六・妖精と毒草
2012/01/13:サブタイトル修正
2012/01/21:誤字修正・ご指摘ありがとうございます。
2012/02/01:誤字修正・ご指摘ありがとうございます。
「……さすがは“妖精種”といったところか」
ドゥガはそう言うと、やや呆れたような……それ以上に厳しい光をその双眸に宿し、男に言われるまま目の前の野草の選別をしている少女を見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
きっかけは、朝の食事用にと採取してきた何種類かの野草だった。焚火にかけた鍋の前でドゥガの手で選り分けられるその野草の中にあった一本の、他のものとそっくりなそれを見た瞬間、晶の身体が硬直した。
あれを食べたら死ぬ。
脈絡もなくそう思った晶は反射的にドゥガの腕をつかみ、片方の手でその野草を指差した。見ているだけでも気持ち悪くて顔を逸らしながら。
そんな少女の行動に訝しげな表情を浮かべ、指差されたその野草を手に取りしげしげと見つめそして、苦々しくドゥガは呟いた。
「……馬鹿か俺は……」
何度か自分の事を罵倒する言葉を小さく呟いた後、男はふと少女の事を見つめ、頭を下げた。
「俺の不注意だった……まさかこんなところに生えているとは思わなかった……知っての通りこいつはもっと寒い地域にしか生えないはずで……」
いや……これは言い訳だな……
男はそう呟くと、少女に向かって頭を下げる。気が付かないままあれを鍋の中に入れていたら……“はぐれ”を討伐したのに毒草で行き倒れなど笑い話以外の何物でもない。
「ともかく助かった。あれを食べていたら完全にまずいことになっていた」
そう言って頭を下げる男に少女は慌てて両手を振り、ぶんぶんと頭を横に振る。何しろ先に助けられたのは自分の方だし、あれが毒のある草かどうかも判らないまま男にしがみついてしまったには完全に偶然の結果だ。
臭いか何かわからないが、とにかく気持ち悪くて反射的に行動してしまった結果、男に注意を促し男がその知識で毒であると判断したのだから。
「謙遜することはない。小さくてもさすがに妖精種だな。あれは特に見分けにくい種類の毒草だったんだが……」
称賛する男の言葉に焦ったように、少女は更に首を横に振る。
あれが毒であるとか、本来別の世界の住人である晶にそんな知識はもちろんない。
気持ち悪い。
ただそれだけの自分の直感というか、反射的な感情の発露でやったことであって、持ってもいない技能を持っていると誤解されるのは今後の事も考えればいろいろ問題がある。
そんな少女の必死なしぐさから何かを感じ取ったのだろう。男は僅かばかりに眉を顰めてから口を開いた。
「……ひょっとしてだが……あれが、毒草だとは知らなかった?」
男の言葉に少女は勢いよく何度も頭を縦に振る。
「なら、どうしてあれが危険なものだと分かった?」
その問いに、晶は自分でもちょっとこれはないよなーと思いつつ、可愛らしくコテンと小首を傾げる。言葉が使えない分どうしても判りやすい態度を示さなければならないとはいえ……深く考えるとなんだか無性にジタバタ暴れたくなるので考えないようにする。
そんな晶の乙女心……ではないが微妙な葛藤を無視するか気が付かないままドゥガは少女の態度に考えを巡らせ、そして真剣な表情を顔に張り付かせたまま立ち上がる。
「……確認させてもらいたいことがある。少し待っていてくれ」
自分が思ったよりもはるかに真剣そうな表情でそう告げる男に若干引きつつも、少女は小さく頭を縦に振る。それを確認すると男はおもむろに立ち上がり……しばらくして戻ってきたその腕の中には様々な野草、果実、キノコが抱えられていた。
「こいつを食べられるものと、食べたら死ぬもの、そのどちらでもないものに分けてみてくれ」
目の前に積まれた雑多なそれらを眺め、それから男の顔を見た少女はその言葉にやや呆れたような、戸惑うような表情を見せる。が、男はとにかく勘でいいからと告げ、改めて少女に頭を下げる。
そんな男に押し切られるような形ではあったが、困惑した表情を浮かべつつも少女は一つ頷いて野草に視線を落とし、それから選り分ける作業を開始した。
これは気持ち悪い。
そう思ったものは手を触れるのも嫌だったので、そこから抜き取るような感じで食べられそうな何種類かのキノコ、食べても死なないけれども何かありそうな野草とキノコを選り分けて見せてから男の事を見上げ、これでいいのかと確認を取るように小首をかしげて見せる。
