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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
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三・男と妖精種

2012/01/13:段落の微調整:サブタイトル変更

2012/01/29:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

 背後から迫る獣の息遣い。

 その息遣いに追い立てられながら晶は深夜の住宅街を走り続ける。どうして追われているのか、何か自分の身に大変なことが起こりそれが原因で追いかけられている気がするのだがうまく思い出せない。

 走っている途中で履いていたサンダルは脱げてしまい、靴下だけで冷たいアスファルトの道を走らなければならなくなったことにも晶は眉をひそめる。

 道路自体は舗装されているから走りにくいわけではないが、それでも時折小さな指先ほどの石のかけらを踏んでしまいそのたびに走る激痛が、疲労とともに晶から逃走するための気力を少しづつ奪って行ってしまう。


「誰か……っ!誰か助けっ……!!」


 呼吸すら満足にできなくなりそうな状況下で、情けなくもまるで年端のいかない少女のような涙声でどれだけ繰り返したかわからない助けを求める叫びを再び上げるが、塀や垣根、フェンスの向こう側にある様々な建物から反応が返ってくることはやはりない。


 ――……っ!?


 不意に何かに足を取られ、走った勢いのまま草むらに倒れこんでしまった。その時どこかにぶつけたのか、手足を覆う肌理細かな白い肌のそこここが血で滲み、あるいは青く、赤く腫れ上がってしまっている。


 しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。早く逃げなければ、もしも追いつかれたなら今度こそ喰われてしまう。


 そう思い、腰まで届きそうな長い髪を垂らす頭を何度か振って砕けそうな気力を何とか振り絞って再び走り出そうとした瞬間……目の前にそれはあった。


 自分の事を喰らおうとする巨大な狼の頭。一度死んだはずなのに晶の事をあきらめきれなかったのか、ピンクがかった灰色のつぶれた脳みそを震わせ、右の眼窩から垂れ下がった眼球に喜びの色を浮かべて、涎をだらだらとたらしながら、逃げることも忘れその場に腰を落としてしまった晶のもとへゆっくりと近づいてくる。


「……」


 絶望の果てゆえにか、晶の喉はついに声を発する力すら奪われてしまったようだ。本人は気が付かないまま意味のある罵倒と意味のない呪詛を音のないまま、いっそ可憐といってよい口元から獣だったものにひたすら投げつけ続ける。


 無論そんなもので獣の歩みが止まるわけではない。


 ひどくゆっくりと晶のそばにやってきた狼は見せつけるように、恐怖をあおろうとするかのようにだらだらと涎とどす黒い血を流しながら、上顎の半分が崩された醜悪で巨大な咢を大きく広げ……いきなりその巨大な頭部がまるで風船のように粉砕される。


 その唐突な展開に、吹き出す狼の気色悪い血流を避けることもできないまま呆然とその頭の向こうに視線を巡らせそして……



     ◇      ◇      ◇      ◇      ◇



 目を大きく見開いた晶は、自分の身体がうまく動かないことに気が付いた。が、別に何らかの手段で拘束されているわけではない。ただ悪夢の内容がひどすぎて全身がひどく緊張していたせいだろうと自分で無理やり納得する。

 その証拠に全身は熱を持ち、実際に心臓はものすごい勢いで脈打っているというのに、体の奥底は不気味に冷え切っている感じで毛布をぎゅっと握っている自分の両手すら思うように動かすことができない。


 ――……毛布?


 そんなものを抱えたまま外出する人間などいるのだろうか?少なくともコンビニに買い出しに行くためにそんなものを抱えていく人間はいないし、少なくとも自分は……


「気が付いたのか?」


 手に握った毛布の裾を、眉を顰めて見つめていた晶の耳に、低くよく通る男の声が届いた。


 慌ててそちらを見ると、こちらに背中を向けたまま……パチパチと何かがはぜる音がするということは焚火の前で何か作業をしているのだろうか?男は振り向きもしないまま言葉を続ける。


「“はぐれ”ならもう始末した。お前を囮にするような形になってしまったが……あそこから少し離れているがこの辺りはまだやつがねぐらにしていたあたりだから、一晩くらいはとりあえず安全だろう」


 だから今日はこのまま野営をして、明日になったらここから3日ほどある――今回の討伐依頼をしてきた村に向かおうと、男は少女に告げる。


 その言葉に晶は少しばかり眉を顰め、空を見上げた。木々のせいで太陽を直接見ることはできないが、まだ周りは明るいといって差し支えない。


 ――今から焚火を始めるとか、薪になるものがもったいない気がするんだけど……


 そんな晶の疑問を雰囲気だけで察したのか、男はクツクツと笑いを漏らし、やや呆れながら理由を告げる。


「日が落ちる速さは多分お前が思っているよりも早いぞ?そして一旦日が落ちたら人間は何もできない」

 

 まあ、お前と同じ妖精種なら星明りだけでも動き回れるんだろうがな。


 男はそう言うと傍らに積んであった枯れ木を一本火にくべる。


 男の台詞に少女は困惑の表情を浮かべた。男の言葉から考えると、今の自分はただ小さい女の子になっただけではなく、人間とは別な種族……白人から見た黒人種や黄色人種のような存在に思われているらしい。


 ――けど、肌の色とかはそんなに変わらないような気がするんだよなぁ。眼の色はわからないけど……ひょっとしてこの黒い髪がいけないのか?


 なんとなしに長く伸びた自分の髪の毛を一房つまみ、しげしげと眺めてみる。が、長さは確かに伸びたがそれは平均的日本人が生まれつきもっている色であり、それがどんなふうに問題になるのかは見当もつかない。


 ひとしきり髪を弄り回していた晶は一つため息をつくと右手で髪をかきあげ……その途中で体の動作すべてを止めた。


 ええっと?


