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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
35/59

三三・フィナーセータ

本日のキーワード:いつもの二人


2012/02/05:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

 ――……すっご……


 フィナーセータからやや離れた小高い丘の上、ドゥガの腕の中から眼下に広がるヴォーゲン伯爵領領都の全容を視界に収めた少女は、目を大きく見開き感嘆の溜息をついた。


 ――……なんていうか、絵本なんかに出てくる『いかにも』な風景だなー


 一番奥に見えるのは湖……王国で一番と言われる湖はこの位置、この高さから眺めても対岸が見えず、水平線の向こうにうっすら見えるのは白い雪化粧をした山々の連なりである。


 ――確か、平均的な身長の成年男子が波打ち際に立った場合、そこから水平線までの距離が約五キロ前後……だったっけ?


 地学か何かの雑談でそんな話を聞いたことを思い出し、改めて湖の大きさに感心する。もっとも柔道の地方遠征以外、旅行をするという趣味を持ったことがない晶には比較するほど大きな湖の知識はなく、正確にこの湖の大きさがどれくらいなのかはよく判らない。

 少なくとも近所の遊水地を兼ねた人工湖よりははるかに大きいと思うだけである。


 ――この湖も、古血統の伝説の一つ……か


 湖の大きさに感心したことからつい、少女は先日から少しずつ教えてもらっている古血統の逸話の一つを思い出してしまい、表情を僅かに曇らせた。


 それは、三〇〇年と少し前にこの地に現れた古血統の少女の話。

 それは、その少女が愛する男を殺されたことに対する復讐の話。


 この地に現れる少し前、妖精種に愛する男を殺されたと、その一風変わった少女はこの地の住人に語り、この地を蹂躙しようとしていた妖精種の一軍に復讐を行った話。

 何をどうやったのかという手段は伝わっていないが、とにかく何らかの手段を少女が行使した途端、一〇数万に及ぶと伝えられている軍勢は一瞬で『溶岩に吹き飛ばされた』と、伝えられている。残された数少ない生き残りも粘つく溶岩に巻き込まれ、悉く死に絶えたという。

 火山もないのに噴出した溶岩は丸一日吹き出し続け、やがて止まり、その後この地域一帯が大規模な陥没と崩落に見舞われ、その跡地がこの巨大な湖になったという。


 ――ほんと……話半分にしても、滅茶苦茶だよ……


 ドゥガと交わした二人だけの約束は、少女の心をそれ以前よりも大分軽くさせてはいたが、こうして過去の破壊の爪痕の巨大さを目の当たりにすると……どうしても心がざわついてしまう。


 そんな彼女の心のざわめきを感じたのか、少女の身体を抱きとめているドゥガの腕に僅かに力が加わり……ほんのわずかな、それだけの行為で少女の心のざわめきは落ち着きを取り戻す。

 少女は感謝の言葉を告げられない代わりに、男に向かって柔らかく微笑みを浮かべてみせ、改めてここから見えるフィナーセータの街並みに視線を向けた。


 とりあえず湖が出来た原因は棚の上に放り投げておくことにして、まず目についたのは湖に突き出した金槌型をした出島だった。

 大きさは湖岸に広がる防壁に囲まれた市街地の三分の一ほどあり、かなり広い。その広い敷地にコの字型に三つの大きな建物と四つの塔が建ち、対岸の市街地とは四つの吊り橋で結ばれている。


 ――何で吊り橋?


 遠目に見ても町並みは立派だし、出島と館もよく整備されているように見える。街の東側は湖から流れ出す河への流出口付近に作られた港と、そこを行き交う船舶の多さから見てもこの領地が酷く豊かなことは見て取れる。


 ならばなぜ吊り橋なのだろう?確かに随分しっかりとした造りの様ではあるが……石や木で組んだ立派な橋が作れない理由でもあるのだろうか?


 そのことに悩んだ少女は早々に考えるのを放棄。自分を抱えている知恵袋に尋ねることに決めるとまずは出島の部分を指差し、ついで市街地を指差し、最後にその間を繋ぐように空中で線を描く。

 それだけでドゥガは性格に少女の質問の意図を読み取ったらしい。


「館と市街地を繋ぐ橋の事か?……いやあれは別にどうという事はない吊り橋で……ああ、なるほど。あれはわざと吊り橋にしているんだ」


 ――?


