一七・囲む敵
本日のキーワード:残念な妖精種
2012/01/26:誤字修正・ご指摘ありがとうございます
2012/02/06:誤字修正・ご指摘ありがとうございます
少女は目の前の光景が信じられず、ただひたすら呆然としていた。
こんなことがあり得るはずがない。
確かに自分はうたた寝をしていたし、窓から入ってくる光がないことから考えればかなりの時間眠っていたのは……不本意ながら間違いない。
しかしだからこそ疑問がわいてくる。
目の前でディーが嬉々として広げている地味なものから派手なものまで、シンプルなものから豪華なものまで、これほど多数の衣服が裁断前の生地から縫製され、完成品としてお披露目されるなど……
「だってあの生地はとっておき用ですもの~。これは私とか妹のお古を仕立て直したもので……そう、普段着?」
――何でそこで疑問系入るかなっ!?
小首を傾げるディーに対して言葉にならない突込みを入れる少女と、浮かれまくったせいで一周して妙に冷静な態度をとっているディー。さらにそれを冷や汗を垂らしながら、とばっちりを恐れるように、やや距離を取って控えている使用人の女性二人。
――このまま座したままでは、俺は死んでしまうかも知れない……
肉体的というよりは主に魂的に。
そんな死の予感に冷や汗を垂らしながら、目の前に広がるきらびやかな地獄絵図の中から何とか脱走……もとい脱出できないものかと、先刻紹介された使用人のイーシェ……栗色の髪を後ろで束ねている長身の女性に視線を走らせ、
――逸らされたっ!?
しかし少女は諦めない。諦めたら色々なものが終わってしまう。必死の思いで少女はもう一人の使用人であるジェネリア……金色の髪を肩口で切り揃えている小柄なお姉さんの方に視線を送り……彼女は少女の期待に応えるかのように一つ小さく頷いて一歩、ディーに向かって足を踏み出した。
「お嬢様……今日はもう日も暮れた事ですし、この後お夕食も控えています」
――おお!なんか頑張ってジェネリアさん!主に俺の魂の安寧のために!
少女は期待を込めて彼女の事を見つめる。
何しろここで助けてもらえなければ多分待っているのは三途の川でスイミングである。主に精神的に。こちらの世界に三途の川的な何かがあるのかどうかは知らないが。
「ですので私どもはこれで失礼させていただきます。夕餉の準備が整いましたら伺いますので。お時間までお楽しみください」
そう言うと隙のない仕種で頭を下げ、間髪入れずに部屋から出ていくジェネリアとイーシェ。
――……えーと?
部屋から出ていくその時に、ジェネリアの瞳に映っていたのは謝罪と懇願のそれだった。意訳するならば、以下のような感じだろうか。
『すいませんがお嬢様のあれは止まらないので頑張ってください。死なない程度に』
――死なない程度ってどんな状況ですか……?
