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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
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四一・策略

本日のキーワード:土塁が万能すぎる……

「ところで伯爵」


 相変わらずのニヤニヤ笑いをその整った容貌に湛えながら、ハイラン公爵は傍らに控える副官ハネス伯爵に向かって声をかけた。


「なんでしょうか」

「よい英雄と悪い英雄の差がどこで生まれるか知っているかい?」

「寡聞にして聞いたことがありませんな」

「それはいけないな伯爵。人は偉大な者を指針にして行動しなくてはいけない。彼らの事跡を知らないという事は即ち人生の指針を知らないという事に他ならない」


 公爵が垂れる相変らずの英雄談義に、伯爵は顰めそうになる顔を全力でもって制御する。


「で、話は戻るがよい英雄と悪い英雄の差だが……まあ、要するに死んだか生き残ったかの差になることがほとんどだ」

「そうなのですか?」


 生きても死んでも英雄は英雄。そこにいかほどの差があるのか?つい疑問を口に出してしまった伯爵に対して公爵はにんまりと満面の笑顔を浮かべた。


「よく言うじゃないか“死人に口なし”とな。歴史上に残る幾人かの極悪人……彼らの事跡を調べてみるとよく判る」


 伯爵は公爵の言葉に頷いてみせる。言わんとすることは判らないでもない。


 例えば王国がその領域を広げる過程で併呑されていった国々。それらの国々の中でも戦死を免れた支配階級の者のうち幾人かが、己が国の復興のために立ち上がり王国に対して牙を剥いてきたこともある。


 判りやすい話ではあるが、それらの思惑が成功したならば彼らは確かに英雄と呼ばれたことだろう。


 無論それらの企みは過去一度たりとも成功したことはなく、現在彼らは単なる反逆者として、その名を司法庁の書類に記されている。


 が、それが今この戦いにおいて何の関係があるというのか。


「別にこの戦いには関係ないさ」


 伯爵の無言の問いに公爵は苦笑しながら言葉を返した。


「ただまあ、あの男がいつまで英雄でいられるのかと思ってね。私はこの戦いであの男を殺し、妖精種の姫君……古血統の少女を必ず手に入れるつもりだから」


 つまりあの万騎長の事跡を全て、貶めるという事なのだろう。

 果たしてそのようなことが可能なことなのか……少なくとも反逆者どもの系譜にあの男の名を刻み込むことは不可能なことの様に伯爵には思えたのだが、侯爵は万難を排してそれを実行するつもりのようだ。


「……ならば今回の仕儀は、些か不適当であったのではありませんか?もし万が一その少女が巻き込まれでもした場合……」

「心配性だな伯爵。彼女が真に英雄を導く存在であるならば、こんなことで命を落とすことなどあるまいよ。もし落とすようなら……」

「落とすようなら?」

「かの少女は紛い物であったという事だ」


 酷薄な響きを伴う公爵の言葉に、かつて戦場で感じたものとは全く別種の恐怖を感じた伯爵は背中を震わせた。


「……さて、そろそろ頃合いか?」


 自分の背後で理由は判らないが、妙に緊張した空気を醸し出した伯爵の事をやや訝しみながら公爵は生い茂る木々の先……西方諸侯と妖精種の混成軍がヴォーゲン伯爵軍と戦いを繰り広げている戦場に視線を向ける。


 轟音が轟いたのは、それからやや時間を置いたころだった。




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




「妖精種だと……?」


 戦場へと踊りこみ、一合も剣を交えることを許さずに叩き切った敵兵。血飛沫を上げて倒れるその敵兵の頭から兜が弾け飛んだ後に現れた、その特徴的な耳を確認したドゥガは思わず小さく声を漏らした。


 ドゥガに続き戦場へと踊りこみ、ドゥガ程の手並みは見せずとも同様に敵兵を切り伏せる兵達の間からも僅かながらの動揺した気配が漏れ伝わってくる。


 無論そのような些細な動揺で、攻撃の手を緩める者は一人として存在していない。一人第三氏族のサリアだけは躊躇いを見せるかと男は一瞬視線を走らせたが、躊躇いのない手並みで同族と切り結ぶ少女を見て僅かばかりの安堵と痛ましさの混じった表情を浮かべた。


 彼女が動揺していないのは、仕えるべき主である古血統の少女を得たお蔭ではあるのだろうが、かつての同族に躊躇いなく刃を向けられる……そうした風に育てられてしまった事に対しては同情を禁じ得ない。


 ともあれそんなことを考えたことは一瞬の事だった。なぜこの場に今まで所在のつかめなかった妖精種の軍が存在するのか……


「まさか、端から合流していた?」


 過去の妖精種……第一氏族の行動を考えればありえない事態だ。が、人間の軍に妖精種が加わるという話事態があり得ない事ではなかったのか?


