二二・女達の闘い
本日のキーワード:二つの胸の膨らみは何でもできる証拠です。薄くても
2012/01/26:誤字修正・ご指摘ありがとうございます
「一報目は赤色“発光符”による警告発符、その後“打鍵符”による音響暗号。詳細はこれから上がってくるでしょうが、ハリツァイで異変、市で襲撃、妖精種、複数の火災の内容で三度、発韻がありました!」
続けてそう告げるレザリオの言葉、その内容に反射的にドゥガは立ち上がり、
「落ち着け。今から出ても到着は日が暮れてからになる。間に合わん」
王女は窘めるように口を開いた。
「……奴らの狙いはアクィラだ。殺されはしないだろう……早めにいけば痕跡を上手くたどれるかもしれない」
「だから落ち着けと言うとる」
王女はやや呆れたような口調でそう言うと、無駄な問答を切り上げ、上着の釦を外し、そのやや小ぶりな胸元から一つの石を取り出す。
それを見たドゥガは、この男にしては珍しくやや狼狽した声を漏らした。
「……それは」
ドゥガにも見覚えがあるそれ。細い銀鎖に繋がれ研磨もされていない自然のままの姿の黒色の小さい石は、かつてドゥガが王女に贈った特別な石。
「これをお前から貰ったのは、二度目に会った時だったかの……一度だけ使える『門』を開く奇跡の石」
王女はそれを男から送られた時の事を思い出し、くすぐったそうな笑いを浮かべる。
自分があの王城の中で一人きりで過ごしてきた日々と、偶然の出会い、その後に始まった男が彩りを添える平凡で非凡な日常。
一度目の出会いで、なぜドゥルガーに自分が置かれている環境とそれに対する不満、不安をぶちまけてしまったのか、それは未だに王女自身にもよくわかっていない。
そして二度目の出会い……それは男の方から王女の事を探し、見つけてくれた大切な思い出。その外見のせいで、存在しないもの……そういう存在として扱われていた王女を見つけてくれた男は、笑いながらこれを王女に手渡したのだ。
『本当に逃げたいのならばこれを使えばいい。角竜で二日ほどの距離の範囲内なら望んだ場所にその身を逃がす門を開いてくれる』
そう優しい声音で言い、それからやや強い口調で言葉を続ける。
「が、使うのは本当に逃げることが必要な時、その時が来るまでは闘え。お前にはそれができる能力があるはずだ。無視するというのならその存在を見せつけろ。お前にはそれだけのことができると俺は信じる」
王女は、当時まだ六つになったばかりの自分に対して男が告げた言葉を嬉しそうに口にすると、楽しげな笑いを漏らした。
「六歳の子供に随分な言葉をかけてくれたものだ。おかげでこれを使うことなくここまで来てしまったぞ?」
そして改めて、手の中の石を男に向かって差し出した。
「お前が私にこれを贈ってくれた時に語った内容とは違ってしまうが、今こそこれを使うべき時であろう?」
王女の言葉に男は目を見開き、僅かの時間考え、そして決断する。
王女の言う通り、今こそこれを使うべき時だろう。
「……すまんな……グライフ!」
王女の手から石を受け取った男はしばし王女の瞳を覗き込んだ後、家令の名を呼んだ。
その声に即座に、しかしその表所はよく浮かべるニヤニヤ笑いのまま、両腕に抱えた荷物をドゥガに差し出した。
「剣と盾それと符はお前がよく使うやつと、水を生み出す系統のものをとりあえず適当に入れておいたぞ」
「わかった。すまんな」
「こっちは握った飯と酒だ。一仕事終えたら腹も減るだろう?」
「相変わらず気が利くな」
「おうよ。俺はご近所でも評判な気遣い亭主だぞ?」
荷物を受け取ったドゥガは男の言葉に軽く笑って応える。
「死ぬなよ?」
「死ぬかよ」
そしてドゥガは再び、もう一度王女に視線を向けた。
「なんだ?」
「いや……そうだな。これをもう一度手に入れるのは骨だからな……代わりというわけではないが、別の何かをお前に贈ればいいのかとな」
「そんなことは生きて帰ってきてから考えろ」
「そうだな」
「……のう、一つだけ聞いておいていいか?」
さっきまでとは違う、やや気弱そうな王女の問いかけに、ドゥガは訝しげに眉を顰める。
「何だ?」
