8月23日 鷲里月子 前編
今回は二部構成でお送りします。
理由は二つありまして、
1,まだ全て書き上がってないから。
2,R15指定になりそうな箇所があるから。
2を見てびっくりされる方もいるかもしれませんが、
そんなにたいした内容じゃありませんw
むしろつけなくてもいいんじゃないかとすら思ったりしていますが、
一応予防策として、ですかね。
そんな感じで、ひとつよろしくお願いします。
八月二十三日――
目覚めると、そこは実家の天井でした。
重たい頭をゆらゆらとさせながら、つい今の今まで夢を見ていたのを思い出します。
確か、昔々のことから現在に至るまでのダイジェストだった気が。
――男の子が、苦手でした。
特に中学校の頃はひどかったと思います。今は――ずいぶんまともになったんじゃないかなぁと思ったりするわけですが。
……少し……夢の余韻を引きずりながら、支度をしましょう。
そう思ってウチはベッドから飛び起きると、パジャマのボタンをゆっくりと外していきました。
「――そろそろ行くのか?」
リビングに出ると陽太郎兄さんが、新聞から目を離さずにそう呼びかけてきました。
陽太郎兄さんは旭川の市民病院で内科医をしています。家族一の秀才であり、両親が老いてからというもの、今ではすっかり家族の長としてその責務を立派に果たしていました。
これでお嫁さんさえいてくれれば、もう何も問題ないんですけどね。
「うん」
実家から持っていくものを適当に詰めたバッグを持ってウチが頷くと、陽太郎兄さんは新聞をばさりとソファの上に投げ出しながら言いました。
「じゃあ駅まで送っていこう。俺もこのまま仕事に向かうしな」
「い、いいよ。庄ちゃんのところに寄ってから駅に向かうつもりだったし」
「庄一くんか」
ウチの言葉を聞いて、陽太郎兄さんはぽつりとそう漏らします。
「お前らは本当に小さいころからずっと一緒だな」
――庄ちゃんを含む、小倉家とウチの鷲里家はもうずいぶん前から家族ぐるみで付き合っています。小倉家がウチの家の隣に住み始めてから、かれこれ二十年近くもの付き合いだそうです。
驚きです。まだウチと庄ちゃんが生まれる前から既に仲良しさんだったのです。
ウチが物心がつくころには既に、庄ちゃんはいつもウチの隣にいてくれた気がします。今では二人とも互いに成長してそれぞれ別々の時間を過ごすことも多くなりましたが、それでも相変わらずの関係を今でも続けているのは、なんだか不思議なことです。
今では恋愛感情のようなものは特にないと思います。『今では』というわざと含みを持たせた言い方をしたのは、はっきり「今も昔も存在しなかった」と割り切ってしまうと、なんとなく嘘をついていることになるような気がしたからなのですが。
一時期――といっても小学校の三年生くらいだったでしょうか。
庄ちゃんのことが大好きだった時期がありました。その時期は小学校三年生の夏頃から突然始まり、そのまま四年生の秋頃までだった気がします。
男子と比べて、女子は心の成長が早いと言います。それはご多分に漏れずウチもその一人だったようで、あの頃のウチはとにかく庄ちゃんにベタベタと付きまとっていたのです。
庄ちゃんはその頃からアニメ、漫画、そしてゲームが大好きでした。今、ウチがやや普通の方と比べてオタク気質なのは間違いなく庄ちゃんからの影響でしょう。庄ちゃんはウチに対して、会う度会う度、アニメやゲームの知識をフルにひけらかしてくれました。
多感な時期にそういったものを大量にご紹介いただいてしまったウチは、時に庄ちゃんおすすめのアニメを見て感動したり、時に庄ちゃんおすすめのゲームキャラに恋をしたりしました。
――もう、この際はっきり言いたいです。ウチの趣味はおよそ八割以上庄ちゃんによって作られたものですっ! 庄ちゃんはホント罪作りな男なのです。ウチのこの先の人生を決定づけてしまったほどに、彼はもうちゃかぽこ重罪な男なのですよーっ!
……とは言ってみたりするものの、今更後悔したりなどはしていません。中学校に上がり、高校に通い、大学生になり――いつだってそういった趣味を振り切って、真人間としてまっとうに青春を謳歌するチャンスはこれまでもいくつかあったのです。
でもウチはそれをしなかった。
なぜか?
