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8月23日 鷲里月子 後編(※R15)

「庄ちゃーん」

 駅のホームで二人分のお茶を買ってからそう呼びかけると、庄ちゃんは相も変わらずゲーム機から目を離さずにこちらへ手を振り返しました。

 もう慣れっこです、こういうの。さすがに十数年も一緒にいると、こういう些細なことではいちいちお腹も立てたりしなくなってしまうのですよね。

 いわゆる「幼なじみ倦怠期」というヤツでしょう。そんな言葉、初めて聞きましたか?

 それはそうでしょう、ウチがそう名付けたのですから。

「こっちに座りましょー」

 ベンチを見つけてぽんぽんと隣を叩くと、庄ちゃんはクマさんのような丸っこい身体でのっしのっしと歩いてきます。毎度思うのですが、一体どこに目がついているのでしょう。

 ウチは、そんなクマさんのような彼の姿を愛らしく思う時期をとうに過ぎてしまいました。はっきりいって、今の庄ちゃんは運動不足すぎです。

 うみほたるをご存じでしょうか? ウチが、死ぬ前に一回は行ってみたい観光スポットの内の一つなのですが。

 あの「うみほたる」にはマスコットキャラクターさんがいます。名前もそのまま「うみほたるくん」というらしいのですが。

 ウチからすれば、庄ちゃんはまるであの「うみほたるくん」です。あれにメガネをかけさせたらもう、見間違うことなきそのままの姿なのです。完璧なのです。もう、本当にちゃかぽこクリソツなのです。成人病予備軍なのですよ。

 そんなわけで正直不安なのです。運動はウチも苦手なので、自ら彼に提案することはないのですが、今ならちさ姉辺りが誘ってくれそうな気がしなくもないのです。

 誘って――あげてくれないかなぁ。

「月子、汽車は何時頃?」

 道民は内地の人と違って、電車のことをなぜか汽車と言い張ります。ウチもこの事実を知ったのは悟司くんからなのですが。不思議ですよね。

「あと二十分らしいよ」

 そう言ってから、ウチは庄ちゃんの顔を見てついくすくすと笑っちゃいました。

 そんなウチの様子を不思議に思ったのか、庄ちゃんはゲーム機をいじりながら、不機嫌そうに口を開きました。

「……なんだよ、ボクの顔に何かついてるのかい?」

「ううん」

 ウチは首を振ってから正直に答えます。

「昨日の夢のことを思い出しちゃった」

「どんな夢だい?」

「庄ちゃんとか……幸崎信夫クンのこととか」

 その名前を聞いて庄ちゃんはぴくりと肩を動かせると、そのままぱたんとゲーム機を閉じてウチの方へ振り返りました。

「懐かしい名前だね。個人的にはあまり思い出したくもないけど」

 こういう時の庄ちゃんはむしろ感情を顔に出しません。逆に言えば、今まさに庄ちゃんの感情は昂ぶっているという裏付けとなってしまうわけですが。

 こんな事に気付くのも幼なじみだからなのでしょう。ウチもずいぶん長いこと彼と付き合っていますので――あ、付き合ってるというのは、もちろん意味は違いますよ?



 さて、そんなわけで幸崎信夫クンのお話です。

 ところで彼は先輩なのに、なぜウチは、彼のことを「幸崎先輩」とは呼ばずにクン付けなのか。その上、なぜゆえフルネームなのかというとですね。

 ……正直、そんなにたいした理由ではありません。


「――俺のことは、クン付けで呼んでくれよ。先輩とか呼ばれると、なんか距離がある感じがする」


 と、まぁこのように彼からそんな申し出がやってきたからなんですね。これは、付き合い始めに真っ先に彼が言った一言でした。

「わ、わわわかりましたっ! で、では――幸崎信夫クンさんっっ!」

「おかしいだろ……その呼び方」

 三白眼でウチを睨む幸崎信夫クン。

「せめて『さん』は抜いてくれよ。んで、慣れたら下の名前がいいな」

「わ、わかりりり、ましたああ」

 ……二人で初下校した時の会話は、そんな感じでした。


 とにもかくにも、ウチと幸崎信夫クンはこうして恋人同士という認定をクラス中から受けてしまいました。おそらく野球部全域にも、その事は知れ渡っていたことでしょう。前述通り、彼は野球部だったので。