しかし王女は自分が発してしまった言葉に戸惑うように首を振り、言いたかったはずの言葉の代わりの言葉を口にする。
「……いや、なんでもない。気にするな……そんなことより必ず生きて帰ってくるのだぞ?あの娘とディーを救っても、お前が死んでしまっては意味がないからの」
「わかっている」
「もし死んだら墓標に“希代の大嘘吐きここに眠る”と刻んでやる。私の署名入りでな」
「……それは簡単に死ねんな……まあ、今はアクィラの事もディーの事もあるが、ガリィ……お前の事も守ってやると言ったからな、俺は。生きて戻るさ」
それだけ言い残すと、不意に男の姿が虚空に掻き消える。
残されたのは、男の言葉に呆然とする王女と微笑ましげ……というにはやや凶悪な笑いを浮かべるグライフ。事態についていけていなかったレザリオの三人。
「まったくあいつは……よかったじゃないか、殿下」
「……何がだ?」
思わず綻びそうになる表情を必死に抑えつつ、王女は人の悪い笑いを浮かべているグライフにそっけない返事を返した。
ともかく、いくら嬉しくても今はいつまでも呆けていていい時間はない。
「レザリオ殿」
「え……あ、はい!なんでしょうかガルティア殿」
「まずは名前を偽ったことを謝罪させてもらいたい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
舞と呼ぶにはあまりにも粗雑。術と呼ぶにはあまりにも武骨。
しかしその動きは美しいと、少女は思った。
分野は違うとはいえ、柔道という武道をある程度は修めていたからこそ出た感想かもしれない。
例えディーが、襲撃者の鮮血でその身を汚していたとしても。
少女は美しいと、そう思った。
両手に握る大剣が風を切り、飛来する投剣を叩き落とし、不用意に立ち止まった襲撃者には確実に剣を叩きこみ、時には腕を、時には足を、そして時にはその胴体を斬り飛ばし、集団としての戦闘能力を削いでいく。
露天商の多くが店じまいをした時間であったのが、多少は幸いだったのか。
少なくとも、物陰から投剣で神経をすり減らされる攻撃を加えられることがないというのはよかったと言えるが。
でもまあ、こちらも物陰に隠れるという選択肢が取れないのは厄介です……
もとより不利なのはこちらの方だ。
襲撃者の妖精種がどれほどの数かは判らず、街の警邏と治安維持を担う衛士隊の人員の大半は、恐らく突然上がった火の手の対応に追われているはずだ。
ここは織物の町ハリツァイ……燃える物には事欠かない。
ここは西門近くの市であるからまだ、火の手はさほど近くまで迫ってきてはいないが、それでもゆっくりしている時間は多くはない。
が、その火の回り具合も、今はディーたちには有利に作用しているようだ。
下手に火をつけたせいだろう。
襲撃者たちは自らがつけた火の勢いで、こちら側にうまく戦力を集中できていないようだった。あるいは消火作業中の衛士たちと鉢合わせ、そのまま交戦に入っているのかもしれない。
イラちゃんが囮みたいな感じになっちゃいましたけど……仕方ないですね……
狙われているのはアクィラであるため、その護衛に回っているイーシェとジェネリアにはさほど強い攻撃は行われていない。少女が傷つくのを恐れての事だろうが、最低限の自衛方法以外の戦闘技術を持たない……ただの従業員なのだから当たり前だが……二人はそのおかげで今も何とか散発的な攻撃を凌いでいる。
が、それがいつまで続くのかはわからないし、無論ディーの援護をすることなどできはしない。
とどのつまり、何人いるかも判らない襲撃者を一人で相手取らなくてはいけないという状況だ。
さすがにしんどいです……
振り下ろした斬撃が躱され、大剣が地面を穿ち、ディーは僅かに形のいい眉を顰める。そしてその隙を狙い、踊りこんでくる襲撃者。
しかしディーは慌てることもせず、襲撃者の刃が自身に届く前に剣先が地面に刺さったままの大剣の陰に身体を動かし、刺さったままの剣の角度を変えることで襲撃者の剣を弾き……あろうことか己の脚で大剣の腹を蹴り飛ばし、巧みに左手一本で刃筋の向きを操り呆気にとられている襲撃者の腹を切り裂いた。
これで七人目……でしたでしょうか?
