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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
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終話(中)

本日のキーワード:ガールズトーク?

「正直に言っちゃいます!」


 私は憤慨しています、と全身で表現しながらディーは茶器の並んだ長机を力強く叩いた。


「あの胸の大きさは犯罪です!!」


 その主張に対し、第二王女、なんだかんだで少女の身の回りの世話を担当することになったイーシェとジェネリアの二人は力強く首を縦に振る。第三氏族の少女“未だ成らずとも風を従える者”サリアは我関せずといった表情で茶を啜りその熱さかあるいは苦さに顔を顰め、アクィラはその本来の人生で培った日本人らしい曖昧な笑顔をとりあえず浮かべた。


「何しろ急な話でしたので……着る物をご用意するまでの間、私の服をお貸ししたのですが……」


 この六人の中で最も身体つきの良いジェネリアが、その怜悧な顔に遣る瀬無さそうな表情を浮かべて言葉を漏らした。


「胸の辺りが苦しいのでもう少し何とかしてくれないか……そう言われてしまいました」

「貴女がそう言われるって、どれだけ大きいのよ……」


 どちらかというと小柄かつ胸の大きさは王女寄りのイーシェが、微妙に暗い感情がこもった言葉で合いの手を入れる。


「それならまだいいですよー……私なんか……私なんか……」


 何を思い出したのか、今度はいきなり落ち込むディー。そんなディーを怪訝そうな表情を浮かべながら王女が尋ねる。


「……何があったのかの?」

「……緩いって……」


 その一言だけで全てを察した年頃の女性陣三名は、受けた衝撃のあまりの大きさに椅子に座ったままながら上半身をふらつかせたあと、一斉に頭を抱えた。


「胸がきついくせに腰回りは緩いですって?」

「どんだけわがままな身体してるっていうのよ……」

「……剣の腕どころか女としてまで敗北するなど……」

「これから食べ過ぎには気を付けます……」


 一人関係ない事を言っているような気がするが、怨念すら籠っていそうな彼女達の会話を冷や汗をかきながら聞き流していたアクィラは、不意に表情を硬くした。


 一巡り前、あの戦場でドゥガを助けるためとはいえその魂を妖精種の、古血統の肉体に移し替えるなどと言う不遜な行為を行った。


 その行為にまつわる様々な負の感情を、未だ少女は自身の中で消化しきれていない。が、少女とは違い目の前の女性達……特にドゥガに近しい女性である王女とディーは、その心の中はどうであれドゥガの変化に対して折り合いを付けつつあるようだ。


 それは諦めからくるものなのか、命を失うよりはましだと考えたからなのか。


 理由は判らないがともかく彼女達は、女性としての生活を強制的に始めることになったドゥガに対して陰に日向に、時には強引に、時には権力を振りかざしながら手を差し伸べ続けた。


 ――強いね……


 特に第二王女は……その態度から丸わかりだったが、あきらかにドゥガの事を異性として慕っていた。その対象がいきなり女性に変わったことでどれほどの衝撃を受けたのか……少女には想像することもできない。


 ディーの方も、それが兄妹の様な結びつきだっただろうとはいえ、あれだけ慕っていた男がいきなり見た目は年下の女性に姿を変えてしまったのだ。どれだけ戸惑った事だろう。


 事実あの戦場で合流した直後の狼狽え様は、今思い返しても胸が痛くなるほどだった。しかし、ディーは立ち直った。わずかに精霊が一休みする程度の短時間で。

 戦場という、不測の事態ばかりが次々やってくる場所だったという事もあるのだろうが、その心の強さには敬服するばかりだ。


 ――それに比べて私は……


 未だに自分の犯した行為に折り合いが付けられないでいる。その事が酷くもどかしく同時に、果てしなく情けない。


「ところでイラちゃん、この中から一着選ぶとしたらどれがいいと思います?」


 不意にかけられたディーの言葉に俯いていた顔を上げると、実にいい笑顔を浮かべたディーの顔がそこにあった。


 視線を巡らせると、長机の上に広げられた十数枚の図案画が目に入る。どうやらいつの間に話題が変わっていたらしく……ドゥガに着せるために仕立てる服をどのようなモノにするかという悪巧みになっていたようだった。


 一体どれだけの熱意が込められたものか、恐らく数十枚に上るだろう彩色まで施された図案の量に対して、他人事ながら少女は微妙に顔が引き攣る。


 とても僅か一巡り……ヴォーゲン伯爵邸に戻ってから五日ほどの間で用意できる量ではないのだが……ディーとイーシェ、ジェネリアの変な方向で発揮される熱意ならば可能なのかもしれないと、思い直した。


