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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
20/59

一九・からだとこころ

すいません今回はちょっと短めです

本日のキーワード:ハルバードは万能

 鏡に映された自分の姿を見て、晶は表情を強張らせる。

 それから何かを諦めたかのような、それでいてどこか納得するような曖昧な表情を浮かべると、小さく溜息をついた。


 ――……これが、今の俺の姿か……


 そこに映っていたのは、憂いを帯びた弱々しい笑顔を浮かべる、黒髪の可憐な少女だった。

 幼いながらも整った顔立ち、すらりとした手足、高い腰の位置。やや人形めいてはいるが、頭の両脇でぴくぴくと動く大きな耳が愛嬌をふりまいているので、全体的にあまり冷たい印象はない。


 文句なしの美少女である。


 が、その自分の容姿に、今さらながらではあるが晶は酷い違和感を覚えていた。

 やや太めの眉に、かつての自分の欠片を見て取れるような気がするが、それ以外は美しくとも見覚えのない顔。とても生きているモノのそれとは思えない、繊細で儚げな肢体。


 どれもこれもが馴染めない……その思いが強くなる。


 しかしそれは間違いなく今の自分の姿であり……元の姿を取り戻せなければ、それこそ一生付き合わなければいけない身体。


 ――覚悟は決めたと思ってたはずなんだけどなー


 これだけ強い違和感を今更の様に覚えるのは、やはり今まできちんと鏡で自分の姿を認識してこなかったせいなんだろうなと、晶はどこか他人事の様に考える。


 何しろ、これだけはっきりと自分の姿を認識したのは、この世界にはまり込んでしまってから初めての事なのだ。

 あの森の中で、あの“はぐれ”という獣に襲われてからこっち、晶が鏡を覗いたことは一度もなかった。

 何分ドゥガと出会ったのは文字通り森の奥であり、その後は殆どずっと野宿の毎日。その上あの村での騒動である。落ち着くというには程遠い状況に巻き込まれ続けていたのだから、仕方がないともいえるが。


 ここ、ディーの弟が商会長をしているという商会の施設に厄介になってからほぼ一日経つが、やはり鏡を見る機会がなかった。

 もともと鏡を見るのは髭を剃る時くらいだった晶は、当然髭の生えない現状では積極的に鏡を探すこともない。ディーの人形になっていた時も、彼女は着替えさせることに熱中していたせいか、少女を鏡の前に立たせることもなかった。


 ――そういえば風呂場でも鏡を見なかったんだよな


 さすがに様々な生理現象を体験していたおかげで、晶は自分が全裸になる程度ではもう動揺もしなくなっていた。

 あの時はむしろこの世界の入浴方法に強い好奇心を抱いていたので、視線と表情と指を指すことで、イーシェに質問を繰り返していたりしたのである。


 ――風呂の沸かし方は、ある意味傑作だったな……


 風呂場は商会の建物から少し飛び出すような形で建てられていた。

 晶の感覚で言えば全体で六畳くらいの広さがあり、自然石を組み合わせ、その隙間を晶の知らない素材で埋めた風呂桶が半分。整地された地面の上に玉砂利を敷き詰め、その上にいわゆる簀子を置いて洗い場が半分という構造をしていた。


 こちらはとりあえずそれほど奇をてらった構造ではない。


 驚いたのはついでのように見せてもらった、お湯を沸かすための竈が設置された隣の部屋でだった。

 そこは四畳半位の広さの部屋で竈と、数本の棹状武器……乏しい晶の知識で見る所の斧と槍を合体させたような武器……ハルバードが置かれているだけで、薪やら石炭やらの燃料はかけらもなかった。


 一体どうやって風呂をたくのかと思い小首を傾げていると、イーシェはそのうちの一本……全金属製らしい、非常に重そうなそれをややふらつきながら持ち上げ、竈の中に突っ込んで一枚の“符”を取り出し口訣を唱えてみせる。


