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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
28/59

二七・治療師と少女

しばらく仕事が忙しいので3000~4000字くらいの更新が続くかも


本日のキーワード:忘れられていたかもしれない伏線回収


2012/01/29:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

 青年の手が、荒い息を吐きながら眠っている少女の肌の上を踊るように滑っていた。


 首筋を軽く押さえ、耳を指先でなぞり、綿布を巻き付けた細い棒で少女の口の中の唾液をぬぐい、複数用意した薬皿に入れた試薬の上に置いていく。

 それを数度繰り返した後、今度は小刀を取り出し、少女の指先を浅く切り、零れ落ちる血液をやはり何種類かの試薬が入ったガラス瓶の中に一滴ずつ落としていく。


 それを一通り終わらせるとガラス瓶に蓋をし、薬皿の上に布をかぶせ、振り向くとこの部屋に集まっていた者たちに声をかけた。


「念のために試薬での判定を行っていますが簡単に見立てた感じでは……腐血病と痙攣病……腐肉病の兆候はないと思います。おそらく、過度の疲労からくる高熱病ではないかと思います」


 その言葉にこの部屋に詰めかけていた一同……ドゥガとディー、イーシェとジェネリアの従業員二人、王女とグライフと伯爵三男の総勢七名は、心中での思いは様々だが一様にほっとした表情を浮かべた。

 が、そのような弛緩した空気をたしなめるように、少女の診察を行っていた青年……ドゥガの古い友人であり、伯爵領領都フィナーセータの一隅で薬種商と診療所を開いている第二氏族のセシルはやや厳しい表情で言葉を告げる。


「体力が低下した状態での高熱病は容易に死病に転じます。その上今は矢傷も負っているのですから、あと何日かは危険な状態が続きます。まだ油断しないで下さい」


 ですが、今の所急激にどうこうという事はないでしょうから、今のうちに休める方は休んでおいてください。この後どういった状態になるかは判りませんし、その時に人手が必要になりますから。


 女性のようにも見える美貌の青年は、その外見とは裏腹な断固とした口調でそう言うと、放っておけば倒れるまで看病を続けそうなディーを含めて部屋から追い出しにかかる。


「ちゃんと休みを取らない方には、この部屋に立ち入らせませんからね?」


 青年の言葉に、何か言いたそうな表情を浮かべた……主にディーとイーシェ、ジェネリアに対してそう念を押し、だが一緒に部屋を出ようとするドゥガには残るように告げた。




      ◇       ◇      ◇      ◇       ◇




「あの女の子がああまで疲れ切ってるのに気が付かなかったのですか?」


 ドゥガ以外の全員が部屋を出ていったあと、眠り続ける少女の障りにならないよう、部屋の隅に移動した青年は、開口一番責めるような口調でドゥガにそう言った。


「貴方らしくもない」


 責めるような青年の口調に、ドゥガは反論の術を持たない。


 多少無理をしているだろうことは感じていたが、子ども扱いをすると少女がやたら機嫌を悪くするので、よほどの事がなければ少女のしたいようにさせていたのだが、その判断が今は悔やまれる。


「返す言葉もない……」


 苦渋に満ちた男の言葉に青年はしばし男の事を見つめ、それから表情を崩した。


「まあ、その件に関してはもういいでしょう。あの子を見れば、ある程度は察しがつきます。今後気を付けてくださるならば僕の方からは何も言うことはありません」

「わかった……今後は最大限気を付けることにする」

「……その台詞、まるで本当の父親みたいですよ……とりあえずは成人するまでにしておいて下さい……ところで話は変わりますが」


 青年は再び真剣な表情を――先程とは別種の、戸惑いを含んだ真剣な表情を浮かべてドゥガに尋ねた。


「何者です?彼女」

「何者とは……古血統だろう?妖精種の」


 青年の質問に男は訝しげな表情で答え、青年はその答えに首を横に振る。


「僕も古血統を見るのは初めてですので……古血統かどうかは判断できません。第一氏族が動いているという事は恐らくそうなんでしょうが……ですが、彼女が妖精種ではないことは判ります」

「……どういうことだ?……お前がそう言うのは、何か根拠があって……なんだろうが……とりあえず俺には少しばかり耳の大きい妖精種にしか見えんぞ?」

「そうですね……どう説明したらいいのか……」


 自分が感じているモノをどういった風に話せばいいのか、青年はしばらく考えてから口を開く。


「ドゥガ、あなたは人や生き物の放つ気配というのは判りますね?殺気でも構いませんが」


 唐突な青年の質問に、ドゥガは黙って頷いた。


「貴方は人間ですから、具体的な『気配』は見えないのでしょうが、僕達はそれを直接見ることができます。とはいえ僕はまだ一〇〇年も生きていないので、それほどしっかりとみる力は持っていないのですが」


 それに、あなたやディーのように気配を抑える術を心得た人間のそれを見ることは、僕たちの中でもよほど年を経たものでないとできないのですが。


 青年はひとまずそう説明すると、一拍置いてから意を決したように言葉を紡ぐ。


「彼女の身体から溢れている『気配』は酷く歪です。なんと言えばいいのでしょうか……普通の生物が放つ気配は陽炎……全身から揺らめくように立ち上る感じなのです。が、彼女のそれは違います」