 そして、これからドゥガを見舞うだろう不幸に対して心の中で静かに手を合わせる。


 かつてハリツァイの町でディーとイーシェ、ジェネイラの手で着せ替え人形にされた時と同じように、ドゥガも同じようにおもちゃにされるに違いない。


 それを見てみたいと少し思ってしまった事は秘密である。


「イラちゃんと違って従姉上様は肌の色が濃いですから、鮮やかな色がいいと思うんですよね」


 僅かな間にドゥガに対する呼び方を、『従兄上様』から『従姉上様』に変えてしまったディーはそう言いつつ、少女を抱え上げると抵抗する間も与えず自らの膝の上に抱え込んだ。


 僅かそれだけのことで、少女の心は僅かに軽くなる。


 おそらく、自分はよほど辛そうな顔をしていたのだろう。それを察したディーは、多分何を考えていたのかも同時に察したに違いない。

 だからこそ強引にその腕の中に抱え込んでくれたのだろう……何も聞かずに。


 いつもならこんな過剰に触れてくるディーに対し冷ややかな反応を見せるサリアが、不満そうな表情を浮かべつつも何も言ってこないことからも間違いないだろう。


「従姉上様は、少々自分の魅力に無頓着ですから……まあ仕方ないんですけれども。だから少々大胆な形にしてみるのもいいと思いません?」


 そう言いつつ引き寄せられた図案は、確かにこの世界の基準からすれば些か大胆なものだった。


 ――いやこれはちょっと大胆すぎるというよりも……


 深紅の胸当てと短めの裳裾と紐網靴という組み合わせは正直痴女にしか見えないのだが……想像してみるとこの臍丸出しの衣服が意外と似合いそうだと思えてしまうのだから、微妙に笑えない。


 自分がハリツァイで玩具になった時は、もう少し大人しい図案ばかりだと思っていたのだが……下着は無駄に大人っぽいものばかりで閉口させられたし、現在もなぜか揃えられるのは黒絹赤絹の無駄に凝った刺繍が施されたモノばかりであるが……それでも所謂人の目に見える範囲の衣服はそれなりに大人しいものだったはずだ。


「イラちゃんと従姉上様では方向性が違いますから」


 何の方向性かは多分尋ねても教えてくれないに違いない。


 実にいい笑顔で図案に向かいつつ、ああでもないこうでもないと王女達と検討を開始するディーに対して小さく溜息をつくと、少女は仄かな微笑みを浮かべて選定作業に参加するべく長机の上に視線を向ける。


 ひとつはなるべくドゥガに対し、あまり無茶な図案の服を用意させないために。


 もう一つは、とばっちりでこっちまで再び着せ替え人形にされることを防ぐために。


 人身御供にしたことを心の中で謝りつつ、少女自身楽しそうに図案に目を通していく。


 辛そうな表情は、ディーが意図した通り……なのかどうかはよく判らないが、いつの間にか少女の表情から消え去っていた。




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




 突然走った悪寒に、ドゥガは思わず背筋を震わせる。

 

 その様子を差し向かいで飲んでいたグライフが訝しそうに見つめ、怪訝な表情を浮かべて声をかけた。


「どうした、風邪か?それともどっか悪くしてるのか?根っこから身体が変わっちまってるんだからあんまり無理しない方がいいぞ?」

「いや……そういうわけじゃないんだが……」

「んじゃどうしたわけだ?」

「何というか……信じていた相手に裏切られたような?」


 そんな風に疑問系で理由を言われては、察することは不可能である。ともかく体の調子が悪いわけではないと思ったのか、グライフは手酌で酒瓶から白酒を茶碗に注ぐと、一息に飲み干した。


「ま、少なくとも前よりは頑丈ではなくなってるはずだからな。何にしろ気を付けるがいいさ」

「まさかお前に心配してもらえるとは思わなかったな」

「俺は女には愛想がいいんだよ」


 グライフの言葉にドゥガはやや呆れたような笑いを漏らして応える。


「女扱いしても気にしない、か」

「実際今は女だし、恐らくこの先もずっと女だからな……そう扱われることを一々気にしていてはやっていけんだろう」

「違いねぇが……」


 グライフはそう呟くとドゥガの事をしみじみと見詰め……ひとつ大きくため息をついた。


「しかし恐ろしいまでに色気がねえな……見た目だけなら文句なしの美女だっていうのによ……仕草がいちいちお前らしくてなんていうか……萎えるな」


 言いつつグライフは酒瓶を差し出し、ドゥガは茶碗でそそがれる酒を受けつつ苦笑を浮かべつつも言葉を返す。


「色気があると言われても言葉に詰まるが……こんな若い美人をつかまえてそれはないんじゃないか?」


 その返しに心底いやそうな表情をグライフは浮かべ、酒瓶を自分御茶碗へと傾け……半分しか注げなかったせいで更に渋面を深くする。


「自分でそれを言うかよ……お前もあの第二氏族の長と同じで、どれだけ年とっても老けるって事はないんだろう?」

「そういう話だな。一応この身体は平均的な古血統と同程度の魔力を備えているらしいから……この世界に絶望しない限り死ぬこともないらしい」


 さすがに首を落とされれば死ぬらしいがなと、肩を竦めるその仕草にグライフは口を開きかける。が、結局何も言わずに首を横に振ると、先程出しかけた言葉とは別の言葉を口にした。