 ものすごく正直に言いますが、ウチは幸崎信夫クンのことが別に好きではありません。

 今も昔も、彼を好意的に思ったことはありませんでした。

 ただ、自分のことを好きと言ってくれる人がいることには素直に嬉しく思いましたし、いくら成り行き上とはいえ、こうしてお付き合いをオーケーしてしまったのは他ならぬ自分なわけなのですから、出来る限りウチも幸崎信夫クンの事を好きになっていこうと努力はしました。

 でも、それは無理でした。

 なぜならウチは、彼にオタク趣味である自分を隠そうと努めていましたし、彼もまた、そんなウチのことを表面的な部分でしか好きではなかったのです。

 彼――幸崎信夫クンは、庄ちゃんのことが嫌いでした。庄ちゃんはコミュニティという大きな概念に対しては、非常に好意的に扱われる存在でしたが、個々の好き嫌いに関しては全く別次元のお話です。なにせ見た目が見た目ですから。こんなことウチが言うのも変ですけど、庄ちゃんが一般的に受け入れられにくい外見なのは確かなのです。

 特に会話を交わすこともない人達からすれば、生理的嫌悪を抱く人がいても不思議ではありません。そんなの、ウチだってきっとそうです。ウチの見てくれを見て、嫌いなタイプだと先入観で決めつけてしまう人は間違いなくこの世には一定数以上存在するのです。

 そんなわけで、幸崎信夫クンは庄ちゃんに対してのヘイトをもう余すことなくウチにぶちまけていました。ウチが庄ちゃんと幼なじみであることを知らなかったばかりに、彼はとにかく言いたい放題でした。庄ちゃんが多数の人に受け入れられているという事実もまた、いたく気に入らなかったようです。

 そんな人を好きになれと言うのが難しいですよね?

 よく男性は女性を誤解しがちですがが、女性は別に「不良や自信家、はたまた過剰に強気でいる男性」が好きなわけではありません。人の悪口を陰で言い合ったり、粗暴で、かつ誰かを常に見下して悦に入りきる人間というのは、結局そういう似たもの同士で惹かれ合っているわけですし、そういう人たちは得てしてクラス内でも目立つグループになりがちなのでそう誤解されるのかもしれませんが、そんなの普通に考えれば決して当たり前なものではないはずなのです。

 ウチだってそうですよ。別に彼が庄ちゃんの悪口を言っていなくても、誰の悪口だって聞きたくはないのです。

 でも、彼はそういう人間でした。常に誰かを蔑んでいなければ心の平穏を保てなかったのです。人は下だけを見て、それをせせら笑っている内は安心するのです。誰かを見下すことで自分を簡単に持ち上がらせることが出来るので。

 ただ、下は探せばどこまでも深いですが、同時に上もまたどこまでも高く伸び続けています。そんなことをしても結局上限と下限が伸び続けるだけで、意味のないことです。

 彼は野球部で外野手でした。打順は六番。これはあくまでウチと付き合い始めた頃のことです。

 彼はウチと付き合っている間に、あまり素行の良くない男子達とどんどん親しくなっていきました。ウチが一年の冬を迎える頃には、彼の学業の成績はすっかり下から数える方が早くなり、さらにはウチがいた女子グループもウチがきっかけで彼との繋がりが出来たおかげで素行の良くない上級生の女子グループと関わりを持つようになっていきました。 冬休みが終わった頃、それは端から見てもよくわかるほど顕著になりました。ウチのグループの子達は、揃って髪を明るく染めて新学期を迎えました。ウチも勧められたのですが、そこはどうにかはぐらかし続けていたのでうまいこと回避したのですが。

 ただ、そのおかげでグループ内でのウチの評判はかなり悪くなりましたけどね。赤信号皆でうんぬん、みたいな感じで女子は基本、連帯意識を大事にしていたりします。「みんな違ってみんな良い」はあんまり望まれていませんね、きっと。

 そんな中、とうとうウチと幸崎信夫クンとの関係に、終止符が打たれることとなったのです。

 それはバレンタインのことでした。


 ウチは一向に好意を持つことの出来なかった相手に、チョコを作ったのです。疎遠になっていた庄ちゃんの分も作ってはみたのですが、これはきっとあげることないだろうなと半ば諦めの境地で作ったものでした。

