表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
49/59

四七・英雄でない者

本日のキーワード:現実は非情である


2012/03/17:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

 戦闘は終結に向かいつつあった。


 本来これ程の規模の軍勢がぶつかり合った場合、これほど早く決着がつくことはまずない。


 よほどの事情……お互いがお互いを一戦で屈服させようと考えているような場合でもない限り……いや、そんな場合ですらずるずると長期化することがままある。


 短期決戦と言えば聞こえがいいが、それはよほど作戦が頭に当たった場合に得られる果実であり、多少目端の利く者が指揮官に居れば容易に回避されてしまう。


 結局のところ、戦というものはあくまで政治的経済的理由を解決するための、政治的話し合いの延長線上で発生するモノでしかないのだ。泥沼の殺し合いを望むものなど、特殊な性癖持ちか、第一氏族くらいしか存在しない。


 要するに、戦の中で発生する、騎士の名誉に代表される英雄的行為や悲喜劇などは所詮添え物でしかないのだ。


 相手に要求を過不足なく飲ませることができるならば極端な話、勝利すら本質的には必要ではない。勝利したことにより、本来要求するべき事柄に支障が出てしまう場合もあるのだから。

 

 故に、塩梅が悪くなれば当然撤退する。策源地まで逃げ帰る場合もあるだろうし、陣形を整え直すための一時的な退避もあるだろう。あるいは撤退に見せかけて追撃部隊を討ち取ろうと画策するかもしれない。予備兵力が豊富にあるならば、それらを実行することに躊躇う理由はない。


 だからこそ、これほど早く彼我合計で八万を超える軍勢による戦闘が終結に向かっていることは、ある意味異常だった。

 お互いに戦意が溢れていたとしても、数日間にわたって戦闘が繰り広げられるのが当然の規模であるというのに。


「妖精種の導眠術とは……恐ろしいものだな」


 大森林から奇襲をかけてきた部隊の攻撃を完全に防ぎ切り、一息ついたところで近衛将軍ケラス=リシ=メイフェルデン侯爵は、悲しげな眼差しで相対する西方諸侯の軍を見据える。


 そこにあったのは、防備を固めている第三軍に向けて無謀な突撃を行い、それをがっしりと受け止められ砕けていく西方諸侯の歩兵隊だった。


 将軍が数えているだけでも、既に一〇を数える以上の回数それは繰り返されている。


 普通ならばもう少し手を加え、あるいは部隊間の連携を考えながら行われるはずだが、そういった様子は生憎見受けられない、


 いくら実戦経験がほぼないとはいえ、これはあまりにも異常すぎる。


 部隊指揮をしている中心の四貴族が“導眠術”の影響でまともな判断が出来ていないと考えるのが妥当だろう。


「督戦も徹底しているようだな……」


 それがたとえ妖精種の軍とはいえ、広域型攻撃符の飽和攻撃が自陣の中で使用されるのを彼らは目撃した……否、目撃させられたのだ。

 あるいは最初期の侵攻時に行われた、ウェルトマス男爵領に対する焼き討ち同然の仕儀も、逃亡を図る者はこうなるという無言の圧力であったのかもしれない。


「無残な話だ……」


 逃げ出すことが叶わない彼らは、命令に従いこちらを倒さなくてはならない。生き残るために。


「……無残な、話だ」


 将軍は再度、今度は周囲にも聞こえるようにはっきりと声を出す。


 今までは受ける損害を最小にするように軍を動かしていたが、これ以上はっきりしない動きをすることは徒に無駄な命を失うだけだ。


 こちらへの被害もある程度出るだろうが、今はそれを無視してでもこの敵軍の中核を排除しなければならない。普通の戦であったならば、それは無謀と言われる行為であることは将軍にも判っていたが、今はそれを為さねばならない時だ。


「第一から第四大隊は右翼から、第五から第八大隊は左翼から突撃だ。目標は西部諸侯本陣にいる貴族。生死は問わないが確保優先だ。責任を取らせる者がいなければ後々厄介だ。損害は許容しろ」


