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松前さんの恋愛事情(4)

 デート当日(デートといって良いものかどうか非常に迷うところだが)。

 いつぞやにシュガーの面々が、初めて鵜飼と顔合わせをした時の札幌時計台前。


 そこに春日と松前は立っていた。


 春日は周囲を取り囲むシニア団体を眺めながらふと、「ひょっとすると、ここを待ち合わせ場所として使う人間というのは実はかなり珍しい人種なのでは」とそんな風に思った。


 シニア団体の方もどれも皆一様に春日と松前の顔を、物珍しそうにじろじろと眺めていく。彼らが地元民ではないことは確実だった。だって横にガイドがいる。


 春日はシニア団体による奇異の視線を一身に浴びながら、徐々に自分の中で浮かんだその疑問を確信めいたものに変えていった。どう考えてみても、ここは待ち合わせ場所に使う場所ではない。少なくとも、昨今の若者にはそのように使われていない……多分。。


 はたして鵜飼という、今年で二十八になる男が若者かと言われれば、それはまぁそれでちょっと首を捻りたくもなるのだが、そんなことはどうでもいい。


「どうも……居心地が悪いな。松前よ」

「ですね……」


 二人して、うつむき加減になりながら力なく呟き合う。


「もしかして、いつもこんなところで待ち合わせてるのか?」


 春日が尋ねると、松前はゆっくりと一度だけ頷いた。その表情は、笑っているのか、それともただぼけーっと口を開けて呆けているのか、一見しただけじゃよくわからなかった。


「……しかし視線がきついな。ちなみに、あそこのおじいちゃんが、さっきから僕をガン見してるわけだが」

「慣れですよ慣れ。あと、目を合わせない方がいいです。写真を撮ってくれって頼まれますよ。しかも一枚やってあげたら、横から二枚三枚とどんどん積み重なっていきます」


「そりゃ……キツいな」

 冗談じゃなく本気の発言だった。


「前なんか私、鵜飼さんが来るまで写真撮らされて。鵜飼さんも来たら来たで、ノリノリになって写真撮ってあげたりなんかしちゃったりして……ああ、なんか思い出すだけでイライラしてきた」

「……それはご愁傷様としかいえんな」


 そんな会話をしていた時だった。


「お? 春日ちゃん」


 その声に春日と松前が同時に振り返ると、白の半袖パーカーを着た鵜飼が立っていた。


「あらかじめ来るってのは聞いてたけど、本当に来るとは思ってなかったなー」


 けらけらと愉快そうに笑う鵜飼。普通は男女のデートにとんでもないお邪魔虫がやってきたと思うところなのだろうが、当の鵜飼は全くそんな素振りを見せずに満面の笑みで春日を受け入れていた。


 むしろそう思っていそうなのがなぜか松前の方で、ここに春日がいるそもそもの理由を忘れているかのようにぶすーっとむくれていた。そっちが来いと言うから渋々ながらやって来た立場であるというのに、実際に嬉しそうにしている鵜飼を見て考えが変わったかのだろうか。


 でも確かに、鈍感を認識している春日でも、鵜飼のこの態度はさすがにいかがなものかと思っていた。普通、ここで先に挨拶すべきは自分ではなく松前の方だろう。いまだに松前に向かって返事をしないのもどうかと思うわけで、春日はそれとなく鵜飼に向かって目配せをするように、松前へ目を泳がせると、


「松前さんもこの前はゴメンね。映画ドタキャンしちゃって」


 うまく鵜飼は春日から視線を滑らせて、松前の方を見ながら手を合わせた。


「別に……いいですけど」


 声が実にか細い。まるで何日も物を食べていないような声だった。

 これはマズい。いや、具体的に何がマズいのかはわからないが、松前がへそを曲げているのだけは確実だといえる。ちくしょう。なんで自分がこんな気まずい立場で、一日を過ごさにゃならんのだ。


「じゃあ映画だっ!」


 春日はあまり深く考えもせずにそう叫んだ。その途端、シニア団体の方から一斉にフラッシュがばしばしと飛び交った。なんでだよちくしょう。


「映画? 春日ちゃん映画観たいの?」

「ああ観たい! すっごく観たい! 今すぐ観たい! 『風邪ひかぬ』が観たい!」


 本当を言えば微塵も観たい気分ではなかったが、そう言って二人を無理矢理その場から連れ出すようにして、春日はまっすぐ映画館へと向かった。


 この空気を早く吹き飛ばさなければ。現時点でも既に中途半端な二人なのに、このままではさらにその関係が悪化していきそうな気がした。



 ※ ※ ※



 時計台がある交差点を東西に伸びる、北一条雁来通りを東へ進むとサッポロファクトリーという複合型アミューズメント施設があった。その中にあるシネコンに辿り着くと、春日はずんずんとチケットカウンターへ向かい、大学生二枚と一般大人一枚を購入して、鵜飼と松前にそれぞれ手渡した。


「僕は一人で観るのが好きだから、一人で前列へ行かせてもらいます。二人は中央」


 有無を言わさずにそれだけ告げると、春日はそのままコンセッションでアイスコーヒーとホットドッグを素早く購入し、さっさとチケットをもぎってもらって一人でスクリーンまで向かって行った。


 面倒くさいことはやめだ。もうなるようにしかならん。


「僕に出来ることといえば、せめてのシチュエーション提供くらいのものだからな……」

「シチュ、なんだって?」

「のわぁっ!?」


 いきなり背後の声にびっくりして振りかえると、そこには鵜飼と松前がぴったりと春日の後ろをくっついてきていた。


「ど、どうしてついてくるんですか!」

「え、だって。なぁ?」

「…………」


 とうとう無言になってしまった松前に春日はいてもたってもいられず、鵜飼の手をぐいっと引っ張るとそのまま壁際まで彼を引き連れていった。


「どういうつもりですか、アンタ」


 こんなこと言うつもりはなかったが、状況は刻々と悪化の一途を辿っている。自分がなんとかしなければ、完全に今日のデートは失敗だ。


「どうって。なにが?」

「だから! ……鵜飼さん、まさか僕がなんで今日ここに来たのか、本当にわからないんですか?」

「いや、まぁそれは……なんとなく察してるけど」


 鵜飼は頭をかいて、


「二人のデートのためだろ?」

「そうそう」


「二人がうまくいくように」

「そうです」


「俺が君たちをエスコートする」

「どうしてそうなる!?」


 春日は松前を見ながら鵜飼の肩に手を回して、こそこそと告げた。


「いいですか? 僕は千佐都や樫枝とは違って、そういうボケは全く必要としないキャラなんです。ちゃんと松前のヤツと一緒に映画を観てください。隣同士で! 後生だ!」

「わ、わかったよ……」


 渋々といった様子で鵜飼が頷く。

 その反応を見て、春日は眉をひそめた。


「……一つだけ聞きますが、もしかして彼女のことが嫌なんですか?」


 その質問に、鵜飼は苦笑気味に目線を泳がせた。


「松前に興味がないんだったら、これ以上余計な気を彼女に持たせるのはやめてあげてくださいよ。いくらズボラで鈍そうなアンタだってわかるでしょ? あんだけ頑張ってる彼女のことくらい」

「うぅー……」


 苦しそうに呻きながら、鵜飼は肩に回っていた春日の手をゆっくりと離した。


「わぁーってるよ……うん」


 そう言って、鵜飼は松前の方へ戻っていった。


 やれやれ。一体本当になんだというのだ。

 そんな風に春日が思ったところで、上映時間になった。




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