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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
54/59

終話(前)

2012/03/30:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

     :文章微調整しました

「ハイラン公爵は戦闘終了後行方不明。混乱に巻き込まれ恐らく死亡……ヴォーゲン伯爵家の長男は第一氏族の罠にかかりこれも死亡……とはな」


 王国北部において勃発した貴族間闘争。


 その結末を過不足なく伝える近衛将軍ケラス=リシ=メイフェルデン侯爵からの書簡に目を通し終えた王国宰相ネメルデス=リドン=イェイツラー侯爵は、この男にしては非常に珍しいことに、疲れ切った声で言葉を漏らし、力なく書簡を机の上に放り投げた。


 王国の西方にその所領を持つ貴族が徒党を組み、ヴォーゲン伯爵領へと攻め込む。


 規模こそ王国の歴史上例を見ないほどの大きさであるが、名目と動機に関しては特筆すべきこともない。

 貴族同士の諍いの最終的な決着に武力が用いられること自体は、よくあることではないが珍しいという程ではない。

 王国の裁可を受けた上で行われるそれは、あくまで裁判の変種という位置づけなのだ。あるいは大規模な決闘という言葉の方が適当なのかもしれない。


 よって通常ならばそれは適度な所で手打ちになるはずであって、甚大な被害を双方が被るという事はまずありえない。


 第一氏族の援軍が加勢するという情報もあったが、それを加えても発生する損害は双方含めても常識の範囲内に収まるだろうという判断を、宰相は下し認可状を発行したのだ。


 しかし……


 当初は言ってしまえばその程度の争いに過ぎないと思われていたそれは、世の中の争い事には付き物の不測の事態が考えうる限り積み重なり、結果王国にとっては最悪と言ってよい結果を残して終結することになった。


 西方諸侯とヴォーゲン伯爵、更に第一氏族の軍勢まで含めれば死傷者の数は六万に上るという。

 その死傷者の半数が、あのハイラン公爵によって全軍囮として使われた第一氏族の軍勢によるものだとはいえ、とても国内で発生した貴族同士の諍いの果てに被った損害とは思えない。


 問題はそれだけではなかった。


 西方諸侯と公爵……こちらの方はまだいい。


 西方諸侯……首謀者でもある二つの侯爵家と二つの伯爵家は所領を削り、家督を継がせられるところは継がせ、いない所は取り潰してもさほど問題はないだろう。

 こと領地経営等の実務に関する人員ならば、現在は王宮から出ているあの第二王女の指揮下にあった徴税室の人員に優秀な者が揃っている。削り取り潰して王国の直轄領に仕立てた後に、三名ほど引き抜いて代官として派遣すれば当面の問題はないはずだ。


 親戚付き合いの延長上で参戦を余儀なくされた者達には、西方国境付近への兵役負担を相応に担わせることで、罰の代わりとすればいい。


 ハイラン公爵に至っては所領を持っていないことが、逆に幸いだったと言っていいだろう。削り取る所領を持たないならば、本人がすでに死亡している現在、弔文の一つでも捻り出せばいいだけなのだから。


 問題はもう一つの方。


 ヴォーゲン伯爵家の家督を継がなかった長男、『万騎長』ドゥルガー。

 宰相自身、あの男が死んだことを手飼いの諜者から聞かされるまで、この男が死ぬという事態だけは想像もしていなかった。

 いや、聞かされた後もどこかでそれは間違った情報なのではないかと思い続けていた。近衛将軍からの書簡に、その死がはっきりと記載されていることを確認するまでは。


 惜しい人材を亡くした……などと言う生温い表現では済まない。


 現在西方国境付近は落ち着いているが、あの辺りは第一氏族がちょっかいをかけてくるだけでも頭が痛い場所であるのに、王国の西側に国を構える蛮族の侵入が絶えない地域でもあるのだ。


