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シュガ美VS塩辛さん(1)

※本編「エピソード5」の内容に合わせて若干修正しました。

 少しずつクリスマスの足音がしてくる十二月の上旬。


 この日、未開大のあるこの町にはしんしんと雪が降り積もり始めていた。


 そんな雪景色の中、いつもの面々は相変わらず悟司の家の隣部屋に集まって、次回作の曲作りに奮闘していた。


「お茶が入りましたあ」


 月子が悟司の部屋で入れたお茶を持ってシュガ部屋に戻ると、ちょうど千佐都が頭を抱えながらこたつテーブルに突っ伏しているのが目に入った。


「うぬぬぬぬ……」


 千佐都は現在、シュガーの新曲の作詞に頭を悩ませている。シュガーの楽曲制作は、大体いつもこの行程でストップするのが常であった。


「まだか千佐都」


 春日が雑誌から顔をあげた。それに釣られたように、悟司もヘッドホンを外すと、千佐都の方へ振り返って口を開いた。


「旅行に行ってたときはあんなに『すごいいんすぴれーしょんがっ!』って息巻いてたのに、もう枯渇したのか」

「うっさいわいっ。気が散るでしょっ!」


 だんっと、千佐都がこたつテーブルを強打した。そんな一触即発のぴりぴりムードをなだめるように、月子がいつもの様にすかさずお茶を差し出すと、千佐都はそれをごくごくとがぶ飲みして、


「最近、めちゃめちゃペース速いじゃないのさ!? 夏前の学祭の時から既に三曲目ですぜ? そんなぽんぽんとフレーズが沸きますかって話よ」

「悟司のヤツはぽんぽん沸いているみたいだが?」


 春日が親指を悟司へ向けてそう言うと、千佐都がふんと鼻を鳴らして首を横へ向けた。


「悟司は変態だから除外っ!」

「いや別に俺、変態じゃないし……」


 謂われのない非難に、むっとする悟司に月子はすかさずお茶を差し出す。


「そもそもなんでいきなりそんなペースになったんさ? 前はもっと、ゆっくりのんびり進行で作ってたでしょーが!!」


 千佐都が詰問しながら、ちらと月子を見る。


「はわ。え? え?」


 そのままじーっと月子を見て、それから再び悟司へ視線を戻す千佐都。


「……ま。別にいーけどさ」


 そこまで言うと千佐都は湯飲みを横に置いて、再び作詞の作業へと入っていった。月子は春日にもお茶を手渡すと、お盆を置きに一旦悟司の部屋へと戻っていった。


「……はぁ」


 キッチンの壁にもたれかかると、月子はそんな風に小さくため息をついた。

 悟司がいきなりボーカロイドの制作ペースを上げた理由。

 その理由を月子は知っていた。


 そして、その理由が自分であることも――


「ウチも……頑張らなくちゃ」


 ぐっと胸の前で握り拳を握ると、月子はお盆を置いてシュガ部屋へと戻っていった。



 ※ ※ ※



 さて。そんな日の翌日、月曜日のことであった。


「さむ」


 外に出ると冷たい風が吹いて、月子はマフラーを巻き直そうと玄関の前で立ち止まっていると、


「つーきーこせーんぱあいっ!」


 奥の方からそんな声がして振りかえると、もこもこの手袋をはめた阿古屋がこちらに向かってぶんぶんと手を振っていた。


「月子先輩はこれから講義っスか?」


 赤いニット帽をすっぽりと被った阿古屋は、普段よりもずっと幼げに映ってみえた。月子がマフラーを口元のあたりまで巻き直し終えると、阿古屋はとことこと月子の側までやってきて、


「えへへ。自分、今日は自動車学校なんスよー」

「え。じ、自動車学校?」

「そうっス!」


 元気良くうなずく阿古屋。


「成司くんが取るっていうから、自分も一緒に取ろうかなって。今ちょうどアパートの下に向かえのワゴンが停まってると思うんスけど」

「それって、場所はどこなの?」

「沼田っスよ」


 沼田か、と月子は思う。自分は行ったことがないが、ここよりももっと田舎だったはずである。


 そもそも、月子自身はこの町をそれほど田舎だと思ったことはなかった。それなりに店もあれば、公共交通機関もほどほどに充実しているし、この付近を歩いていても学生が町に大挙している以上、見かけないなんてことはほとんどないのである。


 おそらく悟司や千佐都などからすれば、相当人が少なく思えるのだろう。

 月子は、前に札幌を四人で訪れた際に、千佐都が「実際、名古屋とほとんど変わんないわねー」と独り言のようにぼやいていたことを思い出した。その発言から想像するに、悟司と千佐都は札幌のような規模の町にずっと住んでいたということになるわけで、そんな人間からしたら、確かにこの町は田舎に思えるのかも知れなかった。


「成司くん、パチンコする人なんスよ」

「パチンコ?」

「うん。あ、スロットか。そうそうスロットするんスけど、前に自動車学校の学科までの時間に空きがでたもんで、二人で沼田の町に出たんスよ。んでパチンコ屋に行ったんスけど、もー誰も人がいなくて……。朝イチだったってのもあるかもしんないスけど、あれはあれで、なんか物寂しいもんスよねぇ……」