 将軍のその命令に、今までほぼ論議することなく付き従っていた幕僚達が、さすがに驚きの声を上げる。


「お待ちください将軍!それはさすがに……」

「我等が守るべきものは王国である。その王国を王国たらしめているのは臣民がそこに生活しているからだ。臣民とは、守るべき王国そのものである」


 幕僚の反論を静かな声で将軍は切り捨てる。


「その臣民が望まぬ命を受け、望まぬ戦いを強いられ、我らの手によって傷つき命を奪われている……我らの損害がどれほどのものになろうと、今の現状は正されねばならない」


 そう呟くと、将軍は己が騎竜である二脚竜に鞭を当てると、後続が続くことも確認せず……あるいは続くことを確信しているのか単騎自らが告げた西方諸侯の軍勢その右翼側面を突くべく、戦場を駆け抜けていく。


「遅れるな!」

「騎竜部隊のみでいい!将軍一人を行かせるのは近衛の名折れぞ!」

「第二大隊、将軍の側面を全力で支援だ!」

「第六大隊左翼へ突撃を始める!」


 僅かな時間で近衛第三軍は大きく動き出す。


 それを目の当たりにした西方諸侯の動きが鈍いのは、部隊を指揮する中核の兵が今までの戦いで数を減らしていたせいだろう。

 

 ともあれ戦場は今、最後に向けて大きく動き出す。


 それはここよりもいささか南方で、ハイラン公爵の攻撃を待ち受けるドゥガ達も同様だった。




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




 “土塁”の上に立つ男の姿。


 簡素な革鎧にその身を包み、右腕に剣を、左腕に盾を備え、その腕の中に黒髪の少女を抱き抱えているその男の姿を見た時ハイラン公爵の胸に湧き上がったのは驚き……そして燃え盛る怒りだった。


 あれだけの策を弄したというのに、なぜまだ生きているのか。

 あのような高い所に立つとは、こちらを馬鹿にしているのか?

 あの腕にいる少女を見せつけているのか?


「彼女は、私のモノになるべきだというのに!」


 勝利の暁に得られる褒賞。その象徴である少女を未だ手放さずいるドゥガに対し、公爵は理不尽に怒りを高ぶらせていく。


 本来ならば真っ先にあの男の元へと赴き、その腕から少女を奪い去ってやりたい。


 が、現実の彼はと言えば先行する騎竜部隊からやや遅れた位置で、必死に角竜を操っている。


 念のために述べておくならば、公爵は決して臆していたわけではない。むしろ誰よりも早く騎竜を操り、誰よりも早く敵陣へと乗り込みたく思っていた。


 しかし頭でそう思っていても、現実的な騎竜の腕が優れているわけではない。無様……という程ではないが、竜を操ることになれた騎竜兵達からすれば数段劣っていることは間違いない。


 公爵が引き連れてきた部隊が、直率とはいかないまでも、それなりに公爵の命を守るように言明された、西方諸侯の一人から預けられた部隊であることもあるいは関係しているのかもしれない。


 彼らはこの先に何があるかを理解していたが、公爵の危険を少しでも減らすために望んで死地へと向かっているのだ。

 本来ならば公爵を中心に部隊を進ませるところを、あえて公爵を後に置いて騎竜を走らせているのが、彼らにとって最低限の配慮であったのかもしれない。


 この厄介な公爵が早々に逃げ出すことを願って、そんな考えも含めて。


 最終的にその配慮は全て無駄になってしまったのだが。






 最初の攻撃は、“土塁”によって掘られた濠の中から行われた。騎竜に跨ることにより、相応の高さを得ていたそこから確認した限りでは、直前までなにも存在しなかったはずだった。


 最初に飛来したのは無数の光の針。使用された符の名称は何のひねりもない“光針”


 そこに込められた術は、ただ無数の光の針を打ち出すだけのものであり、光故に対象に傷をつけるほどの威力は持たない。この符が傷をつけるのは、幾重にも重ね掛けされているだろう複数の“抗魔符”の効果をそぎ落とすことにある。


 つまるところそれの次に放たれるものは……


『火炎球』

『飛礫』


 空と思われた濠から放たれる『火炎球』の“火種”七つと、それを予期していた騎竜隊の誰かが使った『飛礫』。結果途中で『飛礫』で飛ばされた石礫の一つと接触した“火種”が発動し、他の火種を巻き込んで誘爆する。


