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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
40/59

三八・出陣

*次回から投稿が不定期になりそうです。

 一応週1、2回は更新したいとは思っていますが、

 ご理解いただければと思います。

本日のキーワード:職人の手は繊細

2012/02/18:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

「正気ですか?将軍」


 かつての剣の師であり、同じように西部国境付近の紛争地帯で戦った男の言葉に、ドゥガは胡乱げな視線を向けることで答えた。


「正気か、とはご挨拶だな」


 そんな視線を向けられた男……白い髪を綺麗に整え、同じ色の口髭を蓄えた初老の男は苦笑を漏らした。


「そもそも王国の剣である貴方が、なぜこんな地方貴族の諍いに首を突っ込んでいるんですか、将軍」


 そう言われ、先ほど演習中の近衛第三軍を率いてこの地へとやってきた近衛兵団の総指揮官である近衛将軍ケラス=リシ=メイフェルデン侯爵は、肩を軽く竦めて見せる。


「わざわざ手助けにきてやったんだぞ?」

「近衛軍を率いられてまで、助けていただく義理はないはずですが」


 どちらかと言えば、むしろ王国……宰相以下首脳部から疎まれているはずである。


「まったく、演技でもいいから喜んでくれればいいものを可愛げのない奴だな……安心しろ。今回はちゃんと紐が付いている」


 将軍は王都から送られてきた命令書を取り出すと、無造作に机の上に置く。


「拝見しても?」

「読まなければ納得しないだろう?」

「確かに」


 ドゥガは机に置かれた書類を手に取り、その内容に目を通すと眉を顰めた。

 

『過日ヴォーゲン伯爵家との交戦許可を与えた西部諸侯の連合軍に、王国の藩屏として相応しくない逸脱した行為が確認された。本来貴族間の争いに王国が介入するべきではないが、西部諸侯の非道なる行いに対してこれを看過することは王国の威信を損なうものである。よって王国近衛第三軍及び近衛将軍ケラス=リシ=メイフェルデン侯爵に以下の命令に従い、王国の剣としての役割を誓約と王の名において果たすことを命ずる。』


 そう書かれた文面の続きを、ドゥガは敢えて口に出して読み上げる


「『ヴォーゲン伯爵と協力し事態の速やかなる解決を王の名において命ずる。なお、現場指揮官は事態の収拾に必要なあらゆる手段を用いることを許可し、この命令は近衛第三軍が帰営するまで有効なものとする』……完全に白紙委任状ではないですか」


 しかも命令の有効期間は近衛第三軍が帰営するまで……下手な人間がこんな命令書を受け取った場合、精強な近衛軍団を私軍化しかねないとんでもない命令書である。

 メイフェルデン侯爵が指揮官でなければ、出されないような内容の命令書だ


「よほどあの腹黒宰相に信用されているんだろうよ。俺も、お前もな」


 敵対者からの信用という、ある意味痛烈な皮肉の言葉を贈られたドゥガは顔を歪ませた。それはこちらの性格や、領内の状況、どういった政治判断を下すのかといった様々な要素を確度の高い情報として握っていると、間接的に言われているようなものだからだ。


「まったく……相変わらずそつがないお方だな、あの宰相は」

「だから腹黒と言われるんだろうがな。さて」


 将軍はそういうと居住まいを正し、表情を改める。


「近衛兵団第三軍三万三千、指揮官と共に貴殿の指揮下に入ることをご了解いただきたい」

「……正気ですか将軍……」

「指揮権の分散は混乱の元であると教えただろう?お前と私が同列という事になれば、馬鹿なことを考える奴らも出てくるだろうからな」

「一番馬鹿なことを言い出しているのは将軍のような気もしますが……戦備の方はどの程度整えていらしています?」


 半ば諦めた口調で問いかける問いの内容は、将軍の提案を半ば了承したものに近い。


「演習は一月の間行う予定になっていた」


 一か月の演習を継続できる物資という事は、そのまま実戦に転用できるほどの兵糧その他を備えていることになっているはずだ。 これが短期演習だった場合、色々なものが不足している状態である可能性が高く、その不足分を伯爵家側が融通しなくてはならなかったはずだ。