 そこで一度言葉を切り、確認するようにベッドの上で横になっている少女の事をしばらく見つめ、それから表現を考えながらなのか、ゆっくりと言葉を続ける。


「そうですね……密閉した瓶の中でワインが発酵したような……井戸から溢れる……ああ、蓋をした鍋から中身が吹き零れるような感じでしょうか?もしくは火にかけた薬缶から湯気が噴出すような?ともかく、あの体に何か、彼女の身体とはかけ離れたものが封じられていて、そこから気配が溢れてくる……で、いいのでしょうか?」

「いや……そこで俺に聞かれても、答えようがないのだが……」


 青年の言葉に、困惑した表情を浮かべ、ドゥガは答える。青年が何か重大なことを伝えようとしているのは判るのだが、説明が漠然としすぎていて今一つ要領を得ない。


「すいません。ともかく彼女に似た気配を放つ生き物を、僕は一種類……そう呼んでいいのかどうかわかりませんが……知っています」

「……それは?」


 男の先を促す言葉に青年は一度言葉を詰まらせ、言葉に出すのを一旦は躊躇ったが……意を決してその生物の名称を口から漏らした。


「“はぐれ”です。あの歪で強烈な気配の形は、“はぐれ”によく似ています」


 言葉とともに落ちたのは不気味な沈黙だった。


 ドゥガの表情は……この男がこんな表情をするのは非常に珍しいのだが……途方に暮れたような表情とでもいえばいいのだろうか。

 何かを言葉にしようと口元を動かしているのだが、それは言葉にはならない。

 青年も恐ろしく真剣な表情で、男の事を見上げている。


 それがどれほどの時間続いたのか。

 口を開いたのは青年の方だった。


「……そろそろ試薬の反応が収まる頃です」


 そう言うと青年は少女のベッドの傍に置かれたテーブルに並べられている試薬の皿と瓶を確認するために、ドゥガに背中を向ける。

 その言葉にドゥガはようやく緊張から解き放たれ、同時に今の情けない自分の姿を思い出し、苦い笑いを浮かべる。


「……俺も、まだまだ修行が足らんらしいな……」

「すぐに立ち直れるあたり、十分だと思いますけどね。僕は」


 青年は男の言葉に応えつつ手早く試薬の反応を確認していく。


「……とりあえず試薬に反応はありませんでしたから、彼女の症状は高熱病と判断していいでしょう。こまめに着替えをさせ、多少でも意識が戻ったらなるべく水分を……ルーオムの実の牛乳割りがいいでしょうが……飲みすぎるとおなかを壊すかもしれませんから、他に何種類か栄養のある飲み物を用意しておきます」

「わかった……ディーにも伝えておこう」

「……こう言ってはなんですが、あの子は少々あの少女に構い過ぎな気がしますから……容体が落ち着くまではあの子自身も落ち着いて行動するように、あなたから忠告しておいてください」

「……了解した」

「それでは次の患者の方に行きましょうか。まあ、あちらはこの子よりも大分軽傷でしたから」


 青年の言葉に、男は先程とはまた違った意味をもつ苦笑を浮かべる。


「まさかあの混血の娘を連れてくるとは思わなかったぞ?しかも睡眠毒まで使って角竜に括り付けてくるとは……」


 青年が乗ってきた角竜に、一応毛布にくるまれてはいたがまるで荷物のように運ばれてきた混血種の少女の姿を思い出し、ドゥガ改めて呆れたような声を出す。


「グライフ殿の縫合はしっかりしていましたし、傷自体はさほど重いものではありませんでしたから。それに、置いてきたら置いてきたでまた面倒なことになっていたと思いますよ」


 青年のその言葉に、男は僅かに疑問を混ぜた視線をむけ、話の続きを促す。


「……あの娘は第一氏族に従属してきた第三氏族の娘ですから……純血の妖精種に対して無条件で従順に従うように教育されているんですよ……第二氏族でも一応僕は純血種ですから、辛うじて僕の言うことは聞いてくれると思いますので」


 青年はそう言うと、扉を開き次の患者の元へとその足を向けた。







過度の疲労ってそりゃずっと野宿でしたし。

……ちゃんとベッドで寝たのが市に出かける前日だけでしたし。


本人気を失っている中でなんだか考察されちゃってます。

そして多分忘れられていた混血種の少女再登場のフラグが立ちました。

え、そんなのいた?なんて意見は聞きません。


ちなみに病気の説明

『腐血病』

 敗血症のイメージで。多臓器不全というよりも血液自体が膿んできて最後は体のあちこちに血栓ができて死亡という病気なんで厳密には敗血症とは違いますが。

『痙攣病』

 まんま破傷風です。

『腐肉病』

 ガス壊疽のイメージですが、発症率はやや高め。

『高熱病』

 風邪です。インフルも含みます。食って寝てれば基本的に治るんですが、インフル系列の場合時々大流行します。もちろん体力低い時に発症すると死んじゃいます。アクィラの今の状況がこれですね……ヤバイ?



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