二六・王国宰相
今日はちょっと短め……最近忙しす……
本日のキーワード:伏線回収?
2012/01/26:誤字修正・ご指摘ありがとうございます
2012/01/29:誤字修正・ご指摘ありがとうございます
クロッサン王国王城ファンデイン。
首都ファンディオンの中心に威容を誇る壮麗な城は、王国よりも更に西方の城とは違い、胸壁の代わりに三重の大堀に守られているのがまず一つ目の特徴である。
王の住処となる四層の天守と、その他諸々の政治的施設で構成されるこの重厚な城の前身は、東征王の御代、その征東途中で作られた単なる補給基地であった。
だが、それだからこそ交通の要所に設けられたその補給基地は、東征王に後事を任されていた――女性ながら内政の能力に優れていた――第一王女の手により補給基地から補給都市へとその役割を拡大させていく。
主にヴォーゲン伯爵領が陸上の物資補給基地としての役割を担い、ファンディオンは海上輸送の拠点としての役割を担い、東征王の侵略の両輪として活躍していくことになる。
東征王の征東作戦が一段落し、領域がある程度確定した段階で、東征王は遷都を宣言し、新都をファンディオンに定めることとした。
この段階で先の展望を見据えていたらしい第一王女の手により――一説には遷都の構想は第一王女から東征王に奏上されたモノであるという――最初に構築された補給基地を中心にした広大な領域の縄張りは完成しており、その後一〇年の歳月をかけ、巨石と巨木によって王城は作られていくこととなる。
城の東西に街道が走り、更に僅かばかり離れた南には天然の良港であるファニウス湾があり、王国の海上交易、その三分の一を担っている。
まさに交通の要所であり、その将来の繁栄を見越していた第一王女の慧眼は素晴らしいものであったと言ってよいだろう。
惜しむらくは、その第一王女は流行病で王城の完成前に身罷られてしまったという事であろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王国の重鎮である宰相を筆頭にした政務官がその執政の腕を振るう建物は、第一大堀と第二大堀の間に設けられている。
天然の不燃材であり、その堅牢さから“石さながら”との評価も高い高級建材の黒樫とその他諸々で作られたその建物の名は『執政館』という味もそっけもない名で呼ばれていた。
王国宰相ネメルデス=リドン=イェイツラー侯爵は、不機嫌そうな表情で執政棟の廊下を自身に与えられた執務室に向かって歩いていた。
まるで人でも殺しに行きそうな凶相であったが、すれ違う文官はあまり気にしている様子はない。
この、齢七〇近くになる痩せぎすで背の小さい老人が、その表情から不機嫌さを剥ぎ取ることはめったにないことと、彼がその強面から想像もつかないほど目下の者に礼を持って接することを知っているからである。
同時に無能と敵には容赦がないことも、よく知られている。
そして今、彼はその“無能と敵”に対する時にかなり近い状態で、先ほどの会議を思い返していた。
「……本当に勝てると思っておるのか?あ奴らは」
思わず漏れてしまった繰り言にも気が付かないのは、彼にしては珍しい事であった。
当初、会議の議題は数日前に第一氏族から持ち込まれてきた『黒髪黒目の古血統の引き渡し』とそれに対する見返りについてだった。
が、これについては最終的にはネメルデスが一蹴した。
協約通りの条件ならば、あるいはネメルデスも折れる他なかったのだが、彼らの要求は“面談”や“面会”ではなく“引き渡し”である。あきらかな協約外の要求であり、その上に西部領域の領土画定とある程度の領域の大森林引き渡しである。
――相変わらず政治がへたくそな生き物だ……
未だに人間の事を下に見ている第一氏族は、その目的を隠すこと……それ自体を思いつけないでいる。政治的には組み易い相手ではあるが……が、狂信者と組むような手をネメルデスは持っていない。
ともかく、第一氏族は先日報告があった、ヴォーゲン伯爵家の継承権を放棄した妾腹の長男が連れている古血統の少女を欲しがっているらしい。
マナート山跡地を放棄し、西の大森林の一部と引き換えにしても彼女の事を手に入れたがっている。
ネメルデスは凶相を歪め、奥歯を噛みしめる。
