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この空の下、大地の上で  作者: 架音
二章・東方小国家群
57/59

二-一・北部大街道

再開しました

2012/05/29:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

 クロッサン王国北部大街道。


 大陸北部大森林を横手に望み南北に横たわるこの街道は、王国中央部に敷かれた中央大街道、南部海岸線に沿うようにやや内陸部に敷かれた海部大街道と並ぶ、王国の陸の動脈ともいうべき道である。


 三本の街道の起源、それはおよそ二〇〇年ほど昔に始まる王国の拡張期に端を発する。


 その本来の用途は軍需物資――主に戦闘用糧秣――の輸送のためのもので、どちらかと言えば大陸西部寄りの位置に存在していた王国が勢力を高めつつ、その版図を東へ東へと広げるのに呼応するのに従い、整備が進められることになった。


 輸送路として使われる以前は侵攻を受けた国々で使われていた細々とした街道、畦道、あるいは草原に付けられた獣道程度の道であった。しかしそれら軍勢を動かすには些か不適な道を、王国の築砦工兵隊――戦場における急造の砦、防柵、櫓の建築を行う工兵部隊――は、上層部からの命でもあったが、執拗に整備し続けた。


 拡大戦争を行いながら行われる街道の整備。それは多大な物資を消費しながら行われたが、それが中断されることはなかった。むしろ、街道を整備するために拡大戦争を行うかのような奇妙な状況に、後年史学者達は首を捻ることとなる。


 最終的に計画を承認したのは当時の王であるのだから、王がそれを望んだ故にとも考えられているが、計画が立案されるまでの状況が些かはっきりしないことも、王国拡大期における謎の一つと数えられている。


 通常の手順で計画が進められたのならば、それなりにあちこちの部署で関連する書類が発見されるはずである。無論整備計画が正式に承認され実行に移された以降は、数々の書類が発行されている。人員の移動然り、物資の移動然り、書類がなければ必要なモノが必要な場所に届けられないのだから当然だ。しかし……この街道整備が始まる以前に発行された書類に関しては、唯一王による勅令書が残されているだけなのだ。

 それだけを見るならばなるほど、王が望み、王が計画を実行したとも考えられるのだが、そう考えたとしても一切の書類が現存していないというのは、あきらかにおかしい。

些か穿った見方をする研究者は、街道を造りたい何者かがまず存在し、それを実行するために王を利用したとも考えている……それくらいおかしな状況であったと言ってよいだろう。


 ともかくそのような奇妙な状況下、街道の整備と王国の拡張は同時進行で行われたのだが……結果としてこの街道の整備は王国、そして新たな支配地域に対して有効に機能したと評していい。


 その道幅を八列縦隊の軍団が余裕を持って行軍できる程度に広げられ、物資輸送の安定化の為にその路面は均され、水捌けを良くするために砂利が敷き詰められ、街道を保守するための人員が一定の距離ごとに置かれ、支配下に置いた地域の流通の安定化――跋扈する野盗や戦乱に付け込み暗躍する妖精種の排除――を行う事により、支配地域における住人の支持を獲得することとなる。


 王国の最後の東方への拡張期である、東征王によるメーレィアン王国及びその後背地域への侵攻時にこそ、物資の輸送は大森林の南部を流れるトリアス川へと役目を譲ったが、大規模な軍勢を東部へ進めるための役割は保持し続けた。

 なによりトリアス川はメーレィアン王国中部でその流れを大きく南へと変えているため、メーレィアン王国東部へ更に軍を進めるためにはやはり、しっかりと整備された街道が必要とされたからである。


 現在北部大街道および中央、海部大街道は王家の直轄地とされている。その支配領域はかつての拡張期に比べて大幅に縮小されているが、街道の中央より左右一〇カーディ(約二.八km)が王国の直轄地となっている。更におよそ二ミル(約五五km)ごとに街道の保守と維持、警備を行うための屯所があり、通過の度に通行料として蓄魔宝石への魔力供給、もしくは街道の使用税として王国半銀貨一枚の納金が義務付けられている。


 この屯所に詰める警備兵の数は、八〇名が五年毎に勤務交代する形式でおよそ四〇〇名。

 ちょっとした地方貴族が抱える軍勢並の数を揃えられた彼らには、街道およびその周辺地域において発生した犯罪行為に対する捜査及び捕縛権が与えられており、その権限は隣接する貴族領に於いても有効と王国の法で定められている。


 基本的な任務は街道の警備及び保守がその仕事であるが、近在の住人から訴えがあれば街道から大きく離れた場所での捜査、捕縛も行っており、広大な版図を持つ王国の各地方に置かれる直轄領の駐屯部隊と共に、治安維持の役割も担わされている。




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




 六の月三二日――


 ヴォーゲン伯爵領フィナーセータを二人の妖精種と一人の人間が出立してから一巡りと六日。


 明日からは七の月になるという初夏の季節ではあるが、王国北部域はまだそれほど過ごしにくくはなっていない。大陸北部にある妖精種の森であり国であるエルメ=ナンド――大森林と呼ばれる広大な森林地帯が広がっている影響もあるのだろう。