『獄焔の刃』


 途端武器の刃の部分から猛烈な勢いで炎が吹き上がる。


 その光景に呆気にとられていたのに気が付いたのか、イーシェは笑いながら少女に説明をはじめた。


 これでも薪を買うよりはだいぶ安いんですよ?この辺には大森林以外森はないですし、あそこは建前上不可侵ですから、おおっぴらに薪拾いには行けないんです。

 ……あ、この“符”は“符”の中でも特に安いんですよ?作成に特別な触媒もいらないとかで、紙と筆があればできるそうで。何しろ武器から炎を出すことしかできませんしね。

 需要もある程度あるので、煉符師の卵さんたちが練習と小遣い稼ぎ用に結構大量に作ってたりするんですよ。まあ、火の勢いが強すぎるのでお風呂を沸かす時くらいにしか使えないんですが……料理に使うには加減が難しいですしね。柄の部分も熱でかなり熱くなりますから、台所で使うのはちょっと危ないですし。


 ――武器の強化として使う人はほとんどいない……か。砂漠や海辺でなければどこで使っても大火事になる可能性が高いし、熱のせいで武器も歪むし……ゲームなんかでは当然のように、どんな場所でも使ってるけど当たり前の話だよな。洞窟の中で使ったら酸欠になるだろうし。


 魔法が存在するファンタジーな世界の意外な不便さと、その不便さを逆に生活に取り入れるそこに住む住人の強かさ。


 現実逃避気味に思い出した、昨晩のやり取りを思い出した少女は思わず笑いを零し、鏡の中の少女も同じように笑いをもらす。


 その鏡越しの笑顔を見て、少女はさっきまで感じていた違和感が大分薄くなっていることに気が付いた。

 確かにこの身体は男の時に比べて不便だし、できないことの方が多い。けれどもそこで生きていくことそのものに投げやりになるのはどうか?


 ――少なくとも笑うことはできるんだから……


 この違和感を、いつか感じなくなる日が来るかもしれない。それは意外と速いのかもしれないし、ずっと違和感を感じて生きていくのかもしれない。

 けれどもずっと暗い顔をして生きていくのはなんというか……もったいない気がする。


 ――とりあえず着替えちゃいますか。


 今少女が身に着けているモノは、ディーが幼い頃着ていたという絹紗のスリップと、これだけは早めに作ったという黒絹の腿丈ストッキングとそれとセットの簡単な刺繍が施されたレースのガーター、ストッキングと同じ材質のショーツである。


 ちなみにそれぞれ“固定”という材質の強度を上げる魔法が使われているとのこと。刃物を防ぐほどではないが、転んだ程度で破けることはなくなるくらいの強度を与えるものらしい。


 基本的に手で縫うしかないこの世界の衣服は大量生産が全くされていない。晶が生活していた現代日本では半分消費材とされていた衣服は、この世界では一つの財産……固定資産、耐久消費財にあたる存在なのである。

 故になるべく丈夫なものを、できれば綺麗なものを、という発想になるのはある意味当然であり、結果行き着いたのが魔法による強化であるのは順当な発想の帰着であろうか。


 ともあれ、少女が身に着けるにしてはやや扇情的なその下着姿でいつまでもいた場合、しびれを切らしたディーの襲撃を受ける可能性は非常に、


「イラちゃん着替えがまだなら手伝っちゃいますよ~?」


 色々と遅かったらしい。


万能なハルバードはかまどの番だってこなします!

そしてついに出ました攻撃呪文!

お風呂の焚きつけですが。

無駄に厨二な口訣は趣味です。


ちなみにあのハルバード、柄の部分まで全金属製かつ蓄熱効果の高い合金を使っていたりするので、長湯にも最適です!

まさにお風呂のかまどの見張り番。

なおあの金属の塊、ドゥガなら振り回せます。やっぱり化け物です。


それなら別にただの鉄の固まりでもいいじゃんという話になるのですが、『獄焔の刃』というだけあって、あの符に込められた魔法は、「武器の刃の部分に炎を生み出す」というモノなので……

刃のない武器には使えないのですね。

剣だと金属の量が少ないので蓄熱効果が下がるので、お風呂の見張り番には使えなかったりという話も。


そして今回ついに、鏡を見て自分の姿に戸惑うというシーンを入れられました。

我ながらひねくれたタイミングですが……二〇話目でようやくって……


決意したり戸惑ったり、思い切ったり諦めたり、彼女にはまだまだ悩む日が続く感じです。そのうちいい感じに吹っ切れるといいのですが。



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