live alive!!(7)
「悟司先輩、お久しぶりですっ!」
一度びしっと敬礼のポーズを取って、安藤の腕から離れた堀内は、そのまま緩んだ笑みを浮かべながらパイプ椅子に座ったままの悟司を見下ろした。
「あ、ああ。久しぶり……」
だが、悟司は堀内へ視線を向けるよりも先に安藤の方を見ていた。 俯き加減で、紅潮したまま安藤は微動だにしない。
この反応ってつまり……そういうことなのだろうか?
二人はデキている、というやつでいいんだろうか。
本当に? でもなんで?
「か、樫枝さ」
やがて硬直したままでいる悟司に向かって、うめき声のような言葉を漏らして、安藤がぼそぼそと話し始めた。
「あ、あの……その……色々とすまない」
「……え、っと」
どうしよう。リアクションにすごく困る。そもそも謝罪の言葉は何に対してのものなのだろうか。付き合っちゃってゴメンということか。それはすごく嫌味だぞ。
「な、なんのことですかね?」
「え?」
安藤がびっくりしたように赤い顔を素早くあげる。目が合った、と思った瞬間、またすぐに顔を引っ込めて、安藤はぼそぼそと言った。
「……い、いや。君の偽物として僕が……」
「あ。ああ、それですか」
すっかり忘れていた。そういえばそんな事もあったなと悟司はぼんやり思い返す。だが、とりとめて被害があったわけでもなし。これ以上言及する気もさらさらなかった悟司は、努めて明るい声を出しながら、
「いや。気にしなくていいんですよ。もう忘れましょう」
と、なるべく横にいる堀内のためにもさらりと受け流し気味にそう答えた。実際、人の名を騙ったことなど一度も経験がないので、一体どういう気持ちで安藤がそう切り出したのかはわからなかったが、悟司はそう答えることでもう後へ引くのをすっぱりと打ち切りたかった。
「それよりも、えーっと……」
悟司は人差し指を、ゆっくりと堀内の方へ向ける。堀内は自分を指されて、きょとんとした目で首を傾げた。
「ど、どういう流れで、二人はそうなっちゃったのかなぁ……って。そっちの方が俺としては、その、ものすごく気になるわけでして……」
「あ。拓真さんと付き合ってる、ってことですかー?」
拓真っ!!
まさか下の名前で呼ぶとか。いきなり想像の斜め上をいったぞ。
悟司が口をあんぐり開けている間にも、堀内はぎゅっと安藤の腕を再び掴んで言った。
「フィーリングですよぉ。拓真さん、とーっても可愛いんですよぉ」
「い、いや……みす、みすずの方がずっと……」
「いやいや拓真さんですってぇー」
「そんなこと、ないから」
「きゃー照れちゃってるぅー。可愛いーですぅー」
あかん。このバカップル、思わずブチっときそうだ。
悟司は沸々と沸き上がる怒りを抑えこむと、出来るかぎりの作り笑いをみせながらゆっくりと顔をあげた。
「そうだ。俺たちこの後ライブがあるんですよ」
「ライブ?」
安藤の頬をつんつんつついている堀内が振り返る。
「そう。あの、よければこのあと二人も一緒に」
「見ます見ますーっ! きゃははっ。拓真さん、ライブだってぇ」
「あ。ああ。ちゃんと聞いてたから……」
ぴょんぴょんと跳ねる堀内に向かってぎこちない照れ笑いを浮かべながら、安藤が悟司の方へ振り返った。
「そ、その割には微妙に浮かない顔してたけど……」
「え?」
「い、や。さっき頭を抱えてさ……悩んでたみたいにみえたから……」
「あ、ああ。そのことですか」
袖を引っ張る堀内に流されるようにして、安藤は先ほど薬袋が座っていた椅子に腰をかける。堀内がぺたりとその隣に膝を置いたところで、
「なんかあったんですかー?」
