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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
33/59

三二・第二氏族を束ねる者

本日のキーワード:新しい敵・精神的な意味で


2012/02/06:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

 ミセレイド=エメス=ハイラン公爵。


 領地を持たず、王家の血統を守るという、ただそれだけの目的のために創設された御三公であるハイラン公爵家当主は、幼いころから英雄物語が大好きだった。

 当初はごく普通の男の子が……貴族も平民も関係ない、普通の憧れが多分に混じったその気持ちが変質したのはいつ頃だったのか


『自分も英雄になりたい』


 そこまでは、健全な男子としては当然抱く願望であり、それ自体は否定されるべきものではない。しかし、


『たとえどんな手段を使っても、英雄と呼ばれたい』


 このように望むのは、純粋な願いがねじ曲がってしまったからではないだろうか?


 公爵という肩書は名ばかりで、多少は国政に参加する権利を有してはいても実際のところは飼い殺しに近い環境が、その気持ちを歪めていったのだろうか?


 ともかく彼は、どうやれば英雄と他人に呼ばれるようになるのか、そのことを考え始めた結果、過去に存在した英雄と呼ばれた者たちの記録を調べ始めることになる。


 最初に妖精種に反逆することを決めた男『セツ』

 たった一人で第一氏族一〇〇人と渡り合い、その悉くを倒し、立ったまま息絶えた『無名の勇者』

 今は王国の版図に飲み込まれてしまったが、かつて王国の最大の敵であったメーレィアン王国の礎を築いた男『クレリア=ロウ』

 三〇〇年前、現在のヴォーゲン伯爵領近辺で起こった第一氏族との大戦争。それに対抗しようと集まった諸国家の指揮を執った男『鉄の男ロウ=ヴァンナート』

 ヴォーゲン伯爵家初代『槍の王ディオニス』


 いくつもの英雄の記録を読んだ。


 有名な英雄のものも、無名の存在も、あるいは地方の村に伝わる口伝のようなものまで相当の熱意をもって集め、調べた。


 英雄と呼ばれるためにはどうしたらいいのか。

 英雄と呼ばせるためにはどうしたらいいのか。


 その熱意は恐らく本物であったのだろうが……『英雄になるため』ではなくあくまで『英雄と呼ばれる』ための熱意というものが、根本的にずれているのだという事に気が付いていたのかどうか。


 普通の人間ならば、身体を鍛え、心を鍛え、頭を鍛え……たとえその途中で挫折しようとも、そういった手段で“英雄”という存在になることを目指すものであろう。


 しかし彼は、そういった努力に持てる時間を、能力を注ぎ込まなかった。


 肩書きだけとはいえ公爵であり、その容姿も非常に恵まれたモノであった彼は、己の外見的魅力を整えることに執心はしたが、それ以外の努力はしなかった。

『ごつごつした筋肉の鎧で肉体を覆ってしまっては、華やかな令嬢たちに嫌われてしまうではないか』とは、剣の鍛錬にあまり熱心ではない彼に対して、個人教師が尋ねた時の弁である。


 およそ鍛練と名がつくものすべてに対しての熱意など欠片も持たない公爵だったが、『己を英雄と呼ばせたい』という思いは年々強くなっていった。


 その背景にはヴォーゲン伯爵家の長男でありながら家督を弟に譲り、大陸を放浪しているドゥルガーという傭兵の影響もあったのかもしれない。

 一〇代のころに、お忍びで街に出ていた第二王女が暴走する馬車に巻き込まれそうな所から命を救ったことを筆頭に、二脚竜の“はぐれ”討伐、西部国境地帯での隣国との紛争において、仲間二人とともに一個中軍を撃退。マナート山跡における第一氏族の大攻勢……一万の軍勢を、巧みな戦術によりたったの九〇〇騎の角竜騎兵と一〇〇騎の二脚竜兵で翻弄、援軍到着までの二日間を支え切った『万騎長』の逸話。


 過去の英雄に遜色のない傭兵の活躍が、公爵の歪んだ望みの焔に薪を追加し続ける。簡単にまとめてしまうなら、単なる嫉妬であるのだが。


 嫉妬を煽る件は他にもあった。


 外見だけは宝石のような第二王女。あまたの女性を自らの思うとおりにしてきた公爵が唯一手に入れられなかった女性。常に鉄面皮で、仕事柄とはいえ金の事しか話さない彼女がかの男の前では初心な小娘の様に頬を染め、恋情で瞳を濡らすというのだ。


 別に妖精種の女をわざわざ抱くような趣味はなかったのだが、自分に靡かない女が他の男に焦がれているというそのことがまた、公爵の自尊心を甚く傷つける。


 ともあれそのようなあれやこれやが公爵の嫉妬心を煽り立てる。これでかの傭兵が弱小貴族や平民ならばまだ肩書きだけでも誇れたのだろうが……王国内に存在する別の国家にも等しいヴォーゲン伯爵領、そこを治める領主の血統ともなれば、公爵の肩書なぞ塵芥に等しい。


