表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
8/59

七・踏破する行程

2012/01/13:サブタイトル修正:段落の修正

2012/01/22:誤字修正・表現微修正:ご指摘有難うございます

 刃渡り五〇センチはありそうな、それだけでも十分武器になりそうな片刃の斧で、多くはないとはいえそれなりに繁茂している丈の高い下生えを刈り取りながら進むドゥガの事を微妙に視界から外しつつ、晶は一つため息をついた。


 ――なんというか、あれはなぁ……


 晶の言うあれとは、まあいわゆる食べて飲んだ結果生ずる生理現象に関してだった。

 この姿になってしまってからの二回は、やってしまった結果に対する羞恥は感じるが、行為そのものは明確に意識できるだけの状況下になかったこともあって、欲求を覚えるまでは別段意識せずにいられた……というよりも逃避していた。


 が、出発直前に感じた欲求はそれら逃避し、気が付かないようにしていた物事を強引に晶に突き付けてくるわけで。


 それをしている最中に感じた喪失感と、開放感。汚れた股間を綺麗にしておけと置いていった器に入った水を見た瞬間の今まで感じたことがないくらいの羞恥と、それを使って言われた通りに股間を洗浄した時のやるせなさ。


 仕方ないことだと頭では理解しているのだが……気持ちは理性のみで何とかできるものではない。


 ――ああもうやめやめっ!


 少女は立ち止まるとかつて柔道の試合直前によくやっていたように、ペチペチと自分の頬を叩いて強引に気持ちを奮い立たせた。


 どっちにしろこの身体でいる限り、ずっと付きまとう問題だ。割り切れなくとも慣れていくしかない。


 アクィラは瞳を上げ、自分が歩き出すのを待ってくれていたドゥガの所へ、とりあえず自分が気持ちを切り替えたことを示そうと、あえてゆっくりと歩を進める。


 そんな少女に対して男は何も言わないまま、そばまで来た時にポンポンと二回ほどその武骨な手で軽く少女の頭を叩き、再び藪やら低木やらを排除しつつ前進する作業を再開した。


 ――しかしこれは……すごいもんだなぁ……


 軽くため息をつきながら晶は目の前の男をしげしげと見つめなおした。


 改めて男の後ろ姿を見てみると、その力強さに晶は男として羨望と嫉妬を感じずにはいられない。


 なんというか、かつていた日常から考えても、目の前で斧を振るう男の能力は規格外もいいところだった。


 おそらく……五〇キロ以上はある背嚢を背負い、胸と腹、太腿と腕に一部金属で補強した何枚も張り重ねた厚みのある革製の鎧をまとっている。

 さらに、ぶっちゃけた話金属の塊である剣を腰に吊るし、左腕には直径六〇センチはある木と革を重ね、金属板で補強した円形の盾を装備し、腰に下げる剣よりも重そうに見える斧を振い、道なき森の中に道を切り開いていく職業謎の剣士。


 ――この世界の人間はみんなこんな感じなのか?


 なにしろ晶の知っているここの人間はドゥガのみである。あの男がこの世界での平均なのか、飛びぬけてすごいのか。考えたくもないがあれで最低レベルという可能性も捨てきれない。


 晶自身確かにそれなりに鍛えてはいたし、普通の成人男子よりはよほど体力等に自信はあったのだが、こんな足場に悪いところで重量物を背負い、動作を制限する防具を身に着けたまま、斧を振るい続けるような馬鹿げた体力は持っていない。

 恐らく三〇分もしたら完全に息が上がってしまっているのではないか?そんな作業を延々と二時間くらい続けている上、まだまだ余裕がありそうなドゥガの様子はなんというか、言葉も出ない。


「疲れたか?」


 思わず再び足を止めてしまったのに気が付いたドゥガは斧を振るう手を止め、アクィラの方を見やる。と、少女は慌てて首を振りそして、照れ隠しなのか、少女はそっちこそどうなんだと、問いかけるように視線を向ける。

 そんな微笑ましい少女の行動に、男は軽く肩をすくめて見せた。


「俺はまだ余裕はあるんでな。ま、腹も減ってきてることだし、後しばらくしたらトリアス川に出るからそこを渡った後に休憩にしよう」


 ――何で聞きたいことが分かったんだ?