 いや、今はそんな理由などはどうでもいい。


 問題はここに妖精種の軍が存在することで、少なくとも二万前後の西方諸侯の軍が遊軍と化しているだろうことと、その所在が……


「大森林か」


 近衛将軍ケラス=リシ=メイフェルデン侯爵率いる近衛第三軍には、大森林から妖精種の奇襲があることは伝えてある。その軍を構成しているのは第三氏族であるという事も。


 ならば魔法攻撃はあまり警戒していないだろう。


 妖精種とはいえ、第三氏族は自在に魔法を操れるほどの魔力を有していないのだから。だが、奇襲を仕掛けてくるのが西方諸侯の兵であったならば……


「将軍の力量に期待するしかない……か」


 どちらにしろ今この場でできることはないし、やることは変わらない。

 

 五人目の……今度は普通の人間の兵士を切り伏せたドゥガがそう決断を下そうとした時、左腕の中で大人しく収まっていた少女がドゥガの襟元を軽く引く。


「どうした?」


 ドゥガは一瞬だけ少女に視線を向けると、真剣な……そして僅かばかりの怯えが混じった表情を浮かべている少女の手の中に握られている符を見て、困惑の表情を浮かべた。


 広域型攻撃符“積層する炎柱”


 直径二ロイ(約五.六m)ほどの炎の柱を八本生み出す攻撃符で、直接その炎に巻き込まれれば当然命はない。巻き込まれなくてもそこから放たれる高温は瞬時に人の肌を焼き、肉を焦げさせる。むしろ即死しなかった方が地獄を見ることになるという凶悪な攻撃符である。


 確かに少女に手渡した符の中に入れておいたものの一つだが、この状況でそんなものを見せるというのはどういう事だろう?


 この心優しい少女がいくら戦場であるとはいえ、あの公爵が侵攻の最初期無差別に使用した符を見せるという事は何かを……


「奇数番号の者は直ちに“土塁”構築!濠に退避の後偶数番号の者は“氷壁”を頭上に多重展開しろ!必ず七人以上で退避だ!急がないと死ぬぞ!」


 それに気が付いた途端、ドゥガは轟雷の様な怒声を張り上げた。あの公爵ならばやりかねないだろうその仕儀に。何しろ今目の前にいる兵の殆どは本来敵であるはずの妖精種であるのだから……巻き込むことに躊躇いなど見せるとはとても思えない。


 正直あの公爵といえども……そういった考えが僅かばかりだがあることは否めない。予想が外れた場合、自分達は多大な被害を被るだろう。だが看過して予想が当たった場合……あの公爵の考えの通りに事態が推移するならば、よくても全滅だ。


 その意思を乗せて放たれたドゥガの命令に、直ちに兵達は従い符を展開する。普通なら混乱を巻き起こすだろうドゥガの命令に躊躇うことなく従う様は、さすがよく訓練されていると評すべきだろう。






 目の前で起こった敵軍の行動……突然攻撃をやめ、目の前で“土塁”を構築、その分掘り下げられた空間に身を躍らせそこに蓋をするように“氷壁”……厚さ二メリン(約五六㎝)縦横三ロイ(約八.五m)の小売りの壁を造り出す魔法……を水平方向に複数展開し、その穴倉に閉じこもってしまったのだから訳が分からない。


 攻め手が劣勢であったならばともかく、奇襲までとはいかなかったが腹背を突かれ、混乱が広がっていたのはこちら側だ。

 