……結局、ウチもああいうのが好きなんなんですよね。遺伝子レベルで焼き付いちゃっているのかもと思ったりするのですが、あいにくウチの家系ではそういった固定の趣味に傾倒している人は一人もおりません。
なんだか、ちゃかぽこ不思議です。
玄関の戸を開けようと手を伸ばすと、勝手に戸が開いてしまいました。
もう一人の兄――大地兄さんが外から帰ってきたからなのですが。
「あっ――」
大地兄さんがウチの顔を見るなり、そう声を上げました。
「わりぃ」
短くそう言うと、大地兄さんはそそくさと靴を玄関に脱ぎ捨てて、さっさと行ってしまいました。
その後ろ姿をぼんやりと眺めながら、ウチはなんだか複雑な気分になります。中学校の時のウチの大失態を、大地兄さんはまだ気にしているのです。
男性のことが苦手になった原因は二つありました。
一つはこの大地兄さんとの確執です。
と言っても、正直「確執」と呼べるほどのものではないのです。ただ男性の心の機微というものは、齢十八になったウチにもいまだに不可解なものでありまして。もしかしたらウチが思っている以上に、兄さんの心には深く刻まれてしまった事件だったのかもしれません。
なんとなく思うのですが、時に男の人は女の人以上に繊細な面があるような気がします。
いまだに大地兄さんとは会話もままならないので、きっとそうなのでしょう。ウチは兄さんのその繊細な部分を、深く傷つけてしまった。だから、今もこのような関係に落ち着いてしまっている。
けど、ウチもウチでそれなりに深く記憶に焼き付いているのです。決して兄さんだけが傷ついたわけではないのです。
……余談が過ぎたようです。
男性のことが苦手になったもう一つの原因――それは、中学校の時に出来たウチの彼氏です。
どちらからでも良いのですが、時間軸通りに話を進めるならば、この彼氏の件からの方が良さそうです。でもその為には、まず最初に小学校の時の庄ちゃんの件からお話しないといけなくなるわけですが。
先ほど、ウチは小学生の頃のことをお話しました。小学四年生の秋頃まで庄ちゃんのことが好きだったというお話なのですが。
実はこの時、ウチは思い切って庄ちゃんをデートに誘ったのです。場所は旭山動物園で、当然行く際にはウチの両親が二人を車で送り迎えしてくれるという、年相応の可愛らしいデートです。
……今の自分を知っている方は、ウチのこの行動力に驚かれるかもしれません。今も昔も、あれだけ積極的になれたのはこの時が最初で最後です。まだ恋愛というものがよくわからない時期ではあったにしろ、あの時の積極さが失われてしまったことは果たして良かったことなのかどうなのか。
とにかくウチと庄ちゃんはデートしました。
でも、結果は散々たるものです。庄ちゃんは動物を見ることなく、ただひたすらゲーム機から目を離しませんでした。庄ちゃんは、今でこそゲーム機を触りながらでも周りの状況をしっかり把握することの出来る、「変人さん」になっていますが、当時はまだそこまで周りに目が行き届かなかったのです。
当然、ウチのことも完全にないがしろでした。この時はろくに動物も見れなかったと思います。そうして夕刻が近付いた時、ウチは泣いてしまいました。
「どうして、庄ちゃんはゲームばっかりなの!? ウチのことをどう思ってるの!?」
そんな言葉を言った気がします。
すると彼は、ゲームから一切目を離さずにこういったのです。
「幼なじみだよ」
その言葉は深くウチを傷つけました。あれだけ大好きで、ずっとべたべたとしていた自分を見ても、庄ちゃんはウチとの距離をしっかりと保ったまま微動だにしていなかったのです。
端的に魅力がないのだと思いました。同時に、ウチは彼にとって、ただの都合のいい存在でしかないのだろうかとも。
「ウチは……庄ちゃんのことが好きなんだよ?」
だめ押しにそう言ったのです。でも、彼は何も言わなかった。黙々と目の前のゲームに熱中しており、ウチはそんなゲーム機に激しく嫉妬しました。
……無機物に嫉妬するなど、今思えば非常に可笑しくてたまらないのですが。
「こんなの……いらないっ!」
