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千佐都ちゃんグルメツアー(2)

 そうして地下鉄に乗って着いた先は名古屋駅。


 あまりにも千佐都が迷わずずんずんと威勢良く歩いて行くので、さぞ自信のあるグルメを食べさせてくれるのかと、内心わくわくしながらついていくと、


「――着いた先は、ここかい」


 なぜか逆さだっている二つの三つ編みという、サザエさんもびっくりなテクノカットのマスコットガール、「スーちゃん」が描かれたそのラーメン店――「寿がきや」の店の中に入っていきながら、


「なんとなく、ここのソフトクリーム食べたくなっちゃったからさ」


 と千佐都は何気なしにそう言った。

 実はこの「寿がきや」というお店、名古屋在住者ならば、まず知らない人はいないと言えるほどに有名なラーメン店なのだが、この店はラーメン店であるにも関わらずソフトクリームが売っている。


 ソフトクリームだけではなく、他にもぜんざいやらあんみつやらと、なぜかやたらに甘味系に強いのが特徴で、さらにメインのラーメンは二百九十円という、学生の財布にもかなり親切なお店なのである。ちなみに会計は先払いで、配膳はセルフサービスだ。


 おそらく名古屋人の大半は、この「寿がきや」を食べて育ったといっても過言ではないはずである。かくいう悟司も、一体いつごろからこの店を知っているんだろうという感覚すら思い出せないほど、幼い頃から「寿がきや」の味を堪能してきた。


「――千佐都もそうだろ?」


 悟司は二百九十円のラーメンをすすりながら、目の前でソフトクリームを食べる千佐都にそう尋ねると、


「まぁー……そう言われればそうね」


 と、言われて気付いたかのごとく呆けた調子でそう答えた。まぁとにかく、そのくらい馴染みがある店ということである。


「いわゆる名物料理――味噌カツとかきしめんとか。そんなものに加えてしまってもいいんじゃないかとすら思うんだ、寿がきやを。まぁあくまで俺は、だけどね」


 汁までぺろりと完食して、悟司が器に入った先割れスプーンをいじりながら誰に言うわけでもない独り言のようにそう告げると、千佐都は口周りについたクリームを紙ナプキンで拭きながら笑った。


「んでも味は普通のとんこつじゃないのさ。とんこつってやっぱ福岡じゃない?」

「いやいや。とんこつと言われても、普通の博多とんこつとは、またなんか微妙に違うじゃないか。マイルドさの中に、なんとも言えないコクがあって」

「そう?」

「そうだよ!」


 少し語気を強めながら悟司は、なぜこんなムキになっているのだろうと、ふと思った。もしかしたら自分は、無意識レベルで千佐都よりも「寿がきや」のことが好きなのかも知れない。


「まぁいいや。さっきの『たまごせんべい』といい、なんかもう腹いっぱいだ」

「……は?」


 千佐都がじろりと悟司を睨んだ。


「アンタ、まだこれ二件目でしょーが」

「いや、もう十分だよこれで」

「馬鹿言っちゃいけないわさ。言っとくけど、まだまだ食べますわよ?」

「お前……そんなに大食漢だったっけ」


 呆れたように悟司がぼやくも、


「これも曲作りのためのインスピレーションになると、あたしは思うんだけどなぁ」


 そうして千佐都は勢いよく立ち上がってお盆を手に返却口へと向かって行った。はたしてこれのどこが曲作りのためのインスピレーションになるのだろう。


 悟司もお盆を持って立ち上がると、そのまま千佐都の後を追って、店内を飛び出した。


「次はあたしもラーメン食べるっ!」

「ちょっと待て」


 なぜ今食べなかった、と思わず口からまろびでる寸前で千佐都が振り返った。


「寿がきやなんて、近くのスーパーのフードコートにでもどこにでもあるでしょうが。いつ帰っても一人で食べられるものを、今ここで食べる必要なんてどこにもないじゃん」

「お前なぁ……。だったらいっそ、最初に何を食べに行くのかちゃんと説明してくれなきゃ俺にはわかんないだろ。またラーメンとか」

「それはサプライズ的な意味もこめて言えまっせーん」


 この女は……。


 そういえばそうだった。最近はずっと大人しかったが、千佐都はもともとこのように相手のことをよく振り回す性格のやつだった。まぁくよくよして落ち込んでいるよりは、こうやって元気でいてくれた方がこちらとしても接しやすいのだが、と思いながら悟司は千佐都に連れられて次なる目的地へと向かった。