 特に西北部域で国境を接しているシャーカンド央国は山岳戦闘に長けた集団で、王国西北部域の国境地帯であるセレイゼイア山脈を越えて度々王国に侵入を繰り返している。


 シャーカンド央国ほどではなくとも、西方国境から王国への侵入を画策している勢力は複数存在しており、それらの侵入を防いでいたのが『万騎長』ドゥルガーの掲げた多大な戦果とその声望によるものだったのだ。


 剽悍な傭兵の男たちを心服させ、縦横に采配を振るう『万騎長』


 その死は遅かれ早かれ西方にも伝わり……結果連中の活動はこれからも活発化することだろう。


 西方の蛮族が総力を集めた所で、王国に対抗するほどの力はない事は判っているが、今までの数倍の予算が西方国境に吸い取られることだけは間違いない。

 恐らく今後五年は王国の予算編成に影響が及ぶことになるだろう。


「……私まで“英雄”の声望に惑わされていたのだろうな……」


 よくよく考えてみなくともわかることだが、英雄だろうと人間である限り必ず死ぬのだ。そのことに考えを及ぼすことができなかったのでは……西方国境の安寧などと言う国家の大事を一人の男の力量と声望に頼り切っていたなどという事は、笑い話以外の何物でもない。


「近衛の一軍は張り付かせておかねばならぬか」


 詳しい話は将軍が帰城してからになるだろうが、その程度は今後手当てし続けなければならないだろう。下手をすれば暫く将軍に現地で直接指揮を執ってもらう事態になるかもしれない。

 西方地域の防備が薄くなっていることくらいは、連中もすでに掴んでいるのだろうから。


「……まったく……結局最後まで引っ掻き回してくれおったな……」


 宰相はそう公爵に対する愚痴を呟くと、未決済の書類に手を伸ばす。馬鹿の後始末をしなければならない現在、馬鹿に対する罵倒の言葉を漏らす時間もなかった。




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




「仮説でいいなら説明できるけど、一応聞いておきます?」


 男の身体を失い、新たに妖精種……古血統の少女の肉体を得てから一巡りが経過したころ、ふらりとヴォーゲン伯爵邸の庭に現れた第二氏族のうっかり者は、そこで槍を振るうドゥガの姿を確認した途端、前置きもなくそう言った。


「唐突だな」


 ドゥガは呆れた口調でそう言葉を返すと、今まで振るっていた槍の穂先を立て、石突を地面に立てる。


 筋力も体格も以前と大幅に変わってしまったドゥガが選んだ武器が、この槍だった。


 先端部分は肉厚の短剣のような拵えで、刺突の邪魔にならない程度、穂先よりも下の位置に半月状の刃を備えた『半月槍』。

 当初は鉤付の槍の使用も考えたが、現在の自分の筋力では鉤を自在に扱うことは不可能であると考え、突くことと斬ることを念頭に置いた方がいいと判断し、この槍を使うことを決めたのだった。


「それで何を聞かせてくれるんだ?」

「イラちゃんが貴方に対して行った無茶苦茶の全て」


 その、あまりにも端的で的確な表現にドゥガは思わず吹き出し、それから静かに首を横に振った。


「別に……あの娘が俺を助けてくれたという事実だけがあれば問題ない。それに経過を聞いたとしても、更に新しい器に移れるという問題でもないだろう?」


 本来ならばあの場でとっくに息絶えていたのだ。

 今現在こうしてなに不自由なく身体を動かし、話をし、空を見上げ、風の音を聞くことができる。それ以上を望むということはなかなかに不遜なことではないかと、ドゥガは第二氏族の長に告げた。


「大分勝手は違ってしまったが、概ねこの身体にも慣れてきたことだしな」


 そう言うと、ドゥガは僅かに眉を顰め視線を自分の胸元に落としてため息をつく。


「?何か気になる事でも?」

「いや……正直に言うなら、この胸だけはどうにかならなかったのかと……」


 視線の先にあったのは女性特有の膨らみだったが……正直この大きさにだけは閉口していた。

 まず何よりも大きい。まさか自分の胸が邪魔で、自分の臍が立ったままでは見えなくなるなど思いもしなかった。


 そのことに関して愚痴を漏らした時、ディーはよく判ると頷いてくれたのだが第二王女……ガリィが恐ろしいくらいに殺気の籠った視線を向けてきたのだが……あれに関しては今一つ理由が理解できない。

 念のため何に怒っているのか聞いてみたら、そのまま足音も荒く背中を向けられてしまい、ディーに尋ねても何となくはぐらかされてしまったのだが……あれは結局なんだったのだろうか?