「それで?結局あの嬢ちゃんも連れてここを出ていくんだろう?」


 酒に対する強さはさほど変わっていないのか、茶碗の中身を一息に干したドゥガは小さく溜息をついて言葉を返す。


「ああ……今後は改善されるとしても五、六年は妖精種に対する風当たりは強くなるだろうからな」

「まぁなぁ……さすがに死傷者が七千超えてるからなぁ」


 あの戦で動員された伯爵領の兵の半分が、何らかの傷を負い、あるいは命を落としたのだ。通常の戦における死傷者の数は二千から三千であることを考えるならば、過去例にないほどの恐ろしい被害と呼んでよい。


 その被害をもたらした策を巡らせたのがあの公爵であることは判っているが、直前まで相対していたのはあくまで妖精種の一軍であり……彼らと相対していた兵が、今回の被害が発生した原因が妖精種にあると考えてしまっても、それは仕方がない事だろう。


 故にいくら妖精種に対して寛容なヴォーゲン伯爵領といえど、住人が何らかの悪意を、妖精種全体に持つ事になるだろうことは、想像に難くない。

 伯爵邸に妖精種が寝泊まりしていることを面白く思っていない住人も、少なからずいるはずだ。

 かといって伯爵領の外で、妖精種が安全に生活できる場所も王国にはさほど多くない。精々が四大都市くらいのものだろう。


「まぁ仕方がねぇか……」


 このまま伯爵邸に留まることは、正直現伯爵である弟に多大な迷惑をかけることになるだろう。それはドゥガにとっても本意ではない。

 ほとぼりが冷めるまでどこか別の場所に身を隠すというのは、陳腐な手段かもしれないがそれ故にそれなりに効果がある手段でもあるのだ。


「で?いつごろ出ていくんだ?」

「色々準備もあるからな……恐らく二巡りほど後にここを出ることになるだろう」

「色々準備ねぇ……今までは身一つで旅してきただろう?」


 それこそ思い立ったらふらっと旅に出るような生活を続けていたはずなのだ。あの少女の事があるとはいえ、それでも三日もあればこの男は旅の支度を整えるだろう。そのことを訝しんだグライフは口を開こうとしたが、その前にドゥガの方が口を開いた。


「……この胸に合わせた鎧を調達するのにそれくらいかかるそうだ……」


 その言葉に思わず絶句するグライフを無視して深々と溜息をつくと、ドゥガは自分の胸についている二つの膨らみ……両手でも余るほどの大きさのそれを、服の布地越しに掴む。


「通常の型で起こしたものでは調整しても収まらないらしい……一から作図するそうだ」

「……でかいとは思ってたがそれほどかよ」


 グライフの呆れた声に弱々しい微笑みを浮かべながら、ドゥガは小さく頷く。


「正直今になって、胸が大きい女性の苦労がよく判るようになるとは思わなかった……」

「まあ普通は判るわけがねぇわな、そんなもん」

「着替えもディーの所の使用人……ジェネリアから都合してもらおうと思ったんだが、どうにも胸の辺りがきつくてな……結局何着か新しいものを作ることになった」

「お前、それあの娘どもに馬鹿正直に言ったらなにされるか判らねぇぞ?」


 特にあの跳ねっ返りのじゃじゃ馬王女は、自分の胸の薄さを大分気にしていたはずだ。


「……ああ、もう手遅れかもしれねぇか……」


 間違いなく何らかの報復手段に出るだろう。おそらくディーと二人の使用人も噛んでくるに違いない。


「何が手遅れなんだ?」


 グライフの呟きの理由に気が付かないドゥガはが問い質すが、グライフはただ黙って茶碗に残った酒を飲み干す。


「ま、気にしても仕方がねぇってことだ」


 見た目だけならば傾国の美女と評してよいドゥガに対して、グライフはただ一言それだけ告げるのだった。







筆というかキーボードが滑りまくってる気がしてなりませんが。


おかしいな……予定ではもう旅立ってるはずなのに……


と、とりあえず明日投稿予定の分で終わる……終われ、終わるといいな……






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