「……さすがは“妖精種”といったところか」
さっきと同じような、それでいて全く違う意味を込めた言葉を少女に聞こえないように、男は小さく洩らす。
少女の手つきは完全に素人のそれで、見分けるべき点を気にしている様子も……そういった判別方法があること、それに気が付いてすらいない。実に無造作に、それなのに目の前に積まれた植物の山から、男が言った通りに毒物を選り分けている。
“妖精種”は毒を見抜く……か
内心苦々しく思いながら、人間の間で伝わるその迷信をドゥガは少女の手つきを見ながら心の中で呟いた。
それは遥かな神話の時代、自然と“闘う”道を選んだ人間とは違い、自然と“共に在る”道を選んだ妖精種に対するやっかみから出た言葉か、それとも人間の知らない薬草を数多く知るその知識の多さから生まれたのか。もしくは人間の五倍とも十倍ともいわれるその長命さに理由を与えたかったからか。
が、たとえその言葉が一端としてその事実を備えていたとしても、それは『経験』や『知識』に裏打ちされた『技能』でしかない。
事実数少なくはあるが、付き合いのある妖精種の友人は薬草毒草に対する深い知識とそれを取り扱う巧みな技術でもって、毒を見抜いている。
しかし今、無造作に作業を終えた少女がやり遂げたことは……
注意しないといけないな……
自分の知る限り、完全に毒物を種類分けした少女を一瞥し、ドゥガは頭を振り、自分に向けて自戒の言葉を漏らした。
この少女は毒物とそうでないもの、毒物の中でも致命的なもの、麻痺毒や睡眠毒のようなものを見分けることができる。恐らくただ直感のみで。
そんな御伽噺にしか存在しない能力は、現実に於いてはいつだって破滅と悲劇をもたらす呼び子にしかならない。
自分でも気を付けていなければ少女を道具のように扱ってしまうかもしれない。
「とりあえずアクィラ。今みたいな毒物の選別は俺が見ている前だけにしてくれ」
男の言葉に、その真剣な表情になぜか少女は両膝をたたみ、踵の上に尻を乗せるというあまり見ない座り方で姿勢を正し、男に真剣な表情を返した。
「妖精種の毒物判定能力に関して、人間の間には迷信じみた話が伝わっている」
少女の座り方に僅かに訝しげな表情を見せ、古血統に伝わる風習みたいなものかと思い直し、ドゥガは言葉を続ける。
「……曰く、妖精種は毒を見抜き、毒を操る。薬草へ人を導き果実へ獣を誘う。見抜いた毒が人の手によるものならば相応の呪いを返し、その手で煎じた薬草は死者の目すら再び開ける……完全に御伽噺だが、年寄りなどはいまだ信じているものが多いし、そうでなくとも話くらいは聞いたことがあるというものは数多くいる」
実際のところ、俺の友人の妖精種はそんな話を笑い飛ばした。御伽噺だと。自分たちが毒を知るのは人より長い寿命のおかげで、人よりもそれを覚えるのに時間をかけられるからであると。
「しかしアクィラ。今の仕業は御伽噺のそれ、そのものだ」
その言葉に少女は一瞬目を見開き、男の表情を伺うと今度ははっきりと顔色を変え、困惑の表情を浮かべたまま再び男にしっかりと視線を合わせる。
その表情に何を感じたのか。
ドゥガは一つ頷いてみせる。
「とりあえずわかる範囲の毒物の見分け方は俺が教える。それで足りない部分は俺の知人を紹介してやるからそこで学ぶんだ。それまでは……勘で毒物の判定ができることを知られない方がいい」
神妙な表情でしっかりと頷く少女を見て、ドゥガは一つ息を吐き頭を振り、それからもう一度少女の事を見つめた。
「まずはその、反射的に毒物を避けるのを我慢する訓練から始めるか」
男の言葉に心底いやそうな表情を浮かべる少女を見て、ドゥガは僅かばかり苦笑をしつつ心の中で呟いた。
意外と長い付き合いになりそう……か?
晶君改めアクィラのちーと能力が一つ解除されましたが、めっさびみょー
ちなみに人に見つかったらよくて首輪を付けられて権力者の生きる毒物判定生物として一生を終えるか、悪ければ実験材料ののち死んだら加工されて万能の解毒薬として売られてしまうような、そんな危険な能力です。
主に彼女の身の安全と平穏な生活的に考えて。
ちなみに暗闇視力は種族特性の一つなのでそんなに珍しい能力ではありませんというか人間以外の種族の基本能力です。
つまり人間が不器用なだけ?
なぞのけんしは妙なフラグを順調に立てている模様。
そしてついに次の更新で野営地を離れることに。
まあ、相変わらず森の中ですが。