千佐都ちゃんグルメツアー(1)
「――知らないってさ」
むしり取るように他人の携帯を奪っておいて、そのうえ放り投げるようにこちらへ寄こすと、千佐都はからからと元気よく駄菓子屋のおばあちゃんに手をあげた。
「まぁいいや。実際に見ればどういうものかわかるでしょ……ってことで、おばあちゃーん。あたしに『たません』一つくーださいっ!」
「あいよー」
千佐都の言葉にニコニコ顔のおばあちゃんが、えびせんを鉄板の上に焼き始める。
「どうでもいいけど……今日は一体なんの用だよ」
目の前に焼かれているえびせんを見つめながら悟司がそう尋ねると、千佐都は先ほど買ったばかりのラムネのビンの口に凸型のプラスチックを押し当てた。
「別に? 暇だったしあそぼっかなって」
「二人で?」
「他にあたしら共通の知り合いなんて、いないでしょーが」
まぁいないこともないけど、正直会いたくても会えないというかなんというか。
そんなことを思っているうちにぱんっと気持ちの良い音が鳴り響き、ラムネの口を蓋していたビー玉がビンの中間位置で踊り始める。その瞬間、サイダーの泡がどっとラムネの口から溢れ出し、それをすくいとるようにして千佐都の唇がビンの口へ到達した。
「千佐都ちゃんは、むかーしっからここで、たまごせんべいばっか食っとるがね」
鉄板の上に卵を落としながら、のんびりとした方言混じりの言葉でおばあちゃんが話し始める。
「ウチの味は天下一品やって、そりゃもう、どえりゃあ嬉しいこといつも言ってくれるでよ。わしもついつい嬉しくなって、こうやっていつも、たまごせんべいを切らさんと千佐都ちゃんを待っとるんだわあ」
「帰るときは、ちゃーんとばあちゃんにも連絡してるしね」
ラムネの勢いが収まったのか、千佐都は鉄板のすぐ横にそれを置くと、行儀悪くがたがたと椅子を揺らし始めた。
「体はもう大丈夫なんかあ?」
「うん、おかげさまでねっ」
「体?」
悟司が口を挟むも、二人の話はそのまま賑やかに別の話題へとシフトチェンジしていった。仕方なく、悟司は開きっぱなしの駄菓子屋の入り口から外に出た。
今日も名古屋はめちゃくちゃに暑かった。
本来ならば、今日はずっと家に閉じこもってのんびりギターを弾く予定だったはずなのに、昼過ぎ辺りに突然やってきた千佐都からの入電のせいで、、気付けばこのような彼女行きつけの駄菓子屋にやってくるハメになってしまった。
千佐都は、この数日の間にどこかへ携帯を落としてしまったらしく、そのせいで悟司は電話を取るまで彼女からのものだと気付かなかった。もし仮に気付いていたら、今日は絶対に電話を取らなかった。なぜなら今日は、例年でも珍しいほどの猛暑日なのだ。誰が好き好んでこんなクソ暑い日に外に出るか。
そう思っていたはずなのに、どうしてこんなことに……。
ちなみに悟司を呼び出した電話は、この駄菓子屋からのものである。ちらりとおばあちゃんの後ろにあるダイヤル式の黒電話をみながら、悟司は重々しいため息を漏れこぼして、再び駄菓子屋の中へと戻っていった。
駄菓子屋の中は鉄板の熱でさらに熱気を高めている。どういうつもりなのだ、このバカ女は。このクソ暑い日にこんなもの食べるとか、はっきりいって正気じゃない。
そもそも悟司がこの「たまごせんべい」なるものに遭遇したのは今日が初めてであった。
見たこともなければ聞いたこともない。そのことに千佐都はいたく驚いたらしく、
――はぁ? そんなわけないでそ。これこそ万国共通グルメじゃない。
と、春日に電話をかけたのが事の始まり。結局、たまごせんべいを披露するおばあちゃんと千佐都に付き合わされる形で、悟司は汗をだらだら流しながらそれを見届ける事態へと相成ったわけであった。
半熟になった卵を押し潰すようにして、先ほど焼いていたえびせんを乗っけると、すぐに駄菓子屋のおばあちゃんは、それを丸ごとひっくり返した。
その上からマヨネーズ&お好みソース、桜エビに小刻みにした紅ショウガをまぶし、その間、空いているスペースにもう一枚のえびせんを焼き始める。なかなかに手際が良い。
見たところかなりの歳がいっているおばあちゃんなのだが、もしかすると自分が思っている以上に若いのかも知れない。悟司はおばあちゃんの『たませんの焼きテク』に感心しながらぼーっとそれを眺めていると、程もなくしてもう一枚のえびせんを、先ほど桜エビなどを乗っけた方へと移しはじめた。
これで二枚のえびせんが卵を挟む形になり、中にはお好み焼きのような具材が混ぜ込まれるというなんとも奇妙な食べ物が出来上がったわけである。仕上げに青のりをかけると、おばあちゃんは紙袋にそれを包んで千佐都へと寄こした。
「はい、召し上がれ」
「うわーいただきまーっす!」
美味しそうにぱりぱりと音を立てながら、たまごせんべいなるものを頬張る千佐都。
「それ、ホントに美味いのか?」