 そして、バレンタイン当日。

 その日は日曜日で、ウチは彼とデートをした帰りにチョコを渡しました。雪がたくさん積もっている、寒い日のことです。

 この頃になってもウチらは手を繋いだりするだけで、キスもしていませんでした。彼は普段あれだけ強気なキャラのくせに結構奥手でして、ウチもある意味ではそれが救いにもなっていたんですよ。それ以上の仲を進展させるのは、正直もう限界でした。

 ですが、この日の幸崎信夫クンは違いました。やたらとスキンシップを交わしてくるのです。何気ないところでやたらとウチの身体を触れたり、エスコートするようにウチの手を握ろうと何度も催促をしたりしました。

 日は暮れて、静かな町中。人の通りも少なくなった頃です。

「はい、これ」

 今振り返ってみても、それは非常に義務的な渡し方でした。

「おお、ありがとう」

「寒くなってきましたね……」

 ウチがそう言った時でした。

 突然、彼がすっとウチの手を引いたかと思うと、そのまま彼はウチの身体を抱き留めたのです。

「はわ……はわわっ!」

 緊張で、頭がぼーっとなりました。

 なぜ、どうして?

 頭の中ではそんな言葉で埋め尽くされていました。たとえ好きな相手ではなくても、こんなことをされればテンパります。男性だってきっとそうでしょう?

「なぁ、月子……いい加減さ、俺達もっと進展した方が良いと思うんだ」

 彼はそんなことを、ウチの耳元で口走りました。

「みんなさ、俺達のことを『遅すぎる』って言うんだぜ? 別に俺はそんなこと気にしちゃいねーけど……でも、月子はそんな風に見られるの、嫌だろ?」

 ――その言葉で、ウチは自身の体温がすぅっと冷えていくのを直に感じました。

 幸崎信夫クンの言っていることは、腹の中で思っていることとはまるで逆なのです。

 彼は、周りの言葉に突き動かされてこのような行動に出たことが、発言の内容から言わずもがな漏れまくりです。本当は気にしまくりのくせに。そのくせ、その行動の責任をウチへとなすりつけようとしている。

 ……がっかりでした。しかし、そんなウチの頭の中とは裏腹に、彼はウチの身体を引き離すと、そのままずんずんと広い公道の方へ出て行こうとしました。

「ど、どこ行くの?」

 ウチが尋ねても彼は答えようとしません。

「ねぇ、どこに行くの」

 再度尋ねました。怖くなってきたのです。これから何をしようというのか。

 彼は、ウチの顔を見ることなく早口で言いました。

「――ラブホ」

 かぁっと顔が赤くなって、ウチは彼の手を思いっきり振り払いました。今すぐにでもその場から逃げ出そうと思いました。でも、外の寒さはウチの足取りを鈍くさせていたし、彼もまたウチの手を振り払われたことで、そのプライドを傷つけられたのかも知れません。

 彼が何を思ってそうしたのか――ウチには正直測り兼ねます。

 ですが彼がその時起こした行動は、少なくともウチにとっては今後の人生を大きく揺るがす事件でもあります。

 彼はウチを押さえつけるようにして、歩道脇の路地に引きずり込むと、そのまま無理矢理キスをしようと顔を近づけてきました。

 ウチは激しく抵抗しました。ムードもへったくれもありません。そんな熱など元々なかったのですが。

 ウチのそんな硬化した態度のせいで、少しもまともにキスが出来ないことに腹を立てたのか。彼はウチの手をがっちりと押さえつけました。

「――いや……」

 首を何度も振って訴えますが、彼の暴走は止まりませんでした。

「いやっっ!」

 先に断っておくと、これは偶然なのです。

 ウチは彼を傷つけるつもりなど、微塵もなかった。

 ですが、押さえつけられたままの手を必死になって動かしていたのでそれがちょうど近づけていた彼の顔に当たってしまったのでしょう。意図せずして彼の顔をひっかくような形になってしまいました。