『氷壁』

『大風』


 堀の中の兵達は、氷壁を斜めに出現させて爆風を上空へと逸らし、騎竜兵達は飛来する矢を吹き散らす強い風で爆炎を受け流す。お互いの視界がその間を逃さず突撃する騎竜兵、その戦闘近くにいた者達から前方に向けて何枚かの符が行使される。


『暴魔』


 それは持続型の魔法の効果を“なかったこと”にする符。それにより『幻惑符』の効果を打ち消され、目の前に“土塁”とそれにより穿たれた濠がその隠れた姿を現す。


 もとよりそれが存在することは、騎竜部隊にとって想定の範囲内。少々危険ではあるが、回避する進路を取るにもまだ十分な距離がある。それ故に、僅かばかりに速度を落とし竜頭を外に向けようとした時……騎竜部隊全体を包み込むように地面が爆ぜた。


「ば……」


 殺傷能力自体はさほど高くない……無論急所に当たればその限りではないのだが、その効果範囲だけは広域型攻撃符に分類される『石弓』

 地面から石を弾き飛ばして攻撃するこの符の攻撃力は、土中に存在する石の存在によって大きく左右する。

 石が大量に存在する河川周辺や、今は枯れ果てた流れの跡地などでは致命的な威力を発揮するが、普通の土地では脅威になるほどの威力は発揮しない。


「こ……石が……っ!」


 この近辺に河川が存在したという記録はない。つまり普通であるならば、これほどの石が『石弓』の力で弾き出されてくるわけがないのだ。

 だというのに今、騎竜部隊が巻き込まれているのは、地上から天へと上る石でできた大瀑布だった。


 それは、騎竜部隊の人間がかつて経験したこともない勢いであり、その範囲も恐るべき広さだった。為す術もなくその石の大瀑布から逃れられたのは、効果範囲の外縁部及びやや後方から寄せてきていた者のみ。その残りは一〇〇もいないだろう。

 それ以外の者は竜も含めて地面からの石礫に翻弄され、天から再び落下してきた石に打ち据えられ、石を吐き出したことで泥沼と化した地面に飲み込まれていく。


「……八割方無力化できたか」


 やや呆れた声で感想を漏らすドゥガに対し、少女はやや硬い表情で頷いた。


 確かに彼らは公爵に従っていた者達であり、あの赤くて白い地獄をもたらした集団の一員でもある。が、少女の理性は……二〇年以上を過ごした日本での記憶は、彼らがただ命令に従ったに過ぎないことを理解している。


 限度はあるが、上司の理不尽ともいえる命令に従わざるを得ないことが、あの平和な世界でもままあるのだ。身分制度のあるこの世界では、自分の想像よりも遥かに強い強制力があるだろうことも、理解している。


 今の攻撃が必要であったことを納得はしているが要するに、打ち据えられた彼らが怪我はともかく命を奪われていないか……つい心配してしまったのだ。


 それが限りなく自己満足に過ぎないことを、理解しつつ。


 そんな少女の自己嫌悪を多分に含んだ考えを理解したのか、ドゥガは僅かに優しい視線を向け、しかし敢えて言葉を掛けないまま視線を前方に向ける。


 少女もドゥガの気遣いに僅かばかりに表情を緩めると、自分の存在というものを弾劾する象徴……あの、指輪を嵌めた左手を胸の中で抱え直した。


 今少女が展開させた『石弓』により、完全に機動力を奪われた騎竜兵達は、生き残り戦意を回復したこちらの兵達に群がられていた。

 本来なら有利なはずの竜の上にいる者達が為す術もなく討ち取られ、跨る騎竜を奪われていくその光景の向こうで、今の状況を理解できないのか一人呆然と騎竜の上で佇むハイラン公爵。


