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アルバイトをしよう! その4

「まさかとは思うが、受験生なのか?」


 春日の質問に女の子がかくかくと首を縦に振る。ここまでずっと走ってきたのか、息切れが激しいようで肩を何度も上下させていた。


「ま、まずいんじゃないでしょうか……? もういつ始まってもおかしくない時間ですよね」


 おろおろする月子をよそに、春日はがたんと席を立ちあがった。


「会場まで僕が連れて行こう」

「ええー!」


 月子が目をまんまるにさせて驚いた。


「か、春日さん。ウチらは試験監督じゃないんですよ? 後で怒られちゃうかも……」

「どうせ注意くらいで済むだろう。おい、そこの君。受験表は持参しているんだろう? 試験で使う教室はわかっているから、番号さえわかればそこまで案内できる」

「え、えっと――それが……」


 へへーっと苦笑い気味に女は頭を掻く。


「それがその……受験票、教室に置きっぱなしでして……」

「なんだと?」


 じろりと睨むと、女の子がひっと短く声を上げた。


「春日さんっ!」


 月子にたしなめられてはっとなる。

 しまった。つい千佐都にやるときのクセが。


「仕方ない。ならば、事務員のいるところまで連れて行こう。一応尋ねるが、志望する学部はわかっているんだよな?」

「は、はい。福祉学部っす」

「わかった。こっちだ」


 食堂の入り口を出て、春日は女の子の前を行った。



 ※ ※ ※



「いやはや、ほんとすみませんっス」


 ほっと胸をなで下ろす女の子を、春日はじろりと眺める。

 千佐都ほどではないが、非常に小柄な体格であった。


「……ところで、なんでそんなバカみたいな喋り方なんだ?」

「いきなりバカってヒドいっすねっ!!」


 春日からの思わぬディスに、女は仰け反りながら叫んだ。


「部活の先輩たちにずっと『です』と『ます』を使い続けてたら、自然とこーなったんっすよ! 自分でもおかしいと思ってるんで、ほっといてください!」

「ああ。そう」

「リアクションうすっ!!」

「名前は?」

「はい?」


 春日はどことなくイラつきながら話している自分に気付いた。

 妙にテンションの高い喋り方が、なんとなく千佐都を彷彿とさせるからだろうか。


「名前だ名前」

「あ、ああ。阿古屋鈴花っす」

「アコヤ、スズカ?」


 名前の方はともかく、珍しい名字である。


「そそ。先輩はなんて言うんすか?」

「……春日だ。春日驚輔。というか、まだ先輩でもなんでもないだろうに」

「いやいや。自分、もしかしたらココ受かっちゃうかも知れないじゃないっすか。後々のことを考えて、今から先輩と呼ばせてもらうっす!」

「他に受ける場所はないのか?」

「無いっす!」

「ここ、三流どころか、五流くらいにひどい大学だぞ?」

「自分、ものすごーく頭悪いんでちょうど良いかと!」

「にしても、もう少しマシな大学ならいっぱいあるぞ。今からでも遅くない。そっちの大学を目指してみてはどうだ?」

「……あのーもしかして先輩、自分がここに来るのをすごく嫌がってないっすか?」


 バレたか。


「さっきから先輩は、なぜに自分のことをそんな邪険に扱うんすか」

「なんとなく知り合いの女性に雰囲気が似てるからかもしれん。悪気はないんだ」

「……本当っすかぁ?」


 ジト目で後ろを歩く阿古屋から、春日は視線を前へと戻す。

 そうしてしばらく廊下を歩いたところで、春日は指を向けて言った。


「そこを曲がれば事務員の人がいる学生相談室がある。そこで名前を言えば、多分なんとかなるんじゃないか?」

「おおお。春日先輩、本当にあざーっす!」


 ぺこっと頭を下げて阿古屋は春日の前を行く。


「このお礼はいつか必ず!」

「せんでいい。せんでいい」


 そうして、春日は阿古屋という女の子と別れたところでチャイムが鳴った。



 ※ ※ ※



 疲れる……。


 静まりかえった教室内では、鉛筆の芯がかりかりとテスト用紙をいじめ抜いている音が一斉に響き渡っていた。

 そんな教室の一番前の教卓の横で、千佐都は学生達をぐるりと眺めて思った。


 ――去年は、あたしもこの中の一人だったんだよなあ。


 一年も経ってしまえば、どんな気分でここにいたかなんてこともすっかり忘却の彼方に追いやられてしまっている。それでもどうにか思い出せる限りの記憶を探ってみると、早く帰ってゲームしたいなって思いながら闇雲に選択肢を埋めていたことくらいだろうか。


 ――そう考えると、あの頃からなんにも変わってないな。


 これくらいの歳にもなれば、そう簡単に人格の矯正など出来るはずもなく。そもそもそれほどまでに衝撃的な出来事が、この大学に入学してから起こったわけでもない。

 思いつく限りで具体的な変化と言えば、作詞を始めたことくらいだろう。「シュガー・シュガー・シュガー(!)」というユニットをやることになってから、千佐都は様々な音楽の様々な歌詞を注意して聴くようになった。


 他にも、言葉そのものに強く興味を示すようになった。言語学に関する講義や、古典の和歌などを扱う講義を進んで取得するようになり、今まで漫画しか読まなかったのに本なども少しずつ読むようになった。