 髪をかきあげる途中で右手に触れたのは当然右耳……であるのだが、その感触がおかしい。

 県大会準決勝がせいぜいだったが、小学校から高校まで続けていた柔道と多少かじった柔術。大学に入ってからやめてしまったが、その練習のせいで自分の耳はかなり変形していたはずだ。


 ――けど、これっ変形っていうレベルじゃねーぞ!?


 具体的には大きくなっている。詳細的にも大きくなっている。それはもうコントのできるマジシャンのあれよりも大きく、しかも上下に伸びているというよりも左右に突き出す感じで大きくなっているのは遺憾の限りであります。


 あまりの事態にバカなことを脳内で口走ったことを晶はプルプルと首を左右に振ることでごまかし、小さくため息をついた。


 確かにこれでは目の前の男と同種の人間であるとは言いにくい。


 ――確か、亜人間とかいうんだったっけか?


 大学時代のサブカルチャーにやたら詳しい……まあ、重度なオタクであった友人が時たま妙なことを織り交ぜつつ熱弁していた異世界やらファンタジーやらの定番種族らしいエルフとかドワーフとか?いうそれらの種族的特徴の一つに大きな耳……とかいうのがあったはずで、その扱いは作品ごとによっては人間の友人だったり敵対してたりひどい場合は貴重な奴隷としての……売買対象だったり……?


 冷や汗が一つ、背筋に沿って流れるのを感じた。


 ――いやいやいやいやそう判断するのは早計だと思うし、仮にも命の恩人だよ?狼さんのブランチになる予定だった女の子を……命がけで助けてくれた人だよ?何の証拠もなしに恩人を不審者扱いするってのは男としてどーよ?


 どちらかというと人間としてどうだろうかと言われそうではあるが。

 

 女の子の部分で地味にダメージを受けつつ、晶は慌てて男の評価に上方修正を入れてみるがどうにも自己内男擁護チームは今一つ盛り上がらない。


 何しろ少女の考えている懸念自体はある程度の妥当性は持っているからだ。


 それであるが故に、そして直接的な生命の危機から脱出でき、余裕が持てるようになったおかげで逆に『この先に起こるかもしれない』出来事に思考を向ける余地が出来上がり……暗鬱な思考の海に知らないうちに飲み込まれそうになっていく。


 それを留めたのは、鼻先に漂ってきたのはほんのり漂う甘い香りだった。


「ルパの実の搾り汁に蜂蜜を混ぜて温めたものだ。美味いぞ?」


 男はそういいながら、呆けたような表情で自分を見つめる少女に向かって湯気を立てるクリーム色の飲み物の入った木製の器を差し出してくる。


 けれどまあ、蜂蜜はもうないんでそれだけしか作れなかったんだが……ひょっとして苦手なものだったか?いやまあ確かにルパの実そのものは食えたものじゃないのは知ってるが、搾り汁は十分飲めるというか……あ~と、どこに行ってもこいつは子供なら喜んでくれたんだが……


 段々と自信を失っていく男の言葉に晶は慌てて首を横に振ると、男の手から器を受け取り……言葉が出せないのでしばらく瞳を泳がせた後、深々と頭を下げる。


 その仕草に男は何とも言えない複雑な……得心がいったような、憐れむようなそんな表情を少女が頭を下げた時に一瞬だけ浮かべ、何事もなかったように言葉を続けた。


「そいつは冷めると格段に味が落ちるからな。早く飲んでみな」


 男の言葉に少女はじっと手の中の器を覗き込み、恐る恐る口を近づけ一口すすり……いきなり頭をあげてびっくりした表情のまま男のことをじっと見つめてくる。


 将来性満点な美貌の少女の猫のような、そして年相応に見える仕草に男は悪戯が成功したもの特有の笑顔を浮かべて見せた。


「美味いって言ったろ?さっさっと飲んじまいな」


 晶は男に向かってコクコクと頷きを繰り返すと器を傾けて、その熱さに時々顔をしかめながらゆっくりと、しかし一度も器から口を外すことなく飲み干していく。

 わずかながら感じる酸味とかすかなイチゴのような香りが、男の言うルパの実の搾り汁なのだろう。それと蜂蜜の甘さが合わさっただけのシンプルな味なのだが、極度の緊張にさらされ続けてきたせいか、それを限りなく美味に感じてしまう。

 あるいは子供に……少女の姿になったせいで味覚も変化したのかもしれない。


 ――うう……餌付けされてるみたいで癪だけれど……


 ともかく、美味な甘味のせいでさっきまで抱いていた男に対するネガティブなイメージは段々と霧散してしまっていっている。最初は何らかの薬品でも混ぜられているんじゃないかと警戒していたというのに、


 警戒した方がいい。した方がいいんじゃないかなー。しなくちゃダメかな?……メンドクサー


 くらいの勢いで警戒感がグングンと目減りしていくのを、自分の中にある冷静な部分は警報を鳴らしているのだがそれは全く役に立たないままで。


 まあ、何があっても死ぬよりはましなんだし。


 飲み終わる頃にはある意味究極の現実逃避的結論に落ち着いてしまい、自分でも気が付かないうちに緩みきってしまった表情のまま満足そうな吐息を一つ、漏らした。


「ところでだ、一つ確認しておきたいんだが」


 なんだか無駄に愛嬌を振舞いまくっている少女を和やかに眺めていた男は、気を取り直して少女に尋ねた。


「お前、言葉が喋れないのか?」



お正月?なにそれおいしいの?

な感じで年末年始を過ごしています。

結局三箇日休みなしなのは自分でもどうかと思いますが…


どうでもいいけどヒロインの相方になるはずなのに男としか呼ばれない彼の名前は多分次回明らかになるはずですきっと

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