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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
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四四・世界へ還る

本日のキーワード:餌だけ取られた釣り針の侘しさ

2012/03/07:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

「消滅……か」


 そう呟くと、第一氏族の長である“氏族を束ねる者”は、乾いた笑いを漏らした。


 危険を冒し、王都に手の者を送り込み、下等な人間に使う事を禁忌としてきた導眠術を用い、戦乱を引き起こした結果……念のためと遣わせた三万の軍勢が消滅したとの連絡が入ったのはつい先ほどだった。


 結局のところ今回の一連の策謀は一つも実を結ばなかっただけに留まらず、派遣した軍勢全ての消滅という、およそ考えられない結果になってしまった。


 導眠術の影響下にあると思った人間……あの男は当初はこちらの思惑通りに動いてくれた。が、いつ導眠術の影響から逃れたのか……こちらの傀儡であると思っていた男の言葉を疑うことなく軍を進め、何らかの戦功をあげることもなくあの男の策の出しに使われた挙句が消滅……生存者なしである。


『人間を生み出す為だったんじゃないの?私達が生まれた理由って。もしくは彼らの雛形だったとか……魔法的に言うなら彼らの元型なんじゃないかしら。私達妖精種は』


 数日前に交わした最も古く、最も己に近かった妖精種の言葉が脳裏によみがえる。


「……これでは、あの者の言った通りではないか……」


 うすうすとは気が付いていた。そしてそれからは目を逸らしていた。


 そのことにようやく思い至った“氏族を束ねる者”はふと、己の指先を見つめる。


「……成程、これが世界に還るという事か……」


 指先から零れ落ち、光輝きながらやがて消えていく魔力の欠片。それを見ながら得心が入ったように“氏族を束ねる者”は言葉を漏らす。


 原初の泉から生まれた始まりの妖精種は、この世界に対する執着が無くなると、その身体を構成する魔力が散逸し始める。


 肉体を有してはいるが、それらを構成するものは変質し物質化した魔力の塊である最も古き妖精種にとってそれは、人間でいう所の老衰に近い。


 老衰と違う点があるとすればそれは、その進行速度が恐ろしく速いということだろうか。


 まるで今までこの世界に存在してきたこと、それ自体が間違いであったと世界から告げられたかのように急速に質量を失っていく己の身体を眺めながら、“氏族を束ねる者”は自嘲するように言葉を漏らす。


「まったく……とんだ道化であったわけだな……」


 “最初の八の者”達は、遥か昔にそのことに気が付き、道化と知りつつ踊ってきたのだろう事が、今ならば判る。


 それら自覚して踊ることを始めた彼女達に比べ、躍らされていることに気が付かず今まで無様に足掻いてきた自らが、どれほど滑稽な存在であったことか。


 “最初の八の者”の言う通り、この世界に何も生み出さずに消えていく……今までの五千年近い生の、なんと無駄なことであったのか。その孫子に様々なものを残していく人間に比べてこれでは……


「……ああ、そういう事か……」


 “氏族を束ねる者”は、自分の中にあった一つの想いに気が付き、その卑小さに呆れて思わず溜息を漏らす。


 要するに羨ましかったのだろう。


 “最初に生まれた八の者達”は、一人として自分の血に連なる者を生み出せなかったのだ。“八〇の者達”も“八〇〇の者達”も、伴侶ともいうべき存在との間に自らの血を引く存在を生み出せたというのに。


 理由は恐らく、あまりにもその存在が魔力に偏っていたためだろうと、当時“最初に生まれた一の者”は考えていたようだが……理由は今更どうでもいい。

 どれだけ励んでも……それこそ一〇〇〇年続けても結局望むものを得られなかったという事実。それが己でも知らないうちに、不満、嫉妬として心の奥底に澱の様に溜まっていったのだろう。


 だからこそ簡単に死んでいく、あの生き物が羨ましかったのだろう。恐ろしく短い生しか持っていないのに、だからこそ簡単にその血族を増やしていける、あの人間が。


「魔力に還れば、彼女とまた出会えるのだろうか」


 その言葉を最後に、“氏族を束ねる者”はこの世界から姿を消し、世界に溢れる魔力へと還っていった。


 最後に呟いた言葉……かつて一度だけ愛し、意見の相違から分かれ、行き違いから自らの手で世界へと還してしまった“最初の六の者”へ向けた言葉を聞いたものは、誰もいなかった。






「……ついに私だけになっちゃったか……」


 どういうわけか、妖精種と……特に古血統と関わりを持つことがなぜか多いヴォーゲン伯爵の支配地であるメドゥイン湖。その畔でのんびり釣り糸を垂らしていた第二氏族の長“最初に生まれた八の者”は、遠く第一氏族の集落と“原初の泉”が存在する方角を眺め、小さく呟いた。


