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この空の下、大地の上で  作者: 架音
二章・東方小国家群
58/59

二-二 五人の青年

2012/05/29:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

 時間は僅かばかり遡る。


 ――巻き込まれ体質なのかなー……


 前方から伝わってくる異変……自分達が乗っている馬車よりも一回り大きく、装飾も立派な居室型の馬車二台が何者かに襲われ、追い立てられている光景を目にした黒髪の妖精種の少女は、表情こそ変えなかったがややうんざりとした呟きを心の中で漏らした。


 ヴォーゲン伯爵領の領都であるフィナーセータを出発し、東方へと向かう旅。まあ、どううまく言い繕ってもそれは夜逃げに近いものであったのだが、それ自体は別にどうでもい。


 少女にとっては所詮この世界は異郷であり、特に愛着を持つほどの長さを伯爵領で過ごしたわけではない。

 米を炊いた食事をとれなくなるのが些か不満と言えば不満かもしれないが、目的地である東方まで至ればその不満は解消される。


 一応あのままフィナーセータで生活することも可能だっただろうが、妖精種も交えた戦争の直後。しかも過去にないほどの大損害を出した戦いのあととあっては、自分とあの男――今は自分にとっての唯一の同族と言ってよい少女が……どのような騒動に巻き込まれるか判ったものではない。


 その説明に少女も納得し、第二氏族が多く住まうという事で、王国よりも妖精種に対する人間の対応が遥かにましと言われる、大陸東方に王国に匹敵するほどの版図を有する大国セジ=ネージ藩王国でほとぼりが冷めるまで移り住もうという話になったのだが……


 ――行く先々でトラブルに巻き込まれまくってる気がする……


 馬車の速度を上げたドゥリアの手綱さばきを見ながら、少女は心の中で今までの道中で出くわした騒動の数々を思わず数え上げる。


 街道を進む途中で野犬、群狼、小黒竜に襲われていた商人やら旅人やらを助けたこと各一回。途中立ち寄った街で、なぜか迷子探しをすることになったこと一回。ついでにその街で、野盗に村を占拠されているので助けを探しているという老人に捕まり、なし崩し的に街道を外れたその村まで野盗の殲滅に向かうこと一回……これは正直国の仕事なんじゃないかと少女が思ったのは一応秘密である。


 連れの二人にはバレバレではあったようだが。


 ――ついでに誘拐されそうにもなったし……


 珍しい黒髪の妖精種。しかも第一氏族とは明らかに違う、人間と打ち解けた様子が色々と邪な考えを刺激したのか、自分自身もが騒動の種になるという誘拐未遂騒ぎが一回。


 もっとも、この世界に強制的に引き釣りこまれた当初のころとは違い、身を守る術を身に着け、心構えも出来上がっている少女は自身で相応の対価を支払わせてはいるが……しかし、最後の誘拐騒ぎを勘定から外しても、巻き込まれた騒動の数はちょっと笑い話にもならないくらい多い気がする。


 そして今また現れた騒動の種。


「……小蛮種か……何でまたこんなところに……」


 厳しい視線を向けつつそう呟くドゥリアの声。

その中に含まれる剣呑さが、今目前で展開している騒動が危険度の高い、そして少なくともこの街道沿いでは滅多に起こらないことを示している。


「手綱を任せてもいいか?」


 こちらを振り向きもせずにそう告げるドゥリアに、その腕にそっと触れることで少女は返事を返した。長時間疾走させることは無理だが短時間……行き脚が落ちてきている前方の馬車に追いつく程度の時間なら何とかなる。それくらいのことができる程度にはこの、どちらかというとアルマジロに近い外見の“馬”を操る練習は重ねている。


「追いついたら……恐らくすぐにでも前の馬車は止まるだろう。角竜が足をやられている……まったく知恵のまわる……とにかく追いついたら強引にでも“土塁”で周囲を囲んでくれ。小蛮種も一緒に内側に入るだろうが、あの程度ならすぐ片付けられる」


 ならば“土塁”を構築する必要はないのではないかと少女は思ったが、素直に頷く。事こういった荒事に関してはこの男の……今は少女の姿をしているが……指示に間違いはない。


 ――伏兵がいるかもしれないって事かも……


 前方の馬車を取り囲み奇声を上げている、自分と同じ程度の身長をした人の形をした――猿とも違う――手に武器を持った小人の集団は、少なくともそれを行う程度の知能を有しているのだろう。


「『一家』にしてはちょっと数が少ないですしね……それにまあ二つの『一家』が共同作業をすることもあるので警戒しないといけませんから」


 既に愛用の武器である両手持ちの大剣を肩に担ぎながら、荷台からディーが口を挟む。


「まあ、私と従姉上様なら二人で十分いけると思いますから安心してください」

「乱戦での身体の動かし方も確認したかったところだしな……手頃と言えば手頃か」


 ドゥリアはその、若々しさの中に妖艶さが滲む整った容貌に微苦笑を浮かべると少女に手綱を手渡し、“符”の中に収めていた新しい愛用の武器である半月槍を手の中に出現させた。




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




 ――……何かおかしい……ような?