「……お前は気持ちがすぐ表情に出るからな。半日も見ていれば俺でなくとも大体わかるようになる」


 男の返答に晶は不満そうに口をとがらせ、その表情にドゥガは笑いを漏らし、伐採と前進の作業を再開する。


 ――まあ、表情を読んでくれるのならコミュニケーションは格段にとりやすくなる……なるけれども。


 何となく納得がいかないというか、具体的には悔しい。


 朝の毒物判定の一件から、さらに男が自分に対して過保護度を上げたような、そんな気がしてならない。


 確かに今の自分は見たとおりの小さな少女な上、出会ってからの行動の一つ一つが果てしなく胡散臭い。そんなわけありの少女をエスコートする態度としては、男のそれはわからないものではない。そのことは頭では理解できるのだが……


 気分的にはあまりいいものではない。


 男の自分に対する態度に関してというより、自分と男の差を考えてしまうと何とも居心地が悪い気分になる。

 果たして自分が同じような状況に巻き込まれたとき、男のような態度を維持できるのかどうか?

 そんな男としての器の差を現在進行形で当事者として体験しているようなもので、しかも自分がドゥガほどの包容力を持っていないということも、わかりたくないがわかってしまう状況はなんというか、へこむ。


 ――に、してもここが俺の知らない世界っていう雰囲気が全然しないなー


 また思考のダウンスパイラルに入り込みそうになった晶は頭を振り、視線を自分の周りに巡らせた。


 昨夜は三つの月を見て、ここが自分の知らない世界であることを見せつけられた晶であったが、延々と続く代わり映えのないごく普通の森の木々の様子は、ここが異世界なのだという実感をどこまでも薄く引き伸ばしてしまう。


 ――視界にはどこまで行っても木、木、木……か。あ、鳥?


 晶に植物というか樹木に関する知識があればまた違った感想になるのだろうが、当然そんな知識はなく、したがって感想としては少々藪の多い雑木林を延々と歩いている。それ以上の感慨を持ちようがない。


「この時期は森の中も比較的安定しているからな……トリードの活動期とも少し外れているし」


 ばっさばっさと豪快に斧を振るい、切り倒した蔦やら低木やらを踏み砕きながら男が再び声をかけてくる。


 ――……こっちも見ないで心を読むなよおっさん……トリードってなんだ?


 男のあり得ないくらいの雰囲気を読む能力に呆れつつ、晶がなんだか生温い視線を向けるのと、いきなりドゥガが大きく後ろ……アクィラの方に向かって勢いよく左足を踏み出したのはほぼ同時だった。

 直後晶の頭上の梢ががさりと一度音を立て、事態についていけず硬直した晶の頭と梢の間の空間を、盾を垂直に立てたドゥガの左腕が通過し、同時にぐちゃっという柔らかい物を叩き潰したような音が晶の耳に届く。


 はっとして晶が男を見上げたが、ドゥガはちらりと一瞥しただけで無言のまま視線を晶の右手方向、自分が殴り飛ばしたそれに向け、ゆっくりと歩きだす。


 その男の進む先に恐る恐る視線を向けた晶が見たものは、なんだかうねうねとのたくり動いている長さ一.五メートル太さ五センチくらいの……端的に纏めると緑色をした巨大ミミズとしか言いようのない、どこか生理的嫌悪感をもたらす奇妙な生き物だった。口にあたる部分は持っていないのか、ただバタバタとその場で暴れるそれは一体何なのか。


 その生物に対して男がどういった対処をするのか。なかば呆然としたまま男とそれを見つめていた少女は直後に響いた……男がそれを踏みつぶした、ぶちゅん、という音を耳にして反射的に背筋を震わせ背中を丸め、視線を逸らしてしまう。


 そんな少女に気が付いていないのか、男は無造作に、ぶちゅ、とか、ぐちゃ、とかいうどうにも精神衛生上よろしくない音を何度も立て、まんべんなく丁寧に踏み潰す作業を当然の顔で終了させてから、男は晶に顔を向ける。


「こいつがトリードだが……なんだ、本当に見るのは初めてだったみたいだな?」


 男の問いに、やや青ざめた表情で頷く少女の表情を見て、ドゥガは少し考え込むように視線を地面に落とした。


 トリードは基本的にある程度の木々が繁茂する場所なら、この大陸のどんなところにでも発芽する自力移動をする捕食植物の一種だ。

 それだけにどんな辺境の住民でもその生態や姿形を知っている。何しろ一部の亜種は大陸北部の砂漠にすら適応して見せているのだ。ある意味生活に密着した生物と言ってよい。


 だというのに目の前の少女はトリードの存在を知らなかった。


 その事実と、朝方の一騒動で知った少女のあまりにも特異な能力。


「おおよそ考えられる場所のどこにでも現れる捕食植物の一種だ。大体の大きさは五メリンから三ロイくらいだ。やたらと亜種がたくさんいるが、まあやることはどいつもこいつも一緒だな」


