二八・第三氏族
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今までの展開を気に入って下さった方がこれだけいらしてくれたことは望外の喜びです。
今後もその期待をよい意味で裏切れるよう続けていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
本日のキーワード:俺は海賊王になる!
2012/01/29:誤字修正・ご指摘ありがとうございます
海運都市ゼークト
ヴォーゲン伯爵領のメドゥイン湖に端を発する大河のうちの一つ、南にその流域を持つアイネス川の河口部から離れること約二ミル。かつてこの海域を席巻した大海賊フリンツ=ノルディアとその配下の海賊団がその礎を作った都市である。
海賊は約一〇〇年前、東征王の後を継ぎ、国力の充実を図ることをその政治目標としていた『民王』ファレス二世の手により討伐され、根拠地であった二つの島も王国の直轄地となる。
海賊ではあっても勇猛、勇敢を誇った海賊王フリンツ=ノルディアの名をいささか惜しみ、また海賊残党の王国海軍への組み込み工作の一環としてファレス二世は、根拠地であった二つの島の名をノルディア大島・小島へと名称を変更させ、国王代行官が統治業務を行う政務館および港湾設備のある一帯を、海賊王のかつての乗艦の名から採った港湾都市ゼークトと定めた所からこの都市の成長の歴史は始まる。
王都からさらに東方の諸国家へ向かう途上にある、船舶にとっては重要な中継地点であり、かつ豊富な水産資源の水揚げを誇る漁港としての側面も持つゼークト。
それ故に海賊の根拠地となっていたわけであるが、直轄領となったことでその王国内での重要度は増していく。またその立地から王国からの監視がどうしても緩みがちになることから、国内国外の商人が徐々に蝟集することにより徐々に海運と商業の都市としての側面を強くしていき、最終的に海運都市の名を冠する都市へと成長していくことになる。
現在ゼークトは大島・小島の両方をまとめて表す言葉となっているが、商業都市と港湾施設は大島の方に集中している、小島の方には海賊の支配下だった時代よりもさらに昔から漁師だった者たちが居住しており、彼らは移住してきた漁師とは違う獲物……付近に回遊してくる海竜と鯨を専門に狙う一種の職人集団と化している。
その勇猛さだけなら王国一と評価されており、その姿はかつての海賊の雄姿の再現と言われ……いささか幻想的な物語の種になっていた。
海鮮料理店『海燕』は海運都市ゼークトに数多く存在する料理店の中ではいささか高級という評価を受けている。大陸側を臨むゼークトの中でもやや高い位置にその店舗を構え、洒落た内装、一工夫加えられた料理の数々で連れ立った男女の利用も多い店である。
「あ、この付け合せの白身初めての味ね」
その『海燕』の売りの一つである眺めの良いテラス席で『海竜の厚切り肉盛り合わせ』を食べていた妖精種の女性は、長い耳をピコピコと動かしながら、付け合せに出てきた白身魚に甘辛いたれをかけた料理を一口食べ、目を丸くする。
量は少ないが、食欲が進む刺激に満足し、改めて女性は主目的である『海竜の厚切り肉』にナイフを伸ばし、途中でその手を止めた。
「……そう、結局手を組むことになっちゃったのね」
まるで虚空に何者かが存在するかのように女性は視線を向け、呆れたような声を漏らす。
「まあ、最終的には万騎長もいることだし、何とかなるのでしょうけど……短期的には色々問題が出てくるわよね、やっぱり」
それからしばらく何かを考えていたようだったが、早々に結論を出したようだった。
「ここから伯爵領までは、川船と馬を使って五日くらいだったわよね……とりあえず会ってみましょうか、今代の古血統の女の子に……」
そう声を漏らすと、憂鬱そうな、どこか遠くを見るような表情を浮かべ小さく呟いた。
「もう、終わりにするべきでしょうしね……」
途端一瞬だけ強い海風が吹き、肩口で切り揃えられた灰銀色の髪を揺らしていく。
女性は少し乱れた髪を撫でつけ、気分を取り直すためにか何度か頭を振り、目の前の難敵に集中することに頭を切り替えた。女性が食べるにしてはいささか大きな肉を打倒するべく、彼女はその手に銀色の武器を構えなおした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