「何か異変が起こった際、出島に住人を避難させた後すぐに橋を落とせるようにな。ここからではわかりにくいが、出島と対岸の間の水路はかなり水深がある。確か……平均で五ロイあるからな。幅も八ロイ程あるからな……橋を落とされた後あそこを越えてくるのは少しばかり骨なはずだ」


 ――あ~、なるほどー……確か一ロイが二.八mくらいだったから……幅約二五m水深約一五mくらいってことか……思ったよりも広くて深いなー


 男の言葉に少女は感心したような表情を浮かべる。水深一五mと言ったら三階建ての建物が姿を隠すくらいの深さである。思ったよりというよりも、かなり深いと言った方が正しいかもしれない。


 ――んーじゃ、あれもついでに教えてもらおうかな?


 出島の対岸に広がる市街地とそれを囲むように建てられている防壁は、少女にも理解できる。が、その防壁の外側に広がる民家はなんなのだろう?わざわざ防壁の外に建物を建てるメリットがどこにあるのか、少女には今一つ理解できない。


「どうした?他に何か気になるものでもあったか?」


 少女の仕草に気が付いたドゥガが尋ねると、今度は少女は左手でまず城を指差し、それからいちばん外側の防壁をなぞるように指先を動かし、一旦ドゥガに確認するように視線を向けてからその防壁の外側の家々を指して首を傾げる。


「防壁……ではなくその外側か?あのあたりは特段変わったことなどないと思うが……ああ、なんで防壁の外側に住居があるか、か?あれはまあ、住人が急に増えたんで苦肉の策だな……さすがに防壁の拡張や増設は早々できんからな。まあ、一応一番外側に柵なんかは設置しているが……今後は堀でも作らないといけないだろうな」


 ドゥガの説明に少女は満足そうに首を縦に振り、一連の流れに対して一同は様々な反応を示した。


 ディーとイーシェ、ジェネリアの三人は、いつもの事とただ微笑ましそうに表情を緩め、妖精種の青年は苦笑を浮かべている。少女の従者であることを自認している混血種の少女は自らが定めた主の表情を読み取れなかったことを悔しがり、伯爵家末弟は敬愛する長兄と少女のやり取りに微笑みを浮かべ、王女とグライフの二人は驚きで目を丸くしている。


「さすがですね兄上」

「従兄上様はイラちゃんの保護者ですから……私もですけど?」

「あれだけの事で意図を掴めるモノとはの……」

「よほど相性がいいか、考えてることが似てるんだろうよ」


 感心している末弟、どこかズレタいつも通りの主張をするディーと、驚く二人。

 特にグライフの方は呆れるような感心するような、そして皮肉混じりの口調で誰ともなしに感想を続ける。


「……しかし、ドゥルガーとおんなじ事を考えられるなんてあのお嬢ちゃん、とんでもなく頭がいいのかねぇ」


 その問いかけに関する答えは予想もしなかった人物から返ってきた。


「頭の良さもあるとは思うけど、この場合はやっぱり相性じゃない?ヴォーゲン伯爵家の初代の奥さんて、私の友達だった古血統の女の子だったし?やっぱり血が近いからじゃないかしら?」


 ディーの角竜に相乗りさせてもらっていた第二氏族の長は、昨日食べた草食トカゲの肉でも思い出すかのような口調で、さらりととんでもないことを口に出す。


「……おいハチ、それは本当か?」


 驚愕で固まったしまった一同の中、一番最初に驚愕から立ち直ったドゥガは周囲で聞いている者がいないか確認し、後方にいる護衛役の騎士に一瞥をくれ、長の言葉が届いていないことを確めると、低い声で先ほどの発言を尋ね返す。


「え?あれ?知らなかった?うっそ、ほんとに?カエデ=ホゥマって子だったんだけど……あらら?」


 ドゥガの殺気すら孕んだような問いに、長はワタワタと両手を振り、なぜか弁明するような口調でかつての友人の名を口にし、その名に思い当たるものがあるドゥガは低く唸り声をあげ……なんだかやたらと威圧をふりまいている。


「確かに……その名は系図にも載っている……が、平民とはいえ人間だったはずだ。それにあの当時は確かになぜか第一氏族の干渉が極端に少ない時期だと伝えられているが……かといって決して友好的ではなかったはずだぞ?」


 暗に妖精種と人間の結婚が……特に新興とはいえ爵位持ちの家の当主との結婚があり得ない事だとドゥガは告げている。

 そんなドゥガの疑問と問いかけに、長の方はと言えばあからさまにほっとした表情でため息をついていたりする。


「よかったー……友達の名前間違えちゃったかと思った……」


 やはりこの長はどこかズレているとしか言いようがない言葉をこぼし、改めていい笑顔で冬眠から目を覚ました熊のような雰囲気のドゥガに向かって朗らかに告げた。


「とりあえず立ち話もなんだし、長い話になると思うから落ち着いてからお話しましょ?」

「……わかった……」


 色々なものを抑え込み、ドゥガは辛うじてそれだけ言葉を返すと角竜に掛けられた手綱を振るい、止まっていた足を街へと向けさせる。確かにこんな所で立ち話で済ませられるような話ではない。