 北部大街道を東へと向けてのんびり馬車を進めていた一行は、一四日を費やすことで、国境までおよそ七割の旅程を消化していた。


 フィナーセータから東部国境までの距離はおよそ一二ミル(約三四〇km)であり、一四日もあれば徒歩の旅人でも余裕を持ってその旅程を消化できる。そのことを考えれば、随分とのんびりとした行程であるともいえる。


「まあ、別に急ぐ旅でもないから構わないんだが……」


 直刃の穂先と、刺突の妨げにならない位置に組み込まれた半月状の刃が仕込まれた半月槍を無造作に振るい、ドゥガ……今はドゥリアと名乗る少女は苦笑を浮かべる。

 いくら街道を警備する人員が置かれているとはいえ、街道全てに注視することは出来ない。それでもその主体が人間で構成される野盗の類にならば十分な抑止力を発揮するのだが、人間が定めた法の埒外で生きる生物に対しては、その抑止力も十全に効果を発揮することは出来ない。


 小蛮種――


 人間と妖精種にそう呼ばれている、身長四メリン(約一一〇cm)程度の身長しかないこの蛮族もそうだ。

 浅黒い肌と全身至る所から伸びる剛毛。いっそ滑稽なほどに大きな鷲鼻と、大きく裂けた口。


 どんな生物から剥いだのか判らない……あるいは人間のものなのかもしれない革で出来た粗末な衣服を纏う程度の知恵を持つ彼らは、ある種野盗よりも厄介な存在である。

 まず言葉が通じないので交渉は絶望的。性格は非常に好戦的で狡猾。おおよそ二〇人前後で行動し、場合によっては武器を使い毒を使い罠を張ることすらある。血に酔う性質なのか、彼我のうち何者かが血を流した場合、より一層攻撃的になり、そうなった場合その場にいる小蛮種全てを殲滅する以外に助かる方法はない。


 あまりにも好戦的過ぎるその性質も恐ろしいが、それよりも恐ろしいのはその繁殖速度である。一つの番から『一家』と呼ばれる行動単位……二〇人前後まで増えるのに約三カ月。その母体をもとに更に一〇の『一家』が巣別れするまでがさらに三カ月。


 わずか半年で狩りを行い人を襲えるまでに増えるその数は、約二〇〇。


 条件が整えば一年間で二万を超えるまでに増えるのだから、まさに驚異と言っていいだろう。


 事実大陸の歴史の中……特にほんのわずかな期間であったが大陸の過半を制した『帝国』崩壊後の群雄割拠の時代、戦により小蛮種の討伐に注意を払わなかったいくつかの小国が小蛮種の増殖により、隣国との戦が決着する以前に滅ぼされたという記録が多数残されている。

 雑食性である小蛮種に文字通り、国内すべての生き物……植物も動物も、そして人間も食いつくされて。


「やっぱり……はっちゃんのお言葉の通り、第一氏族が大混乱しちゃってるせいでしょうか……大森林の方から出てきましたよ?」


 蜂蜜色の長い髪を優雅に舞わせながら、しかし確実に小蛮種を屠っていくドゥリアの隣で大剣を振るい、同じような速度で小蛮種を両断しながらディーが疑問の声を漏らす。


「その影響もあるんだろうな。“はぐれ”ならともかく今まで大森林の方から小蛮種が現れたなんて話は聞いたことがない」


 今からほぼ一か月前に行われた、西部諸侯の連合軍とヴォーゲン伯爵軍の間で行われた貴族間戦争。

 その最中に、第一氏族の指導者であった“氏族を束ねる者”が、どういう理由かは判らないがともかく世界に還った――人間の表現で言うならば『死んだ』らしく、大森林の西部を支配している第一氏族が大混乱に陥ったらしい、と、“第二氏族を束ねる者”……ハチから聞かされていた。


 その真偽を確かめる術を人間である――現在は古血統という名の妖精種であるが――ドゥリア達は持たなかったが……小蛮種の一部が大森林を生活圏に組み込み始めている所から考えるならば、恐らくそれは間違いない事なのだろう。


 放置したならば際限なく増える小蛮種を、組織的に駆逐することすらできないほど混乱している。そう考える事が出来るからだ。


「しかし……そうだとしても些か多すぎるな……」


 ドゥリアは目前の小蛮種を振り上げた槍の穂先、半月刃で切り倒した勢いを殺さないように手の中で槍の柄を滑らせ、背後から迫ってきていた別の小蛮種に振り返りもしないまま石突で弾き飛ばす。直後身体の向きを入れ替え、槍の柄を振り回し一帯の小蛮種の頚骨を砕き、正位置に戻した槍の穂先で一体の小蛮種を突き殺す。


「そうですけどー……もう終わりそうですよ~」


 巧みに槍を操り舞うように、しかし確実に小蛮種を屠っていく金髪の妖精種の隣に立つディーは、両手で構えた大剣を無造作に横に薙ぎ払う。

 それだけで同時に飛びかかろうとしていた小蛮種の首を跳ね飛ばし、胴を叩き割り、足を斬り飛ばす。止めに背後からとびかかってきたもう一体のこめかみに後ろ回し蹴りの要領で弾き飛ばさないように踵を叩き込み、勢いを殺さずそのまま地面に落とすと体重をかけて側頭部から踏み潰した。