 正直出陣直前の今、そのような計画外の物資の再分配など悪夢以外のものではない。

 その懸念が解消された今、ドゥガは半ばあきらめた様子で一つため息をつくと、将軍の提案を受け入れることを了承した。




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




「ま、単純に戦力が増えるってことはいいことだと思うぜ?」


 中隊ごとに別れ、川船に乗り込んでいく様を見ながらグライフはニヤニヤ笑いながらそう言った。

 近衛第三軍が加わった状態ではあるが、特に作戦が変わったわけではない。戦力が増えたからと言って、当初の規定から外れた行動をとってもろくなことにならないことを二人とも知っている。

 それを踏まえた上で、戦力が増えたことが喜ばしい事であることも事実である。

 

 近衛第三軍の本隊は川の向こうに駐屯していたことにより、既に移動を開始していた。


 本来なら貴族連合を誘引するために、五千程度の軍を派遣するつもりだった地点に第三軍全軍は移動する手はずになっている。


「負けることはなかったろうが、それでも四万を相手にするのは少しばかり骨だったからな」


 その、当初五千を率いるはずだったグライフは羨ましそうな表情で川向こうに視線を送った。五千の兵で四万を釣り、ある程度は抑えようというのだから非常に危険な役割であったはずだったのだが……一番槍を付けるという事が、この男には相当楽しみであったのだろう。


「第三氏族の援軍とかいうやつが来たら、向こうは七万にはなるはずなんだが?」


 ドゥガはそんな、おもちゃを取り上げられた子供のような表情のグライフに苦笑しながら言葉をかける。

 可能性は低かったが、もし森側から第三氏族の奇襲を受けた場合、壊滅的な打撃を受けることは想像に難くなかった。頃合いが悪ければまさしく殲滅されるだろう可能性まであったのだが、グライフはそんな些末なことよりも、自分で采配を振れる戦場を取られたことの方がお気に召さないらしい。


「未だに合流できてないなら連中なんぞ無視しても構わんだろう?どうせ嫌がらせの様な魔法攻撃くらいしかできんだろうし……さもなきゃ領内で悪さでもするか……だ。それに連中の狙いは一つだけだろうしな」

「確かに」


 未だ姿を見せない第三氏族の援軍とやらの動きは気になるが……連中の狙いはある意味わかりきっている。


「あのお嬢ちゃんを連れていくつもりなんだな?」

「……どうしようかは迷ったんだがな……」


 ドゥガはそう言うと自嘲気味に鼻を鳴らす。


「置いて行った場合、連中は間違いなくここに来るだろう……正直住人の安全を看過することは俺にはできない。それに……」

「それに?」

「いや、何でもない。多少は危険だろうが、あの娘は俺の傍に置いておいた方がいい。少なくとも連中の動きは読みやすくなる」


 何よりあの娘との約束を守るためには、片時もその傍を離れるわけにはいかないだろう。


「まあ、そのことは今は後回しだ。色々思うところはあるが、手駒が増えたことは確かに望外の喜びだ」

「それで?こっちはどう動く?」


 基本的な方針は確かに変えてはいないが、第三軍の加入という要素が加わったため、細部では作戦に修正が加えられている。


「基本的には変わりないが……第三軍にはもう少し大森林側に連中を誘導してもらうよう頼んである」


 第三軍指揮官の将軍には、実のところ作戦の詳細は話していない。頼んだことは西部諸侯の誘引をすることのみだ。

 西部諸侯の軍勢は、第三氏族の援軍を当てにしているのだろう。王国最北部のさびれた街道を使い、大森林の際が常に指呼の間に納まるように行軍している。それをもう少し、こちらの意図した場所へ誘導してもらえれば、と話しただけだ。


 位置はフィナーセータから角竜で三日ほどの位置にあるファーマヘルト子爵領の西、大森林が広がるのを防ぐ楔のように聳える急峻なセルント山塊と呼ばれる岩山の麓になる。


 将軍にはその麓の少し先で西部諸侯と接触してもらい、後退しつつその岩山の麓に西部諸侯の本陣が来るように誘導するようにした後は、戦闘自体は自由にしても構わないと伝えてある。