 ※ ※ ※



 お次は天白区というところにある、ちょっと変わったラーメン屋である。


「ベトコンラーメンって知ってる?」


 店の前に着くなり、千佐都が悟司に向かってそのように尋ねてきた。


「ベトコン?」

「うん」

「ベトナムコンバットのこと?」

「もともとはそういう意味もあったみたいだけど、今は違う意味かな」


 苦笑する千佐都。


「わかった! ベーコンとコーンが混じったラーメンだ」

「それだと、ベトコンの『ト』の部分がないけど」

「じゃあ……なんだろう?」


 首を捻る悟司に、千佐都はたまりかねてこう言った。


「正解は、ベストコンディションの略よ。んじゃ、入りますか」



 ※ ※ ※



 二人でベトコンラーメンを頼み、待つこと数分ちょい。


「ああっ! なるほどね」


 ようやく出てきたラーメンを見て、悟司は思わずそんな風に言葉を漏らした。具を見ると、にんにくにニラともやしと長ネギ、おまけに鷹の爪も入っている。


「元気が出そうだ」

「味ももちろん、んまいよ」

「だろうね」


 口臭も大変なことになりそうだが。


 ずるずると音を食べる悟司と対称的に、千佐都は全く音を立てずにラーメンを食べる。


「なんで音立てないの?」


 悟司が尋ねると、千佐都はちょっとだけ恥ずかしそうにしながらこちらを向いた。


「あたし、それがうまく出来ないのさ」

「それって、ずるずるっと麺をすすれないってこと?」

「うん。……つーか今更じゃない? あたしアンタ達とよく食べてるじゃん、ラーメン」


 言われてみれば、と思う。

 いつも北海道で食べに行っているラーメン屋では四人でしか行かないため、こうして二人だけでラーメンを食べにくることは初めてであった。そのせいか、どうも今日は普段よりも意識が千佐都だけに向いてしまいがちになり、今更こんな些細なことに気付いてしまったわけである。


 一年も同じように学生生活を送っていても、なかなか気づけないこともあるのだなぁとしみじみ思いながら悟司は、


「こうやってやるだけじゃん。見てて」


 と、お手本のように、ずるずるっと軽快に麺をすすってみせた。


「簡単」


 そういって悟司は両手を前に差し出しながら、やってみろとばかりに千佐都を促す。


「……そんなお手本をみせられても、実践に移せるかどうかは別でしょ」

「ストローでジュース飲むような感じだって。楽勝」

「それとはまた、全然違うと思うけどなぁ……」


 箸ですくいとるようにして、そのままぐっと息を呑みながら千佐都は麺を睨んだ。


「この経験も、きっと曲作りの一貫になるよ」

「あたしの名台詞を堂々とパクってんじゃないよ」

「いいからほら」

「うぅ……」


 千佐都はじぃっと麺を見つめて、


「い、いくぞ……?」


 ちらりと一回だけこちらを見ると、そのまま一気に麺を口の中に含んで――


「ぐぼぉっ!! ……げっほ! げほっ……」


 ――実に鮮やかに、そして盛大に麺と汁を吹き出した。


 千佐都は真っ赤な顔をして、何事かと驚いている店員の人に向かって何度も頭をさげると、そんな店員から受け取ったふきんで自らのテーブル周りを拭きながら悟司に向かって、


「アンタ……あとで絶対に殺すかんね」


 公然とそんな殺害予告を吐き捨てた。

 冷静なトーンとは裏腹に、あまりにも暴力的すぎる発言である。

 その言葉を聞いて、悟司の背筋が凍り付いたのはもちろん言うまでもないことである。


 ※ ※ ※


「れ……練習が必要だったんだって」


 店の外に出た瞬間、ぎりぎりと首をしめられながら、悟司は窒息寸前で必死の弁明を試みる。


「アンタのせいで、もうこのお店いけないじゃないのさっ!」

「だ、大丈夫だって……店員の人も笑って……ぐえぇ……」


 ようやく首から千佐都の両手が解かれると、悟司はぐてんとその場に転がった。


「もう最悪だ……こんなシーン、誰かに見られでもしたら、千佐都ちゃん人気がぐんぐんと低くなるじゃないのさ……このちっこくて天真爛漫なあたしのイメージがぁぁ……」


 顔を両手で伏せながら、そんなことを言い出す始末。まぁ元より本性を知っている面子からすれば今更なわけだが、何も自分しかいないところでそんな詐欺まがいのイメージを気にすることでもないのではとも思う。


「じゃあ、もうこの辺でお開きにしよう。俺もお腹いっぱいで」

「それはダメ」

「……もう家に帰らせてくれって。頼むから」


 当然ながら、先ほどよりもずっと悟司の胃袋は深刻な状況であった。


「これ以上俺と一緒にこんなこと続けても、千佐都のイメージが悪くなるだけでしょ?」

「ならんね。アンタがバカみたいなこと提案しなきゃ別だけど」

「麺をすすれって言っただけじゃないか」

「すすれない子にすすれだなんて、『ぽよぽよ』やったことない人に小倉くんに勝てって言ってるようなもんじゃないのさっ!」


 それはまたちょっと違うような気がするのだが。


「とにかく! 次に行く店で、あたしのイメージをアップさせるんだから!」


 まだまだ食の道中は続くようである。

 悟司はため息をつきながら、千佐都の後ろを黙って付いていった。



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