 すぐに謝ろうと思いました。ですが、そんなことは出来ませんでした。


 なぜなら――気がつけばウチは彼の拳で殴りつけられていたからです。


 雪の上にウチは転がりました。その時の彼の表情はあいにく見えなかったです。

 ただ、彼がそうまでして守りたかったものはなんなのでしょう。

 殴られた痛みも、その怪我も、たいしたことはありません。ただ、真っ白な雪の上に、ウチの赤い血がぽたぽたと垂れました。鼻血なんですけどね。

 でも雪の白に垂らされた真っ赤な点々は、いくらそこが踏みならされた、汚れた道の上であっても、心をかき乱されるものがありました。精神的に、クるものがあったのです。

 彼はいつの間にかウチの前からいなくなっていました。

 怖くなったのでしょう。自分のしたことが。

 そして、すぐにでもやってくるウチの拒絶からも。

 何もかもから、逃げ出したくなったのです。きっと。



 電車に揺られること数十分――

「ねぇ月子」

「ん? なぁに庄ちゃん」

 横でゲーム機をいじる庄ちゃんが、唐突にウチに話しかけてきました。

「さっき、話に出たけど……幸崎のヤツさ、高校途中で辞めてから今はすすきのにいるらしいよ。仕事もそういう関係のことやってるみたい」

「? そんな話どこで聞いたの?」

 ウチの問いに庄ちゃんは答えませんでした。

「あいつさ、ボクのこと嫌ってたよね」

 静かに口を開いた庄ちゃんに対し、ウチは無言で頷きました。

「ボクもあいつのことが嫌いさ。好きになる理由なんか、月子のことを考えれば、あるわけがない。そうじゃなくても色々と虫の好かない先輩だった。――でもね、月子。ボクは最近になってこう思うんだよね」

庄ちゃんはゲーム機をいじりながらも、あまりプレイの方を集中しているようには見えませんでした。

「彼は、いつもボクを見下して月子に話していた。妙な奴らとつるんで、成績もあまり芳しくなかったけど、それらのことには一切目をつむって月子だけには精一杯虚勢を張り続けていた……それってつまり、そういうことなんじゃないかって思ったりするんだよ」