「確かにそれだけ大きいとちょっと邪魔?」

「大分邪魔だな」


 次いでその重さだ。


 その大きさに相応しい重さではあるのだろうが、身体を激しく動かすと胸が自分でも予想が出来ない動きをはじめ、気を抜いているとそれにつられて上半身が泳いでしまうという些か無様な様を晒してしまいそうになるのだ。


 ある程度固定できるように、鎧も調整しなくてはならないだろう。


 体捌きに関しては、これほどではなくとも人並みよりは大きいディーに細かな指導を受けているが……どうなる事か。


「正直、机の上に胸を乗せている姿勢が一番楽になるとは思ってもみなかった」

「それ、王女様の前で言ったら殴られますよ?」

「何故だ?」

「それが乙女心というものです」

「随分と物騒なのだな……乙女心というのは……」


 埒もない会話を溜息で留めると、ドゥガは槍を構え直した。


「これからどうするつもりです?」

「さて……どうしたものかな」


 半月状の刃を使い、薙ぎ斬る動作を一つ一つ確めるように槍を振るうドゥガは、楽しそうにそう答える。


「なにしろドゥルガーは既に死んでいるからな……私が……ドゥリアがどこに向かおうと縛られる理由はないしな」


 一瞬だけその口元が笑顔とは違った表情を浮かべたような気がしたが、第二氏族の長はそのことを指摘しなかった。指摘してもこの男……今は古血統の特徴を備えた女性だが……はそのことを笑って否定するだろう


「あと二巡りほど大人しくしていたらまた旅に出る」


 それはすでにドゥガの中では定まった予定なのだろう。口調こそ柔らかいが、断固とした意志がその中に仄かに見える。


「あの子と一緒に?」

「あの娘と一緒に」

「どこへ向かうかくらいは教えてもらえるでしょう?」

「しばらくは東方を巡ろうかと思う」


 ここ大陸中央部に位置する王国では、それなりに妖精種が住んでいるとはいえ第一氏族の存在があった故に妖精種にとっては未だそれほど住みよい場所ではない。


 いままでは人間だったドゥガの存在のお蔭であの少女の事をそれなりに守ることができたが、妖精種のドゥリアとなった自分では……守りきることは難しいだろう。


 特に今回の戦で妖精種との戦闘中に大損害が出ているというのが厳しい。


 原因は元を辿れば卑劣な公爵の詐術なのだが、結果的に妖精種との戦闘中に大損害が発生したのだ。


 いくら他の地域に比べ妖精種に対して寛容なヴォーゲン伯爵領でも、今後数年は妖精種に対する風当たりは強いままだと考えられる。


「別に東方……藩王国もそれほど妖精種が住みやすいってわけじゃないですよ?」

「それでも王国にいるよりは……だろう?」


 そう答えると、ドゥガは型をなぞる動作を、実戦さながらのそれへと切り替える。


 その動作に会話の終了を感じ取った第二氏族の長は、呆れたような、それでいてどこか無鉄砲な娘を見るかのような表情を浮かべて肩を竦ませると背中を向け、庭から出て行った。






やべ……一話で収まらなかった……


ちなみに胸の大きさは

アクィラ微乳・王女ひんぬー

ディー美乳・ドゥガ(ドゥリア)きょぬー


になります。大きさは各自想像して頂ければと。

サイズは一応設定していますが、王権が発動されたので詳細は発表不可という事で。

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