この頃のウチは庄ちゃんよりもずっと体格が良かったので、彼の手からゲーム機をぶんどることなど実に容易かったのです。庄ちゃんも、ウチの反応を予想していなかったのか、驚くほどするりと彼の手からゲーム機を取り上げたウチは、そのまま彼のゲーム機を地面に思いっきり叩きつけてしまいました。
怒ると思いました。怒鳴ると思いました。ウチの長い髪を思いっきり引っ張って、「なにをするんだっ!」と大声で喚き散らしながら叩いてくる、と。
そう覚悟していたのです。
でも、庄ちゃんはそんなことをしなかった。そっと、画面の割れてしまったゲーム機を拾い上げると、すんすんと涙を流してうずくまってしまったのです。
ウチには文句を一つも言いませんでした。割れた画面に涙の水滴をぽたぽたと落としながら、ただ静かに泣くだけ。そんな庄ちゃんの姿を見て、ウチは下手に暴力をふるわれるよりも、よっぽどキツい反撃を食らってしまったのです。
以降、ウチはずっとずっと彼に重い罪悪感を感じるようになっていきました。
その件があって以来、ウチは中学に上がっても、庄ちゃんと会話することはなくなってしまいました。もともと庄ちゃんは、自分からウチに話しかけてくることはない人でした。だからこの場合、ウチが話しかけてあげれば、きっとすぐにでもまた元の関係に戻れるはずだったのです――今思えば、ですが。
でも、ウチにはそれができませんでした。前述の罪悪感は、時間が経つごとに重い枷となってウチを縛り付けていたのです。好意からの行為ではあったにしろ、暴走したウチの所行は、とうてい謝罪無しで済まされるモノではありません。
そんな日々を過ごしていると、いつしかあれだけ夢中だった想いはすっぱりと別の想いへとすり替わっていました。
……すり替わった、というと語弊がありますね。もともと彼への想いは「恋愛感情とは別のものだった」といった方が正しいかもしれません。
小学校の高学年から中学校へと進むにつれ、ウチは庄ちゃんへの想いというものが、恋愛的な好意ではないものなのだと気づき始めました。
どちらかと言えば「兄妹のような」関係になるのかも――そう思ったのです。
さて、ここで庄ちゃんの方を兄と分類したのはワケがあるのです。
正直ウチは、小学校の卒業時点では庄ちゃんのことを、どちらかと言えば自分が引っ張っていく方だと信じ切っていました。庄ちゃんはいつもゲームばかりしていて、ロクに他の同級生達と話すこともなかったので、そんな彼をウチはいつも自分との比較対象として見ていました。
友達が誰もいないに等しい庄ちゃん。数人ではあるけど、仲良しな友達がいるウチ。
差は歴然としている、そう思ってました。
「庄ちゃーん」
インターホンを鳴らすと、しばらくしてがちゃりとドアが開いた。
寝間着姿の庄ちゃんが、寝ぼけ眼でウチを見る。
「……月子か。早すぎるんじゃないか?」
「もう九時だよ?」
「ボクが言ってるのは、旅立つ時間のことだよ……。別に昼過ぎでも十分じゃないか。どうしてこんな時間に支度を始めなきゃいけないんだ……?」
「もう。ウチは今日のお昼に、悟司くんの家に行かなきゃならないんです」
「どうして?」
「どうしてって、前に言ったよ? 『シュガーシュガーシュガー(!)』」の新曲イラストを描かなきゃいけないって」
「それじゃ、月子は先に戻ってていいよ……ボクはもう少し寝てから――」
「だめーっ! 庄ちゃんも着いてくるのーっ」
玄関の戸をがっちり押さえてウチが声を荒げると、
「あら、月子ちゃん。いらっしゃい」
玄関の奥で、庄ちゃんのお母さんがウチに手を振っていました。
「庄一ったら、戻ってきてからずっと寝てるかゲームしてばっかりなの。もしかして大学の方でもそんな感じなの? 月子ちゃんもたまには叱ってあげてね。じゃないとこの子はいっつもこうなんだから……」
片手は腰に手を当てて、そのもう一方には布団叩きが握りしめられていました。庄ちゃんのお母さんは言いたいことを全部言い切ったように満足そうな顔をすると、再び庭の方へと向かいながら「良かったらあがっていってー」とウチに声をかけて去って行きます。
「庄ちゃん」
ウチが声をかけると、庄ちゃんはむすっとした顔で言いました。
「勝手にすればいいさ。ただ、今から着替えるからボクの部屋には来るなよ」
戸を広げてウチが通れるような空間を作ってから、庄ちゃんは階段を上がって自分の部屋へと戻っていきました。
