四〇・戦場
ちょっと間が開いてしまいました……
本日のキーワード:便利魔法『凍結』
戦端を開いたのは、西部諸侯連合だった。
定石通りに飛来する矢と、それに混じって飛来する大地系統の符『飛礫』によって生み出された、高速で飛ぶ石礫。
それに対する近衛第三軍が示した動きは、僅かに前衛の兵が展開させた『土塁』、そして山なりの軌道で降り注ぐ矢を散らす『大風』のみ。
「まずは定石通りだが……」
矢と共に符を使ったこと、選択した符が矢と干渉を起こさない『飛礫』であるから、それなりに心得がある者がいるのだろう。
完全な素人ならば、共に飛来する矢に干渉する『火槍』や『切風』を選択するところだが、そうしなかったことを考えると多少は頭が使える者があちらにもいるらしい。
しかし近衛騎士団の基準で考えるならばこの選択は初歩もいいところだ。
「総員術式用意第一陣選択符『飛礫』!第二陣選択符『水弾』!第三陣は防御陣の再構築に備えよ!弓術隊射撃開始!前衛は構え、盾!」
将軍が命じるまでもなく鍛え上げられた王国最強の剣の一本である近衛第三軍は最低限の音を立てたのみで配置を変える。
前衛の防術兵が硬度を高められた、自身の身体が完全に隠れるほどの大盾の先端を地面に突き立て、直後『飛礫』の水平射撃を防いでいた『土塁』が消失。石礫が盾の表面を叩く甲高い音が戦場に響き渡るが臆する者は一人もいない。
そして一拍ののち今度は近衛第三軍の遠距離攻撃が開始される。
西部諸侯からの攻撃が一瞬途絶えた間を拾い、『大風』の効果が解かれ、間を置かずに弓術隊から無数の矢が放たれる。『大風』の効果が切れた結果、放たれた矢と交差するように敵側からの矢が降り注ぐが、頭部などの急所に直撃を受けた不幸な者以外はひたすら矢をつがえ弓弦をかき鳴らし続ける。
それに応じるかのように今度は西部諸侯の陣のやや前方上空で大気が渦を巻き、正面からの攻撃を防ぐために土壁が盛り上がる。
「素人め……」
再び将軍が呟くと同時に、第三軍から『飛礫』が放たれる。西部諸侯の頭上の空間に向けて。次いで『水弾』の行使を指示された一団は、『土塁』が構築されたために出来上がった地面の窪み、『土塁』の真下に向かって『水弾』を叩きこむ。
結果、西方諸侯の陣から沸き起こったのは複数の悲鳴だった。
頭上から降り注いだ無数の石礫が兵達を打ち据え、土塁が構築されたせいで緩くなった地盤を叩いた水弾が、兵達の足場を崩していき、正面からの攻撃をある程度は防ぐはずの土塁は崩れ去り、それに何人かの不幸な兵が巻き込まれていく。
与えられた損害自体は微々たるものだが、僅かな……しかし戦場では致命的に長い空白の時間が発生する。
そしてそのわずかな時間を拾える兵がある程度存在するのが、近衛軍という王国の剣である。
敵の反撃に備え、防御陣の再構築を割り当てられた第三陣の兵の幾人かが新たな攻撃符を行使する。
『火炎球』
着弾した地点を中心に直径四ロイ(約一一m)の大きさの炎の半球を造り出す符だが、この符には大規模戦闘で使うには些か使い辛い欠点があった。
その術式は起動した後、発生した『火種』が指定した場所に飛んでいき、着弾した後にその威力が解放されるという形式であるため、術式の展開に僅かだが時間がかかることがまず一つ。もう一つは指定地点に到達する以前でもある程度の硬度、もしくはある程度の圧力を受けると勝手に術式が展開してしまうという事の二点であり、その威力は抜きにしても使いどころが非常に難しい符であった。
が、今のような瞬間が発生すればその問題点は解消される。
敵に発生した“間”を拾った兵達は特に指示を与えられなくともその半数が敵兵の頭上を目標地点に符を発動させ、残りの半数は泥でできた堀のようになった、半ば崩れた『土塁』の足元にできた泥水に向けて“火種”を送り込む。
