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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
31/59

三〇・握手

本日のキーワード:スキンシップ


2012/02/01:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

 アクィラは自分の主治医……という言葉がこの世界に存在するのならばそれに当たるだろう青年の言葉に、首を傾げた。


「ええと、説明が難しかったでしょうか?」


 目の前で一通りの説明をした……そう思っている妖精種の青年が焦ったようにそう言うが、少女は首を傾げるばかりである。


 ――というよりこの人の説明めっちゃ回りくどいんですけど……


 そんな少女の困惑の表情に、傍で青年の説明を聞いていたドゥガが助け舟を出してくれた。


「この商館に、第三氏族という妖精種と人間の混血の娘がいるんだが、その娘の主人になってくれないか。そう言っているんだこの男は」


 ――……主人って……なんか説明では教え導いてほしいとか、心を開かせてとか……そういった事しか言ってなかったんですけど


「まあ、それはこいつの説明の仕方が悪いせいだが……要するに大森林西方地域に住む第三氏族というのは、第一氏族の奴隷の様な扱いを受けている……これはいいな?」


 ドゥガの問いに、少女は小さく頷く。


「彼らはある程度の自由意思は持っているんだが、基本的に上位者の……この場合第一氏族になるのだが……命令を忠実に実行するように、教育されている。忠実さの程度はある程度個人差はあるみたいなんだが……」

「過去に、第二氏族に保護を求めてきた第三氏族の方も、少数ながらいましたので、完全に隷属しているとも言い難いのですが……」

「とりあえずそれは数少ない例外だな。で、さっき言ったこの商館に運んできた第三氏族の少女の話になるわけだが……彼女は恐らくまだ、人間を殺したことはない。人間は劣等種で唾棄すべき存在だと教えられてはいるが、それは知識としてそう考えているだけだ。感情面から嫌悪しているわけではない……そう思う」


 ――それが何でおれが主人って話に……ん?あ、そうか


 青年が少女に何を頼みたかったのか、それを理解した少女が得心したように眼を見開くと、ドゥガは満足そうに頷いた。


「そういう事だ。お前には彼女の楔になって欲しい。古血統は第一氏族と同等もしくはそれ以上の存在であると、そういう風に教えられているらしい……それを逆手に取らせてもらうわけだ」


 ――要するに俺専属の侍女みたいな立場にして、俺の意思に反する行動を抑制させて、ついでにディーを通じて人間のよさを……知ってもらえるのかなぁ……


 物おじしないとか、あけすけとか、確かにディーはある意味適任だろう……しかし些か残念としか言いようがない部分も多量に持っている。


「そこらへんは……目を瞑るしかないだろう。まずは人間に慣れさせないとな」


 ――目を瞑っちゃうんだ……しかしまるで野生動物を手懐けるみたいだな


 と、そこまでドゥガとやり取りをしていた少女は、妖精種の青年がこちらを見ていることに気が付いた。

 その表情は半ば感心するような、半ば呆れるようなもので、更に僅かばかりの微笑ましいものを見るような雰囲気も交じっている。


「どうした?」


 少女と青年、どちらに言ったのかドゥガがそう言うと、青年が苦笑を漏らして言葉を返した。


「いえ……ディーから話は聞いていましたがすごいものですね」


「?」

 ――?


 青年の言葉にドゥガとアクィラは同じような表情を浮かべ、同じような仕草で首を傾げ、それを見て青年は今度は楽しげな笑いを漏らす。


「いえ、よくもまあそんなちょっとした表情の変化だけで会話ができるものだと感心しますよ」

「別にそれほど難しいことをしているつもりはないが……アクィラは自分が話せないのを理解していて、表情や仕草を大げさに表現してくれるからな。多少の読み違いはあるかもしれんが、そう判り辛いとは思わんぞ?」


 青年の言葉にドゥガはそう反論するが、青年は静かに首を横に振る。


「私にはさっぱり判らない所があったから言ってるんですよ……というよりも、この子が意識を取り戻してからの様子を見ていますが……貴方とディーくらいですよ。この子の表情を読み違えないのは」


 ――……あ~、確かにそうかも


 ドゥガとディー、この二人以外の場合はもう少し意思の疎通が難しくなる……というよりも会話が成り立つというのがそもそもおかしいのかと、少女は思い直した。

 確かにこちらの表情だけで言いたいことのほとんどを察してくれるドゥガの方が、ありがたいが普通ではない。


「ま、そこらへんは追及しても仕方がないでしょう。ともかくアクィラ……あの子の事をよろしくお願いします」


 ――……って言われてもなぁ


 首を傾げる少女に、ドゥガが笑いながら言葉をかける。


「あまり深く考えるな。お前は普段通りにしていればいい……それだけであの少女を救ってやれるさ」


 ――……まあ、それでいいなら。上手くいくかどうかわからないけど……


 ともあれ少女は了解した旨を伝えるため、小さく首を縦に動かした。




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




 そんなやり取りを思い出しながら、アクィラは改めて目の前でやたら緊張している第三氏族の少女を見つめる。


「は……あう……」


 なんだか妙なうめき声を漏らしているが、とりあえず今は放置して観察である。


 ――こんな可愛らしい子を奴隷にしてる……か


 厳密には奴隷ではないのだろうが、それでもそれに近い状況に置かれているのは間違いない。しかも一族……と呼んでいいのかどうかは判らないが、ともかくそう言った集団丸ごとである。