「どういう意味?」

「……そのままの意味だよ。相変わらずニブイな」

 ひどいことを言います。

 ウチは確かに鈍いですが、庄ちゃんに言われるといつだってむかむかします。

「彼は月子に認めてほしかったんだよ。意識的かどうかはわからないが、彼は月子が自分に興味がないことを、もしかしたらどこかで悟っていたんじゃないかな」

「……」

 ぽかーんと口を開けて、ウチはしばらく庄ちゃんを見続けていました。

 彼と付き合っていた数ヶ月間のことを、詳しく庄ちゃんに話したことはありません。

しかし、庄ちゃんはそんなウチらのことを実によく分析していたようで。



 バレンタインの日から数日、ウチは学校を欠席しました。殴られて腫れてしまった頬がなかなか引かなかったからですが。

 両親や兄の二人は、ウチの顔を腫らした人間を激しくウチに問い詰めてきました。

 でも、ウチは幸崎信夫クンのことを一切誰かに言うことはありませんでした。

 それは、もちろん庄ちゃんにもです。

 ですが、そもそも親同士の交流がさかんな鷲里家と小倉家。

 親伝てで、庄ちゃんはウチが殴られた相手が誰だかすぐにわかったことでしょう。


 ようやく学校に登校してきた頃、ウチは庄ちゃんが代わりに学校を休んでいることにすぐに気付きました。

 一体どうしたのだろうと思ってました。

 ですが、その原因はすぐに判明します。


「――すごかったなぁ。庄一があんなに激昂してるとこなんて初めてみたぜ」


 そういうのは、彼と親しいサッカー好きグループです。

 庄ちゃんの話は、彼ら以外からも続々と噂が流れてきていました。

 それでウチもようやくわかったのです。

 庄ちゃんが、ウチのために幸崎信夫クンを殴り返したのです。

 あのいつもゲームばかりしていた庄ちゃんが。

 ゲーム機をたたき割ってしまったときも、すんすんと泣くだけだった庄ちゃんが。

 ウチのことを思って、怒り狂ったのです。

 そんな姿の彼を、ウチは一度も見たことがありませんでした。

 それはもちろん、今でもです。

 庄ちゃんは、いつだってそういう姿をウチに見せたりはしないのです。

 ホント……ずるくて嫌になっちゃいますよね……。


 その日、ウチは庄ちゃんの家に行きましたが彼は何があってもウチを部屋に入れるなとあらかじめ両親に断っていたそうです。会うことは出来ませんでした。

 数日後、彼は学校へとやってきました。

 ウチはまっすぐ、庄ちゃんのもとへと向かいました。

「庄ちゃん」

 今までずっと目立つグループにいたウチが、いきなりクラスの中でも随一の変人として一目置かれていた庄ちゃんと話す。それだけでも、クラス内では驚愕の事実であるわけで。

「なんだよ月子」

 彼は、そんなウチに対しても一切目をくれることなく、いつものようにゲーム機から目を離しませんでした。

「ありがとうね」

 静かに、でも確実に気持ちをこめて一言、そう言いました。

 そんなウチに対し、庄ちゃんは短く、

「ん」

 と喉に引っかかり感じた人みたいに唸るだけでした。

 そうして、ウチは再び庄ちゃんと話すようになったのです。



 ――ようやく大学のある町へと戻ってきたウチと庄ちゃん。

 改札口を出ると、ちさ姉がいました。

「おお、小倉くんとつっきー。おかえりー」

 相変わらずの大きな声に、思わずウチもにっこりしてしまいます。

 見ると、他にも駅舎の外では悟司くんと春日さんが二人で何やら会話をしています。次の楽曲のお話でしょうかね。二人の前には一台の車が止まっており、それが春日さんの車だということは一目瞭然でした。

「かすがにさ、つっきー帰ってくるからって言ったら車出してくれたのね。『みんなのアパートは駅から遠いからな』とかかっこつけちゃってさー。あたしだったら絶対出してくれないわさ」

「そんなこともないと思いますよ。だって、ちさ姉は春日さんととても仲良しですし」

「ちっちっち。つっきー? あれは仲良しって言うんじゃないの。腐れ縁とも違う、なんというかケンカ仲間みたいなものさ。あたしとかすがは、前世の頃からきっと宿敵として対峙し合っていたのね……」

「つまり運命の赤い糸ですねっ」

「ちがわいっ!」

 違いましたか……。

「千佐都くん」

 ウチの横でゲーム機を動かしていた庄ちゃんが顔をあげました。

「実は親からさ、メロンを受け取っているんだ。ぜひみんなで食べてくださいとか言ってたので、さっそく帰ったらみんなで食べないか?」

「マジで!? うわぁ、あたしメロンちょー好きです」

 ウチも手に持っていた箱を、ちさ姉に見せました。

「これ、ウチの近所にある和菓子屋さんのおまんじゅうです。お茶も実家から持ってきてますので、これも良かったら」

「うっはーっ! これはたまらんなぁ」

 ぴょんぴょん飛び跳ねながらウチの箱を受け取ったちさ姉は、実に嬉しそうでした。



 ……おっとっと、まだ話は終わってませんでした。

 次男である兄との確執の件についてまだお話してませんね。

 これに関して本当にたいしたお話ではありません。ですので、まぁ……さらりと聞き流してくださいな。


 そんな感じでウチは中学二年生へと進級しました。庄ちゃんとは再び同じクラスだったのですが、一年の時に一緒だったグループの子たちとは完全にばらばらになってしまいました。

 クラスが別れてしまうと途端にあまり接することもなくなり、そのまま三年生になるころにはめっきり疎遠となってしまいましたね。代わりにウチは二年生の時に出来たお友達が少年漫画の大好きな子で、ようやくそれからウチも無理をせずに自分を少しずつ出していけるようになった気がします。

 幸崎信夫クンは、バレンタインの件があって以来、もう会うことはありませんでした。向こうはウチに対しての罪悪感はあったのでしょうが、自らこちらへ接触してくることもなかったので、結局そのままです。

 それに、ウチが庄ちゃんと再び話し始めたことで、きっと彼もウチに関わりづらかったのでしょう。幼なじみだったという事実もこれで完全にバレてしまいましたし、二年生になると帰りはいつも一緒に帰っていたので。


 さて、そんなわけで大地兄さんのお話です。

 えーっと……ものすごく言いにくいのですが。


 ある日、学校で保健体育の授業をしました。その内容も小学校の時より、数段具体的かつリアリティに富んだ内容でして。

 その……男の人の性欲処理的なこともその時に初めて知ってしまったんですね。ウチは。

 でも、庄ちゃんはもう普段からアレなので、イメージがしにくかったのです。そういうことをするという事実は認識しましたが、理解が追いついていなかった。


 だから……大地兄さんがまさか部屋の中でそんなことをしているとは微塵も思っていなかったのです。借りていた参考書を返しにノックもせずに部屋を開けてしまったウチが完全に悪かったのですが。