 撤退ならばまだわかる。物見からの報告がほとんどなかったことから考えるならば、攻め手のいた方向に後続が存在する可能性もあるからだ。


 もっともわざわざそのような戦術を取る理由は皆目見当がつかないが、少なくとも可能性の話としては理解できる。


 しかし現実的に目の前で繰り広げられている光景は、穴倉への退避である。


 時間差はあるようだが他の戦場でも同様の行動が見られる。


 そう人間の伝令兵から嫌悪交じりに伝えられたのは、妖精種の派遣軍を率いてきていた第一氏族“最も古き血に連なる者”だった。


 第一氏族の中でももっとも初期に生まれた彼は、“最後に生まれた八〇〇の者”をその父母に持つ最古の血筋の一人であり、それ故尊大な態度を常日頃崩すことのない男だったのだが、その顔に浮かんでいるのは尊大さよりもむしろ困惑を示すそれだった。


 寄せ手を指揮する者がただの人間ならば、これ程困惑はしなかったことだろう。


 穴倉を塞ぐ“氷壁”を吹き飛ばす術などいくらでも持っている。わざわざ術を使わなくとも配下の第三氏族に命じれば、横穴くらい簡単に掘り抜くこともできるだろう


 しかし今、目の前に攻め寄せてきていたのはヴォーゲン伯爵軍だった。


 それを率いてきた男は、かつて西方の地で何度も妖精種に苦汁を舐めさせてきた男である。いくら嫌悪すべき人間種とはいえ……だからこそ“最も古き血に連なる者”は嫌悪しつつも、その行動の裏を探ろうと思案した。


「あのハイランとかいう男には、ここが最も姫と遭遇できる可能性が高いと聞かされていたが……」


 “最も古き血に連なる者”は、小さく呟きを漏らした。


 あの男の言葉通り、ここからほど近い場所……自らが率いてきた軍の展開範囲内にあの万騎長と姫は現れたのだから、その言葉は間違いではなかったのだろう。


 しかし、そのことも含めて何かが気に入らない。

 自身が今や圧倒的な有利な立場になったというのに、なぜか心の奥底がざわめくのだ。


「まあいい。姫さえ手に入れてしまえば人間どものやることなどどうでもいい」


 不安……そう呼んでいい感情を振り払うように“最も古き血に連なる者”はそう結論付けると、己の配下に指示を飛ばす。


 とにかく今は姫を手に入れるのが最優先であり、あとの事はそれから考えればいいと思ったのだが……突然戦場に現れた紅蓮の炎により、その機会は永遠に失われてしまった。






「とにかく“氷壁”の維持に専念しろ!最低でも三枚は保持していないと熱で抜かれる!状況が落ち着いたら各部隊ごとに撤退して構わん……これはもう戦ではない!」


 その作成に多量の魔力を消費……“積層する炎柱”三枚分……するため、緊急時以外に使用が制限される貴重な“送話符”を使い、ドゥガは各部隊へと命令を伝達する。


 現在少女とドゥガと共に壕の中に退避しているのはディーとサリア他二名であったが、掘り下げられた壕の頭上で荒れ狂う炎を防いでいるのは、アクィラが作り上げた“氷壁”一枚だけだった。

 少女の規格外の魔力を注がれて造られたそれは、炎に炙られても一向に崩落することも溶け出すこともなく涼やかな冷気を放っている。


 その天井の向こうでどのような光景が繰り広げられているのか……いっそのこと見えなければよかったのだが少女の力で作り上げられた“氷壁”は純粋な氷の塊であり……つまり一切の不純物が含有されていない。


 空気さえも取り除かれた氷の壁はそれ故に、限りなく透明で……少女は、厚さ一ロイ(約二.八m)もあるその氷の壁の向こうを、透かして見ることができた。


 地獄……そう表現するしかできない光景を。













一週間ぶりの更新ですた……おやすみプリーズ……


口だけと思わせた公爵でしたが策を発揮しました。悪辣なのは仕様ですというか最初からですが


しかし我ながら相変わらず派手な魔法が出ませんね。搦め手とも違いますけれども、素直に攻撃魔法炸裂させればいいのにとも思わないでもないですが……まあ仕様です。


そして自分でも思った以上に”土塁”が大活躍してます。


いや本当こんな地味な魔法が何で一番活躍してるんだか……



”送話符”の製作コストが高いのは、音を操っているのではなく、空間を操作して会話の距離を無限小にしているからという設定です。

空間操作系の方が消費魔力が多いというのはありがちですが、そんなわけで下手な攻撃魔法よりも高価だったりするのです。


だから通常の連絡時は”打鍵符”を使用しているとそういったわけですはい。

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