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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
22/59

二一・変化する状況

本日のキーワード:敵と書いて友と読む

2012/01/23:誤字修正・一部文章微修正

      ご指摘ありがとうございました

2012/01/26:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

「……色々言いたいことはあるが……」


 ドゥガはそれだけ言うと、苦々しげに首を横に振った。

 申し訳ない話だったが、レザリオとグライフには席を外してもらっている。グライフはこの王女の事は知っているのでニヤニヤしていたが、レザリオはまだこの国の妖精姫の姿を知らないはずである。


 ――知っていたら今頃大騒ぎになっているだろうしな……


 いくら継承権なしとはいえ、仮にも主と仰ぐ王家の姫が、護衛もなく身分を偽って屋敷に滞在しているのだ。

 いらぬ騒ぎは起こさぬが吉と、ドゥガは判断した。


「とりあえず王都に戻るまでボロを出すな。出した時には俺の手で強制送還させる」


 そのドゥガの言葉に、なぜか嬉しそうな表情を浮かべて王女は肩をすくめ、しかし首を横に振る。


「身分を隠しておくことについては了解したが、王都への強制送還はやめてほしいな」

「……何があった?」

「脅しだろうがな……暗殺者が来おった」

「今更?」


 端的な王女の答えに、ドゥガは疑問をはさむ。

 暗殺されそうになったのは本当だろう。この場で嘘をつく理由はない。が、この王女を殺して得をしそうな理由が、ドゥガには思いつかない。


 なにしろこの王女には継承権がないのだ。


 一応王族の席は与えられているが、王族としての価値は全くないと言ってよい。徴税室長という地位も、ある程度は独立性を保たれてはいるがあくまで財務宰相の配下であり、恨みは買っていても暗殺まで結びつかせるには少々弱い。

 一応その妖精種の姿が一番の暗殺理由になりそうではあるが……それならば今になって急に命を狙われ出すというのもおかしな話だ。やるならばもっと前から狙われている。


「混血種の子供だった」


 王女は自ら切り伏せた暗殺者の姿を思い出し、僅かに眉を顰めた。

 もう少し早く気が付いていれば、命を奪わなくてもよかったかと思ったが、自分で首を横に振る。たとえ端くれでも王族を狙ったのだ。軽くても死罪になるなら、あの場で死んだ方が却ってよかったのかもしれない。


「妖精種が狙ってきたのか?」

「よほど古血統の事を調べられるのが嫌なのだろうよ」


 王女はそういうと、今の時点で古血統についてわかっていることをドゥガに手短に話す。

 その内容にドゥガはやや眉を顰め、呆れたような声で感想を漏らした。


「御伽噺そのものじゃないか」

「話半分にしても、この地上で生きる者にできることではないとは私も思うぞ?が、マナート山の件もある……むしろ御伽噺は正確な内容なのではないかと思っているよ、私は」


 あの時は確かに、妖精種が古血統の力を使うと宣言してから発生した事件である。が、その唯一の例を実証として過去の例を断じていいのかどうか。


「まあ、過去の話は引き続き調べるとしてだ。もう暫くしたらメリンダの奴もここに来るでな。そうしたら再開させようと思っている」

「アーケス子爵令嬢か……あまり酷なことはさせるなよ?」

「私は必要以上にこき使ったりはしないぞ?こき使っているように見えるなら、それは仕事の量が多すぎるからだけだ」

 

 言い訳にもなっていない理屈を述べると、王女は姿勢を正した。


「ともかく今後気にすべきは今代の古血統の娘の事であろう。第一氏族の長い耳は城の中まで届いておるようでな」


 王女はそう告げると、一拍置いてからドゥガの顔を覗き込む。


「どこから漏れたか伝わったのかはわからんがの。おぬしが連れている妖精種の娘が古血統であるという事、すでに上の方は掴んでおる。正直早すぎると思っておったら、耳長どもめ……娘をエルメ=ナンドへ引き渡させる交渉まで始めておった」