混血種とも呼ばれる第三氏族の少女”未だ成らずとも風を従える者”は、目を覚ました後最初に怒り、次に恐怖を覚え、最後に困惑していた。
そもそも自分が今こうしてここで生きていること自体、全く想像の埒外である。
特に自ら死を望んだことはないのだが、かといって生かしておいてもらえる理由があるとはとても思えない。
それもこのような手厚い治療を受けて、である。
「……初めてしてもらった怪我の治療が、まさか人間の手で……なんて……」
基本的に第一氏族に従属する第三氏族の扱いは、使い捨てである。怪我をしても自然治癒するならよし。駄目ならば捨て置くもしくは何らかの捨て駒にするのが一般的であり、よほど特殊な仕事を任されるか、大きな功績を上げるか、さもなくば替えることが些か躊躇うほどの戦力を有する個人であるか……でなければ、治療を受けることなどあり得ない。
無論彼女は自分がそのどれにも当てはまらないことを知っている。
これは、彼女の常識から考えればありえないことだ。
その理由を、彼女を治療していた”水とともに癒し手たらんとする者”と名乗った、女みたいな顔をした第二氏族の男に尋ねたのだが、なんだかやたらと憐れむような視線を向けられてしまった。
『あなたは子供なんですから……それに助けられる命を助けるのは当たり前です』
そう言われても、彼女の常識から考えればそんなのは当たり前でも何でもない。従軍中に怪我をした子供は足手まといだから殺すか、殺す余裕がなければ捨てていくかではないのだろうか?
自分がもし仮に第一氏族であるならば、エルメ=ナンドに対する何らかの取引材料にでもできよう。しかしあの夜、あの男は自分の事を混血種であることを見抜いている。
「わけわかんないわね……」
再度呟いた時、扉が叩かれる音が響いた。その音を彼女はいつも通り無視する……と、これもいつも通り暫くすると扉の向こうから、やたらとわざとらしいシクシクという泣き声が……実際に口に出して言ってるのはどうかと彼女も思うが、ともかくそんな声が聞こえてくる。
「……入って」
扉の外から聞こえてくる声がもたらす何故だかよくわからない精神的な重圧に負け、ため息をつきつつ入室を許す声をかけるのも、この三日で何度目か……すでに彼女の中では日常になりつつあった。思い切り不本意ではあったが。
――なんで馴染んでるのかしら私……
どうにも状況に流されっぱなしな自分の行動と気持ちに若干苛立ちを覚えている彼女の前に、その人物は簡単な食事と薬を盆に載せ、何時ものようにやってくる。
いつもと違っていたのは、浮かれまくった調子でなぜかくるくると踊りながら入ってきたことくらいだろうか。
盆に載せられたガラス製の水差しに入った水がほとんど揺れていないことに感心しつつ、彼女は自分よりもはるかに高い技量をもつであろう赤毛の女性に、険のある声をかける。
「なんで踊りながら入ってくる?」
「うれしいことがあれば踊っちゃうものですよ?」
混血種の少女の問いに、ディーは、何当たり前のことを聞いているんだと言わんばかりに目を大きく見開いて答えを返してくる。
その何の混じり気もない本気の答えに“未だ成らずとも風を従える者”は、軽く眩暈を覚えた。
あの夜対峙した大男は、その恐ろしいまでの強さはともかく、もっとまじめな人間という印象を覚えていたのだが……その男の血縁というこの女の思考の分からなさは、種族の違いを踏まえても些か限度を超えている気がする。
「実は今日はサリアちゃんにうれしいお知らせがあるのですよ!」
そんな彼女の内面の葛藤を知ってか知らずか、もしくは端から無視した調子でディーはご機嫌な様子でそう告げる。
「さっきセシルさんから伺ってきました!この商館の中なら今日から出歩いてもいいそうですよ!」
その言葉に“未だ成らずとも風を従える者”は、別の意味で驚いて目を丸くする。主に正気を疑う方での驚きだったが。
「お前たち……私が何者か知っているのだろう?」
「サリアちゃんですよね?」
「そういう意味ではなくてだな!」
「暗殺任務は失敗してるんだから、帰ることもできないんですよね?」
「う……それはそうだが!」
