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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
25/59

二四・氏族を束ねる者

昨日のユニーク数が3000超えてきてちょっとビビりが入りつつある今日この頃……ありがとうございます。


本日のキーワード:ジジイの愚痴

2012/01/24:加筆修正しました

 エルメ=ナンド。


 クロッサン王国西部に始まり、大陸中部域の都市国家、小国家群北部に広がる大森林……古い記録によれば、その当時は現在ほど木々が連なっていたというわけではなく、間々に草原も存在していたというが……をその支配領域としている妖精種の国である。

 氏族という思想単位で構成された共同体を作り、生活をしているらしいことだけは分かっているが、どのような政治体系で国家運営がなされているのかは、人間の感覚では今一つ判りにくい。

 エルメ=ナンドと隣接し、ある程度の国交を持っている国家でもきちんと理解できていないのだから仕方がないのかもしれないが。


 たとえばクロッサン王国の場合である。

 その領域が接する地域は第一氏族……純血主義を唱え、自らの劣化種族、隷属人種と考える人間を隷属、もしくは殲滅を目的とする集団が多く住む地域であり、そこと領域を接しているため、遥か建国以前より小競り合いが絶えない。

 東征王の東方領域侵攻中の時期の前後、およそ二〇年前後の間なぜか第一氏族側からの敵対的侵入がなされなかったという例外的な時期はあったが、基本的に武力対立が続いていた。

 無論交渉等の努力は何度か行われたが、そもそも誰に対して交渉を持ちかければいいのか。それすらも判らなかったのだからお手上げである。


 そんな状態であったというのになぜ一〇〇年前に”協約”が成立したのか。これも普通の国家間のやり取りを考えるならば甚だおかしな所から、話がもたらされてきたのである。


 それは当時王国ではその存在すら知られていなかった第二氏族……王国とその領域を接していない東方諸国家群北部の大森林を主な居留地として生活している……から、もたらされたのだ。


 当時、妖精種と敵が同意義語であった王国首脳とどうやって接触を持ったのか、詳細な記録はなぜか残されていないが、ともかく第二氏族を仲介として王国と第一氏族の協議は開始される。

 書面でのやり取りは主に第二氏族が行い、決済された書類が第一氏族に届けられ、承認された条文が協約に盛り込まれ、そうでないものは再度会議にかけられ……という気の遠くなるような作業が続いた結果、三年という月日をかけて成立したという代物であった。

 

 この難産というにもほどがある協約成立の過程で得られたものは三つ。


 一つは協約そのものである。


 当初王国側は協約が順守されるとは思っていなかった。よくて一時凌ぎなものであると考えていたのだが、その後五〇年近くも大規模な侵攻がなされなかったため、有効なものであるという意識が徐々に王国側に成立していくことになった。

 なお西方動乱に関しては、当時その地域が王国の版図に入っていなかったため、協約の条項に盛り込まれず、結果小競り合いが発生する場所となったという経緯がある。

 そのため逆説的だが、条約を順守するつもりが第一氏族側に存在することを保証することになった。


 二つ目は、妖精種が決して話の分からない種族ではないという認識が人間側……というよりも王国側に成立したこと。

 今まで問答無用な第一氏族しか見たことがなかった王国側からすれば、第二氏族という人間と話し合いをする妖精種が存在することそれ自体が衝撃であったのは想像に難くない。


 三つ目は協約の成立が難航した結果、多数の第二氏族の妖精種が王国へ移り住んできたことで、結果として妖精種に対する忌避感が薄くなっていったことが上げられる。

 現在王国各地に珍しくはあるが、見かけないというほどではない第二氏族の妖精種が生活しているのはその名残でもある。



      ◇      ◇      ◇      ◇       ◇



 大森林でも最も奥深い場所の一つ。


 北限近くにあり、大森林が領域として成立する以前から存在する森林地帯の中央。

 妖精種が“原初の泉”と呼ぶ清浄な泉の傍に妖精種第一氏族の大部分が居を構える大集落が存在する。

 名称は特につけられておらず、妖精種の間では“第一氏族の大集落”あるいは“最初の集落”と呼ばれている。

 人間風に言うならば第一氏族の王都、と呼称するのもさほど間違いではないかもしれない。


 しかしその規模は、人間と……最近ではずっとクロッサン王国を相手に小競り合いを続けているが……敵対し続けていた第一氏族のものとは思えないほど小さく、そしてそれ以上に閑散としていた。