「鈴ちゃんも、するの?」

「え――いやいやっ! あんなぽんぽんと千円札がなくなるものなんかやらないッスよ! 怖くて怖くて!」


 もこもこの手を振りながら、同時に首を左右に振る阿古屋に月子がくすくす笑う。そうして二人はアパートの下に降りると、確かにそこには一台のワゴンが停まっており、その中から成司がこちらに向かって軽く手を振っていた。


「そんじゃ、行ってきまっス!」

「いってらっしゃい」


 笑顔で見送ると、そのまま月子は白い息を吐きながら学校へ向かって歩き始めた。


 阿古屋だけじゃない。


 みんな、どんどん恋を始めてる――


 雪道をみつめながら月子はふと、そんな風に心の中で思った。



 ※ ※ ※



 学校に着くと、今度は廊下でばったりと松前に遭遇した。


「あら、月子ちゃん」

「こんにちは。松前さん」

「千佐都から聞いたよー。なんか今、超頑張ってるんだって?」

「あ、はい……え、と。漫画をちょっと描いてて」


 松前が鵜飼と付き合ったと言う話は、二ヶ月前のシュガーメンバーで北海道を旅行したときに、春日の口から聞いていた。そのせいなのか、最近の松前は月子の目から見てもどんどんと可愛くなっているように思える。


「完成したらぜひ読んでみたいな。月子ちゃん、めちゃくちゃ絵が上手いし」

「そ、そうですかね?」

「じゃなきゃ、悟司くんの曲に絵なんてつけられないでしょっ。いやしかし、前にアップした曲も人気すごいみたいだねー。なんか本格的に、メジャーになってきてる感じ」


 前回の曲、といえば確か十月の終わりくらいに出来た曲のはずだ。再生数の方は確か、月子が見た時には既に三十万を突破していた気がする。


「実は鵜飼さんにもね、メジャーデビューの話がきてるんだ」

「あ。それは以前、弘緒ちゃんから」


 そう頷いてはみせるけれども、やはりすごいなとあらためて感嘆の息を漏らしてしまう。やはりというべきなのか、普段の鵜飼からは全く想像のつかないけれども、実力は悟司よりも圧倒的に上なのだろう。


「なんというか、おめでとうございます」


 素直にそう述べると、松前はからからと笑って、


「いや私がそうだってわけじゃないからね。んでも、すごいよ二人とも。月子ちゃんもそうなんだけどさ……なんかこうして、普通に喋っている人がそんな風だと、あまり実感が沸かなくて」

「いや、ウチは別に何も……」

「でも、依頼来てるんでしょ? 最近はそっちも積極的だって」

「は、はぁ……まぁ少しですけど」


 イラストだけの依頼も、夏休みの間に何件か来ていて、その全てを春日というフィルターを通して受けたり断ったりしてはいたが、だからといって二人と比べられるのは正直気が引けてしまう。月子は顔を赤らめながらぺこりと頭をさげると、


「じゃ、じゃあウチは講義があるので……」


 と、そのままそそくさと松前の方から離れていった。


「うん。あ、そだ。またカラオケ行こうねー」


 背中でそんな松前の声を聞いて、もう少し丁寧に受け答えが出来ればなと思いながら、月子は階段を上がって教室へと向かっていった。



 ※ ※ ※



 夕方になっても、雪は降り続けていた。


 談話室でシュガーのメンバーと待ち合わせをしていた月子は、講義が終わるとすぐさま鞄を持って教室を離れた。


 そうして談話室に着くと、そこは昨日のシュガ部屋よりも険悪なムードがむんむんと漂っており、月子は目を白黒させながら、


「あ、あの……どうしたんですか?」


 と、誰に言うべきかわからない様子で全員の顔を交互に眺め回しそう言った。


「――なんかね、」


 最初に口を開いたのは、悟司だった。


「歌い手が現われたみたい」

「え?」


 説明されたはいいが、何を言っているのかがよくわからず、月子は首を傾げる。そんな月子の反応を見た春日が、悟司の言葉を拾うように、


「いわゆる『歌ってみた』と呼ばれるジャンルの人達のことだ。ボカロの曲を、自分が歌って動画をアップロードする連中、こう言えばわかるか?」

「は、はい。でもそれが、どうしたんでしょう?」

「まぁ……今まで何人かいたわけだ。僕らの曲は、まぁ自慢じゃないがそこそこ色んな人に視聴されている。僕らの曲を好きでいてくれて、ファンになってくれた人たちが、自分の喉を使って新しい表現をしてくれる――まぁ正直、悪い気もしない」

「……それが、あたしの歌詞ならねっ!」


 ぷりぷりと頬を膨らませた千佐都がそう言って、談話室のソファーを蹴り上げるように立ち上がって言った。


「あたしの……あたしが一生懸命考えた歌詞を――勝手に改変して歌ってんのよ、その子はっ!」



「…………は?」



 そんな千佐都の言葉の意味に、月子の思考回路は全く追いついていかず、ただただ首を傾げるばかりであった。


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