庄ちゃんの家に入るのは久しぶりです。ウチは鞄を置いてから、靴を綺麗に脱いでフローリングの廊下をまっすぐ突き進んでいきました。
――ウチと庄ちゃんが通うことになった中学は、昨今の子供の減少もあってか、他の小学校の子達と一緒になって進学する中学でした。それも、なぜかウチらの学区だけ西中と東中にわかれることになり、見知った顔の同級生の数は激減してしまいました。
ウチらが通う西中には、一クラス二十五人のうち、同じ小学校だった生徒はわずか五人にも満たなかったと思います。一方の東中はほとんどがウチの小学校上がりだったみたいですが。
入学してすぐの頃、庄ちゃんはそんなクラスの中で圧倒的に浮いた存在になっていました。ご自慢のオタク談義もウチが話しかけないことが原因で、すっかり鳴りを潜めてしまっており、休み時間には常にゲーム機をかちゃかちゃ動かしているだけ。
そんな彼は誰にも話しかけようとはせず、また話しかけてくる人間もいませんでした。
ウチは、庄ちゃんがちっとも周りに溶け込めていないことを不安視しました。
このままではもしかしたらイジメに遭ってしまうかもしれない、と。
しかし、それは大きな間違いだったのです。
この頃から彼の、正確に周囲の状況を把握するスキルが、めきめきとその頭角を現してきていたのです。
……少し話が逸れますが、人は一生の内にどれだけのコミュニティと共存することになるのでしょう? 「学校は社会の縮図」とはよく言ったものです。小学校、中学校、そして高校、大学、社会人。この他にも、バイトや、部活、サークルなどもあることでしょう。
その数は膨大過ぎます。たとえどこにも所属することがなかったとしても、家族という一番身近なコミュニティが存在するのです。
誰もが必ずなんらかのコミュニティには所属しています。必ず。
生きてから、死ぬまでです。
結論から申し上げましょう。
庄ちゃんは「コミュニティに溶け込む天才」だったのです。
入学してから数日経つと、クラスにはそれぞれ固有のコミュニティが出来上がり始めました。庄ちゃんは、おそらく一瞬でそのコミュニティの全貌を把握していたはずです。
誰が自分にとって害をなしてくるか、こないのか。
ゲーム機越しから、じっと観察していたとウチは思います。
そう、確信しています。じゃないと、これから話すことの説明がつかないのです。
その話とは、以下のことです。
――ある日を境に、とあるクラスメイトの一角が、庄ちゃんを見ながら、その風貌からやってくる大変侮蔑的な発言を交わし合っていました。数週間もすればいじめに変わる。おそらくクラス中の皆が、そう思っていたはずです
……ですが、そんな彼らが数日もせぬうちに、庄ちゃんの友達になっていたのです。
この一連の出来事に、ウチは心底びっくらこきました。
だって、ある朝学校にやってくると、彼らが庄ちゃんの肩を組んで笑っているのです。そんな中でも、庄ちゃんはずっとゲームをしていましたが。
あとで知ったことなのですが、彼らはサッカーが好きで、庄ちゃんはその話題からするりと彼らの会話の中に溶け込んでいったらしいのです。
いつ頃、庄ちゃんがサッカーの知識を得ていたのかはしりません。ですが、彼らが庄ちゃんに興味を惹いたのはそのサッカー知識が、彼らの数段上を行く知識だったところでしょう。それからというものの、彼らが海外選手の話題を出す時には、必ず庄ちゃんが呼ばれるようになりました。
ここからの話は、後に庄ちゃんから聞いた受け売りなのですが。
彼の持論によると、「コミュニティとは必ず、それぞれ個々人を、ある役割に当てはめたがる」性質を持っているそうです。なぜならコミュニティとは人の集まりであり、人の集まりは、理解できない者を置いておきたくないという習性があるからです。
人と群れることは、安心に繋がります。安心出来ない者を、置く理由はないのです。
そうしてコミュニティには、それごとに一定のルールというか、ボーダーみたいな指標を生み出しているのです。誰が、ではありません。周囲の無意識の意思によって、です。
「君はこの中では、このポジションでいてください」といった感じです。
……わかりますでしょうか?
