松前さんの恋愛事情(6)
春日は一旦店員に断って店を出ると、反対側にいる二人に向かって声をかけた。
「二人とも、こっち」
春日が呼ぶと、鵜飼は力のない笑顔でこちらへ歩いてきた。
一方の松前はその後ろを蒼白な表情でついてくるといった調子。完全に幽霊とそれに取り憑かれた人の図である。ちょっと見ない間にとんでもなくやつれてしまったな、と思いながら、春日は松前に向かって、先ほどまで自分が座っていたボックス席を親指で示した。
「先に店に入って。何か好きに頼んでていいぞ。鵜飼さんはすぐ戻らせるから」
松前は頷くと、そのままからんからんとドアを押し鳴らして店内へ消えていった。
除霊完了。
そうして、春日はくるりと鵜飼に向き直って言った。
「何がそんなに嫌なんですか」
「嫌、じゃないんだけどさ……」
歯切れの悪い鵜飼の言葉に、半ば苛立ちを押さえきれずに春日が告げる。
「百歩譲ってラーメンはいいとしよう。でも、何よりもまずあなたの態度が問題ですよ。ありえない。誰が見てもあれは、彼女を避けているようにしか見えない」
「……」
「もうボケは要りませんからね。はっきり答えてください。じゃないと、ここから先のデートは何をやったってダメです。あのままだと、松前はズタボロになるし、彼女だってもうこんなデート、やる気も起きなくなるでしょう。最後の最後、ラストチャンスなんですよ、彼女も。あんたも」
「……」
「だから――どうしていつまでもそうして黙って! 全然いつもとらしくないじゃないか! ちゃんとしろ! 大人でしょうがっ! 鵜飼元就アラサーっ!」
「アラサーは関係ないだろっ!?」
「弘緒さんからも聞きましたよ! 女の人が苦手だって」
「弘緒が……?」
鵜飼がぽかんと口を開ける。
「ええ。だがね、僕にはそんな風に言われてもちっともぴんとこないんだ。僕にとっての鵜飼さんは、女の人にもっと積極的で……少なくとも千佐都や月子にはそんな感じだったから、これまでもそういう人だと思いこんでいた。なのに――」
「そりゃさ……誰にだってあんな風になれるわけないだろうよ……」
「だから、それが不思議なんですって! 弘緒さんは……それが鵜飼さんの処世術だって。勘違いしてるって、そう言ってましたけど」
「あながち間違ってないのが、アイツらしいっちゃらしいが……」
ちっと舌打ちをしながら、鵜飼は春日に向かって「誰にも言うなよ?」と、断りを入れながら話し始めた。
「俺……昔からさ、女ってどう接していいのかわかんねーんだよ……。弘緒はあんな風で、ちょっと取っつきにくいし、母親もあまり俺には干渉しない人だったから」
そう言いながら、鵜飼は恥ずかしそうに何度も頭をばりばりと掻いてみせる。
「そんなだから、ちゃんと女の子と会話するようになったのは、ぶっちゃけ大学の時からなワケだ。中高では、ほっとんど女に縁がなくてよ。で、サークルの飲みとかあるだろ? 新歓とか。そこで俺は初めて飲んだ酒に酔って適当にべらべらと喋ってたワケ。そしたら――」
「……そしたら?」
「……目が覚めた時には、よく覚えてない女の先輩と一緒に寝てたんだわ」
「なにそれ自慢ですか」
「違うっ!」
春日のジト目に、鵜飼はまっすぐ目を向けて続ける。
「結局さ、その経験で俺が感じたことって、『ああ、意外と女も男と同じくらいエッチなんだな』ってことくらいで。結局肝心な男女の心の違いって部分は、その後もなーんにもわからなかった。だから接し方も、あの日と同じように、ただ酒を飲んだ時みたいなハイテンションでOKかなって」
「多分、なにかが大きく間違ってますね。それ」
「そうなんだよ! それをいざ出会い頭に実践してみると、今度はそれもそれで、めっちゃくちゃ嫌われるんだなこれが」
まぁ初対面の時点から、あのいつものテンションで迫っていけば、大抵の女性は怖がるだろう。遊んでいる感じの人間ならまた話は別なのかも知れないが。
「おかげで、ますますわかんなくなっちまって……んで結局行き着いた先は、『ならいっそのこと、最初から嫌われてもいいかな』っていう」
「そんな、最悪なねじ曲がり方で今の今まで来てしまったと」
「……そういうこと」