「あの純血主義者が交渉?」


 ドゥガの知る第一氏族から考えれば、それは悪い冗談にしか聞こえない。


「上の方が乗るかどうかはまだわからんが……西に所領をもつ貴族どもは大いに興味をそそられているらしいでの」

「……見返りは?」

「西部のマナート山跡地からの撤兵と一帯の領有権の放棄および大森林西部の一部譲渡」

「西方動乱の置き土産におまけまでつけるか……」


 地形が変わるほどの天変地異があったとしても、紛争まで終わるわけではない。


 マナート山跡地はかれこれ五〇年近く、睨み合いと小競り合いが続けられている地域である。消費された戦費もその年数に見合う莫大なものになっているはずだ。

 その見返りがついに得られるというのならば……甘言に乗るものが出てきても仕方がないのだろうが……


「第一氏族がそんな条件を出してきたなら、奴らがどんなつもりでいるか判りそうなものなんだがな」


 その、一人の少女を引き渡すだけにしてはあまりにもよすぎる条件にドゥガは思わず笑いを漏らし、王女もドゥガに同意する。


「大方すぐにでも取り返せるつもりなのだろうよ。古血統の力が御伽噺の通りであれば、造作もないことだろうからの」


 思惑はどうあれ、第一氏族はそれだけの価値をあの少女に認めているらしい。ドゥガにとってはそれはどうでもいい価値ではあったが。


 勇敢で心優しい。


 それだけで少女の価値は十分であり、御伽噺のような能力などおまけに過ぎない。


「さすがに宰相殿は、耳長どもの思惑には気付いておるよ。あの娘の価値は別にしての。言われるままにみすみす渡してしまったら、何が起こるかわからない。まずいことが起きるのだけは間違いないと、そう思ってらっしゃるよ」

「考えてみれば、宰相殿はもうすぐ七〇近い……直接関わっていなくても、当時の妖精種引き渡しからマナート山消滅までの経過を、ある程度知っていてもおかしくないか」


 小柄で神経質そうな老人の姿をドゥガは思い出す。

 目付きも口も悪い男で、必要とあれば王族ですら政治的生贄に捧げることを躊躇わない、ある意味この国の真の指導者。

 暗愚とまでいかないが、主体性に欠ける国王に対する忠誠心。

 宰相がうまく誘導しているからこそ、この国は未だ機能しているのだろう。貴族どもの専横が、辛うじて民衆の不満が器から溢れない程度で収まっているのがその証拠だ。

 あの男がいなければ、能力がなければとっくにこの国は瓦解していると、王国の中でもある意味最も王家と対立している貴族の血を持つ男は、他人事のように評価を口にした。


 そんなドゥガの言葉に対し、王女はやや困ったような表情で、あの口の悪い老人の弁護をする。


 「あれは、政治に影響を与えない人間に対してはとことん優しい男だぞ?おかげで王家の人間の中で、私は一番可愛がってもらえた」


 それはつまり、第二王女は政治的には完全に無力であるとの証明でもあるのだが、本人はとうの昔に割り切っているので気楽なものである。


「今回逃げ出すのにも少々手を貸してもらったしな……まあ、あれの思惑としては面倒事はヴォーゲン伯爵家に丸投げのつもりなのだろうよ。なにしろ王都にあの娘が入ったら捕えて奴らと会談の場を設けなくてはならないからな」

「引き渡すだけならともかく……か」

「奴ら、身柄を押さえたら行きがけの駄賃として街中で放火位しかねないからな。そんな面倒事は御免といったところであろうよ」


 面倒事は丸投げ、ついでにうまくいけばいくらか伯爵家の力もそげる。自分が動くのはそれからでも遅くないという判断なのだろう。


「……しかし、俺がその面倒な娘を王都に連れていくとは思っていなかったのか?宰相殿は」

「あれは、お主の事を信用しておるからの」


 口にした疑問に対する王女の答えに、ドゥガは眉を顰める。


 ――自分があの老人に対して信用してもらえるようなことなど、何一つしてないと思っていたのだが……


 男は確かに妙な縁で、目の前にいる王女の剣の指南役をしていたことがある。その時の事を基準にしているのだろうか?

 それとも、西部の妖精種との紛争には何回か傭兵として、あるいは傭兵の指揮官として参加していた時の事を言っているのか……しかしこちらは更にありえない。

 何しろ自分達傭兵隊が……特に自分が指揮官となってから後は、国の命令に従い戦ったことは然程ない。

 どこそこの村が危ないという話が伝わったら、上の許可も取らずに出陣。その後兵站部と一悶着という事を繰り返していたのだから。戦果こそある程度上げていたから罷免や解雇はされなかったが、扱い辛い男くらいの評判は聞いているだろう。

 

 それ故信用などされていないと思っていたのだが……


「城を出るとき宰相殿はこう言っていたぞ?『あの男なら儂を敵に回しても、自ら手を差し伸べ保護した者を守るだろう。その点だけは信用している』だ、そうだ」

 

 その言葉に男は思わず呆気にとられ……それから声を大きくして笑い声を上げた。


 確かにその点で言うならば、宰相の信用も間違いのないものだろう。ならば、信用された者として男は今後を考えなければならない。


 そう思い、口を開こうとしたその時先触れもないまま末弟が、二人が会談している部屋に駆け込んできた。


「無作法を失礼します兄上!火急の件に付き……ハリツァイが妖精種に襲撃されました!」









火種があちこちで炎に変わりつつあります。

とりあえず次回はハリツァイでの顛末。

そのあとは妖精種側の事情あたりになる予定。


しかし最近性転換タグが役に立ってないような……




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