そうして、誰もがそれぞれのコミュニティごとに役割を当てはめられているのです。そして自分はその与えられたポジションの中で自分を演じていく。これも無意識に、ですが。
「――人は人を理解したいんだよ。でも、残念なことに完璧には理解できない。だってボクは月子にはなれないし、たとえば、君の兄さんのことだって、ボクには完全に把握することなんて出来ない。わかるかい? 月子」
でも、なるべくなら理解しているフリをしたいんだよね。そう彼は結びました。
そんな「互いを理解しあうフリ」が、ポジショニングという概念を与えている――冷めていると思われるかも知れませんが、庄ちゃんは本当にそう信じているみたいです。
「コミュニティとはつまりがそういった意識の塊――いわば集合体。だから皆は一人一人を共通認識したがるんだ。イジメという役割が出来るのもきっとそのせいだとボクは思う。
『共通認識の中で誰かを蔑んでいたい』んだよ。蔑むことは安心を生み出す。だから生け贄が生まれる……そういう仕組みなんだ。きっとどこもかしこもね」
庄ちゃんは、そんなコミュニティの特性を、この当時から完璧に掴んでいたのです。
すごいのはそれだけじゃないのです。庄ちゃんはいわゆる「つかず離れず」の態度を実に完璧にこなすのです。なので、「どのコミュニティにも属し」かつ「どのコミュニティにも属さない」という非常に曖昧なポジションを獲得していたのです。これは、もはや意図的では決して出来ない芸当だと、ウチは思います。
気付けば、庄ちゃんは誰も友人がいないようでその実クラス全員、果ては上級生にまでその顔を広く認知されていたのです。それを裏付けする雑学の量も半端じゃありませんでしたので、むしろ知れ渡れば知れ渡るほど、重宝されるという、もうちゃかぽこすぎるお得キャラになっていました。ウチのいうすごいという言葉、伝わりましたか? 伝わりましたよね?
さて、そうやって学校中の人気者となっていく庄ちゃん。かといって、一方のウチは誰とも溶け込めなかったわけではありません。ちゃんと友達は出来ました。
数人ばかしの、しかしクラス内ではかなり賑やかなグループでした。
しかしそのグループは、いわゆるウチのオタク趣味とは完全に対極にあるグループでした。都会に憧れ、テレビに出る芸人さんやアイドルの話題で盛り上がり、運動系の部活をしている格好いい男子たちとお近づきになったり、週末はみんなで旭川の繁華街でお茶をしながら学校の噂話で盛り上がる。
正直、無理をしていると思いました。自身の好きなアニメの録画を辞めて、アイドル番組を録り溜めては、話題に乗り遅れないよう必死で消化し続けました。はたまた、東京で流行のファッション、小物、髪型からメイクの仕方までを雑誌などでチェックし続けたり。
年相応という言葉から、大きく背伸びすることが一つのステータスのようになっていたのです。
それが、ウチが居たコミュニティの「ボーダー」でした。
でも、心の中ではそんなことしてても何も楽しいとは思えませんでした。
だって、ウチはそんなことよりも庄ちゃんと一緒にアニメやゲームのお話をする方がずっと楽しかったんです。でもそれは叶わない。だって、この頃のウチはデートの時の罪悪感をずっと引きずったままだったから。
そんな時でした。
ある日、ウチはグループ内でも評判の良かった野球部の先輩から突如、ラブレターを渡されてしまったのです。
それも教室で、仲良く皆と談笑していた時にいきなりやってきて、です。
まさに奇跡とも呼べるその展開に、グループ内でも大喝采を浴びてしまいました。
完全に、断るわけにはいかない状況がそこには出来てしまっていたのです。
そうして半ばなし崩し的ではありますが、ウチはそのラブレターをくれた人物――幸崎信夫クンとお付き合いすることになったのです。
(続く)
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後編も今週中に載せます。
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