もしその少女を第一氏族が手に入れたら、マナート山の再現がどこかで為される可能性が高い。そうでなくともろくでもない事が起こるだろうことは必至である。
自分自身は関わっていないが五〇年前、王国で見つかった三人目の古血統の少女……会談の際に“導眠術”を使われた形跡があり、恐らく第一氏族の言うなりになっていた少女をそのまま国外に出した結果どうなったのか……
「宰相閣下は大層な健脚ですな。追いつくのに苦労しましたぞ?」
その凶相に相応しい百万言の罵倒を心の中で吐きだしていたネメルデスは不意に職名を呼ばれ、足を止める。
「ハイラン公爵……何か御用でしょうか?」
そこにいたのは、見てくれだけはいい愚物だった。
ミセレイド=エメス=ハイラン公爵……公爵と言っても所領は持たない王宮住まいの貴族であり、王家の血統を保持するという以外の役目を持たない、そんな男である。
先ほどの会議中……公爵という肩書だけで執政官僚でもないのに姿を見せ、西方諸侯と共に第一氏族の要求を満たすことを是とする論を張っていたことが、その無能を証明している。
無能が嫌いなネメルデスは内心の疑問を押し殺し、愚物の秀麗なことは秀麗なこの二〇代半ばの男の顔を見詰め……その瞳の中に知性の欠片も見いだせず、内心ため息をつく。
「いやなに。先程私の論は否定されてしまいましたがそれとは別にですな。ほら、私は日陰者ですからそろそろ何らかの功績が欲しいのですよ」
日陰者なのは部屋住みだからではなく、無能だからだろうという言葉を宰相は飲み込む。
「そこで一つ陛下のためにと思いまして……ヴォーゲン伯爵、最近少し増長しすぎではないかと思いませんかな?」
宰相は表情を変えないまま心の中だけで、その血脈だけにしか存在意義のない男に侮蔑の言葉を吐きつける。
あの一族は東征王の御代からずっと増長しておるというのに何を今さら……それでも最低限の忠誠と貴族の義務を果たし続けておるから存続しておるというのに……増長と言ってもその領地経営に関する口出しを許さないというだけであって、政治には関わらず、ただ領民のために日々を費やす……貴様のような無駄飯ぐらいよりははるかに貴族らしい一族よ……
「それで、何をなさいます気ですかな?」
内面の罵倒など欠片も零さず宰相は先を促した。
「実は西方諸侯とは話が付いておるのですが、念のために陛下の許可もいただいておこうと思いましてな。隠匿されている古血統の少女を手に入れ、出奔されたとはいえ我が国の王女を不当に軟禁している伯爵家に掣肘を加えるための許可を、陛下より賜りたいと」
「……許可だけならすぐに下りるでしょう……しかし勝算はおありなので?」
宰相は面倒事を纏めて片付けることにした。
どれだけの数の貴族を集めたのかはわからないが……彼ら程度でどうにかできるなら、とうの昔に王自ら伯爵家に手を出している。
一応公爵は周りを伺ってから宰相に、ある意味驚くべき内容を小声で囁いた
「……ここだけの話ですが……第一氏族から第三氏族を三万借り受ける約束になっています」
「……ほう、それはすごい……いやいやこのネメルデス、公爵の力量を大きく見誤っておりましたぞ」
まさかこれほど無能だとは思ってもみなかったのであるから、言葉の上では間違いはない。
宰相はやや表情を崩し、小さな感嘆の声を上げる。が、内心はその真逆。先ほど政治下手と評価した第一氏族の思惑にまんまと乗せられている公爵への評価はすでに地の底である。
なにより、国内での地歩を築くための計略に、国外勢力を導き入れる所が我慢ならない。
ここだけの話とそんな重要な話を自分に伝えているあたり、思慮のたらなさはもはや擁護の仕様もない。
「判りました。陛下には私の方から認可していただくようにお話を通しておきましょう」
宰相は表面上はやや穏やかな表情で、陛下へのとりなしを公爵に約束した。
その腹中で、この話をどの程度伯爵領に流せばよいのかを考えながら。
口約束だけで満足して去っていく公爵に、心中で書類の重要性に関する繰り言を繰り返しながら。
そんなわけで伏線回収しました。宰相閣下登場
グライフに続きまた目つきの悪いじーさんです。
……あれ?なんか最近新キャラ出る度ジジイばかり増えてる?