 部屋を開けると、大地兄さんはベッドに仰向けになりながらイチモツを握りしめておられました。ちょうど、部屋の扉からだと股間のブツが完全に丸見え状態でして。

 ええ、もうバッチリみてしまいました。

 目に焼き付くほどしっかりと脳内に刻まれてしまったのです。


 ……感想を言うのはちょっとご遠慮させていただきます。ただ、一つ言えることはあんなものがインナウトするのかと思うと、めまいがしてしまいます。なんなのですかアレは。

「――つ、月子!」

大地兄さんは、急いで布団を下腹部にかけながら慌ててそう言います。

「で、出てけよ……出てけ!」

「は、はわわ。はいいい!」


 ……部屋に戻るなりウチはバレンタインの時の幸崎信夫クンのことを真っ先に思いました。庄ちゃんではないのです。庄ちゃんはあまり性的なことを思ったり出来ないのですよね。だからウチにとって、良く見知っている男性と言えば彼のことが真っ先に思い浮かんでしまうのは必然でして――


 ……あんなのを入れられるところだったのか。


 一言で言えばそういうことです。

 そんなわけでウチは結局、幸崎信夫クンの影が今でも引きずって回るのです。



 みんなでメロンを食べながら、ふと思い出したようにウチはちさ姉に言います。

「ウチは、お姉さんが欲しかったです」

「おう。いつだってあたしをお姉さんだと思って構わんよ」

 スプーンでメロンの身をくりぬきながらちさ姉は笑って答えます。


 これは本心なのですよね。

 結局どんなことも同じ同姓として、相談出来る相手がウチには欲しかったのです。

 友達同士でもそれは可能なのですが、これまでそういった内面的なことにもう一歩踏み込めるような友達はいなかったのです。ついでに言えば、周りもあまりそういう男性経験の少ない方達ばかりでしたので。

 でも、ちさ姉はなんか男性経験が多そう……。

 って、これは偏見ですかね?


「ちさ姉は、キスしたことありますか?」

 唐突にそう尋ねると、場の空気が一気に固まりました。

 悟司くんなんか、メロン果汁をぼたぼた落としながら空を見つめております。

 春日さんはあさっての方を向きながら煙草の箱を探していました。

 ……ウチ、なんか変なこと言いましたかね?

「な、ななな何つっきー? や、やぶから棒に」

 まるでロボットのように首をぎこちなく回しながらちさ姉は笑顔を引きつらせています。

「キスしたことありますか?」

 もう一度。

「かぁーっ! つっきー!? 普通ね、そう言うお話はこういう野獣だらけのとこでは言わないの。妄想変態男子の巣窟ではっ」

「誰が妄想変態男子だっ」

 ちさ姉の言葉に春日さんがいつものツッコミをかましてくれました。

「ないんですか?」

「あ、あるあるある! あるって、うん。あるさ。うん。きっと。うん」

「あるんですか!?」

「ふぁっ!?」

 ……やっぱりです。さすがです。

 ちさ姉は一つ年上ですが、ウチよりも交友範囲が広いし、絶対ウチの相談に乗ってくれるはずです。

 いつか二人きりになったら話してみたいです。

 最近では悟司くんや春日さんのように、男性陣と触れあう機会も多くなりました。

 ウチも、少しずつあの頃の苦い思い出からが解放されてきているのかも?

 それはまだわかりませんけれど――

「ちさ姉。今度色々聞かせてくださいねっ。経験談っ!」

「お、おーぅ……任せとけぇ……」

 ……そう言うちさ姉の目が泳いでるのは気のせいでしょうか?


 相も変わらずウチの近くには庄ちゃんがいます。

 隣で並び歩くことは少なくなったけれど、それでもウチはこれからも庄ちゃんに色々助けられていくのでしょう。

 もちろんウチも、庄ちゃんのことをずっと見守っていくつもりです。

 いつかこんな二人にも、互いに伴侶が出来て、こんな関係ではいられなくなってしまうのかも知れませんが。

 でもそうなる時までどうかもう少しの間、よろしくね。




 いつもありがとう……庄ちゃん。


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