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松前さんの恋愛事情(7)

 遅い。


 ぶすっとむくれながら、パフェを口の中に頬張って私は窓の外を見た。春日さんと鵜飼さんが楽しそうに談笑している。それを見た私のスプーンを持つ手が加速する。


 なんだよなんだよ。せっかく今日はこんなにめかしこんで、札幌に着くまでずっと「今日こそは……今日こそは!」って祈り続けてたのに。それなのにいつも通りどころか、いつも以上に鵜飼さんと私は空回りし続けている。


 結局、私みたいなヒーローオタクの女よりも、春日さんのような音楽オタクとお喋りしている方が楽しいんでしょ。わかってます、えーわかっていますとも。


 ぶつぶつと口の中でそう言いながら、私のパフェを食べる手は止まらない。見てろよ春日。この店はアンタの奢りなんだから、私がきっちりと五千円以上の食事をこの場で平らげてあげるんだから。さて、次は何を食べようかなって――お、これは美味しそうなケーキッ! これだ。これに決めた。うふふ。店員さんはどこかなーっと。


 その時、ちゃりんちゃりんとドアの音が鳴って、鵜飼さんが戻ってきた。ちょっ、私まだこのケーキ頼んでないんですけど!?


「樹里ちゃん」


 鵜飼さんは私の名前を呼んで、どかりと椅子に腰掛けた――って。

 あれ? 春日さんの姿がどこにも見当たらないでございますことよ?


 私がそんな目をしているのに気付いたのか、


「春日ちゃんは帰ったよ」

「え……」


 そんな鵜飼さんの言葉に、私の手にあったスプーンがするりと滑り落ちる。


「ごめんね。なんか今日はずっと樹里ちゃんを避けてた、かも」

「そ、そんな」


 まぁ事実、彼はその通りの行動をしていたわけなのだが、私はこうしてパフェを食べながら腐り続けることで、とりあえずの精神の安定を図っていたから特に問題はない。


「とりあえず、ここを出ようか」

「ふへぇ?」


 いきなりそう言って立ち上がった鵜飼さんに驚いて、ついつい口からバカみたいな言葉が飛び出す。が、それにも構わず鵜飼さんは、


「ちょっと、一緒に行きたいところがあるんだ」


 と、恥ずかしそうに頬をかきながら伝票を持って出口へと向かっていってしまった。

 なんというか、相変わらず私のことよりも、自分のことを優先に考える人だこと。


 というか――ちょっと待って欲しい。てことは、ここのお会計はもしかして鵜飼さん持ちってこと?


「あっ、わた、私も払いますっ」


 慌てて立ち上がって、鵜飼さんを追いかける。しまった。春日さんが払うと思っていたせいで、既にかなりメニューを頼んでしまっているぞ。別に普段から大飯食らいなわけではないのに、もし会計を見て鵜飼さんが引いてしまったらどうしよう。


 そんなことを考えているうちに店員がレジの前へとやってくる。

 そうして受け取った伝票を目にしながら、店員は笑顔で鵜飼さんに会計を告げた。


「三千六百円になります」

「あああ……」


 思わずがっくりとうな垂れる。


「……高いな」


 思わず苦笑いする鵜飼さん。

 そりゃ高いよ……。二人分の大盛りパフェに、ピザにスパゲティ。そのうえ、オレンジジュースとコーラまで飲んだんだもん……。


「すみません、私も払いますから」


 財布を出しながら鵜飼さんにそう言うと、鵜飼さんは首を振った。


「いいって。大丈夫だから」

「でも……」


 私がお札をつまんで申し訳なさそうな顔をするも、鵜飼さんはそれを手で拒否しながらカルトンの上に自分のお金を置いた。


「じゃ、いこうか」


 しぶしぶ財布をしまって顔を上げた瞬間、鵜飼さんはそっと私の手を握りながらそう言った。


 え? え? これなに? えー?


