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第3話 「お願い……殺さないで……」



はい、ということで、今回までが冒頭になります。

次回は学校の教室からスタートということで。


 歯を食い縛りながら彼女がアーケードのほうを見ると、そこには銃をふところへ直す男の姿があった。彼は屈みこんで死体のモミアゲからナイフを引き抜くと、笑顔を崩さないまま杏の方へ向かってきた。杏は前方へ向き直って公道の方を見たが、這いつくばって抜け出せる距離ではないことは目に明らかだった。


 大声で助けを求めることすらできないまま、あっという間に二人の距離は縮まっていく。


「ごめんね。痛かった?」


 待合わせに遅刻してきた恋人のような素振りで杏の枕頭へ駆け寄った男は、屈みこむと彼女の顔を覗きこんだ。男は、杏の意識がどこへ向いているのかを確かめるように、ナイフを握った手を杏の眼前で上下に振った。「おーい、起きてる?」


 空を切るナイフについた血液は、遠心力で先端から飛ばされ、杏の頬へと付着した。彼女は出血と痛みから視界がぼやけ、意識も朦朧としていた。視界が何重にも見え、それらが八の字を描くようにぐるぐると回る。ときたま焦点が合わさった時だけ、彼女には幾重に肉体を切り裂いたナイフを見ることができた。


「さっきの男の人もね、本当は人質だったんだけど、我慢できなくって――でも、丁度よかったよ、新しい人質がすぐ見付かって」


 目を細めて微笑む男は、ナイフを品定めでもするように顔の前で裏表を何度か返すと、柄から刃先に掛けて滴る血液を舌で舐めとった。よだれと血液の混ざった泡が口角から垂れる。


「ああ、でも君も殺しちゃいそうだな。若い女の人は肉が柔らかくて、スーッと切れるんだ。とっても気持ちがいい感触だよ」


 ふとももの激痛に耐えるよう歯を食い縛りながら彼女は頭を持ち上げ、欲求を持て余すように空を切るナイフの刃先を睨んだ。ナイフに付着した血液の色に同調し、先ほどまで綺麗だと思っていた空は、禍々しく目に焼きついた。


「お願い……殺さないで……」


 咳き込みそうになるのを押さえつけているような息遣いで、杏は必死に言った。


「ごめんね」


 杏の切願の声とは真逆にのん気な素振りで男は答える。「なんか今日はラッキーデーみたいだ」


 何のことかと思い、杏は刃先から手腕を辿り男の顔を見た。すると、その視線が自分でなく、後方の公道の方へ向いているのだと悟った。杏は彼の視線を辿って顔を向き直ると、そこにいる少女に気付いて仰天した。


 ウサギのぬいぐるみを両手で抱えた小さな女の子が、不思議そうにこちらを見つめて立っていた。両親とはぐれて商店街へ迷い込んでしまったようだった。


「あはは、お譲ちゃん。そんな所で何してるのかなー?」


「おさんぽ!」


 えくぼを浮かばせて笑う少女は、ウサギをぎゅっと抱きしめながらそう答えた。


「ちょっとこっちに来てごらん? 面白いものがあるよ」


 杏はそのセリフにハッとし、少女に逃げてと声を掛けようとしたが、その瞬間にふとももを押さえた手の上から男の膝が圧し掛かった。彼女の制止の声は悲鳴として吐き出される。


「お兄さんたち、何やってるの?」


 杏の悲痛の声に戸惑いをみせる少女は、靴底をじゃりっと音立てながら一歩あとずさった。微かに異変を察知したようだった。


「来ちゃだめ! 逃げっ……」


 杏がふとももの重圧にも耐えて少女へ声を掛けると、すぐさま後方から手が回り彼女の口を塞いだ。そして、男は杏の頭を自分の方へと引き寄せ、彼女を背を反った体勢にすると、耳元にそっと口をあてた。


「あの子を人質にするから、君はもう要らないや」


 その瞬間、冷たい刃先が肉体へ滑り込んでくる感触が彼女を支配した。


 杏が最後に目にしたのは、腰を抜かしてその場に倒れこむ少女の恐怖に歪んだ顔だった。


~第3話~


ちょっと後半焦ったかな? という印象です。

あと、三人称を少し杏に寄せたので、書き方がちょっと違うかもしれません。1話2話も後に改稿しますのでお待ちください。

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