「まあ、基本は大事だな」


 ドゥガの話を聞いた将軍はそれだけ言うと、肩を竦めて第三軍の指揮に戻り、ほどなく騎乗の人となった。


「さすがに、あれだけの説明でこちらの意図を理解してくれると話が早い」


 現在川船を使い、向こう岸に移動している部隊は中隊の編成が完了次第進発してもらっている。

 目的地はそれぞれの中隊ごとに違い、その目的地を指示されている者は中隊長のみ。指示された場所に到達が完了したら打鍵符で連絡後、セルント山塊に向けて各自移動開始し、指定の日時で一斉に戦闘を開始する手はずになっている。


 当初の予定では西部諸侯を誘引する部隊の人員が少ないことから、各個撃破されかねないこの戦術は見送られていたのだが、近衛第三軍の加入によりその懸念材料が解消されたことにより、初期の案が再度とられた形になる。


「まあ、連中が大規模攻撃符を持っていることは判っているからな」


 作成に大量の蓄魔宝石が必要な大規模攻撃符は、それだけ製作費が高い。

 符に蓄えなければいけない魔力が多いため、特殊な素材を符の台紙に用いなければならないのだから、こればかりは技術でどうこうできる問題ではない。


 結果、大規模攻撃符は小部隊に対して使う事が軍事費の観点で躊躇われる傾向がある。

 無論その背景には小部隊向けの攻撃符が存在していることもあるからだが、ここでもう一つの符という魔法技術における、特に攻撃と防御に関する符の関係性に於いて、現在陥っている事態が関係してくる。


 大規模攻撃符と小規模攻撃符を防ぐ様々な防御符。その防御符の防御効果は攻撃符に対して一様に同じ効果を発揮するという点である。


 例えばもっとも一般的に使用される『防魔陣符』であるが、これは『一切の魔法攻撃を一度だけ完全に打ち消す』という効果を持つ。厳密な発動条件はもう少し複雑なのだが、要するに最小の攻撃符である『発火符』から面制圧型の『獄炎方陣符』まで一律に一回と見做して効果を無効化するのだ。


 これは一例であるが、防御関連の符の方が攻撃関連の符よりもその効果、性能が多彩であるため、その製作価格の割には大規模攻撃符は使いどころが難しい符となっている。

 が、それでも的確に攻撃符の使用順を選び、情勢を見極めていけば、その効果を発揮させることはある程度の戦術眼を持っていれば不可能ではない。


 要するに大規模攻撃符は、ある程度の戦術的な見極めを行う時間を取ることができる大部隊同士の戦闘に対応、投入することは出来るが、部隊の展開速度が速い小規模部隊に対応することは難しいのである。


 以上のような理由により、小部隊の各個運用という一見無謀な戦術行動に一定の評価が与えられることになってくる。難しい戦術ではあるが、部隊の練度が高ければそれなり以上の結果が見込まれる部隊運用でもあるのだ。


「近衛第三軍は一カ月の演習予定だったそうだからな……正面戦闘を三回はこなせるだけの防御符は用意してるはずだ」

「さすが近衛将軍て所だな。で、第三軍が抑えてるところを周辺から囲んで叩いちまおうって腹か」

「単に横からの攻撃でも十分戦果は挙げられるだろうがな。セルント山塊の麓から横を突ければ連中の部隊展開をかなり抑え込めるはずだ」


 正面で戦う第三軍を派手な囮にして、その横から奇襲をかける。


 単純に纏めてしまえば、今回の作戦はその程度の内容だ。

 色々策は講じてはいても、結局のところそれらは上記の作戦を円滑に、かつ最大限の結果を得られるように図られているにすぎない。


 西部諸侯をセルント山塊の麓に誘導するのは、横から奇襲をかけた際の逃走路を西部方面に限定できること。副次的効果として、戦術的な部隊運用をある程度封じ込めることができるという利点もある。