 そうすることで、自分の歌詞が劇的に良くなったわけでは決して無い。

 ただ、以前より少しだけ“周りの世界”が面白くなったような気がした。


 ……それだけで十分なのかもしれない。

 それを教えてくれたシュガーの皆にはとても感謝して、正直しきれないほどだ。


 ――ありがとね。マジで。


 胸中で、誰に向けてとか一切考えないようにして呟いてみる。

 相変わらず、あの頃に比べて何も変わってない自分だと思う。でもそうは思っていても実は少しずつ、無意識のうちにゆるやかな変化をしているのかもしれない。


 千佐都は心の中で学生たちに向かって言った。


 ――将来の後輩さんたち、どこにも行くところがないならぜひ未開大へおいでませ。なんにもないとこだけど、案外面白いところですよー。


 ちょっと先輩ヅラしすぎたかなと思ったところで、終了のチャイムが鳴った。

 教卓にいた事務の人が立ち上がる。


「――はい。それでは、今から試験官が答案を回収しますので、学生の皆さんは鉛筆やシャーペンを置いてお待ちください」


 そこかしこで漏れるため息の声を聞きながら、千佐都はゆっくりと重い腰を立ち上げた。



 ※ ※ ※



 すっかり日が沈んだ校舎内を、悟司、千佐都、小倉、松前が並んで歩く。

 四人の手は先ほど事務の人から受け取った茶封筒がしっかりと握られていた。


「くぅー。やっぱなんだかんだで、お金もらうと嬉しいねっ!」


 そう言って悟司の背中を乱暴にばしばし叩く。


「い、痛いから……」

「ありゃりゃ。そういや、月子ちゃんと春日さんの姿が見えないねー?」


 松前がきょろきょろと正面玄関の辺りを見回しながらそんなことを呟く。


「コンビニ行ってくるってさ。さっきメールがあったよ」


 小倉が携帯を開いて見せた。


「すぐ戻ってくるんじゃないかな?」

「言ってるそばから――ほら」


 千佐都が指をさすと、ちょうど雪まみれになった二人が正面玄関から入ってきた。


「……ちょっと歩いただけで、これだ」


 不愉快そうに春日がレザージャケットの雪を払う。


「今外、すっごい吹雪いてますよ」


 同じように白いダッフルコートについた雪を払う月子。白いコートを着ているせいで、悟司の目には彼女の頭に乗った雪だけがやたらと強調されて映った。


「かすがって、今日車で来たんじゃないの?」

「ダメだ」


 まだ何も頼んでいない千佐都に向かって、春日はきっぱりと言った。


「全員を送れって言うつもりだろう? お前の思考はいつも透けて見えるんだ」

「透けて見えるとか、変態か」

「こ……。このアマ……。」


 べーっと舌を出して逃げる千佐都とそれを追っかける春日。

 それをぼんやりと眺めていた悟司の横に、小倉がとことことやってきた。


「ところで悟司君、そのお金の使い道って考えてる?」

「え?」


 そう言われて、悟司は言葉に詰まる。

 半ばなし崩し的な形でバイトを始めることになったせいで、もらった先のことは正直何も考えていなかった。

 小倉はその事に気付いていたようで、こっそりと悟司に耳打ちをする。


「ちょっとお願いがあるんだけど、そのお金の一部を少しだけ貸してくれないかな?」

「え? 小倉君、別にお金とか困ってないんじゃ」

「いやいや、そうじゃなくてね――」


 しばらく耳元で小倉の話を聞いた悟司は、


「……そんなことなら俺も割り勘で出すよ。水くさいな」


 つい吹き出しそうになりながら、小倉にそう言った。

 小倉も少しだけ口角を上げて笑った。


「いやね。最近ボクも、君らの影響を受けすぎてる気がするんだ」

「影響?」

「うん」


 小倉は携帯であらかじめ登録しておいた電話番号にかけながら言った。


「いわゆる、どんちゃん騒ぎが好きになってきた」


 電話の相手が出たところで、悟司は小倉の元を離れて皆に言った。



「――はいはーい。ちゅうもーく。今から皆で焼き肉食いにいきませんか? 小倉くんの提案なんですけど」


 その言葉にいち早く反応したのは、当然千佐都だった。

 春日から逃げ惑う足をぴたりと止めて、こちらへ振り向く。


「マジでっっ!? お代は誰持ち?」

「俺と小倉君で、割り勘だよ」

「きゃー小倉君、名実ともに太っ腹ーっ! 妖怪卵人間もやるじゃんー!」


 その場でパチパチと手を打つ千佐都。

 誉めているつもりなのかもしれないが、それ思いっきり悪口だからな。


「ちょっと待て。この吹雪の中、焼肉屋へ行くつもりか?」


 ようやく千佐都を捕まえた春日が、千佐都の頬を優しくつねりながら尋ねる。


「あーでも、これくらいの吹雪なら車でなんとか行けそうじゃない? そんなに遠いわけじゃないし」


 玄関の前で、ずっと雪の様子を眺めていた松前が戻って来るなりそんなことを言った。


「庄ちゃんがそんなこと言うなんて珍しいなぁ」


 いささかびっくりしつつも、月子は嬉しそうに微笑んでみせた。


「六人、入れるみたいだよ」


 小倉が携帯電話を話して悟司に言った。


「どうします?」


 悟司が全員に向かって振りかえる。




 答えなんて決まり切っているようなものだ。



「ほふらふーん、ひいるほんれもひい? (訳※小倉くーん、ビール飲んでも良い?)」

「いいとも、千佐都君。ただし、一人二杯までだからね」

「ちょっと待て! 千佐都が飲むなら僕も飲むぞ!」

「え。でも先輩が飲んだら、誰が車を運転するんですか」

「だーいじょうぶよ、悟司くん。私も車で来てるから♪」

「あのー春日さん……そろそろちさ姉のほっぺ、離してあげてください……」




 正面玄関を出た後もそんな風にぎゃあぎゃあと騒ぎ合って、六人は駐車場へと向かっていったのだった。








※あとがき。


終わりです。

なんとか二月中に書き終えることができて一安心。

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