一度深くため息をついてから、春日は再び鵜飼に言った。
「……なぜ、わざと嫌われようとするんです? 今みたいな話を聞いてると、おそらくこれまでに女性と付き合ってたこともあるんでしょう」
「まぁ……ある。あるけど……どれもめんどくさいっつーか……そういう系で」
「たとえば?」
春日の言葉に、鵜飼は重々しく話し始めた。
「最初に付き合ったのは、さっき言った先輩な。二週間くらいで別れた。別に俺も好きじゃなかったし、相手も俺の根暗な部分がわかったんだろう。あんまりまともな話もせずに終わった」
「ふむぅ」
「二人目はメールしてくる量が半端なく多い、見た目は普通の子だった。俺の最初のテンションに惹かれたのかなんなのか、よくわからんがすっげー懐かれた。ただ、メールの内容が重くて、俺から別れを切り出した」
「重い?」
その意味がわからずに尋ねると、鵜飼は顔をしかめながら、
「なんかさ、家庭環境とかの影響もあるんだろうけど……周りの人間と自分を比較して、『自分は惨めで辛い』と。とにかく自分を落とす、自虐に走るんだよ。でもさ、ぶっちゃけ客観的に言えば、そいつは普通の家庭環境だし、周囲だって、そりゃ音大だから技量の差はあるだろうけど、そこまで劣等生ってわけでもなかったんだよ。んなこと言ったら、俺んちの方がもっとヒドいし、成績だって、いつも留年ぎりぎりだった。プチ鬱をひけらかされても、俺にはどうしたらいいかわかんねーんだよ」
「ううむ……まぁ、それはそうだが。でも、認めてほしかったのでは?」
「認めてるよっ! 何度も励ましたし、すっげー何度も勇気づけた。……でも、すぐに元通りさ。そのうち、なんか俺自身もメンヘラってきたから、別れた」
「なるほど……あまりわからないが、とにかくそんな感じということですね?」
収集がつかなくなりそうなので、春日はそう言って話の軌道修正に入った。
「とにかく鵜飼さんの女性遍歴はよぉくわかりました。他にもあるかもしれませんが、とりあえず今の話に戻りましょう」
「ああ、うん……」
春日は軽く咳払いをして、鵜飼に向き直った。
「ぶっちゃけ、松前さんのことをどう思ってるんですか?」
「そりゃあ……いい人だと思うよ。少なくとも、今まで出会った女の人の中では、めんどくさくもないし、元気で可愛いと思う。けど――」
「けど?」
「なんていうか……隙がないじゃねーか。あの人……」
恥ずかしそうにうつむく鵜飼。
それを見て、春日は呆然とする。
「スタイルも顔も性格も良いし……。正直、釣り合ってないっつーか……。俺みたいな人で、本当にいいのかなって。そう、ずっと思ってた。いつものように嫌われようとハイテンションで通したくても、何故かそれも出来てねーし……」
……なんだ。
春日は、うつむいてぼそぼそと話す鵜飼を見ながら思う。
この二人は、ただの似たもの同士なのだ。
“どちらも、互いに隙がないと思い込んでいた”
それだけの話で――
「くく」
「? 春日ちゃん?」
「くっ――あはははははっ!」
笑いが止まらなかった。
「え? ちょっとちょっと! 何が可笑しいのさ? 俺、ぜんっぜんわかんないんだけど! ねぇ、春日ちゃん?」
……ちっくしょう。心配して損した。
鵜飼はずっと照れ隠しで、松前のことを避けていた。ちょっと歪な『好き避け』というヤツなのだろう。普段とは全く違うテンションの低さで、松前と接し続けていたのだ。
対する松前のヤツは、あの普段の大人びた感じを放り出してまで、これまでずっと鵜飼のことを積極的に攻め続けていた。普段のローテンションとは違って、明るく健気に。
どちらも異常で、その実とても正直で正常な反応だったのだ。
ただ、やはりそのすれ違いはどうにかして正さないといけないな。
「いいですよ」
春日は目尻に浮かんだ涙を拭って、鵜飼に言った。
「僕の知っている範囲でですが、松前のヤツが、鵜飼さんのことをどう思ってるか全部イチから説明します。あとはもう、鵜飼さん次第ですよ」
「は、はぁ……」
そうして、春日の様子を不思議そうに見つめる鵜飼に、春日はゆっくりとこの前松前と会話した時のことを話し始めたのだった――