 旅の仲間である二人を迎え入れるため、土塁を崩した少女はさりげなく今助けたばかりの一行に視線を向け、全く手に馴染んでいない武器を手にして佇む五人――最低限の革鎧すら身に着けていない、年長の者でも二〇代半ば程度にしか見えない男達の顔に浮かんだものを見て、心の中で首を傾げた。


 小蛮種と呼ばれた生物自体が持つ危険性を、少女は今一つ理解しきれていない。しかし単体の危険性はともかく、“集団”という形に依拠する厄介さは、たった一回だけではあったが戦場というものを体験し、その恐ろしさを知る少女には十分理解できた。

 だからこそ、この馬車の乗員が自分達……四〇近い小蛮種を槍と大剣で殲滅した二人の事を奇異な目で見ることも――それ自体は非常に気に入らないが――ある程度は予想が出来ていた。

 あるいはその強さに対して称賛の眼差しを向けることもあるだろう。はたまた命を救われたことに対する純粋な喜びを浮かべることもあるだろう。

 

 ――けど……それとは少し違う気がする?


 熱の籠った眼差し……には見える。それは一見すれば望外の幸運……命を救われたことを感謝する眼差しにも見えるが、しかしそこにある熱はそれだけではない。なんというか、転んだ拍子にその手の平が捉えたのが万馬券を拾ったかのような喜びを、内に秘めている気がする。


 ――どっちにしろ早めに退散した方がいい気がするけど……


 恐らくそうならないだろうことを確信しつつ、少女は軽く頭を横に振った。







「どうした?」


 何とも微妙そうな作り笑いを浮かべている少女の態度を不思議に思ったドゥリアが尋ねると、少女はちらりと自分の背後……妙な熱気の籠った眼差しを向けてくる五人の青年たちに視線を送る。


 その、普段の少女らしくない仕種に自分が目を離していた間に何かあったのかとドゥリアは首を傾げる。警戒……とまではいかないが、この勘のいい少女はあの青年たちに何かを感じたのかもしれない。


「……ふむ」

「……要注意、でしょうか」

「さて、な」


 ともかくあの青年達と話をする必要はあるだろう。

 青年達が引いていた馬車に繋がれた角竜四頭のうち、二頭は足をやられて座り込んでいるし、恐らく彼らの護衛に雇われていたのだろう革鎧を着こんだ男達の死体にも、しかるべき措置を施さなくてはいけない。

 

 いくら小蛮種に襲われたからとはいえ、ここは多数の馬車や旅人、場合によっては大掛かりな商隊が行き交う場所なのだ。適当に近傍に埋めたりしたら、森の中から肉食の獣を呼び寄せることになる。


「一番近い屯所は……東か?」

「そうですね~……多分四〇カーディ(約十一km)位東のセザン屯所だと思います」

「死体もそうだが、小蛮種の方も何とかしないとならないからな。連中のうちの誰かが角竜に乗れる事を期待するか」







「素晴らしい技量をお持ちですね、妖精種の方!」


 とりあえず事情を聴くために歩を進めたドゥリアとディー、そしてその後をついて行った少女に対して発せられた最初の言葉がそれであった。


 その、五人の中で最も年嵩と思われる青年の純粋な称賛の言葉で、少女は感じていた違和感の理由の一つに気が付いた。


 ――……妖精種に対する忌避感がない?


 王国北部域に広がる大森林西部域に住んでいる妖精種は第一氏族……気が遠くなるほど昔から人間と対立し続けていた妖精種の一派だった。結果、王国の住人は大なり小なり妖精種に対する嫌悪感を持っている。

 第二氏族の一部が王国に“符”をもたらした事により、そして第二氏族が移り住んだことにより嫌悪感は忌避感程度まで緩和されているが、それでも王国の人間は妖精種に対して積極的に、自分から交流を持とうとはしない。


 ディーから聞かされていた王国の歴史と、実際に旅の最中で感じた感覚からそれはおおよそ間違いない事だと少女は理解していたのだが、その王国住人ならばもっていて当然の忌避感が目の前の五人からは感じられない。ということは、この五人は王国の外……自分達が向かおうとしている東方の出身なのではないだろうか?