「戦場で棒立ちになるなど、何をされても文句は言えんだろうに」


 ドゥガはそう呟くと、最も近くで奮闘していた敵の騎竜兵に少女を抱えたまま走り寄る。


 その姿を認めた騎竜兵は手にしていた槍をドゥガに向けて突き出してくる。竜の上から放たれる渾身のその突きを、ドゥガは右手に握る剣で受け止め、器用に腕を捻ると剣と鍔で槍を絡め取り弾き飛ばし、その勢いで上体が泳いでしまった騎竜兵の胸座を、剣を握ったままの右腕で掴みそのまま角竜から引き摺り下ろす。


 念のため騎竜兵の腹に蹴りを入れ悶絶させたドゥガは間髪入れずに角竜に跨り、乗り手が変わったことで暴れ出そうとする竜を瞬く間に鎮めてしまった。


 ここまでの一連の作業、そのあまりの手際の良さに目を丸くしている少女に軽く笑いかけるとドゥガは表情を引き締めて、いまだ事態を把握しきれていないハイラン公爵を睨み据える。


 その視線を真正面から受けた公爵は、途端奇怪な叫びを上げて竜頭を巡らせ、弾かれたように竜を駆けださせた。


 反対方向に。


「今更逃げを打つとは……」


 ドゥガは小さく舌を打つと、無様な姿勢で竜を操る公爵に向けて、手懐けた竜頭を巡らし手綱を振るった。








「何故だ何故だ何故だ何故だ……」


 全身から冷たい汗を吹き出しながら、公爵は角竜の速度を上げる。


 その脳裏に浮かぶのは、あの男の視線だった。怒りに染まっているくせに妙に透徹で冷たい視線。


 その視線が脳裏から離れない。


 うまく事を運んだつもりだった。


 どういう理由からか接触してきた第一氏族。彼らからあの男の傍にいる妖精種の少女があの、英雄の傍らに常に存在していた古血統の少女であることを聞かされ、彼女をどうやっても手に入れようと画策してきた。


 第一氏族が申し出てきた西方領域の譲渡案を、西方諸侯に話し、邸に住まわせていた第一氏族の女にも説得を手伝わせ、きっかけを作るために第一氏族の暗殺者と聞かされた子供を第二王女の所まで誘導もした。


 その上で第一氏族からの援軍を要請し、それをあえてヴォーゲン伯爵の軍とぶつかるように配置した。彼らごと焼き払う事でかの男も排除することを計画した。古血統の少女はこの世界で最も強大な魔力を持つと、第一氏族から聞かされていたので、恐らくは彼女一人だけは生き残るだろうと計算もしていた。


 だが、蓋を開けてみればあの男は生きており、あまつさえある程度の兵までも生きながらえていた。

 それでも騎竜突撃を掛ければ崩せるだろうと思っていたら思わぬ攻撃により、そのほとんどが使い物にならなくなった。


「クソッ……なぜ私が逃げねばならないっ……!」


 騎竜を走らせながら公爵は思わずそう誰ともなく毒づく。


 本来の計画通りなら今頃あの黒髪の古血統の少女を手に入れ、英雄としての至福を味わっていたはずなのに……訳が分からない。

 

 あの少女は自分の手の中にあるはずなのに、それが正しい事であるはずなのに。


 なのに自分は逃げている。


 そのことに耐えきれなくなった公爵は、ついに逃亡することをやめる決断を下した。ここで逃げてもあの少女は手に入れられないと心を決めたか、あるいは逃げ切れないと悟ったためか……それは判らなかった。


 竜の足を止め、その頭を巡らせる途中で、公爵の意識は不意に途切れた。








 この日、戦場を放棄し一人逃げ出そうとしていたハイラン公爵は、追いすがった元ヴォーゲン伯爵家の長男であるドゥルガーの手により、その首を叩き落とされた。


 御三公とも称される、王家に最も近い血筋の公爵家当主であったミセレイド=エメス=ハイラン公爵は、味方である騎竜兵大隊を戦場に残したまま逃走。その最後に加えられた剣は背後からのモノであり、剣を抜くことすらできずに首を落とされるという、不名誉極まりない死であった。


 それは、英雄物語を好む人々から見て最低な死に方であり、この後王国では長きにわたり“ハイラン公のような”という表現が使われることとなる。


 意味するところは『卑怯者』あるいは『愚物』とされている。














ようやくある意味元凶を排除完了しましたが、

もう少しだけ戦闘は続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