 あの地に存在していた膨大な魔力の塊……“氏族を束ねる者”が、大気に満ちる魔力へと還っていくのを強く感じる。


 別に特別な感覚ではない。過去何度も経験した事柄であり、“最初の八の者”に都っては慣れた感覚であったはずであるが……


「流石に寂しいものよね……一番古い知り合いがいなくなるっていうのは」


 例え顔を合わせることがない相手だったとしても、この世界に存在していた……たった二人だけの同胞だったのだ。

 この喪失感を共有できる者は、恐らくこの世界には……


「ああ、あの子なら判ってくれるかもしれないかな?」


 今代の、そして“氏族を束ねる者”がこの世界から消え去った今恐らく最後になるだろう古血統の少女。


 “最初に生まれた六の者”と生き写しの少女。


 自分が生まれ育った世界から引き離され、この世界での生を無理矢理与えられた不幸な異邦人。彼女ならばこの喪失感を……


「いや、やっぱり無理か―」


 この世界に生まれた当初ならそうだっただろうが、あの少女にはその心を守ってくれる仲間が存在する。

 “最初に生まれた八の者”の気持ちを理解できるようになるのは恐らく、数多くの人間との死別を迎える後の、遥かな未来になるだろう


「と、いけないいけない」


 “最初の八の者”は、自身の身体から魔力が零れそうになったことに気が付くと、慌てて眼前の釣竿に意識を集中し、思わず苦笑を漏らす。


 自分では平気なつもりだったが、“氏族を束ねる者”が魔力へと還っていたことが、自分以外の“最初に生まれた八の者達”がもうこの世界に存在せず、二度と言葉を交わすことができないということが、思ったよりも衝撃だったらしい。


 覚悟をしていたつもりだったけど……


「あのバカの事だから、どうせ自分で全て采配してたんだろうしなぁ……」


 気を取り直すようにそう呟き……自分で呟いた内容に“最初の八の者”は思わず頭を抱えた。釣竿を手放さずにそうするのだから器用なものだ。


 おそらく全てを決定していただろう“氏族を束ねる者”の喪失により、今後第一氏族と、彼らに従う西の第三氏族が見舞われるだろう混乱を考えると、憂鬱になるが仕方ない。

 あのバカが魔力へと還ってしまった以上、第一氏族が今後どうなるのかはわからないが、少なくともこれまで以上に自分が妖精種の厄介ごとに巻き込まれるのは確実だろう。


「……しばらく食べ歩きもできなくなるなぁ」


 おそらく五〇年ほどは、いままでの様な生活は出来なくなるかもしれない。


 そのことを考え“最初の八の者”は、深いため息を一つつき……釣り針から餌だけを取られたことに気が付き涙目になった。




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




 ドゥガの耳が捉えた竜が駆ける音は、およそ一〇〇〇以上。


 南方にはいくつかの小さな森があったはずだから、恐らく小部隊で別れながらそこに姿を隠していたのだろう。


 駆けてくる音が騎竜部隊のものだけなのは、最初からこれが予定通りの行動であることを示している。


 妖精種であるとはいえ味方ごと焼き払い、殲滅した後に念のためと移動速度の速く打撃力の高い騎竜部隊で残敵掃討をするつもりなのだろう。歩兵が追い付けない速度で進んでくるのがその証だ。


 それに対してこちら側にいるのは……


「五〇〇程度か……」


 他の部隊がどうなったのかはわからないが、現状手勢になりそうなのは半壊した二個大隊。符の使用は難しい所かと判断を下す。

 枚数と種類的には余裕を持って符を携行させていたから、それらに関する問題はないだろう。が、先程の“積層する炎柱”から身を守るために限界まで“氷壁”を構築し続けたはずだ。使えるにしても一、二度くらいだろう。


「先制か」


 しかもできるだけ派手に。そうでもしないとこのままでは衝撃を受けているだろう兵達は使い物にならない。だがそのためには……


 少女の小さな掌がドゥガの頬に触れたのはその時だった。


「……そうか」


 驚いて自分の腕の中にいる少女の顔を覗き込んだドゥガは、その瞳の中で渦巻く感情、思いを読み取ると苦渋に満ちた声で決断した。


 守ろうと……その身体だけでなく心までも。


 そう決めていたはずの少女の心に刻まれてしまった深い傷の存在に、ドゥガは僅かに意識を飛ばすが今は、それに対して心を砕く時間的な余裕がない。


 少女の瞳の中にあった……殺意と憎悪の輝きがこれ以上強くならないようにと、これから少女に頼むことを考えるならば実に虫のいい願いを心の中で唱えながら、ドゥガは少女にこれからすべきことを伝えた。


「間違いなく敵は油断している」


 斥候も出さずに進撃してくるのがその証拠だ。確かに普通ならば、あれだけの密度で広域型攻撃符を使用した戦場に生存者がいるとは考えないだろう。反撃を考えられるほどの兵力が生き残っているなど、完全に想像の埒外であるはずだ。


 が、いくら油断していると言っても“抗魔符”数種類の重ね掛けくらいはしているだろう。

 こちら側の残された戦力で複数の“符”を行使し“抗魔符”を削り落としていくことは現実的ではない。ならばどうするか。


 敵の主力は騎竜部隊であり、その最たる攻撃力は突撃による打撃力。それを削いでしまえばいい。


「まずは南方に“土塁”を構築してくれ。できるだけ多く……こちらが残る符全てで陣地構築をした、そう思い込ませられるように」




















後半戦前の閑話的感じになりました。


まさかの主人公が関与しない部分で”氏族を束ねる者”の退場でした。


あんまり登場しませんでしたが、個人的には小物臭さがお気に入りな存在でした。

最後まで小物臭く書けたかどうかはあれですが。


ぶっちゃけ直接対決させると第一氏族ってもう人間の敵にすらならないのでこんな感じでの退場となったわけですが……


今後どうなるのかは完全に不透明です第一氏族


そしてしつこく登場する”土塁”


ここまで万能感あふれる魔法に成長するとは正直設定した時には思いませんでした……正直どうすんだこれと思わないでもありませんが。




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