送り込まれた『火炎球』の“火種”数は計三〇。
“火種”に気が付いた敵兵に“解除”された“火種”は七。
「やはり戦慣れはしていないか」
“火種”を一々律儀に解除する様を見て、将軍はつまらなさそうに呟いた。このような場合、味方の損害にはある程度目を瞑り、何らかの範囲攻撃符で“火種”を一掃してしまう事が正しい選択だ。
ある程度戦慣れした者が中隊程度の指揮を執っていれば、簡単に実行できる程度の事である。
それが出来なかった結果、敵陣はさらなる災厄に見舞われることになった。
堀に着弾した“火種”一二がその威力を発揮すると同時に、急激に熱せられた泥水が瞬時に沸騰し膨張し、高温の水蒸気と爆風が本来の『火炎球』の効果範囲よりも広い範囲の兵をなぎ倒し、その爆風の勢いで残された頭上の“火種”が連鎖的に『火炎球』を発生させ、爆風と炎が敵兵を打ち倒し蹂躙し、僅かだった敵の混乱がさらに拡大していく。
将軍が初めて明確な命令を下したのはこの時だった。
「第三第四大隊、騎竜突撃せよ!目標正面敵部隊!防御符第三陣は敵正面泥堀に『水弾』を斉射一回の後『凍結』符を使用し騎竜突撃を支援せよ!」
実際の所、今の一連の攻撃で打ち倒された敵の前衛に、死者はほとんどいないだろう。
爆風はしょせん突風に過ぎないし、上空から降り注いだ『飛礫』の大きさは握り拳の半分以下の大きさしかない。『火炎球』の炎ですらその焼成時間はごく僅かなものであり、軽度な火傷を与える程度のモノだ。
つまり与えた損害は軽傷者多数といった程度でしかないのだが、それ故に敵は動きが制限される。
例えばこれから騎竜突撃を行う近衛第三軍を押し留めるためには、陣替えを手早く行わなければならないのだが……そのためには倒れ伏し、意識を失った軽傷者を、味方が蹂躙しなければならない。
「他人に戦を任せてばかりいるからこうなる」
誰ともなく呟いた将軍は立ち上がると自分の愛竜、黒い鱗の二脚竜に跨ると、敵の前線を崩し穴を穿ち始めた騎竜突撃部隊の戦果を拡大すべく、矢継ぎ早に命令を発し始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
遠方から聞こえる戦場音楽に、少女は僅かに身動ぎする。
傍らにドゥガ、ディー、そして第三氏族の少女サリアがいてくれるが、それでもこれから戦場へと向かうのだ。どうしても身体は緊張で震えてしまう。
今更になって怖気づく自分に対して苦い笑みを浮かべつつも、少女は眦を上げ、正面に展開している敵……王国の西方地域をその領地としている貴族が従えて来た軍勢を見据える。
その距離は僅か二カーディ(約五〇〇m)
騎竜の突撃を受ければ瞬く間に蹂躙されてしまう距離しかない。
「将軍は上手く役目を果たしてくれているようだな」
もとより信頼できる人物ではあるし、近衛兵団の実力もよく知っている。しかし何が起こるのかが分からないのが戦場だ。
「それでは行こうか」
打鍵符により、既に西方諸侯の前衛が近衛第三軍によって突き崩されたことは本隊……囮である近衛第三軍より数が少ないのに本隊とはおかしな表現だが……すべてに連絡済みである。
あとは派手に符をばら撒き、混戦に持ち込むだけである。
懸念材料があるとすれば、未だその姿を現さない妖精種の援軍と、常人とは全く違った思考を持つらしいハイラン公爵がどう動くのかが分からないという点だが……これを懸念するのは今という時ではない。
妖精種の援軍に対しては、現れた場合の対処手段をいくつか打ち合わせ済みであり、公爵に対しては正直出された手段に対応するしか方策がない。
ならば妙な動きを起こされる前に西方諸侯を突き崩し、壊走させてしまえばよいのだ。