 確かに現状でも西部のマナート山跡地で小競り合いと睨み合いを続けているが、そこだけで日常が完結するわけがない。

 むしろ戦地から遥かに離れたこの地においては、ある程度の日常が維持されているべきであろう。

 だが、この地には日常の雰囲気が非常に薄い。あるいは数少なくはあるが往来を行き来する妖精種の中に、子供の姿がまったく見受けられないというのがその印象を強くしているのかもしれない。





“原初の泉”に最も近い位置に建てられている、他の建物よりも幾分か大きい建物の中にその男はいた。

 中央に囲炉裏をしつらえた板張りの部屋で、乾燥させた草束を、丈夫な草を編み込んだ茣蓙でくるんだ……晶が見たならば「畳がある!」と驚くであろうそれに腰を下ろしている。

 その外見は人間でいうならば五〇過ぎくらいに見えるが、その長い髭はもっと年寄りにも見え……結局のところ妖精種の年齢はよくわからないという結論に落ち着きそうな見かけだった。


 男の名は“最初に生まれた八のうちの三であり氏を束ねる者”という。


 当初の名は単に“八のうちの三である者”だったのだが、人間から見れば悠久に近い……五〇〇〇年近い時を生きるうち、現在のような名前に変わっていた。

 妖精種でも些か長い名であるため、普段は“氏族を束ねる者”と呼ばれている。


 その男が小さくため息をつき、やや皮肉気な笑いを浮かべているのは先程届いた“遠話”の魔法によってもたらされた報告を聞いたせいだった。


「姫の確保に失敗し、その身に傷を負わせ、派遣した一個中軍は全滅、人間の町を一つ灰にした……だけとはな」


 一個中軍とは、八人一組の一個小軍を八個集めて構成した妖精種独特の部隊構成である。


 六四人構成の指揮単位として存在し、これにその行動を監視する一個軍監小軍を付随させることにより、独立して行動する軍単位として成立する。


 その一個中軍が全滅……生存者がほぼいない状況であるから殲滅よりもなお酷い状況であるに違いない……氏族としての人数を減らし続けている第一氏族としては看過できないほどの損害である。


「幸いなのは、犠牲者は“異端を刈る者”“氏族の刃たる者”の二人だけだったことか」


 他の犠牲者は第三氏族……第一氏族の支配領域では奴隷というよりも家畜に近い扱いを受け、それが正しいことと考えるように教育されている混血種……であったため、純血者として死んだ者は二人だけであるのだが……現在第一氏族が置かれている状況から考えれば大損害である。


 特に“異端を刈る者”――ハリツァイで少女に張り手をもらったサジン――は三三〇歳……最も年若い者達の一人であったのだから、頭が痛いことこの上ない。


 人員の損害だけではない。


 なにしろ結果だけ見れば損害を出した上に、余計な警戒感を相手に与えてしまっただけであるのだから……今後取れる選択肢もかなり限られたものになってくる。

 これならば無理にあの少女を攫ってくるよりも、過去三回あった協約の約定の行使を行った方がましだっただろう。


 あの王国の王族であるという先祖返りが、古血統の事を調べているとの話が入ったことで、焦り短絡的な手段を採った結果がこれである。


「……結局滅ぶべきであると、定めは決まっているという事なのか?」


 男はこの場にいない誰か……第一氏族の純血主義に異を唱え、一八〇〇年ほど昔に同志を募りこの地を離れ……それより以前に東方へ移り住んでいた第二氏族の長となった“最初に生まれた八のうち八であり分かたれた一より劣る二の氏族を束ねる者”の、別れた当時のまだあどけなさの残る彼女の表情を思い浮かべる。


 ……現在の姿は想像することもできない。


『妖精種の純血性の維持はこの世界の安定に欠かせない。我らは最初にこの地に生まれた知性ある者であり、人間種とは我らより堕落した存在である。その証拠に我等ほど魔法の術に長けておらず、その命も遥かに短いではないか』


 “氏族を束ねる者”は、かつて別れの際に“八のうちの八の者”に対して語った言葉を思い出す。


 魔力を持たず、寿命も恐ろしく短く、妖精種の特徴を持たずに生まれてきた彼らが最初に生まれたのはいつだったか……“氏族を束ねる者”にもそれはよく思い出せない。


 やたらに早く老いる子供がいると妖精種の中で話題に上ったのは、恐らく四〇〇〇年近く昔……のはずだった。


 その頃には“原初の泉”を生みの親として生まれてくる“最初に生まれた八の者達”“次に生まれた八〇の者達”“最後に生まれた八〇〇の者達”の誕生から七〇〇年ほど経過していて、男女間の交合で子孫を増やすという方法が……特に“最後に生まれた八〇〇の者達”の間で一般的になっていたころだ。