と、子供のように椅子の背に両手を乗せて悟司のことをじっと見つめた。
悟司はこの、思いがけない二人に対して先ほどの悩みごとを話すべきか考えた。自分が聴いてくれている人達に向けて演奏を出来ていない、という件だ。
このまま自分一人で考えていても、きっと答えは出ないであろう。それに、最も最初にそのことを相談すべきはずのメンバーも今は全員出払ってしまっている。月子や小倉に電話をしても、二人とも忙しいかも知れない。鵜飼もいわずもがな。
「あのね、」
結局、悟司は先ほど薬袋と話していたところから、二人に説明をすることにした。
※ ※ ※
「――ふーん。難しいんですねぇ。ライブって」
全てを聞いた後、堀内はあまり興味なさそうにそう言った。まぁ、それはしょうがないとも悟司は思う。堀内はそもそもステージに立ったこともなければ、まともに演奏をしたこともないのだから。
対する安藤は安藤で、じっと押し黙ったままだ。
「……まぁ、とにかくそんな感じで。ライブ前にこんなことでちょっと悩んでたっていうかね」
「うーん。でもぉ、悟司先輩って、会長と言葉が被るかもしれないですけど、あんまりそういうこと気にしないタイプだって、みすずも思ってましたよ?」
「やっぱり、そう思われてるのかな?」
「うん。というですかね、悟司先輩って、仙人みたいな感じあるじゃないですかぁ」
「仙人?」
「あんまりご飯とか食べないイメージですねぇ。他にも、テレビとか、ネットのこととか、いわゆる流行りごとに全然興味がないっていうかー」
「ああー」
確かに、あんまりそういうことには興味がないなと悟司も思う。
「音楽も、ぶっちゃけ聴いてるようで全然聴いてないですよねぇ」
「そ、そんなこともない……と思うけど」
「でもでも! 春日さんなんかは、すっごくそういうの、オーラとして感じたりしますよぉ。見るからにバンドマンって感じで。よなっちも、いっつもイヤホンつけて登校してくるし。でも悟司先輩は、見た感じでもそういう印象ゼロですよぉ」
「…………」
意外とずばずばモノを言う子だな。
「趣味、とかないんですかぁ? 曲作り以外に」
「趣味ねぇ……」
突然言われても、すぐにぱっと浮かんでこない。そんな悟司の答えを待つことなく、堀内はさらに質問を被せる。
「家で普段何してるんですかぁ? 曲作り以外に」
「……寝てるかな?」
「芸能人で、好みのタイプとかは?」
「芸能人はあんまり好きじゃないな。つか、そもそもよく知らない」
「最近、気になったニュースとかはぁ?」
「特にはないかな」
「……アナタ、本当に生きてるんですかぁ?」
「失礼な言い方だな、オイッ!」
そうして勢いよく悟司が立ち上がったところで、
「い、いいんじゃないかな……」
と、安藤が静かに呟いた。あまりに小さい声で、危うく聞き漏らすところだった。
堀内と悟司が同時に安藤の方へ向くと、安藤は相変わらず顔をうつむかせながら、
「い、いいと思うんだけど俺はそれで……。ぎゃ、逆に何が悪いのっていうか……」
ぶつぶつと、まるで自分に言い聞かせているかのように自信なさげに呟き続けている。
「え、えーっと……何の話ですかね?」
悟司がたまらず安藤に問いかける。
「い、今の話だよ……」
安藤は少しだけむっとしながら、ゆっくりと悟司の方へ振り返る。
「ら、ライブで、べ、別に客の方なんかみて、見て無くてもいいんじゃないかって……。むしろな、なにがダメなのか……。そ、それが俺に、は……さっぱりわかんないっつーか……」
「……拓真さぁん♪」
なぜか甘えた声を出して、組んだ両手を頬に近づけながらうっとりする堀内。
ええー。そこ? ときめくトコおかしくない?
