に、悟司はくいと首を傾げる。
「なんで?」
「なんでって……アンタわかってんの? この状況を」
「うん。まぁでも、アレンジ面白いよ? もったいない」
「いやそういうことじゃなくってさぁ……」
頭が痛いとばかりに額を押さえる千佐都。
「まぁ確かに、説明文だけを見るにあまり悪気があってやっているようには見えないな。かといって見逃せる範囲を大きく超えてはいるが」
「でしょでしょ!? かすがもそう思うよね?」
「しかし、現状この動画は大荒れの様相だ。僕らがどうこうする前に、向こうが勝手にどうにかするんじゃないか?」
「まぁ……それもそうかもだけど」
ぐぬぬと唇を噛む千佐都。先ほどの怒りの勢いも失せ、多少冷静になったのだろう。
そう思った月子はようやくストローから口を離して春日に言った。
「ツイッターの公式アカウントの方に、なにか書いた方がいいんですかね?」
シュガーには一応、公式のメールアドレスと公式のツイッターアカウントと、公式ブログがある。どれも全て名実ともに雑用係の春日がそれを運営しているわけだが、そのことを月子がふと思い出したので、直接尋ねてみると、春日は首をゆっくりと横に振って答えた。
「どうだろうな。正直、見る前まではもっと悪意があるものだとばかり思っていたし、その上この動画内で既に自浄作用というか、炎上しまくっているわけだ。ここで僕らが何かを書いたら、火に油を注いでどこに矛先が向くかもわかったもんじゃないからな」
「そこまで気にしなくてもいいとボクは思うけどね。確かに、この件はシュガー全体というよりも、千佐都くん単体だけが被害を浴びてる感じが気がしなくもないけど」
そこで小倉が、コーラを飲み干しながらのんびりとした口調で語り始めた。
「要するにさ、曲というかメロディそのものはそもそも改変できないものであって、それを改変してしまったら、もはやそれはただの別曲だよ。だからこの人も、アレンジを変えることくらいしかできなかったわけだけども、じゃあ歌詞はというと、メロディに合うのであればいくらでも言葉を自在に変更出来てしまう」
月子も、千佐都も悟司も春日も、小倉の言葉に黙って耳を傾ける。
「だから千佐都くんが怒るのも無理はないし、みんなとの意識の剥離があるのもそこが原因だ」
「あの、庄ちゃん」
「なんだい?」
「ウチの絵も、一切ないんだけど……」
「絵の場合だと、また話は異なってくるね」
小倉はパソコンの前から離れると、昨夜千佐都が歌詞制作の為に使っていたこたつテーブルの前であぐらをかきながら話し始めた。
「そもそもボーカロイド動画に使われるイラストというものは、順番的に楽曲の方が先にくるものだ。そうして一種のミュージックビデオのようにさせるのが目的なわけだから、もっと二つの要素を切り離して考えた方が良い」
小倉の言葉に、春日がうんうんと頷く。
「その通りだ小倉よ。いわばボーカロイドというジャンルの『動画』は、たとえるならばスパゲティに明太子を足したようなもの。元より僕はこの文化を、和洋折衷的コラボと非常によく似通っているところがあると思っていたのだよ」
「いや、そのたとえはよくわからないんだけど」
春日の言葉をばっさりと切り捨てて、小倉は先を続ける。
「とにかく絵と音楽は動画を作る際のスタート地点からして違う。それを踏まえて、月子と弘緒ちゃんのアニメーションについて説明したいんだけど――」
皆が頷く中、一人肩を震わせる春日に、月子は心の中でそっと謝罪した。
ごめんなさい、春日さん。庄ちゃんは稀にこういう『ちゃかぽこひどい対応』をするときがあるのです、と。
「まず最初に、動画に使われたアニメーションには弘緒ちゃんが構想したストーリーが存在する。これは悟司くんの作ったテーマを千佐都くんが形にして、それによって描いた世界観に則ったもので、あらかじめそのことを二人にも説明してるんだよね?」
小倉の問いに、春日を除いた三人が無言で頷く。
「ここで、彼女――塩からさんの話をすると、彼女は元々悟司くんが提示したテーマを独自解釈して、それによって歌詞をつけているわけだよ。そうすると、必然的に――」
「ああ! それはもう、ただの違う別作品になっちゃうね!」
「その通り」
月子の言葉に小倉が力強く返事をした。
「だから、月子があまり腹立たないのも納得さ。だって、この動画に使われているアニメーション……というか静止画のスライドショーみたいだけど、とにかくこれは月子の描いたものとは遙かほど遠い作風だ。ピンと来ないんだよ単純に」
「なるほどねぇ」
悟司も納得したように腕を組んで、それから千佐都の方を見た。
「で? どうするの」
「どうするって?」
千佐都がいまだ不機嫌そうにしながら、悟司へ振りかえった。
「とにかく俺らはそんな感じだから、怒りに至るまでの感情が鈍くなっちゃってる。でも、千佐都は一応大切なメンバーだ。千佐都の判断に任せるよ」
「……」
「ただし、大人の対応でね」
「わーってるわよ」
そう言って、千佐都は再びパソコンの前に来ると、
「直接電話してみる」
そう言って、相手の通話IDを見ながら、ネット電話のソフトを立ち上げた。