 混成軍である西部諸侯の軍は、軍として一纏まりの指揮系統下に行軍しているわけではないことはすでに掴んでいる。ならばそれらばらばらの軍勢がより一層動きにくくなるように誘導してしまえばよい。


「唯一心配なのは、あの公爵の行動が全く読めないという点か」


 初日にハイラン公爵が行った、軍事行動としては全く無意味なウェルトマス男爵領での虐殺行為。

 そんな行為を行うハイラン公爵が、常道的な反応を返してくるのかどうか……そこだけが未知数である。


「ま、後は実際にやりあってから考えるしかないだろうよ」


 ドゥガの懸念を察したグライフは、飄々とした態度のまま軽い慰めの言葉を口にした。




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




「やっぱり私はあんまり賛成できないのですよ」


 ディーはそう言うと、ぷくーっと頬を膨らませる。そんなディーの反応に、少女はただ微笑みを浮かべて見せた。


「私もあまり賛成ではありません。ここに残った方がよいのではないですか?」


 第三氏族の少女サリアも少しばかり不満そうにそう言うが、少女は首を横に振った。


 ――このままここにいたら、間違いなくこの間の二の舞になるから


 それならばいっそのこと戦場について行った方がいいというのが、少女の出した結論だった。迷惑をかけるという点では同じだろうが、少なくとも兵士ならば最低限自分の身を守れる人の方が多いはずだろう。そういった判断もある。


 ――それに、ドゥガとの約束もあるし


 あの男にいざという時殺してもらうためには、なるべく傍にいた方がいいのは間違いない。


 少女は右腕を吊っていた三角巾から、ゆっくりと右腕の力だけで抜いていく。付け根の部分の皮が引っ張られるような、突っ張るような微妙な痛みに眉を潜ませたが、最後まで引き抜くとゆっくりと持ち上げ……肩の高さで腕の動きが止まった。

 やはり、後遺症は残るようだ。


 訓練をすればある程度までは回復するとグライフ……禿げ頭のオジサンはそう言っていたが、現状ではこれくらいが限界らしい。


「……出来るだけ丈夫な服を選んできました」


 本当はもう少し可愛い服を着てもらいたいんですけど、仕方ないですね。


 そういうディーの手からやや厚めの、丈夫そうな生地で作られた短衣を受け取り、不自由な右腕も使いながら鏡の前で着替えを進めていく。

 短衣は胸の部分に鞣した革が縫い付けられており、気休め程度だろうが簡易的な鎧の役目も与えられているようだった。


 ――サイズがぴったりなのは気になるけど……あのお風呂の時か……


 先日の入浴時、髪を洗ってもらった後、ディーがやたらとペタペタ自分の体を触りまくってきたのは多分このためなのだろう。そう少女は思う事にした。そうでなかった場合色々と恥ずかしすぎる。


「やっぱり革鎧程度は身に着けていった方がよろしいのでは?」


 短衣を身に着け、今まで履いていたものよりも頑丈そうな革靴に足を通している少女に、心配そうにサリアが声をかけたが少女はやはり頭を横に振る。


 自分が身に着けられる程度の革鎧など、気休めにもならないことは判っている。


 革靴を履き終わった少女は二人を納得させるかのように、微笑みを浮かべ、二人はそれを見て同時にため息をついた。


「それじゃ、従兄上様のところに案内しますね?」


 そう少女に向かって言葉をかけるディーの顔には複雑で、何とも言えない表情が浮かび上がっていた。










一日遅れましたが投稿できました。

戦術の所はまあ、さらっと読み流してくれると嬉しいです。

一応理屈は通ってるようには書いたつもりですが、抜けてるところがあるかもないかも。


符は強力な攻撃手段なので、大規模戦闘においてどういった活用がされるのかとか、対抗手段とか考えないと、部隊運用や作戦行動にに矛盾が出てくるので一通りは考えたのですが……戦術家でも戦略家でもないので、理屈を考えるのに一杯いっぱいでした。


そんなわけでようやく戦争です。


大規模な戦争を上手く書けるかどうか不安な所ですがもうしばらくおつきあいして頂ければ幸いです。


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