 そのようなままならぬ現実の中、嫉妬を内面に隠しながら悶々としていた公爵の耳元で、それがいつ囁かれたのか……時期は忘れてしまったが、ともかく最近誰かが囁いたのだ。


『ヴォーゲン伯爵家の妾腹の長男が、旅の途中で妖精種の少女と共に在る。その少女はかつての英雄たちの元に現れ、勝利を捧げた古血統と呼ばれる妖精種であるらしい』


 気が付いた時、公爵はかつて調べ上げたかつての英雄の記録に再び目を通している所だった。


 『古血統』


 その言葉と、その存在が起こした事跡は御伽噺としては知っていた。が、その古血統と英雄の繋がりまではあまり気にしていなかったのだが、改めて調べてみると新しい事実が資料から読み取れるようになってくる。

 英雄の中でもとくに名高い存在。その彼らの逸話に絡み付くように、まるで英雄を助けるように存在する古血統の事跡。

 歴史に与えた影響を考えるならば英雄の存在の方が大きいのは間違いない。が、その英雄にそこまでの実績を贈るような古血統の存在はなるほど、英雄を導いているともいえるかもしれない。


「……なるほどつまり」


 一人資料をめくっていた公爵は、そのことに気が付いた時何ともいやらしい笑いをその端正な口元に浮かべた。


 彼女たちを手に入れれば、英雄になれるわけだ。


 短絡するにもほどがある結論を資料から得た公爵は、どうすればドゥルガーの手から古血統の少女を奪い取れるか考え……すぐに相談役に考えてもらう結論に達した。


 相談相手は数日前から王城内の公爵の屋敷、その一室に滞在している一人の女性だった。


 いつごろ招き入れたのかはよく覚えていないが、ここのところよく相談に乗ってもらっているような気がする。

 その耳が妖精種の耳の様に大きいような気がしたが、恐らくそれは個性のうちだろう。


「……まあいい、ともかく相談だ」


 彼女なら適切な助言をしてくれるはずだ。なに、いつからそうだったかはよく覚えていないが、そう思うんだからそうに違いない。





 それはあの日、宰相と廊下で立ち話をした日から二日前の出来事。公爵にとってはいつもの日常の一コマだった。




       ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




「貴方が今代の古血統の方ね!」


 ズビシッ!という効果音が背後に見えるくらいの勢いで、その女性は指を指しながら大きな声で叫んだ。


 指を指されたのはハリツァイからフィナーセータへ移動中のアクィラを始めとした総勢二〇名の一行であり、その人差し指の先はドゥガの右腕に抱えられているアクィラに向けられていた。


 ちなみに現在復興特需に見舞われているハリツァイには、フィナーセータ経由で労働者が順次送り込まれている。そして、そんな労働者相手に商売をしようという行商人もまた、ハリツァイに向けて逐次集まりつつあるような状況で……要するにハリツァイ=フィナーセータ間の街道は普段の数倍にまして人の往来が多くなっているのである。


 具体的には大声を上げた女性と、声を掛けられた角竜に乗った一団を遠巻きに取り囲めるくらいには。

 整備の行き届いた街道の広さがそれを可能にしているのは皮肉と……皮肉なのだろうか?


 ――……なにこれ?


 手綱を握れないアクィラをどうやって運ぼうかという話し合いの結果、不承不承ながらドゥガの腕の中に納まることを了承した……ただでさえ恥ずかしさをかなりの精神力で抑えていた少女は、その女性の唐突な行動にパチパチと目を瞬かせた。


「……ええっと、なんか反応がほしいんですがっ!?」


 対応に困っている一行から、何の反応も得られなかった女性は逆切れ気味に叫び……まあ、叫ばれても恐らく何の解決にもならない。


「アクィラ様……排除しますか?」


 先日からなぜか少女の従者という位置に納まっている第三氏族の少女が胡散臭い物を……というよりも汚物を見据えるような目つきで女性を見た上、剣を抜こうとするのを少女は慌てて頭を横に振って止める。

 なんというか、仲が良くなったのはいいけれども新しい主人というか、新しい依存先に認定されてしまったというか、ともかく彼女との関係改善はこの先の懸案事項の一つであり……物騒なことは極力改めて欲しい所ではある。


