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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
30/59

二九・胎動

まだ21:55だから21:00頃と言い張っても……いえ、すいません……


本日のキーワード:残念な子がまた一人


2012/02/01:誤字修正・ご指摘ありがとうございます。

「お久しぶりでございます……三年ぶり、になりますでしょうか?その節は大変お世話になりました」


 勧められたソファに腰を下ろした第二王女の侍女も兼ねる徴税室室長秘書。アーケス子爵令嬢メリンダ=マナ=アーケスは、優雅な所作で丁寧に頭を下げた。


 彼女が言っていることは三年前、王女の名代で赴いた王国西方のとある伯爵領で領主の意を受けた傭兵に襲われた時の事を指している。

 当時不当な課税をしていると噂されていた、王国西方に所領を持つルーベイル伯爵。その罪状を詳らかにする帳簿を入手したという担当官から連絡を受け、徴税室室長の名代として伯爵領に入り……盗賊を装った傭兵集団に襲われたのだ。

 後に明らかになったことだが、帳簿を入手したという当の担当官はすでに伯爵に買収されており、旅程も護衛の構成も筒抜けになっていた。結果完全に不意を突かれた彼女達の一団のほとんどは殺され、彼女自身も囚われの身となってしまう。


 暴行こそ受けることはなかったが、そのままでは奴隷商に売り渡されてしまうのは確実な状況下であったのだが……ふらりと現れたドゥガが一八人からの傭兵を一人で叩きのめし、彼女をその死地から救い出したのだった。


「あの時は貴方の事が、かの『反逆の王』のように見えたんですよ?」


 剣と盾、それからいくばくかの符を巧みに使い、その圧倒的な技量で倒していく姿を、彼女は最初に妖精種に反乱を起こし、人による最初の国を作り上げた英雄の名を上げ楽しそうに笑った。が、讃えられた本人はすぐにそのことを思い出せなかったらしい。


 しばし眉根を寄せて考え、それから何かを思い出そうとするかのように彼女の事を見つめ、恐る恐る確認するように言葉を漏らす。


「……ルーベイル領の、北の街道……小さな森があった丘の傍……でしたか?」

「ええ。真っ白な綿雪草がたくさん咲いておりました」

「ああ、思い出しました……いや、あの時とは大分印象が違いましたし、いかんせん当時あの辺りはあまり治安が良くなかったですからな」


 三年前といえば、西方紛争地帯における妖精種の侵出圧力がやや低下し始めた時期であり、少しずつ傭兵がその職からあぶれ始めた時期でもある。

 件の伯爵は、そんな傭兵崩れのならず者を雇ったのだろう。


「あの当時は……現在もまだ状況はあまり変わっていないようですが、そのような事件が度々ありましたからな。俺も何回か巻き込まれたものです」

「そうだったのですか……私は些か幸運だったのですね。あなたに助けていただいた上、近くの町まで送って頂きましたし……結局あの時はドゥガ、としか名前を教えてもらえず、きちんとしたお礼もできませんでしたし」