 穏やかに流れる時の中、自然と共に生きてきた妖精種の中に『差別』と『蔑み』が生まれたのはそれから間もなくの事だった。


 妖精種に比べ魔力をほとんど持たず、寿命というものをほとんど意識したことのない彼らからみれば瞬く間に老い、死んでいく彼らを『差別』し、彼らを生んだ者達を“一より劣る二である者達”と呼び、“第二氏族”と名付け『蔑み』出したのもその頃だったか。

 後に『純血主義』と呼ばれるものの萌芽も、このころ生まれたと思われる。


 一定の数……恐らくその数が五〇〇〇程になったころ、妖精種から人間種が生まれることはなぜかなくなった。その理由は……人間種が妖精種から生まれたことも、その現象が急に止まったことも、いまだに解明されていない妖精種自身の謎ではあるのだが、それは特に問題とならない。


 問題だったのは『差別』と『蔑み』が残ったことだった。


 その『差別』と『蔑み』により“第二氏族”は遥か東方に移り住むようになり、ある程度の人間種は第二氏族と共に東方に移住し、残された人間種は妖精種の家畜となったことで……それは第一氏族の中で完全に氏族の特徴として確立されてしまった。


 その後は人間種の歴史書や神話、伝説や御伽噺にある通りで、東方に移り住んだ第二氏族の庇護から離れた人間種は東方で様々な国を作っては滅ぼし……現在のセジ=ネージ藩王国成立へと繋がっていく。


 西方に関しては、一〇〇〇年前の妖精種への反乱から始まる一連の妖精種との戦いから紆余曲折を踏まえ二〇〇年前に一度、短期間ながら大陸の半分を押さえる大帝国が作られ、直後に崩壊、群雄割拠の時代を経てクロッサン王国が成立……現在の緊張状態につながっていく。


 その間の人間の歴史への関わりへの積極性は、第一、第二氏族とも熱意の面ではあまり変わらなかった。

 第一氏族は人間種の排除と隷属を求め、果敢に闘争を繰り返し、第二氏族は積極的に人間との交流を望んだという……方向性の違いを考えなければだが。


「人を呪うものは心得よ。その呪いはいつか己を切り裂く刃と成ろう」


 “氏を束ねる者”はすでにこの世界に存在しない“最初に生まれた八のうちの一の者”が、かつて自分に言い聞かせた言葉を思い出し、呟いた。


「確かにあれは……見方を変えればこの世界に放った我らが呪いの具現、そのものに違いない」


 ならば手に入れようとする度、第一氏族に少なくない損害が発生していることも頷けるかもしれない。


「とはいえ今更……今代の姫を手に入れられなければ我らにはまた、滅びの日へと一つ駒を進めることになってしまう」


 最盛期……一〇〇〇年前の人間種の反乱の直前、第一氏族の人口は一〇〇万を超えていた。

 しかし現在第一氏族の人口は、僅かに三万。

隷従する第三氏族四〇万が、西方の紛争地帯の戦域を支える主力になっているのが現状である。

 五〇〇年前……かつてこの世に現れ、人間に知られることなくこの世からいなくなった古血統がその死の直前に、第一氏族にかけた二つの呪い……それを解かなくては遠からず第一氏族はこの世界で“氏族を束ねる者”だけになってしまうだろう


 それだけは避けねばならない。


 “氏族を束ねる者”は、もう一度深くため息をつき、今後の方策を考える作業に戻ることにした。












妖精種の名前が微妙に厨二的なのは仕様です。

確かにこれでは人間に本名を名乗るのは恥ずかしすぎます。多分。


今回はちょっと視点を変えて妖精種の話です。

人間にとっては完全に神話の世界ですねー


こっちの世界で言えばエジプト第一王朝期あたりですよねー5000年前


政治体制としては立憲君主制が近い……かなぁ

もうちょっと君主の権限が強い感じでしょうか?

というより政治という行為自体をあまり意識してないかもしれません。

特に第一氏族は。



ネタバレ隠す気あんまりなかったので大方予想はついていたかとは思いますが、とりあえず妖精種と人間の関係はこんな感じです。

古血統の成立に妖精種が深く関わってるのもご覧のとおりですが、具体的に何やったかはまた今度で


こんな世界観なんで、どうしても神話っていうのが成立しにくいんですよねー

なので神殿とか神官とか今まで出てきてませんという理由づけにも……ちょっと弱いかなとも思いますが。


アクィラの名前の元になったアーケィ=ウィラーとかも、神話というより御伽噺の主人公に近いです。

あるいは人間が知らない古血統なのかもしれませんね、神様って。


さて。

ここのところ殺伐としてましたから、そろそろ息抜き回に入りたいのですけど……生き抜けるのかな……って感じです。矢傷的に。



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