 それに倣い、一同も後に続く。


「んっふっふっー……まさかイラちゃんと同じ血がちょこっとでも流れてたなんて少し感動してますよー……」

「今の時期は湖沼マスの美味しい時期でしたよねー……ちょっと楽しみです」


 深刻さとは全く無縁な女性が二名いたが。




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




「さて、公爵と西部諸侯はどう動くか?」


 王国宰相ネメルデス=リドン=イェイツラー侯爵は、一人執務室で言葉を漏らした。

 あの時公爵は、もう根回しは済んでいると言っていた。ならば勅諚を預かってから一週間、角竜を飛ばせばそろそろ、二脚竜を乗り潰しながらならば二日前には西部諸侯のどこかの領内に到着しているはずだ。


 事前の準備が整っているのならば、近日中に進軍を始めるだろう。

 準備が整っていなければ……知ったことではない。その時は公爵の言っていた連合軍は進軍もできないまま瓦解するだろう。


 対してヴォーゲン伯爵側の方は、あの英雄が近日中にフィナーセータに帰還するらしいが、当主である弟伯爵が先日のカレント男爵領での後始末からか、まだフィナーセータに戻っていない……と報告は上がってきている。が、あの兄よりもよほど腹黒い伯爵の事だ。とっくに身代わりでも立てて、自領に戻っていることだろう。


 こちらがそのことを咎めだてする気がない事を見越して、だ。


「まったく……一番の不穏分子と儂に目されているヴォーゲン伯爵家こそが、まさに忠勇の士となるとは……これもあの家計の血の為せる業か?」


 考えてみれば、ある種王家以上の力を蓄えているくせに、その忠節がぶれたことはかつて一度としてない伯爵家。その忠節の対象は常に平和。その忠節に応えるために蓄えられる財力と武力。


 平和を守るためならば戦争も辞さないその覚悟。


 それは過去の伯爵家の事績が保証しており、王国民ならばその功績をよく知っている。ならば今回、貴族同士の揉め事を当事者同士の武で以て解決せよという勅諚に基いて行われる戦いに民衆がどちらを支持するのか……考えるまでもない。


 そして王家はそんな民意を無視するわけにはいかない。


「……近衛の一個軍団くらいは用意しておいた方がよかろうな……」


 王家が所有する最大の攻撃力である近衛兵団。その構成は妖精種のそれとよく似ており、八人で一個小隊を組み、それが八個集まり一個中隊、さらに八個中隊が集まり一個大隊……最終的には派遣文官を含む一個軍団三万三千名という大集団になり、これが四個集まり近衛兵団という組織を構成している。


 その総指揮官は特に近衛将軍とよばれ、現在の将軍はケラス=リシ=メイフェルデン侯爵。西部紛争地域で軍功を重ねた叩き上げの軍人であり、傭兵との付き合いも心得、王宮でもそつなく過ごす術を知っている稀有な人物である。


「……そういえば、あの万騎長を王女殿下の剣術指南者に推挙する推挙状に、名前を連ねてきた者の一人でもあったな……」


 まったく……ヴォーゲン伯爵家の人脈は、時に自分を超えることもある。


 宰相は、未だ直接顔を合わせたことがないヴォーゲン伯爵家の長兄を思い浮かべ、、そして時折自分に匹敵する弁舌を弄する次兄の外面だけはいい笑顔を思い出し……珍しいことに小さな笑いを漏らした。


 しばらく笑いを続けていた宰相はやがてそれを治めると、紙と筆を用意し書面を認めた後、信用できる子飼いの使者を呼び出し、ケラス将軍宛の封蠟を施した書状を持たせて送り出した。


 二日後、近衛第三軍団が演習として王都の北部にその軍勢を進めることになる。


 ただ宰相にとって予想外……いや、あるいは予想道りであったのかもしれないが、将軍自らがその軍団の総指揮官として先頭に立ち、二脚竜に跨っている姿があった。











俺は今!猛烈に感冒している!


ノロウィルス流行ってるんで皆さんもお気を付け下さい……

下痢と嘔吐がとまんねーですよ



ようやく主人公が相方の実家に到着ですよ……

ここまで来るのに三〇話以上かかるとか……

ある意味スローライフ。

途中鼓動もスローになりましたしねー、命の危機的な意味で。



今回は伯爵家の過去がちょこっとと、皆さん予想通りの古血統の秘密の一つが一部公式認定確定です。

腹黒宰相再登場。そして腹黒に腹黒と言われる暫く登場してない腹黒伯爵。

彼も近日中に再登場します。


そして一番最初に動いたのが王家の軍隊という……





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