 男が覚えた感情は、目の前にいない何者かに対する強烈な怒りと、少女に対する激しい憐みだった。

 外の世界を見たことがないくらいに大事に育てられたのか、それとも何か理由があって外界との接触を断たれていたのか……昨日見つけた時の状況を考えると、恐らく後者だ。


「こいつみたいに森の中で発芽する種類は森の中を歩いているといきなり降ってきて、下にいた生き物に絡み付いて絞殺し、表皮全体から消化液を出して獲物を溶かして表皮から吸収する」


 よほど慌てて逃亡……もしくは連れ出されて来たせいだろう。少女があの時身に纏っていたのはサイズが全然合わない男物の服で、だというのに見たこともない素材、縫製で仕立て上げられた名職人の一品だった。


「まあ、一部の亜種以外その表皮の硬さはエレイアの葉並に柔らかい。きちんと刃物を身に着けていれば簡単に逃げることができる」


 そして少女の無知ぶりから考えるに、外界との接触を完全に絶つことができる権力なり財力なりを持つ、よほどの人物が密かに囲っていたのだろう。そこから何者かが……連れ出しその途中であの場所の近くで行方をくらませた。おそらく追手との戦いにでもなったのか……


 少女をどこに連れて行こうとしていこうとしていたのか知らないが、少女を連れ出した方も、ろくでもない連中だったのかもしれないな。


 ……少し考えすぎか。


 男は踏み潰したトリードの死骸の方に顔を向け、声を出さずに小さく笑った。


 事実はもっと簡単で単純なことである場合の方が多い。裏を考えることも大事ではあるが、それは取れるはずの選択肢を自分で放棄することにも容易につながる。


 ……俺も少しばかり動揺していたということか。


 それだけ朝、少女が見せた異能は衝撃だったということなのだろう。


 ともあれ、少女が何らかの厄介ごとに巻き込まれていることと、最低限の常識的な知識を持ち合わせていないことだけは間違いない。

 ならば自分が少女に対して為すべきことは、一人でも普通に生活できる程度に知識と経験を与え、ある程度の自衛する技術を教えること……か。


「適当な所でお前にも扱えそうな武器を見繕ってやる。最低限自分の身くらいは守れた方がいいだろう?」


 男の言葉にアクィラはびっくりしたように目を見張らせ、それからひどく真剣な表情で大きく頷く。


 その少女の表情に男は満足そうな笑みを浮かべると、少女のもとへ歩を進めると徐に膝をついた。そして、戸惑いの表情を浮かべる少女が動く前にその太腿に左腕を回して軽々と自分の肩の上に担ぎ上げてしまう。


「そうと決めたら、少し急ぐことにするぞ?」


 恥ずかしさからか、少女は身じろぎするが男は構わずに少女の太腿を手のひらで軽く叩いて落ち着かせ、今まで以上に力強く地面を踏みしめ森を進みだした。


のっけから何書いてんだという展開ですが、フラグは回収という事で。あとはぱんつをどこで回収するかですか。ちなみに現在のーぱんつです。


色々と悩み事ばかりが増えていくアクィラですが、ドゥガの方はいい感じにお父さんになりつつありますがこの先どうなることか。


そしてついに2体目のモンスター登場だったんですが、なんというか地味なことこの上ないですね……いいんです。雑魚大好きなんです……亜種の中には海竜を捕食するヤツもいるんですよ?多分出てきませんが。





以下、気になる方用の設定ですん。


長さの単位が出てきたので、気になる方用に長さの単位表を置いておきます。

1エリル=2.8センチ

10エリル=1メリン=28センチ

100エリル=10メリン=1ロイ=2.8メートル

100ロイ=1カーディ=280メートル

100カーディ=1ミル=2.8キロ


最初は八進法にしようと思ってたんですが、想像しにくすぎるので断念。

まあ人間の指が五本ならどこに行っても一〇進法に落ち着くんだろうという事で。


ちなみに最小単位が2.8センチなのは、200年くらい昔に大陸の半分を統一した王国のそれが基準になっているからで、制定時10歳だった第一王女の小指の長さを基準にしたからだとか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