「……実戦ではあまり曲芸のような蹴りは使うなと教えたはずなんだが」


 四〇体近くはいたと思われる小蛮種の『一家』二つ、その最後の一体を頭頂から両断して見せたドゥリアは小さく息を吐くと、後ろ回し蹴りなどと言う隙の多い蹴り技を披露したディーに対して苦言を漏らす。


「ええっと、そろそろ終わりそうだったんでつい……」

「伏兵が残っていて、矢を射かけられたらどうするつもりだった?」

「あ~……と、その」

「翼があるわけでもない人間が、地面から両足を離してまともに戦えるはずがないと教えたつもりだったが……まだ骨身にまで染み込んでいなかったか?」

「えと……その……」

「安心しろ。反射的にでもあんなことができないように、今度こそ骨の髄まで叩き込んでやる」

「……アリガトウゴザイマス……」


 涙を流しながら肩を落とすディーを一瞥すると、ドゥリアは視線を後方に向ける。


 そこにあったのは、巨大な一枚の土の壁だった。

 前面に空堀を穿たれたそれは、“符”により作られる防壁の魔法である“土塁”であるのだが、通常造り出される“土塁”とは趣をいささか異にしていた。

 通常“符”で作り出される土塁は高さ一ロイ(約三m)幅二ロイ(約五.五m)の、一枚板の様な構造をしている。しかし目の前にそびえるそれは、高さこそ通常の物と同程度であるが、その横幅は遥かに長く、この位置からは見えないがぐるりと円形を描いている。

 大街道の一部を巻き込んで構成されたその土塁で出来た円陣の直径は、恐らく七ロイ(約二〇m)。その円周距離は二二ロイ(約六二m)程はあるだろうか。


 無論このような円形の“土塁”を構成する“符”は、少なくともドゥリアの知る範囲では存在しない。

 この“土塁”を造り出したのは……


「アクィラ!」


 金髪の妖精種の言葉に応えたのは、漆黒の髪を風になびかせた、やはり妖精種の少女だった。年の頃は人間でいうならば一〇歳前後。華やかで妖艶ささえ滲ませる金髪の妖精種の少女とは対照的な、静謐な慎ましい雰囲気を漂わせている。

 造り出された“土塁”の上に腰を下ろし、ドゥリアとディー……二人が四〇を数える小蛮種の『一家』二つを殲滅する様を見ていたその少女は、ドゥリアの言葉に応えて小さく手を振って応える。


「討ち洩らしはいなかったはずだが……そちらは大丈夫だったか?」


 ドゥリアの言葉に少女は小さく頭を縦に振る。


「そうか。ならばこの場は治まったと思ってもいいか……アクィラ」


 再度名を呼ばれた少女は、そこに込められた意味を正確に読み取ると、土塁の円形防壁の内側へと姿を隠し、直後強固な防壁を築いていた土塁の防壁は崩れ去り、土の壁は前面に穿たれていた壕の中へと構成していた土を流し込んでいく。


 多少の盛り上がりを残し、姿を消した土塁の向こうから現れたのは三台の馬車と黒髪の妖精種の少女。そして不安そうな表情を浮かべている五人ほどの人間の姿であり、その足元ですでに息絶えている三人の男たちの姿だった。


「……今更だが、厄介ごとに巻き込まれる予感をひしひしと感じるな」

「厄介ごとに巻き込まれるのは従姉上様の体質だと思うんですがー」


 いつの間に立ち直ったのか、ディーが入れてくる茶々にドゥリアはその優美な表情をわずかに歪める。


「別に好き好んで巻き込まれているわけではないんだがな……」

「放っておけば巻き込まれないで済むのにわざわざ助けに入るのですから、十分好き好んで巻き込まれているように見えますけど?」


 ディーのその言葉に、ドゥリアは大きく目を見開き……ついで聞かされた言葉が聞き間違いであることを願うような声音でディーに問いを返す。


「……そうなのか?」


 その、少しばかり不安そうな響きが混ざった声に、ディーはこの目の前の少女が、かつて自分の知る人物とは僅かに違う事を感じ、しかし予想通りの問いを返してくれたことに変わらない部分を見つけ……苦笑交じりの声で簡潔に答えを返した。


「そうですよ?」


 ディーの返答にドゥリアは嫌そうに顔を顰め、その表情を見てディーは苦笑を純粋な笑顔に変える。


「でも、だからこそ従姉上様なんですよね……厄介ごとになるのが分かっているのについ、手を伸ばしてしまう所が」


 満面の笑顔でそう告げるディーに対して、ドゥリアは沈黙でもって答える。ただ、その小麦色の頬が僅かばかりに色が濃くなったように見えたのは、恐らく見間違いではないだろう。

のっけから解説文が多い気がしますが、とりあえず再開です。



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