 そう言って彼女は当時を思い出し、形のよい唇に微かに苦笑を浮かべる。


「あのあと詳細を殿下に報告しましたら……大変だったんですよ?『私ですらしばらく会っていないのに!』とか言い出して、一週ほど仕事になりませんでした」

「……ひょっとして『火急の要件である。至急私の元に来るように』という通達を俺の所にあれがよこしたのは……」

「多分私の件が原因かと」


 その時の様子を思い出したのか彼女は楽しげに軽やかな笑い声を漏らし、ドゥガもその様子が容易に想像できるのか、おかしそうにくぐもった笑い声を漏らした。


 そして二人とも一頻り笑い合った後、話は本題に移った。


「しかしよくここまで来られましたな……殿下の暗殺騒動と逃亡などがあった後では、貴女が城外に出ることなど、とてもできるような状況ではなかったでしょうに」

「手引きをしてくれる優しい殿方がおられましたので、ここまで逃れてくることが出来ました……父の方もとりあえずは安心してよいとのお言葉もいただけましたので」

「名分は?」

「逃亡中の殿下の捜索です」


 そのあからさまというよりもわざとらしい名目に、ドゥガは直接話をしたことはないが、その功績だけはよく知る男の姿を思い浮かべる。


「……それは、あの人相の悪い年寄りが企図したことですかな?」

「ドゥルガー様がおっしゃる年寄りが、どの年寄りかは追及しませんが……その年寄りです。私は意外に可愛い方と思っていますよ?」

「それは……いえ、何も申しますまい」


 ドゥガは彼女の言葉に苦笑を漏らし、わずかに頭を振るとやや真剣な表情で尋ねるべきことを口にする。


「それで、王女の秘書でもある貴女が、ヴォーゲン伯爵家に何の権利も義務も持たない私との面談を最初に求めたのか、その理由を聞きたい」


 端的な男の問い。それに応える彼女の答えは更に短いものだった。


「国内で戦争がおきます」

「……ここと、か。相手は?」

「複数になりますが……黒幕は第一氏族。扇動しているのがハイラン公爵になります」

「御三公のお一人か……」


 王家にその血を提供する。そのためだけに先代国王の治世中に創設された三つの公爵家。領地を持たない代わりに王国の政策に助言、提言という形で口を出す権利を与えられた公爵家の名前の一つを聞いたドゥガは唇を歪める。


 あるいはそれは嘲笑か失笑の類であったのかもしれない。


 現ハイラン公爵であるミセレイドに関しては、その容姿に関する事柄以外ほとんど噂を聞かない。

 つまりは容姿に関する噂だけを意図的に強調させているか、容姿だけしか評価されていないという事なのであるが、その他の僅かに漏れ聞こえる公爵の行状から考えれば、後者の噂が真実であると判断せざるを得ない。


「余計な欲などかかずに大人しくしてくださっていればよいものを……」

「公爵は第二王女殿下に些か強いご興味をお持ちの様でしたから……ひょっとしたらその影響もあるかもしれません」

「それは……初耳だな。あいつからはそんな話はついぞ聞いたことはなかったぞ?」

「あの方は名前を口にするのもおぞましいとおっしゃっていましたから……殿下は性格はともかく見た目は宝石のような方ですので、その外見に対して執着を見せていました様で、『先祖返りのできそこないなど俺の奴隷にでもなるくらいしか使い道がない。見た目だけなら俺が囲う価値があるからな』とか公言されていた御仁でしたし」