 と、そこまで考えを進めて少女は小さな肩を落としてため息をつく。


 ――間違いなく厄介ごとだよね、これ……


 そんな感想を少女に持たれているとは露知らないだろう五人の青年たちは、口々にドゥリアとディー、二人の技量とその美しさに対する称賛の声を次々と上げていく。


「褒め言葉はいい。助けられると思ったから手を出しただけだ」

「いえ、そこで助けられると思える技量を持つ、それ自体が素晴らしいと思います」

「ああ。こんなに若くて美しい方々があれほどの腕をお持ちとは」

「お恥ずかしい話ですが、我々はあまりこういった荒事には慣れていなくて……」

「武器を持ったのはいいのですが、震えの方が先に来てしまって……」

「傭兵もやられてしまって……本当にもうだめかと思った所を助けていただいたというわけです、美しい方々」

「称賛してくれるのはかまわないが、話を先に進めていいか?」


 称賛の声を遮ったドゥリアの声に含まれる苛立ちに気が付いた、ディーと少女が思わずお互いの目を見合わせる。滅多にない事のはずなのだが……男達の言葉の何かがドゥリアの勘にでも触ったのだろうか?


 ともかく槍の穂先を突き立てるような剣呑さをにじませた金髪の妖精種の言葉に、青年達は囀ることをやめて口をつぐみ、ドゥリアはきつくなっていた眉の角度をわずかに緩める。


「とにかくここは天下の大街道だ。後始末をしなければならないのは理解できるな?」

「あ、ええはい」

「お前たちが雇った傭兵も葬ってやらなければならないし、小蛮種の死骸を放置して肉食動物をこの街道に呼び寄せることも避けなければならない」

「はい」

「お前たちの中で一人で角竜に乗れる者はいるか?」


 ドゥリアの言葉に最も年が若そうな……一五、六歳くらいの、青年というよりも少年と呼んだ方が似つかわしい一人が、おずおずと手を上げる。


「ここから東に四〇カーディ(約十一km)ほど行ったところに、街道警備のための屯所がある。そこまで行って現状を報告してきてほしい」

「え、と……でも」

「……別に私達が行っても構わないが、こちらの馬車を曳いているのは角竜ではなくただの馬だ。行って屯所の兵を連れて戻ってくるまでに日が暮れてしまうだろう……それでも構わないというならば行かせてもらうが?」


 ドゥリアの言葉に少年は絶句し、判断を委ねるように年嵩の青年に視線を送る。青年の方も一瞬判断に迷ったようだが、結局その言葉に従う事に決めたらしく小さく頷いた。


「行ってくれるか、エルラード。どちらにしろ応援を呼ばないことには身動きは取れない」

「う、うん」

「大役を任せてしまってすまないが、なるべく急いでくれ。ひ……お嬢様の事もあるし、なるべく早く東へ向かいたい。それと」


 青年はエルラートと呼んだ少年を手招きすると、少女達に背中を向けると見えないようにその手に何かを握らせた。


「頼んだぞ」

「うん」


 少年は頷くと長柄の軛から足が無事な角竜を外すと、思ったよりも慣れた手つきで鞍や鐙を角竜に装着させていく。


「それでは残りの者は死体の始末だ。傭兵達は馬車の陰に、馬車周りの小蛮種はひとまとめにしてやはり馬車の陰に移動させるように。今日は天気がいいから放置しているとすぐに酷い臭いを出し始めるぞ」


 見た目がいくら変わっても、こういった事態が起こると有無を言わせぬ勢いで物事を進めていく。その姿にかつての熟練の戦士の姿、『万騎長』の姿を認めた少女とディーは、再び顔を見合わせて互いに苦笑を浮かべる。

 

「日が暮れるまでには戻ってくるだろうが、それでも今日は夜営になるだろう。そちらも準備をしておいた方がいい」

「夜営ですか……エルラートが戻ったらすぐに立つというわけにはいかないでしょうか?」

「いかないな。屯所の兵に事情を説明しなければならないし、傷ついた角竜をどうするかも決めなければいけない。第一次の村は屯所の更に先のはずだ。どちらにしろ夜営することになる」

「そう……ですね」

「納得出来たら夜営の準備を進めておいた方がいい。屯所の兵が到着したら事情の説明で時間を取られて夜営の準備どころではなくなるからな」

「わかりました。助言ありがとうございます」

「ここはそのうち臭いがきつくなるだろうから、二〇ロイ(約五五m)程西に動いた方がいいだろう。女性に血生臭い臭いをかがせる必要はないだろう?」

「ええ、そうですね……そうさせて頂きます」


 そう言ってドゥリアに頭を下げた青年は彼女に背を向け、金髪の少女もそれ以上は言葉を漏らさず足をディーと少女の方に向け……その途中でふと、今の青年達が乗ってきたモノである馬車、その馬車の側面に括り付けられている紋章に僅かばかり視線を向けると、小さく溜息をついた。


「交差する若葉の紋章か……」

結局五人のうち一人しか名前出てきてないし。


GWの余波で今週はちょっと忙しかったので感想いただいた方にお返事できてませんでしたので、この場を借りてお礼申し上げます。


個別のお返事は週明けまでお待ちいただければと。




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