エピローグ
『好きと言ってくれた女の子が、新興宗教にハマっていた――』
実際に体験しなければわかることのない、この嬉しさと空しさ。
いっそ一緒に入っちゃえばいいじゃん、というお気楽な考えで出来るものならどれほどいいか。
とにもかくにも、その後の悟司は大変であった。
結論から言うと、水谷は降格をまぬがれた。
勧誘に関しては規定の十二人を満たせなかったものの、お祈りならば付きあってくれる人もいるだろうという悟司の提案により、水谷は町のいたる人物に片っ端から声をかけていったのだ。
当然、忙しくて断られることの方が断然多かった。わずか一分程度のものではあるが、たとえそんな短い時間でも足を止めてまで付きあう理由などどこにもないため、人によってはかなりきつい罵倒までうける羽目になった。
でも、水谷はめげなかった。どんなにつらい事を言われようが、隣に悟司がいるというその一点だけで何度も懸命に、諦めずに声をかけ続けたのだった。
かといって、少しも感動できるところはない。
「――ノルマ、達成したわ」
八月十四日。
期日よりも大幅に早く、ノルマを達成した二人は大学の前の通りを歩いていた。
「あなたのおかげよ」
水谷はすっかり機嫌を良くして、くるりと振り返りながら微笑んだ。
水谷は、どちらかというとやや吊り目がちな女の子であった。
そのせいもあってか、初対面でみるとどうしてもキツそうな印象しか浮かんでこない。実際はその一癖も二癖もねじれまがった個性の持ち主なのだが。
そんな彼女が、この一夏の間でずいぶん表情を柔らかくしたと思う。
……その原因が誰のせいなのかはこの際置いておいて。
とにかく、家に押しかけてきた時よりもずっとよく笑うようになったと悟司は思った。
「水谷さんは」
「ん?」
「水谷さんは、一体俺のどこがいいんですか」
いくらなんでもいきなり過ぎた告白だったのだ。もう少し、日をあらためてから互いにゆっくりと話す機会が必要だった。
そして、そのような機会はやはりノルマを終えた今に限る。
悟司は思い切ってこちらからその話題を振ってみた。
「コミュ障だし、別に顔がいいわけでもないのに」
「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレ――」
「おい」
急に呪文を始めた水谷に、悟司がジト目でツッコむと、
「……知らないわよ」
ついっと車道の方へ顔を背けて、水谷は口を尖らせた。
「わかんないわよっ。ただ……私に優しくしてくれる人ってあんまりいないから……。具体的にどうとかって言えないけれど、なんかどんどん好きになっちゃったの!」
早口でまくし立てる水谷の顔が、みるみるうちに赤くなっていく。その姿を見ていると、余計なことは抜きにして、ただ純粋に可愛く思えてしまった――不覚にも。
「私ま、まだ。ちゃんと返事をもらえてないっ」
ちらりと目だけで伺うように、悟司を見つめる。
「え?」
「あ、あなたからの返事よっ! ……まだ私は聞いてない」
そう言って、再び顔の方向へと視線を戻した。
やたらつんけんしてるなぁ……。
「いちじく会をやめてくれたら、その時に考えます」
以前から考えていた台詞を悟司が告げると、水谷はぐっと唇を噛んで言った。
「……ひどいはぐらし方ね。本当に」
本当にそうだと、悟司自身もそう思った。
八月十七日。
「――つ、つまらないものですが」
悟司が豚丼セットを渡すと、大家の息子の隆史さんは目を輝かせながらそれを受け取った。
「おお。いいのかい、こんなものをもらっちゃって」
「い、いや。偶然帯広の知人がいたものですから」
そう言って悟司は頭をかきながら、玄関を見渡した。
大家さんの家はニングルハイツから徒歩十分程度のところにあった。さすがに地主だけあって、家も広く、悟司がお邪魔したこの日はガレージの方で家族一同ジンギスカンパーティを行なっている最中であった。
二週間ほど前に、悟司は母親から電話がかかってきていた。その時に母から「日頃お世話になっているんだから、贈り物の一つでも渡してきなさい」と大家さんへの贈り物代金を口座の中へ振り込んでもらっていたのであった。
どうせ贈り物をするならば名古屋のものにすれば良かったかもしれない。来る前にそんなことを思っていた悟司も、隆史さんの喜ぶ顔を見ていると、段々どうでもよくなってきてしまった。名古屋の贈り物なら、次回帰省した時にでも渡せば良い。悟司はきびすを返すとそのままそそくさと玄関を離れようとした。
「そ、それじゃあ。俺はもうこれで失礼しますね」
「あれ? もう帰るのかい? ジンギスカンパーティ参加していけばいいのに」
「い、いや。俺なんかがいてもお邪魔ですし……。家族水入らずでどうぞ」
悟司がそんなことを口走りながら外を出ようとした時だった。
……非常にどこかでみたことのある小瓶が、下駄箱の隅にあるのが目に入った。
悟司はすっと目だけを下駄箱の方へ動かした。
……間違いない。
聖水である。水谷がいつも懐に忍ばせているあの聖水の小瓶が、なぜかこの大家さんの家の玄関の下駄箱に鎮座していた。
「そういえば悟司くん――」
いきなり背中越しに話しかけられた悟司がびくんっと背筋を伸ばした。
おそるおそる振りかえると、隆史さんは一枚のビラを手に持って悟司に笑いかけていた。
「悟司くんって、死後の世界のこととかって興味ある?」
それは、悟司がこの二週間もの間ずっと持たされ続けていたあのビラであった。
――悟司は思う。
もしかしたら「いちじく会」というものは、悟司が思っている以上に、大規模の団体なのではないだろうか。たかが数週間の間水谷と共に行動しただけで、自分は一体何を知った気になっていたのだろう。
悟司はいちじく会の実態などまるで理解していなかった。
一年の夏休み――
悟司にとってのこの夏は、新興宗教の不気味さを肌で感じる数ヶ月となったのであった。
※あとがき
取り扱う題材がアレなんで、最後はブラックなオチになっちゃいました。
これで、夏の物語は終わりです。
時系列的にはこの後、本編のエピソード2になるわけですが。
とにもかくにもこの短編集は、
僕のなまけぐせが全力発揮されてしまい
更新が伸びに伸びて、誠に申し訳ありませんでした。
これからもシュガの短編は、ちょろちょろと書いていきたいと思ってますのでよろしくお願いします。
(ただし、もう連作はこりごりです……)