「……よく刃傷沙汰にならなかったな……」

「噂を聞いたころにはもう徴税室室長でしたからさすがに……その公爵に扇動された西方の貴族数名が連合を組むことになっているようです」

「ご苦労なことだな……西方からここまでくる間にある貴族領は最低でも一〇は超えるぞ?軍勢の通行税だけでも相当な出費だろうに」

「私が伺った話では、彼らは今回傭兵は雇わず、自領の兵だけで攻めるつもりらしいので」


 子爵令嬢の言葉にドゥガは一瞬だけ目を剥き、ついで悟ったように苦い笑いを漏らす。


「それで黒幕が第一氏族か……まあ奴らが前線に出てくることは最近あまりないから、第三氏族が援軍として加勢に来るもしくは伏兵として、大森林からこちらに来る、か」

「軍勢の動かし方は私は判りませんが、三万の第三氏族が彼らの軍勢に加わることになっているようです」

「何とも具体的な数だが……あの腹黒宰相、自分の不始末をこっちに丸投げしてきたな」


 王国宰相イェイツラー公爵は恐らく西方の不穏分子……しかも国内に敵対国家の軍勢を招き入れるなどの愚物をここで纏めて潰し、王国の膿を多少でも減らすつもりなのだろう。


「ならば近衛は今回は動かないとみるべきか……」


 恐らく宰相は様子見を決め込むだろう。しかし、こちらが苦戦するようではまずい。全ての事が片付いてからどんな難癖をつけてくるかわかったものではない。


「とりあえず具体的な動きが出るまではまだしばらく時間がかかるだろう。当面は情報集めと……味方を増やすことか」


 近隣の領主、貴族とは比較的良い付き合いをしてはいるから、物資の提供等は受けられるだろう。が、大身の貴族はいない。

 兵力を提供してもらえてもせいぜい一〇〇からいいところで五〇〇程度。全ての領主から提供してもらっても五〇〇〇までといった所か。


「あとは弟殿に早めに戻ってきてもらう事だな……」


 今後話し合わなくてはいけない事柄をいくつか思案し始めたドゥガに、子爵令嬢は頃合いと思い、丁寧な辞去の挨拶を静かに告げた。




       ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




 「うわ……」


 何が“うわ”なのか、本人にもよくわからなかったが、古血統の少女の姿を見たとき、最初に“未だ成らずとも風を従える者”の口から出たのはそんな呻きのような言葉だった。


 直射日光がかからない位置に置かれたベッドの上で眠りこける一人の妖精種の少女の姿ははかなく、幻想的で美しかった。


 白いシーツの上を流れる黒い髪は、室内で照り返す陽光の弱い光を浴びて艶やかに煌めき、その白い肌はまるで新雪のよう。時々思い出したかのように動く、自分達よりもさらに大きな耳は不思議な愛嬌を感じさせ、どのような夢を見ているのか綻んで笑顔を作るその顔の造作は、どこまでも愛らしい。


 かつての“最初に生まれた八”の方々の中でも最も愛らしい姿をしていたと伝えられている“最初に生まれた八のうちの六である者”とは、このような方だったのではないかと、ぼんやりと考えてしまうほど混血種の少女には目の前の古血統の少女の寝姿は衝撃的に愛らしかった。


 そんな彼女の表情を見て、してやったりという満足げな表情を浮かべているディー。


 ――やっぱりイラちゃんの可愛らしさは万国共通なのですよ……!


 その喝采はいささか過剰のようにも思えるが、恐らく彼女の主張は変わらないだろう。


 ともかく少女の寝姿を堪能し、サリアという人間向きの名を名乗った混血種の少女の表情も楽しんだディーは、次の行動に躊躇なく移る。


 ベッドをぐるりとまわりこみ、怪我をしている右肩と反対の左手。その整った顔の傍で何かを掴もうとするかのように微かに指を動かしている左手を軽く握る。


 と、少女はディーも予想だにしなかった反応を見せた。


 幸せそうな笑顔を浮かべたまま、ディーの手を握り返しそしてさらにその柔らかい頬をその手に寄せ、頬ずりを始めたのである。


「…………!!!!」

「…………!!!!」


 頬ずりをされたディー。それを目撃したサリア。二人ともがなぜか頬を真っ赤にし、全身を硬直させてしまう。


「……?」


 そんな微妙な緊張感を察したのか、少女がゆっくりとその瞼を開いていく。


「お、おはようございますイラちゃんっ!?本日はお日柄もよくてお見舞い日和だったんでお邪魔したのですよ!」


 珍しく狼狽えまくりなディーの言葉に、いささかぼやけたままだった少女はやや戸惑った表情を浮かべ、それから花が綻んだ様な微笑みを浮かべ、その言葉に応える。


「え、あ……そう!今日はイラちゃんにご紹介したい方を連れてきたのですよ」

「?」

「セシル先生からお話を聞いているかと思うのですが、第三氏族のサリアちゃんです」


 何とか普段程度の落ち着きを無理やり取り戻したディーはそう言って、扉の傍らに佇む混血種の少女へと、アクィラの視線を促した。


「……?」

「あ……あの初めましてっ……その、古血統の方に会うのは初めてなので、ええと“未だ成らずとも風を従える者”と言います!」


 こちらはこちらで緊張していたのか“未だ成らずとも風を従える者”は、思わず人間に聞かせてはいけない名前を口にしてしまい、それを聞いてしまったディーは何とも言えない表情をその顔に浮かべる。


 そして、言葉を話せない少女は自分の治療をしてくれた妖精種の青年の言葉を思い出し、“未だ成らずとも風を従える者”と名乗った少女に、今できる唯一の挨拶である微笑みを贈った。








ようやくアクィラが目を覚ましました。

けどなんかダメ人間がまた一人増えたような。

ああ、ダメ妖精でしたね……

おかしいなぁ、もっとこうなんか暗い感じにするはずだったのに。


ディーはまぬけ時空でも発生させられるのでしょうか。



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