松前さんの恋愛事情(5)
映画が終わって、春日は場内が明るくなる前に外へと飛び出した。
そのまま喫煙所へと逃げ込んで、煙草に火をつけながらエントランスの方を見ると、鵜飼と松前が一緒になってこちらの姿を探し待っているようだった。
背が高い分、簡単に見つかってしまいそうだ。
そう思って、春日はその場にしゃがみこんだ。マナーがなってないと思っているのか、横にいたオヤジがじろりと春日を睨んだが、そんなことは気にせずに二人の様子を伺っていると、突然ズボンのポケットの中が勢いよく震えだした。
「電話かかってきやがった……」
画面を覗き込むと、案の定電話をしてきたのは鵜飼であった。
全く、どこまでダメな人なんだ。
シカトしてみると、一度切れて、また再びかかってくる。観念して春日は鵜飼からの電話を取った。
『か、春日ちゃん。今どこー?』
なんて頼りない声だろう。春日は煙草を指にはさみながら前髪をくしゃりと握りつぶして言った。
「……そろそろ僕はお邪魔虫でしょう。二人で映画館を出て、どこかご飯でも食べに行ってくださいよ」
『ご、ご飯って、どこがいいんだよ?』
「それは松前のヤツに聞いてくださいよ! それじゃっ!」
ぶつ切りで春日は通話を終了すると、いつもよりも深く煙を吸い込んで、はぁーっと大口を開けながら紫煙を撒き散らした。
遠目で、困り果てた鵜飼の姿が見えた。松前は松前で、コンセッションの方のポップコーン機を見ながら、その場に立ち尽くしている。やがて、鵜飼は松前に声をかけると、そのまま二人で映画館の出口へ向かって行った。しかし端から見ても、恐ろしいくらいにぎこちないデートだ。もしかして、これまでもずっとこんな風だったのだろうか。
「まぁ……自分も人のことは言えんがな」
ふと春日は、そんな二人の姿が、この前のお祭りの時の自分と、千佐都の二人にダブって見えた。悟司のヤツが、一体何のつもりか自分と千佐都の二人だけで見て回れというから、一緒に行ったはいいものの、あの日はいつも以上に会話がぎこちなかった。
千佐都はあの日、自分なんかと二人でお祭りを回って、楽しかったのだろうか。
千佐都ははたして、自分のことをなんと思っているのだろう。
――千佐都も、先輩のことが好きですよ。
「バカ言え……」
春日は煙草をぐりぐりと灰皿に押し込むと、急いで喫煙所を出て二人の後を追った。
※ ※ ※
二人が向かった先は、よりにもよってラーメン屋であった。
のれんをくぐっていく二人の後ろ姿を見つめながら春日は、
「あ、あの人は……本当に」
と、がっくり首を落としながらそうぼやいてみせる。
別にデートにラーメンでも、普通ならばそれほど問題ないのかもしれない。だが、それはあくまで良い感じに会話などが弾んでいる時ではないのか。違うのか。
しかもここは、対面席が一つもない、全てカウンター席の店なのだ。どう考えてもおかしいチョイスなのは明白ではないか。まして、これが男女両方とも学生同士ならまだわかる。しかし、当の鵜飼は立派な社会人なのだぞ。二八歳なのだぞ。
もう少しリッチなご飯を、普通は選ぶはずだろう。
どうしてこうなる? 一体なにがどうなってこんなことに?
今度は春日の方から鵜飼にダメだしの電話をかけたくなったが、見たところ、そのラーメン屋の店内はとても狭そうだった。
しかものれん越しに、順番待ちしている姿も伺える。通話は他のお客さんに邪魔だろうと思い、春日は大人しくスマートフォンをポケットの中へとしまった。
「そういえばアイツ……ラーメン嫌いじゃなかったか?」
日頃から春日は、シュガーの面々と共に行きつけのラーメン屋へ行くことが多い。そこにプラスしてよく同席するのが小倉と成司で、阿古屋はまれに来たり来なかったりといった調子なのだが、松前は、そんな阿古屋以上にラーメン屋に同席する機会が少なかった。
理由は本人いわく、そこまでラーメンが好きではないからとのことで、やってきた時はチャーハンか餃子しか食べないのが常であった。幸いにも春日の行く店は、ラーメン以外にもそういうサイドメニューが充実していたから良かったものの、
「この店って、ラーメンしか置いてないよな。確か……」
そこは雑誌にも載るほど有名なラーメン専門店で、店のオヤジも写真でみた限りでは相当な堅物だった印象があった。それだけを取っても既にデートに不向きな場所だよな、と思いながら、春日はラーメン屋の看板を尻目に、道の反対側にあった店へと入っていった。
数十分後。二人が出てきたのを見計らって、さっそく春日は鵜飼に電話した。
「この地雷やろう」
開口一番に春日がそう告げると、鵜飼は心外だと言わんばかりに声を荒げた。
『ひどい言い草だなっ!』
「松前はラーメンが嫌いです」
『え……マジ?』
「ていうか、どうしたらそんなチョイスになるんですか。あんた、昔からそんなデートしてたんですか。致命的にミスってますよ。それも的確に」
『…………』
黙り込んでしまった。逐一、本当に世話の焼ける人である。
こんな調子ではもう今日が最悪、最後のデートになりかねない。
彼の本心を、どうにかして表に引き出すしかない。
そう思って、春日は鵜飼にこう切り出した。
「僕がこれから松前と話をします。もう既に現時点でありえないくらいにグダグダだから、ちょっとくらい僕が電話したところで、たいしたことないでしょう」
『……わかった』
通話を切って、春日はすぐさま松前に電話をする。
『はい……』
一瞬、幽霊が通話に出てきたのかと思った。
「嫌いなラーメンの味はどうだった?」
『味なんて、もう感じられませんよ……」
「でも、味噌味だったんだろ?」
『味噌ですね。私の一番大嫌いな』
しっかり感じてるじゃねーか。
二人の姿を窓越しに眺めながら、春日はコーヒーを一度だけすすって言った。
「今更かもしれないがな、鵜飼さんはお前に遠慮してるだけだと思うぞ?」
『そうですかね……完全に私に気がないようにみえますけど……』
「いや、多分そんなことはない」
と言いながら内心、ここまで自信のない発言をしたのは、もしかしたら生まれて初めてかも知れないと思った。
「ちょっと一瞬だけ、僕と鵜飼さんだけにしてくれないか? 本当にすまないが」
『いいですよもう……なんでも』
投げやりな松前の声を聞きながら、春日は通話を切って再びコーヒーに口をつけた。
こうなりゃ、もうやけくそである。
自分が直接ばしんと言ってやるしかない。




