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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
39/59

三七・それぞれの夜(後)

2012/02/18:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

「なんともはや……予想以上ですね」


 伯爵は簡単に纏められた書類に目を通し、呆れたような声を漏らした。書類の内容にはすでに目を通しているグライフも同様な表情を浮かべ、肩を竦めて見せる。


「ちなみにどっちの方向で予想以上だったんだ?」

「それは言わぬが花というものでしょう……が、相手が狂人となると少々厄介ですね」


伯爵領の北側にはメドゥイン湖、西側には大河アイネス川があり、通常ならばこれが西側から攻め寄せてくる敵に対する強固な堀の役割を果たす。

 無論今回の貴族連合軍との戦いでも、その有利さを十分活用するつもりであったのだが、連中の手口の非道さによって修正を余儀なくされていた。


「まったく……阿呆だ阿呆だとは思っていましたが、ここまでの事をやらかす逸材だとは思ってもみませんでしたよ」


 ヴォーゲン伯爵家は、王国と緩やかな敵対関係にあるとはいえ……だからこそなのか、周辺の貴族との交友関係には常に気を配っている。

 西方諸侯連合が進んでくる進撃路の途上には、そう言った友好的な貴族の所領もいくつかある。彼らの所領が蹂躙される事態を静観することは、間接的に伯爵家の勢力を削ぐことに繋がるだろう。


 援軍を送る。もしくはそこまで軍勢が来る前に迎え撃つ必要があるのだ。


 無論平時であればそのようなことは出来ないのだが、今回宣戦は貴族連合から為されている。ある程度の軍勢の展開は許されるだろうし、許可を得る手管もある程度は用意している。


「結局言ってるじゃねぇか……しかし五万も兵を用意するとはな。これに妖精種の援軍が三万加わるのか」

「当面は五万の方だけ考えましょう。動員の方は?」

「明後日の朝には完了するぜ。符の方も定数は持たせられると思う……まったく、最初に喧嘩売ってくるのはあの宰相閣下だと思ってたんだがな」

「あの方はきちんと損得勘定ができる方ですからね。来るとしたらこの戦いが終わった後、こちらがよほど疲弊していた時でしょう」

「ま、下手を打たなければいいだけだな」


 グライフはそう言うと、獰猛そうな笑いを浮かべた。


「それで当然先鋒は任せてもらえるんだろうな?」

「……貴方もいい加減自分の年齢を考えてくださいよ」


 そのグライフの言葉に伯爵は深々と溜息をついた。一〇歳の時に初陣を飾ったこの男は、その人生の半分を戦場で送っている。

 ここ最近は大人しく伯爵家で家令の真似事をしているが、元来戦場の匂いが好きな男であることは変わりないのだ。


「ここの所西の方も大人しい限りだったからな。長く戦場を離れてると感覚が鈍くなっちまうから、そこらへんも研ぎ直そうと思ってるんだがな」

「一応伯爵家存亡の危機かもしれない事態を砥石代わりにしないでください……まあいいでしょう。今回は兄上もいることですし」


 自分に戦場で兵を操る才がない事を知っている伯爵は、グライフの望む通りにさせてやることに決めた。あの兄がいるのならばグライフが無茶をしても的確に采配を振るってくれるだろう。


「まあ、私は私が出来ることをするべきですね」


 そう言うと伯爵は、貴族連合との戦場になるであろう王国中央北部の地図に、視線を落とした。

 



      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




「どうしてこうなった……」


 第三氏族の少女はそう呟くと、がっくりと肩を落とした。


 目の前に広がっているのは様々な型紙、裁断された布、宙を舞う針と糸の乱舞だった。


「イラちゃんの服を作るって言ったら、『私にもやらせてくれ』と、言ったからじゃないでしょうかと思うのですよ?」


 そう言って小首を傾げながらも、恐ろしい勢いで布に針糸を通していくディー。作業を始めてからまだ精霊が一休みするほどの時間も経っていないというのに、すでに一着仕立て上がりそうになっている。


 その傍らで同じように作業をしている二人の女性、イーシェとジェネリアも同じような速度で、違った意匠の服を完成させつつある。


 だというのに、あの方の一の従者を自認する第三氏族である自分は、まだ袖を据え付ける事しかできていない。


「……何で貴様らはそんなに小器用なんだ?」


 内心の忸怩たる思いが溢れる、恨みがましげな口調で少女は三人に向けて疑問をぶつける。正直彼女たちの技能は、大森林の奥にある自分たちの集落で一番と言われている職人の腕を越えている。


