live alive!!(1)
「――夏祭りの前座?」
「ええ、そうよ」
喫煙所のベンチにて、悟司は唐突にやってきた薬袋会長から、いきなりそのような話を聞かされて、ただただ戸惑うばかりであった。
未開大は既に夏休み――なのだが、悟司はこの夏、文学部の夏期集中講座なるものに通っていた。どこの大学にも、そういったものがあるのかどうかはわからないが、未開大には不足した単位を補う為に、夏休みの五日間ほど、朝から夕刻までみっちり同じ授業を受け続ける地獄の講義が用意されている。
大学は留年の機会がおおまかに二回分けられており、それが二年と四年にあるわけである。実のところ、悟司は前期(要するに四月から七月)の講義のほとんどの単位を修得できていない。だから悟司は、この夏に出来うる限り、留年しないための最低必要な単位数だけは、なんとしてでも修得する必要があった。そのための夏期集中講座なのだが――
「出てくれないかしら?」
……めんどくさい人間に掴まってしまったと思わざるをえない。
昼休み、いつもの喫煙所で無糖紅茶をがぶ飲みしていた悟司の、ちょうど反対側に位置していたベンチに薬袋が座っていきなりそんなことを言い出したのだ。
いわく、「虹山ロックの面々に、この町の夏祭りの前座の依頼が来ている」と。
「あの、ですね」
悟司は眼鏡をおしあげて振り返った。最近の悟司は、パソコン画面を見つめるときと、講義の際に後ろの席に座るは常に眼鏡をかけ続けていた。もともとそれほど視力が良かったわけではないのだが、去年の暮れあたりから、ボーカロイドの曲を作る際にパソコンを見続けていたせいで、すっかり目が悪くなってしまっていた。
「正直、いきなり言われてもって感じなんですよ。それに、そういうことは俺なんかよりも、春日先輩に言った方が」
「あの神経質な感じの方かしら?」
薬袋がくすりと笑いながら、悟司に首だけ振りかえってみせる。やはり、あまり春日のことを知らない連中からの印象は、「神経質」で統一されているのだろうか。
「だって彼、大学に来てないじゃない。夏休みになってから、一度も」
「まぁ……先輩は、なんだかんだいって真面目ですからね」
言いながら悟司も思う。春日の話によると、既に卒業単位は、必修の「農業実習Ⅴ」とかいうもの以外、全て満たしているとのこと。つまり、秋からの春日はほとんど趣味で顔を出すくらいのもので、こんなクソ暑い季節に、のこのこと炎天下の下に大学に顔を出すわけがないのである。ましてや、虹山ロックの部室にはクーラーがない。
「でも夏祭りって、明後日ですよね? なんでもっと早く言ってくれなかったんですか。そうすればもっと対処出来たのに」
「そうねぇ」
薬袋が顎に手を当てながら長考する姿を見て、悟司は即座に突っ込んだ。
「……ああ、忘れてたんですね。夏祭りのこと」
「あら。その通りよ」
あっさりと認める薬袋。
悟司はそんな薬袋を見て、がっくりと肩を落とした。
「わたしも色々忙しくてね。でも、ライブの持ち時間はそれほどないのよ。他にも出し物があるみたいでね」
「何分くらい持たせれば良いんですか……」
「三〇分よ」
しかし学祭のライブよりも多いではないか。
「あのねぇ……」
「ボーカロイドで、作った楽曲があるじゃない」
いきなり、薬袋の口から「ボーカロイド」という言葉が出て、悟司は固まった。
「あれも持ち曲として披露すればいいじゃない」
「え、っと……」
悟司は困惑する。
この人、いつの間に自分たちの活動のことを把握していたのだ?
「じゃ、あとはまかせるから」
すっくと薬袋がベンチから立ち上がって、その場を離れていく。
「既に、エントリーはすませてあるから、よろしく頼むわ」
「ええ!? 横暴すぎるでしょ」
「ライブの頃には、わたしも顔を出すつもりだから」
そこで、薬袋はくるりと悟司に振りかえる。
「未開大の顔に、泥を塗らないでね」
「あのねぇ……」
ここで未開大の名前を出すのはずるいと、そう言おうとする前に、薬袋が先に回って答えた。
「事実なのよ。未開大は来年の新入生の獲得に、かなり危機が迫ってるみたいだから」
「え?」
ぽかんとする悟司に向かって、薬袋は矢継ぎ早に告げる。
「特にひどいのが、地元からの進学率の悪さね。知ってるかどうかわからないけど、未開大ってこの町の住民からは、とことんバカにされてる大学なのよ」
「……と、いいますと?」
「男はヤリ○ン、女はヤリ○ン。まぁ要するに猿だと思われてるわ。脳みそはこんにゃく、十代の若者達の噂だと、かけ算すらも危うい連中だとか言われてるくらい」
ひどいにもほどがあった。想像以上である。
「しょせん、北海道の片田舎の大学だからね。これまで町に対しての良い評判がなかったから、悪い評判だけが多く、ひどく触れ回ってるのよ。去年より前は、積極的な触れあいも皆無だったわけだし」
まぁ、おおむね筋は通っている気がする。
悟司も納得出来る部分は多くあった。確かに、誰とは言わないが、ノリが中学生な人間もこの大学には大勢いることも確かであった。
あのようなノリで町に繰り出せば、まぁ良い評判よりも悪い評判の方が目立っても仕方がない気もしないではない。そこに、酒が入っていればなおさらだ。
「それを改善したいのよ。わたしはね」
それまで笑みをみせていた薬袋の顔が、ふっと真面目になる。
「協力してほしいとか、そういうわけではないの。押しつけがましいことはわたしも望んでいないから、でも――」
髪をかきあげて、薬袋は校舎に向き直った。
「でも、もっと自身の大学のことを省みて、愛して欲しくはあるわね。もうここは、あなたの母校なのだから」
「母校?」
「自然、そうなるでしょう?」
肩越しに顔だけ向けて薬袋は微笑むと、そのまま去って行った。
悟司はぐでんとベンチに身体をあずけて、真っ青な空を眺めながら、
「母校、ね……」
そんな風に、漏らしたのだった。