念のためというにはいささか過剰だが、その驚愕と苦痛に塗れた襲撃者の顔面を剣先で抉り、最初に腕を斬り飛ばしたサジン……血を失いすぎてすでに物言わぬ躯と化している男に一瞥を投げかける。
が、その脚は留めないまま周囲を走り、転げまわっているうちに拾い、指の間に挟んでいた幾枚かの銅貨を礫代わりにまとめて投擲し、そのうちの一つが正面で構えていた襲撃者の手から投剣を弾き飛ばし、もう一つがその目を強打する。
あの男が頭目であった……という事でしょうか?
恐らくディーの考えた通りであろう。
連携の取れていない攻撃というのは指揮官の不在を示しており、それが今までのディーの優勢を保証している……が、そんなものはいつまでも続くわけがない。
――……また……守られてるだけなのかよ俺は……
鮮血の剣舞を続けるディーの姿に、目の前で自分の盾になってくれている二人の女性の姿に、少女はこの数日間で何度感じたか判らない無力感に震えていた。
せめてドゥガから分けてもらった“符”があれば、自分も少しは戦力になれたのかもしれない。が、今手元にそれらはない。
イーシェとジェネリアの二人から融通してもらおうとも思ったが、言葉が話せないのではこの混乱した状況下で正しく意思を伝えることはできない。
悔しさのあまり、また無様に涙を流しそうになった時、少女の目の前にそれは落ちてきた。
――っっっっ!?
それは、斬り飛ばされた右腕がその柄を握ったままの短剣だった。その抉られた肉から真っ赤な血を零れさせているが、思ったよりもその勢いが少ないのは心臓から切り離され、ただのモノと成り下がった故か。
少女はしばし躊躇い、しかしすぐに意を決して目の前に落ちてきたそれに手を伸ばす。
――っ……離れない……!
柄を握りしめるその指は、まだ戦いを求めるかのように……人間の血を求めるかのように固く強張り少女の華奢な手がその手に掴んだ武器を奪い去ることを拒み続ける。
――くっ……離せよっ……!
自らの手ではその指を解けないと思った少女は、傍らに落ちていたドゥガの握り拳ほどもある石を拾い、両手で持ち上げ振りかぶり何度も……何度もその腕の上に振り下ろし続ける。
――取れ……た……
どれだけ石を叩きつけ続けたのか、短剣を握る手は完全に粉砕されていた。
その、肉の塊と化した手の中から血まみれの短剣を取り上げようとする少女。
未だ暖かい血に塗れるその短剣の重さに少女は歯噛みした。
――重すぎる……
これでは、構えるのにも苦労しそうな今の状態では、とてもではないが武器として使うことなど出来はしない。
三人への加勢など、それこそ夢のような話だ。
――……なら、こうするしかないか……
少女が誰にも言えない方法を心に決めるのとほぼ同じころ、ディーは来るべきものが来たことを感じていた。
予想はしていましたけど……やっぱり厳しいですのね
周囲から発せられる殺気……
それらにどういった対応をするのか。
ディーもまた、覚悟を決めた。
また地味魔法が登場……何でこう生活密着型ばかり出てくるかな……
そして戦闘回だというのに攻撃魔法が出てこないことに書き終わってから気が付いたり。
何考えてるんだか……そんなに地味戦闘が好きか?
まあ好きなんですけどね……多少表現が漫画チックですけれど。
そしてなんだか恐ろしい勢いで登録が増えてるんですが……
つまり死ぬまで書けという事ですね?わかります。
ともあれ読んで下さる方が多いのは励みになりますので今後ともよろしくお願いします。
以下、好きな方は読んでおいてのちょっと解説
以前に王女の姿を空間投影する魔法の表現がありましたが、あれは伯爵が行使した通り”符”を三枚消費するものなので、急場の連絡に使うには高価すぎます。
王女の姿を映すカメラの役割を持つ水晶球も、説明はぶっちゃってますけど触媒として必要になりますし。
なので、いわゆる軍隊で使うことを考慮されたモノが今回登場のあれになりました。
”発光符”は発信側一枚に対して受信側十枚で構成されています。発信側の符を行使すると受信側の符が通し番号順に一枚ずつ燃えて発行する仕組みです。
”打鍵符”発韻と受韻の二枚一組の符になります。性能は完全にモールス信号のイメージで。ただし発韻側から受韻側への一方通行になりますのでモールスよりは使い勝手がよくないかといった感じです。
”発光符”で緊急事態の連絡と”打鍵符”の受韻準備といった流れになる感じです。