「ならとりあえず今を楽しんじゃったほうがいいですよ?悩んでてもお腹空くだけですし」
明らかに本気で言っているディーの言葉に”未だ成らずとも風を従える者”はため息をついた。いつもこの女性は”未だ成らずとも風を従える者”に対してこういった態度をとり……それに対して”未だ成らずとも風を従える者”は戸惑いを隠すことが出来ない。
たしかにディーの言った通り、暗殺に失敗した彼女はエルメ=ナンドに戻ることはできない。恐らく死んだものとして処理されているだろうし、ノコノコ帰っても失敗の咎で殺されるはずだ。
そういった意味では彼女は現在ある意味宙ぶらりんな、あるいは自由な立場に置かれているともいえる。
人間の事は未だに下等種と思ってはいるが、第一氏族の命令がなければ無理に命を奪うつもりもない。
しかし、今現在の“未だ成らずとも風を従える者”の心境がたとえどうであれ、あの男を暗殺するために行動していたという事実は消えはしない。
そんな暗殺者に対してこの女性は……血縁者を狙った暗殺者の事を、行き場がなくなったというだけでこうも簡単に懐に入ることを許すのか。なんで敵対しているはずの自分に向けて好意的な目を向けてくるのか。そして……
「抱き着くのをやめろといつも!」
「だって、抱き心地がいいんですよ?」
こんな簡単に触れてくるのか。
生まれてきた直後はさすがに誰かに抱き留められたのだろうとは思うが、物心ついたころにはもうそれはなかった。その頃の他者との触れ合いとは組手であり、剣術であり……それは全て命を奪うための訓練だった。
今のように何の意味もなくべたべたと身体をくっつけてくる人物など、彼女の記憶には存在しない。
「いい加減にしろ!」
「もぅ~サリアちゃんは怒りっぽいですねぇ」
ディーはやれやれと言った風に肩をすくませると、“未だ成らずとも風を従える者”が人間に許した呼び名を呼び、肩を竦め……何かを思い出したのか手を叩く。
「あ、そういえばもう一つお知らせがありました」
「何だ?」
「サリアちゃんが会いたがってた女の子に、会わせてあげられることになったんですよ?」
「……本当か!?」
“未だ成らずとも風を従える者”は、その言葉を思わず聞き返した。
自分が運び込まれたこの街、ハリツァイに第一氏族が姫と呼ぶ特別な純血種がいると知ったのは、目を覚ましたその日の事だった。
その少女と漠然と会いたいと思ったのは、この数日のうちのいつだったのか。
本人は恐らく認めないだろうが、要するに“未だ成らずとも風を従える者”は不安だったのだ。
いくら希薄な関係だったとはいえ、仲間と呼べそうな者たちがいた場所から切り離され、戻ることはかなわない。周囲にいるのは蔑んできた人間種と、主人である第一氏族と緩やかながらも敵対関係にある第二氏族の男。
これからの事を考えるにしても、命令以外の行動をとることはめったになかったので、何をするにしても自分で判断をするという事に、不安が付きまとう……ならば、命令をしてもらえばいいのだ。
無意識のうちにそういった結論にたどり着いたからこそ、彼女は第一氏族に姫と呼ばれ、奪還の対象になった少女……第一氏族からあった説明から考えるならば、第一氏族の中でも上位者に匹敵する地位を与えられるべき存在なのは間違いない。
「それは、今すぐに会いに行ってもかまわないのか?」
「はい、かまいませんですよ?」
「では案内してもらおう」
この漫然とした不安を鎮めてもらうために。
“未だ成らずとも風を従える者”は、数日振りに自分の足で歩くため、ベッドから立ち上がった。
相変わらずテキトーなキーワードが続いてますけど、いいんでしょうかねこれ。
一応嘘は言ってないと思いますが。
微妙に海竜とかあとがきの伏線も回収作業も完了したのでまあいいかと。
西側の第三氏族が随分悲惨なことになってます。洗脳って怖いですね……
ともあれようやく次回で主人公復活です……当初の予定ではここまで寝込むはずではなかったんですが……体力落ちてる時の風邪って怖いですよねという話。
しかしやっぱりディーて、ちょっと残念な子ですよねぇ。
”未だ成らずとも風を従える者”にまで残念に思われているとはかなりの残念ぶりです。
あとは第一氏族と第二氏族に残念認定されれば完璧です。
第二はいけそうだけど第一は無理かなー……