 その上ドゥガとセシルから聞いた話では、戦争に使う奴隷として教育を施されているらしい。


 ――こんな子供に人殺しの仕方を教えるなんて……


 第一氏族にも言い分とかがあるのだろうけれども、それはアクィラの考えとは相いれない。子供に人殺しを強要する集団なんか間違っている。


 そんな憤りを心のうちに沈めたままで、アクィラは少女に改めて視線を向けた。


 妖精種の年齢は今一つ判りにくい。が、ある程度年齢がいっているとも考えられない。

あのセシルという青年は見掛け二〇前後、実年齢一〇〇近く、らしいが彼女からはそういった見た目と実年齢の差からくる雰囲気というものは感じられない。


 ――……ん~と、一三か四くらいかな?あんまり腹芸とか得意そうでないし……


 金色のやや癖のある髪、少し勝気な印象を与える蒼く鋭い瞳。均整のとれた、一三歳くらいという印象よりもいささか成長の良い身体。


 ――……別に悔しくはないですよ?


 少女の胸の膨らみの辺りで一旦視線を止め、自分でもよく判らないもやもやが心の中に湧き上がったことを、少女は誰ともなしに否定する。


 ――まあ、将来もあることだし……


 それがどんな将来かはとりあえず置いておいたまま、アクィラはひとまず視線を少女の顔に戻し……なぜだか顔を真っ赤にして視線を逸らされた。


 ――しかし、いきなり真の名ってやつを口走るとは思わなかったなー


 あの青年曰く『妖精種は人間に真の名を滅多なことで教えたりしません』と、言っていたのだが目の前の少女……外見だけならアクィラよりも年上なのだが……彼女は緊張のあまりか真の名を口走ってしまうとは……見た目はしっかりしてそうなのだが、いささか抜けた所があるのだろう。


 ――……さすがにディーも聞かなかったことにしてくれる……か


 ディーの方にちらりと視線を送ると、さすがのディーも苦笑を浮かべていた。それを確認し、さてこの後どうしたものかと思案することしばし。


 ――ま、とりあえずはこれから……かな?


「あ……と、アクィラ様?」


 ベッドに身を起こした古血統の少女が微笑みながら差し出した左手。それにどういった反応を返せばいいのかわからず、“未だ成らずとも風を従える者”は戸惑いの表情を浮かべる。


 ……人間の風習の一つに、高貴な女性の手に口づけをするというものがあるという事は聞いた事があるが、それだろうか?それとも何か意味が……


「握手をしたがってるんですよ?」


 戸惑う少女に、ディーが助け舟を出し、アクィラはそれに応えるようにやんわりと頷く。


「握手……?」

「ええ。人間同士が友好を確かめるための手段の一つなのです」

「……私は人間ではないんだがな」

「でも、イラちゃんがしたがってるんですよ?」


 握手をすることに難色を示していた少女はディーに言われ、はっとしてアクィラに視線を向ける。そこには意図的にしょんぼりとした表情を浮かべたアクィラがおり……さし伸ばした手はそのままに悲しげな色をその瞳に讃えている。


 まあ、演技であるのだが。


 いささか過剰な感じではあるのだが、“未だ成らずとも風を従える者”は見破れていないようなので問題はないだろう

 言葉が話せない分、自分はスキンシップを中心に会話を組み立てなくてはならない――ドゥガのような反応がそもそもおかしいのだから――積極的に自分から手を差し伸べないと、会話自体が始まらない。


 そんな想いも瞳に乗せ、差し伸ばした手を引かないままひたすら見つめてくるアクィラの意思を理解したのか諦めたのか……“未だ成らずとも風を従える者”は小さく頷いた。


「……わかりました」


“未だ成らずとも風を従える者”は、上位者の手を握るという行為に緊張を高め、アクィラはそんな彼女の様子に苦笑を浮かべようとして……我慢する。野生動物を手懐ける時に隙を見せてはいけない。が、時には積極的に動くことも必要だろう。


「!?」


 おっかなびっくり左手を伸ばしてきていた“未だ成らずとも風を従える者”の手が指先に届きそうになった瞬間、アクィラは自分でも会心の動きで“未だ成らずとも風を従える者”の手を握ることに成功する。


 ――これからずっと、よろしく


 言葉が使えない分、アクィラは左手から彼女に心が伝わることを祈りながら左手を強く握りしめた。












なんかアクィラとドゥガの会話を久しぶりに書きました。


ちょっとピリピリした情勢が続いていましたので、日常っぽいものをと思ったのですが、うまくいったのかどうか。




あと2月から一日おきの投稿に切り替える予定でいますので、ご承知いただければと思います

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