「でら(※すごくの名古屋方言)、んまいよ」
もぐもぐと口の端に青のりとマヨネーズをつけながら、千佐都は満足そうに頷いてみせる。確かにいささかジャンクな様相を示してはいるが、千佐都の食べっぷりはなかなかに豪快で、食欲をそそるものがある。
そういえば、今朝からまだ何も食べていないことに気付く。
悟司は目の前でぱりぱりと音の鳴るせんべいと、鼻をくすぐるソースの匂いにとうとう我慢できなくなって、財布から百円玉を取り出した。
「おばあちゃん、お、俺にも一つください」
「あいよ」
おばあちゃんの笑顔は、まるでこの猛暑に燦々と照り続く太陽のようだった。
※ ※ ※
「またくるよーっ」
駄菓子屋のひとときを過ごした後、悟司と千佐都は揃って外へと飛び出した。
「美味かったでそ? でそでそ?」
にやにやしながら千佐都が顔を近づけてくる。やめろ、暑苦しい。
「ま、まぁね……、普段ああいうもの食わないから、ちょっと新鮮だったよ」
「なにさ。素直じゃないねー」
一瞬だけむっとしてすぐにけろりと笑顔になると、千佐都は悟司の前を歩きながらこんなことを言い出した。
「ねぇねぇ。このまま食べ歩きしよーよ?」
「はぁ?」
いきなり何を言い出すんだと、悟司の顔が思わず歪む。
「だって、別にまだお腹全然入るでしょ。あんなのおやつにも入らないって」
「いや、そういうことじゃなくて。どうしていきなり食べ歩きなんだよ?」
そもそもなんでこの女は、こんな猛暑の中歩こうだなんて思えるのか。悟司にはそれが不思議でならなかった。ついこの前まで北海道にいて、そうでなくても一年のほとんどがその気候に慣れてしまっているというのに。
「あたしね、北海道で一年と半分過ごして思ったのさ」
道路に書いてある「とまれ」の文字をなぞるように歩き出すと、千佐都はその白線の上にぴたりと止まってこちらに振り返った。
「北海道って美味しいものいっぱいじゃん? 魚介系もサイコーだし、野菜だってもろこしや、じゃがいもとか。しかもスーパーも安いし、なんていうか食に極まってる感があるじゃん?」
「まぁ……言いたいことはなんとなくわかるけど」
「かすがもそうだけど、つっきーや小倉くんもさ。なんてゆーか、北海道って土地を愛してるよね。地元愛ってヤツさ」
「うーん」
悟司はぼんやりと三人との顔を頭の中に描いてみた。直接的な会話ではほとんどそういった発言を聞いたことはないのだが、言われてみれば確かに同郷への思いはあるのかもしれない。少なくとも自分よりか、ずっと強い気がした。
悟司自身は、これといって名古屋に深い思い入れなどは全くなかった。もし家族の皆がすぐ北の方にある岐阜県に引っ越すというのであれば、別になんの感傷もわかないであろう。
そこまで考えてから、悟司は千佐都に尋ねてみた。
「千佐都にはあるの? 地元愛ってヤツが」
「そりゃーもうっ!」
千佐都は悟司に向かって両手をばーんと大きく広げてそう言い切った。
「だって便利じゃん!」
「便利?」
「うん。どこに行くにも便利。東京も大阪も一時間ちょいでしょ」
「他には?」
「他に?」
「うん」
「他には……あ。微妙に田舎くさいっ!」
「それ……褒めてるのか?」
思わずツッコミを入れると、千佐都はわしゃわしゃと自らの頭をかきむしりながら、
「あーもうっ! いいじゃないのさっ! フィーリングだよフィーリングっ! 少なくともあたしは名古屋に隕石なんかが落ちてなくなったら嫌だねっ」
「それはそれで、あまりにもスケールでかくて、逆に想像つかないけど……」
「とにかくっ! あたしは思ったのさっ。あたしは名古屋に生まれ育ったことにもっと誇りを持つべきなんだって! なんだかんだで人情あるし、中日ドラゴンズも名古屋グランパスも大好きだしっ」
「人情ねぇ……」
スポーツのことはあまりよく知らないからいいとして、基本的に地元民への人情は厚いけど、外から来た人には冷たい気がしないでもない、と悟司は口には出さないでそんな風に思う。
良くも悪くも、東と西の大都市の影響を受けながら、独自に進化を遂げてきた町だとは悟司も思う。そのような特殊な環境下なせいもあり、他の土地の人には受け入れがたいことも常識として通じてしまっているところもあったりなかったり。
まぁそういう意味でいえば、そのような文化をもっとも手早く知れるのが「食」なのかもしれない。名古屋の食は、他の土地と違って妙な食べ物も多い。
そのような旨を千佐都にかいつまんで説明すると、
「そう! あたしは、それが言いたかったんさ!」
「嘘をつけ嘘を……」
そんな風にぼそりと呟く悟司を無視して、千佐都はくるりと方向転換。両手を大きく振りながら、元気良く声を上げてこう言った。
「んじゃー張り切っていきましょ! 千佐都ちゃん、名古屋グルメツアー開始ですわん」
※いわゆる全国区で有名そうな普通の名物はたぶん出ません。