 混乱するも、そのまま手を引かれて店を離れる。


「あのさ、」


 鵜飼さんは、私の方を見ずに信号が青の状態の横断歩道を渡る。


「あのさ、俺……スキだらけだから」

「……は?」

「スキだらけなんだって!」


 ……いきなり、なんのことだろう?

 少なくとも仮面ライ○ーがそれを言ったら相当マズい台詞ではあるが。

 そんな風にわかっていない私に向かって補足を挟むように、鵜飼さんはさらにこう言った。


「俺……別に普通だからね?」


 ……普通? いや普通ではないだろう。普通の男の人はいきなりラーメン屋で味噌ラーメンを二杯も食べやしない。まぁそれを言ってしまったら、私だって今さっき普通じゃないほど食べまくったわけなのだが。


「だから、きっと……樹里ちゃんも普通なんだと思う!」


 ……なにがなんだか。

 ますます混乱する頭のまま、鵜飼さんに連れられてやってきたのは――


「カラオケ屋……?」


 なぜまたカラオケなんかを。この人のデートプランはさっぱりわけがわからない。


 店に入っても、私の手は鵜飼さんに誘拐されたままだった。受付の前に立つとすぐに店員さんがやってきて、その瞬間ちらりと私たちの握っている方に目を止まったのを私は見逃さなかった。


 な、なんだか恥ずかしいな……。


「二名様ですか?」

「そうです。一時間で!」


 こころなしか、鵜飼さんの声が上ずっている気がする。


「ではお部屋はその奥の一○七号室になります。お帰りの際はこちらの伝票をお持ちになって、受付までお越しください」


 そうして私達は個室の中に入って、そこでようやく鵜飼さんの手が離れた。


「あ、あのぅ……」


 おずおずと、私は鵜飼さんに話しかけた。


「座って」

「あの、なんでカラオケに……」

「すぐわかるよ」


 訝しむ私をよそに、鵜飼さんはマイクを手にしながら液晶パネルのついたリモコンで、曲を選び出した。


 その時ふと画面に、今年の秋から始まる仮面○イダーの宣伝が流れ出した。今年の○イダーは、みかんだのバナナだの、なんだかよくわからない格好になっており、それを見る私の心の中は、まさしくそのライダー達と同じようにカオスさを増していく。