「じ、自分勝手でいいとおも、思うんだけど俺は。だ、だってロックじゃん。それって……べ、別によくない? こ、媚びてなくて、かっこいいじゃん」
うっとりしてベタベタしだした堀内に構わず、安藤はじっと悟司の目を見つめる。
「さ、最近のアーティストって……そんなのば、ばっかじゃん。『どうか聴いてください、お願いします』み、みたいな……。それ、って、な、なんか違う気がする……。も、もっとさ、傲慢で、奔放な感じのアーティストって……昔は、た、たくさんいただろ?」
「安藤さん……」
「だ、だから。さ。……好きに、やっちゃえば……い、いいと思うんだよね……そ、それが、こ、この前のライブ……だったわけ、でしょ?」
この前の、というのは学祭の時のことか。まさか、安藤もあの時ライブを見ていてくれてたのだろうか。
「じ、自信持って……いいと、思う。お、俺が言うのも、アレだけど……か、樫枝は、そ、そのままのす、姿で、お……俺は、あって欲しいと、願ってる……」
そこまで言うと、安藤はふいっと目を逸らして、後はほとんど喋ることなく堀内の言葉にああ、とかうん、とか言うのみであった。
悟司は安藤の背中を見ながら、いつかの自分を思い出して、思う。
決して自己啓発的なことをこれまで考えたわけじゃない。しかし、自分はあれだけしどろもどろに喋っていた時期を脱却して、今があるのだ。
きっと、安藤もそのうちこういった時期を脱出するときがくるのだろう。
あの時の自分と、今の自分との明確な差――
それは、いつの間にか手にしていた「自信」なのだと。
※ ※ ※
『えー。大変ながらくお待たせ致しました。次のエントリーは、この町にある唯一の大学、みらい開拓大学からお越しくださいましたロックバンド「虹山ロック」の皆さんでーす』
まばらな拍手に迎えられて、悟司がギターを抱えたまま、春日の方へ向いた。
目で合図をうながして、春日がマイクを手に持つ。
『えー。どうも、虹山ロックです。この名前は僕らのサークルの名前そのままで、正直ずっと変更したいなと思っていたんですけど、急遽この舞台にお呼ばれしてしまったもので、結局あれこれ考える間もなくこの場に立ってしまったという……』
くすくすと笑いが漏れる。
『本当に、だらしないバンドなんですけれども、呼ばれたからには全力で応えたいと思ってます。皆さん、最後までどうかお聞き――』
『先輩、先輩』
『ん? なんだ樫枝』
急に割って入った悟司に、少しだけむっとしながら春日が振り返る。
悟司はちらりと、客席にいる安藤と堀内の方を見た。
二人が頷いている姿を見て、悟司もまたゆっくりと頷き、そして言った。
『えーっ。正直、かなり自分勝手に演ってしまいそうなので、もし気分を害されてしまったら、それはすごく申し訳ないです』
『なっ――』
春日が絶句する。見ると、客席にいた千佐都も口をあんぐり開けていた。
構わず悟司はマイクに向かって喋る。
『先輩はああ言ってましたが、俺はこのバンドがだらしないバンドだとはちっとも思ってません。最高のバンドです。どんなメジャーのアーティストよりも、ずっと良い音楽を届けられると思ってます。この北海道の小さな田舎町で、この最高のバンドが、これからどんな活躍を見せるのか楽しみにしてください。今日は、その最初の門出のライブです。全力でやります。よろしく』
みんながみんな、圧倒されていた。
だがそんな全員を一切無視して、一度ぎゅんっと歪んだギター音を響かせると、悟司はそのまま無理矢理に演奏を始めた。
「鈴花ちゃんっ!」
マイクから口を離して、悟司がドラムを振りかえると、阿古屋は我に返ったようにリズムを取り始めた。それに気後れしていた春日も、慌ててリズムに乗りながらベースラインを弾き始める。
最後に、悟司は成司の方を向いた。ぽかんとしたままの成司は、悟司と目が合った途端びっくりしたようにネックを握りしめる。
「次の小節から入ってっ!」
悟司が怒鳴るようにそう言うと、成司はこくこくと首を動かし、小節終わりのフィルが入った後にどうにかバッキングで滑り込む。
うまい具合に『翼道』のイントロに入っていけた。悟司は思わず口元を歪ませると、そのままマイクに近付いて、いつもの調子で歌い始めた。
……あとで、春日になんて言われるだろう?
歌いながらそんなことを考えていると、ふと舞台袖にいた薬袋と目が合った。
薬袋は腕を組みながら、いつもの不敵な笑みとは違った、驚きと安堵を混じらせた不思議な表情をしていた。してやったり、といったところだろうか。
だが、これすらももしかしたら彼女の計算のうちに入っているのか。
それはわからない。だけど――
今はすごく楽しい。
夏の日射しがじりじりと肌を焼くその下で、悟司は笑っていた。笑いながら、音の渦に呑まれ、必死に自分の曲を歌い続けていた。
それで何が変わるわけでもない。
変わるわけではないけれども、そうすることで何かを探している。
今日は、その何かをなんとなく見つけた。
そんな気がした。