「……さて、それでは先を急ごうとするかの。夕刻にはガーティ……伯爵殿もこの地に戻ってくる予定なのであろう?」


 一行が呆然としている中いち早く立ち直った王女が、朗らかにそう言葉を漏らし、さりげなく見なかったことにしようとする。


「ちょっ!?反応なしで放置ってのはさびしいんですけど!?」


 そして王女の言葉に喰いつく女性。


 なんというか、ディーとは違った方向性で厄介な絡み方をする人物らしく……指を指された当人であるところの少女は、厄介ごとの予感に首を横に振った。


 ――……どうでもいいけど、誰なんだろうこの人……


 妖精種なので本来の年齢はさっぱりだが、見た感じでは王女やディーよりも若く見える。

 風に揺れる銀色の髪、妖精種特有の白い肌でかなりの美人ではある。とは少女も思うが、どうにも接頭語に“残念な”とつけてしまいたくなる。


 そんな女性の正体は……意外なことにドゥガが知っていたようだ。


「相変わらず落ち着きがない女だな。ハチ」

「はっちゃんと呼んでって言ったでしょ!」


 こちらの世界では珍しい音の名前を口にするドゥガと、愛称っぽく呼ぶことをねだる女性。


 ――……なにこのグダグダ……それにハチって……犬じゃないんだから


 ディーに対するそれよりもげんなり度三割増しくらいの声で、再びドゥガが口を開いた。


「いい加減その落ち着きのなさはどうにかならないのか?」

「やあねぇ万騎長。久しぶりに会った古馴染みに対して容赦がないんじゃない?」

「……お望みならばもう少し厳しく接することもできるが?」

「あ~……痛いのは苦手だからちょっと遠慮させてね?」

「……で、第二氏族の長がわざわざこんな田舎まで出向いて漫談でもないだろう。何の用だ?」


 ――……おさ?


「え?」

「あらあら」

「こんな愉快な人物が長だというのかの?」

「……」


 驚きの声を上げるサリア、同志を見つけた時の表情で嘆息するディー、容赦ない評価を口にする王女と驚愕に目を見開くセシル。


 ――王女様ぶっちゃけすぎ……でもってセシルさんひょっとして知らなかったとか?


 少女の視線に気が付いた妖精種の青年は疲れたように、それからやや訝しげな表情で数回目の前の女性と少女の間で視線をやり取りした後、がっくりと肩を落として口を開いた。


「我々の長は、一所に留まらないで世界中を旅していると聞かされていました。どんな人物なのか、先達に何度か聞いたことがありましたがなぜかみなさん答えてくれず……ひたすら遠い目をするばかりで……理由はたった今判りましたが……」


 そのげんなりした口調に、少女は同情的な視線を送る。


 ――あー……まあその……確かにこれはかなり残念だろうけど……どんまい?


「まあまあセシル君。こんな方でも、私ってば一応君よりは偉かったりするんだよ?氏族の長だよ?遠慮しないで敬ってくれていいんだよ?」


 そんな少女の密やかな気遣いを粉砕するかのように、残念な第二氏族の長は青年に対して実に残念な言葉を続けて放つ。正直どこまでが本気なのか、一同にもよく判らない態度ではある。


「……第四氏族を新しく作りたくなってきました……それで、なんで僕の名前を知ってらっしゃるんです?」

「長ですから。ま、そんなことより」

「いや、そんなことと言われましても!?」

「気にしない方が長生きできるわよ?私みたいに。長生きはいいわよ~なんていうかこう、技術の発展を感じられるわよ?特に料理はすごいわよね~昔は肉なんてただ焼いただけだったのに、今じゃいろんな味付けがされたりタレも色々開発されたり美味しいわよねぇ肉」


 ひとしきり長生きの良さを……食べ物に関してがほとんどの様だったが……伝える彼女はその最後に、一同にだけ理解できる単語を放り込んできた。


「それに、長生きしてると色々な人に会うのよね……たとえば過去の古血統の女の子、何人かとか?」


 周りを囲んでいる野次馬には聞こえないくらいの絶妙な大きさの声。だがその言葉に含まれていた単語ひとつで一同は表情を固くした。

 その表情の変化に、妖精種の女性は満足そうなにんまりとした笑いをその整った容貌に浮かべる。


「というわけで、昔話をご所望なら聞かせてあげるよ?」


 三食昼寝付きにしてくれるならね~


 残念な女性は最後まで残念な態度は崩さないまま、朗らかにそう一堂に告げる。


 その態度は首尾一貫している……そう評してもいいかもしれない。残念だが。











ゆっくりとですが、戦争の季節がやってきているような中新しい残念な女性が……


おっかしいなー、最初はもっと神秘的で胡散臭い感じにするつもりだったんですが……


胡散臭い成分だけが抽出されすぎたようです


第一氏族の長が泣いてる気がしますが気にしない


次回投稿は土曜日ですが、本編投稿とは別に質問のあった符とか魔法関連の設定をちょろっと投稿します。

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