 第一氏族よりも短いとはいえ、第三氏族の寿命は二五〇歳程度はある。当然修練にかける時間はそれだけ取れるはずである。

 それなのに彼女たちの技術の高さは、自分達よりも高いのだから疑問に思うのも当然である。


 だというのに、返ってくる答えと言えば飄々としたものだった。


「まあ、私達は慣れてますから」

「一応ヴォイド商会ハリツァイ商館の従業員ですからこれくらいは」


 二人の女性はそうにこやかに言いつつ、袖口にレースのフリルを縫い付けていき、


「私は弟妹多かったですから……慣れ?」


 言っている間に二着目に取り掛かろうとしているディー。


「慣れで済ますのかその器用さを……」


 全く納得がいかない。慣れだけで済ますことができるのなら、時間を多く取れる者の方が有利になるはずだ。しかし現実として、彼女達の技術の方がはるかに上である。


 そんな考えが表情に表れていたのか、三人は更に言葉を重ねてくる。


「あとはあれですよ。好きこそものの上手なり?なれ?なるといいな?」

「好きこそものの上手なれ、ですお嬢様」

「そうですね……確かに仕事ではありますけど、好きか嫌いかで言えば好きな仕事ですよ、これ」


 そんなものなのだろうか?確かに集落の職人はあまり楽しそうに仕事をしているようには見えなかったが……そんなことでこれほど技術に差が出るものなのか。


「急にこの作業を好きになるのは難しいですけど、この服はイラちゃんに贈る物なんですから……そのことを考えながら作業すれば、少なくとも楽しくなりますよ?」

「む……言われてみればそうだな」


 自分が仕立て上げた服をあの美しい方が身に纏う……


「これは……来るものがあるな……」

「でしょう?」


 ディーのなぜか偉そうな態度は気に入らないが、確かにあの方に贈るのだと思えばこの単純作業も楽しくなってくる。

 

 少女はさっきまでとは違ったやる気に溢れた表情で、運針を再開した。彼女が仕立て上げた服を彼女の主が身に纏う様を想像しながら。


 それは少女にとって、今まで幾度となく繰り返した戦闘訓練など比べるべくもないほど充実した時間だった。




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




 少女はベッドの上で横になりながら、先ほど出て行った長の言葉を反芻していた。


 ――魔力が大きすぎるから話せない……か


 長の説明からすると今代の古血統……つまり自分の事だが、様々な偶然の末歴代の古血統の少女の中でもおかしなくらいの魔力量を持っているらしい。


 言葉を話しただけで、その言葉がすべて現実になるくらいに非常識なほどの魔力量。


 長はそう説明し、だからこそ言葉を話せないという枷が少女の身に加えられているのだろうと話してくれた。


 ――結果、実際に行使できる魔力量は歴代最低らしいって、なんて本末転倒……


 要するに、話をするだけで魔力がダダ漏れになることに対する身体の自衛反応のようなものなので、言葉を話せるようになるのは恐らく無理という話である。


 どうしてこんなに異常な魔力を持つのかという理由も、なかなか馬鹿らしかった。


『古血統の少女がこの世界に現れる時には、濃密な魔力溜が必要という話は覚えてる?』


 長は説明を始める前にそう確認すると、言葉を続けた。


 とにかくその魔力溜に、異世界から無理やり魂を引っ張ってきて核に据え、その核を中心に魔力が形を帯びて、古血統の少女としてこの世界に生れ落ちるの。ここまではいいわね?

 で、当然肉体を形作るためにはある程度の魔力が消費される……そうね、集められた魔力の半分は消費されるはず……それでもあれだけ圧倒的なんだけどね。まあ今はそれは置いておいて……


『貴方の場合は異世界の貴女の肉体ごと、この世界に引き摺り込まれたんだと思う。そしてその肉体が一度分解されて、それをもとに再構成された……んだと思うの。確証はないけど……』


 生命力の相互不干渉原則から逸脱してる気がするけど……恐らく魂のない肉体だけが少しだけ早く、この世界に送られてきたんだと思うの。魂のない肉体はただの肉の塊……生命力がないとみなされたんでしょうね……それでその肉体自体を材料にして、今の貴女の身体が作られたんだと思うわ。余剰な質量は魔力に分解、変換された……と思う。


『何か思う、とか多分ばかりでごめんなさい。とにかくそう仮定すれば、貴方のその非常識な魔力量にも納得がいくわ』


 憶測ばかりであったが、一応は納得できる……とは言えなかった。何しろこの世界の魔法の理論などは少女の知識外のモノであるからだ。何が正しくて間違っているのかを判断する基準がないのだから仕方がないと言えば仕方がないのだろうが。


 ――……疑問はある程度解消できたけど、相変わらず今後の展望には繋がらないなー


 ともかく、自分は魔力的には最強だけれども、実践レベルでは古血統の中でも最弱……に、なるのだろう。彼女の説明が正しければ。


 ――結局足手まといのままなのかな……


 これから先、大規模な戦争が始まるというのに、自分だけが戦力にならない。

 どうしたら皆の役に立つことができるのか……


 少女はひたすらベッドの上で考え続けた。








今回はちょっと駆け足気味で展開した気が……

三人ほど出てきてない方がいますが……

気にしたら負けなんで気にしません。


アクィラの謎の魔力量の原因も判明しましたが、

まさしく量が多いだけ状態という素晴らしき無駄スペック。


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