「あった。これだ」


 そう言って鵜飼さんは、機械の方にリモコンを向けながら話し始めた。


「……俺さ、実はずっとこれを樹里ちゃんに聴かせたかった。俺ってきっと悟司くんと同じで、多分こういう形の方が、自分の気持ちを正直に、素直に伝えられると思うから」

「あの、一体なんの話を――」


「俺、樹里ちゃんのことが好きだ」


 その瞬間、個室内にピアノの音が流れ出して、私はテレビ画面の方へ振り返った。



 ――タイトル『伝えたいメッセージ』

 作詞作曲編曲:ひまじんP 歌:巡音ルカ


 それは優しい音だった。静かに、そして緩やかな旋律で私の心を震わせる、そんなイントロだった。


「……キーは男でも歌える――つーか、俺が歌うためにそうした。まさか、カラオケ投票に選ばれるとは思ってなかったけど、最近になっての話だから」


「……いつから」


「え?」


「この曲、いつから――」


 私が全てを言い切る前に、歌い出しの歌詞が画面に流れ出す。


「いつからって……確か初めてデートした時かな。あの時は、ホントすぐにメロディが浮かんで。だから、この曲ってマジであっという間に出来たんだよ――」


「……歌って」


「――え?」


 私は食い入るように画面を見つめながら、再び言った。


「歌って……ください。もう、始まってる……から」


 そんな私の声に、鵜飼さんは思い出した様に画面へと振り返って歌い始めた。




 ……夢みたいだ。


 なんだよ……これ。こんな嬉しいことってないじゃないか。

 画面に映し出される言葉の数々は、私がこれまで一度も想像なんてしたこともなかった鵜飼さんの愛情に溢れていた。


 溢れすぎて――涙が出そうだ。


 なんだよ……バカ。


 バカ。バカ。バカ。


 私は顔をすっぽりと両手で覆いながら、それでも彼の紡いだ音を、言葉を、一時も逃すまいと耳を傾けていた。



 私も好きだ。


 大好きだよ、鵜飼さん。


 そんな素敵な時間も、瞬きのようにあっという間に過ぎて、再びテレビ画面には広告が流れ始めた。


「……嬉しい」


 最初に出た、私の言葉だった。


「私……。全然魅力なくて……それで、ずっと鵜飼さんに飽きられてるのかもなって」

「……そんなことない」

「……嫌われてるのかもって――っ」


「そんなこと、ない!」


 そんな強い口調で私をたしなめると、鵜飼さんは涙でぐしゃぐしゃの私の顔をじっと見据えて言った。


「……俺が、ダメなヤツだから。それが原因だったから。だから……その……ホント悪い」

「ホントですよ……ホントに」


「うん。ごめん。今まで、ホントずっと、ごめん」

「もう……」


 泣き笑いで、顔を押さえる。


「もっと、しっかりする」

「うん」

「大事にする」

「……うん。ありがとうございます……」


 最悪なデートだったのに。


 今日はもう一日、ずっと沈んだ気分だったのに。


「私も……歌う」


 鼻をすすりながら、私は立ち上がってマイクを握る。そんな私を見ながら、鵜飼さんは優しい眼をして静かに頷いた。


「うん。いっぱい歌おう」


 そう言って、にっこりと笑ってくれた。


 嬉しい。

 嬉しいばかりで、また涙が出そうになる。


 もう嫌だ。なんなの私。

 もっと感情を制御できる人間だって、そうずっと思ってたのに。


 本気で、そう思ってたのに。


 そう思いながら入れた曲は――


「……こ、コズミック○インド?」


 鵜飼さんが椅子からずるりと滑り落ちる。


「仮面ライダー○ォーゼですよ」

「いや、それは一応知ってるんだけど……なに? 樹里ちゃん、ライダー好きなの? マジで?」


「あれ、もしかして知らなかったんですか?」


 思わず笑みがこぼれ出る。


「私、鵜飼さんの姿を最初に見たとき、ずーっとライダーの格好が似合いそうだなって、だから好きになったんです」

「あ……そうなの」

「そうなんですよ。ふふっ」


 アップテンポの歌い出しが始まる寸前に、私は鵜飼さんに振り返る。



「私も鵜飼さんのことが――大好きですっ!」


 そして、私は元気よく歌い始める。

 鵜飼さんのことを考えながら、泣き腫らした顔を隠しつつ、でも笑顔で精一杯に思い人へ自分の声を響かせる。


 普段は少しだけ頼りないけど、でも音楽ではいつも完璧で隙がない。


 それが、私の大スキな人。

 “スキ”だらけな人だ。

 



 ※ ※ ※



 ――そんなバカップル誕生の、約一時間後のこと。

 国道の途中のコンビニで、春日は煙草とコーヒーの味を噛みしめながら空を見上げていた。


「今頃はうまくやってる頃か」


 全く、世話の焼ける二人だった。今度、絶対に何かの形でお礼をしてもらわなければ気が済まん。そんな風に思いながらふぅっと空に向かって煙を吐くと、突然スマートフォンから着信音が鳴って、春日は画面を見つめた。


 松前からかと思ったが、相手は悟司からである。


 一体、どうしたのだ?


「もしもし? 僕だ」


 すると、電話から聞こえて来たのは悟司ではなく――


「あ。かすがー?」

「……その声は、千佐都か?」


 なぜ悟司の携帯で千佐都が? もしかして今一緒にいるのだろうか。

 そんな春日の思考もよそに、千佐都はいつもよりもやたらとハイテンションな声で、こんなことを言った。



「あのさー、あんた――『たまごせんべい』って知ってる?」




「…………………は?」





※ということで、次のお話に続きます。

今から書き始めるので、少しお待ちください。

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