ドゥガは立ち上がると、普段愛用している円形盾よりもやや大きな“黒樫”……鋼並みの強度を誇る木材を鉄枠で補強した長方形の盾を左腕に据え付け、その盾で掬い上げるように少女を抱えると、帯で少女の身体を自身の身体に固定する。
それを羨ましそうに見つめるディー、恨めしそうに見上げるサリアを無視しつつ、一度だけ背後に控える自身の大隊の兵を見回し……小さく頷くと音を立てずに駆け出す。
――小さい頃に読んだ英雄物語なら、ここで名乗りを上げ時の声を上げて突撃するところであるのだがな……
他人には英雄と讃えられ、その功績を褒めそやかされているドゥガだが、自身は自分の立てた手柄に英雄的な要素が欠片もない事を常に意識していた。
結果こそ確かに英雄と呼ばれるに相応しいものがある。それくらいは自覚しているが、そこに至るまでに取った手段は常に英雄的な行為とは程遠いものであることを、ドゥガ自身がよく知っている。
才能が全くないとは思わないが、自身が取る手段は常に勝利のために最善であれと考え実行した事ばかりなのだから。
必要があれば奇襲も辞さない。それが必要なことならば、味方を切り捨てることも恐れない。有効な手段であるならば暗殺も……数度実行したことがある。
場違いな思いを一瞬だけ思い起こしたドゥガは僅かに苦笑を浮かべ、それに気が付いた少女がそっと、気遣うようにその小さな手を頬に這わせる。
敵陣との距離は残り一カーディ(約二五〇m)を切っている。
騎竜突撃をまともに受けたらしい西方諸侯の軍は未だ混乱したままらしく、こちらに気が付いている者はいない。
何らかの遅発型攻撃符が仕込まれていないかどうか、広域探索符を展開させている少女からも何の合図もない。
残る距離約半カーディ(約一二〇m)
『強風』
あらかじめ決めてあった地点に到達したことで、指示された通り大体の最後尾を走る兵数名がしばらくの間強い風を発生させる符を使い、全体の行き足を上げさせる。同時にこの強い風は咄嗟に放たれるであろう矢の軌道を大いに狂わせるだろう。
『火炎球』
ついでの様にドゥガとディー、他数名の最前列の兵から放たれた、火炎の半球を発生させる火種は強い風にあおられ、通常の倍以上の速度で敵陣に向けて飛来する。勘のいい兵がいたのだろう。
眼前で咄嗟に『土塁』が構築されていくが……『土塁』がその効果を発揮するには些か時間が足りなかったようだ。構築途上の『土塁』の頭を越え敵陣に飛び込み、『火炎球』は完全に構築された『土塁』の向こう側でその威力を解放する。
「アクィラ、『石弓』」
ドゥガの言葉に弾かれるように少女は一枚の符を取り出すと、教えられた励起文を素早く心の中で唱え上げ、口訣の代わりに『石弓』の符を両手で破り捨てる。
途端最も手前に構築されていた『土塁』の真下を起点に、通常ならば五枚ほどの符を同時使用しなければ達成できない広範囲の地面から、溢れるように大小さまざまな石が上空に向けて飛び出してくる。
その石の奔流が治まるかおさまらないかのうちに打ち出される複数の『水弾』、そしてそれを追いかけるように少女の手から放たれる『凍結』
『石弓』と『水弾』の効果で湿地帯と化した地面が、『凍結』の効果で硬さを取り戻した直後、ドゥガと彼が率いる大隊は混乱する敵陣の中に躍り込んだ。
一般の兵士がある程度魔法を使える戦争っていうのを考えてたら時間がかかってしまいました。
書き上げてみたらなんだか効果的なのは間接攻撃とか支援系に分類される魔法ばかりというひねくれ振りです。
いやまあいわゆるファイアボールとか火炎系統の魔法って確かには出だし威力ありそうですけど、その分色々対策考えられてるよなとかなんとか。
水弾はもともと対人用の魔法だったはずなんですが、なぜか凍結の前提魔法に……
いやまあ足場は大切ですし、湿地帯戦闘なんかでは有効そうではあるのですが。凍結。