一瞬で地獄の釜に突き落とされた、運命に囚われた生贄の少女は呆然としたまま、使用人さんが出て行ったドアをしばし呆然と眺め続け……
「それじゃあ時間もないことですし、手早くいきますよ~。目標は半分の二〇着ですよ?」
にっこりと微笑む美しい獄卒に、その腕を掴まれてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……残っているのはお前だけになったわけだが、とりあえずどうする?」
ドゥガはそう言うと、野営の準備を進めている最中に襲いかかってきた集団、その中でただ一人残った襲撃者に向かって無造作に、しかし一切の隙を見せずに左手で構えた剣先を突きつける。
場所はハリツァイからフィナーセータに繋がる街道の最中。行商人が出発する時間から大分外れた時刻に出発したせいで、行商人や旅人が利用する野営適所からはやや外れた場所である。
街道のすぐそばまで森が迫っており、ある意味襲撃が行いやすい場所であり、半ばそれがあることを予想していたドゥガに逆襲されたその結果が今、襲撃者が置かれている現状だった。
そんな状況であったので、ドゥガは別に何かを聞き出そうとかを考えて、一人命を奪わなかったわけではない。
この妖精種の少女が生き残った理由は、ただ運が良かっただけだ。
他の六名……すでに物言わぬ躯になっている彼等よりも、技量が大分劣っていたことにより、ドゥガの斬撃の間合いに入ることもできなかったこと。目の前で仲間が切り伏せられるのを見て、足が止まってしまった事が彼女の命を助けたのだ。
――アクィラと別行動をとった早々これとはな……
最近の自分はよほど妖精種の少女と縁が深いらしい。
思わぬところで黒髪の少女を思い出し、僅かばかりに口元が緩む。それを見て目の前の少女がどう思ったのか。
「……殺せ……」
恐怖に押しつぶされながら、少女の口から零れ落ちたその言葉にドゥガは顔を顰めた。
「ただの放浪者を相手になぜ、問答無用で襲ってきた?」
原因は間違いなくあの少女。そして手口はかつて何度も自分に、もしくは味方に対して使われたそれである。理由も王女の話からおおよそ予想はできるが、一応聞くべきことは聞いてみる。
あの少女が、妖精種の中でも極端に珍しい血筋の者であることは間違いない。古血統と呼ばれる妖精種。その存在は御伽噺や物語で人間の子供にもよく知られている。普通の妖精種よりも大きな耳と黒い瞳をもつ彼女達。
だが、それ以上の話を知る者はほぼ存在しない。
あの少女と行動を共にするようになってから、自分でも愕然としたことを覚えている。
なぜ御伽噺に出てくる古血統の妖精種が全て少女なのか。その存在は御伽噺でも謳われ、多くの者が知っているのにその正確な事跡は伝わっていないのか。そして彼女たちはどうしてあんなに数が少ないのか。
断片しか聞けなかったが、王女の話では妖精種の第一氏族……最悪の純血主義者……が特に古血統を欲しがっているという。
ならばエルメ=ナンドの奥深くに隠匿されているのか?
しかしそれならばなぜ、領域外で発見された古血統を欲しがるのか。自国にそれなりの数の古血統が存在するのならば、然程強引な手段を取らなくてもよいのではないか?
古血統の存在と特徴的な容姿を知っているだけで、“珍しい外見的特徴を持つ妖精種”程度の認識でいたことが悔やまれる。
「我らが姫を拐した男に、粛清の刃を振り下ろすのに問答が必要なのかしら?」
目の前の少女は、震えながらも気丈にそう言い返す。
その言葉にドゥガは表情を曇らせる。
理由も言わず、襲撃相手の名も教えずにそれを実行させる手口。まあ、相手が死んでしまえばいいのならば、敢えて教える必要はないのだろうが、それはこの目の前の少女にやらせていい類の仕事ではない。
妖精種の成長はその三〇〇年とも五〇〇年とも言われる長さのせいか、個人差が著しい。
故にこの目の前の少女が見た目通りの一四、五歳とは限らないのだが、それでも二〇は超えていないだろう。技量の方も、普通ならもこのような襲撃者に加われるほど高くはない
「……俺の名を知っていた上で手を出してきたのか?」
「下位種の名など覚える必要がないでしょう?」
――単なる駒か。いや、それよりも……
「なるほど……混血種か」
その言葉に少女の瞳に怒りが込み上げてくるのが見て取れる。
――と、なるともう一人いるのはほぼ確定だな。
間違いなく、彼女を囮として使ってくるだろう。ならばもう暫くはこの少女と話を続けなくてはならない。
「ともかくお前の上役はどんな愚か者だ?」
ドゥガは呆れかえった口調で肩を竦めながら、袖の中に忍ばせていた投擲針を右手の中に忍ばせる。
「たかが下位種が妖精種を愚かというのですか!」
「実際愚かだろう?西方の小蛮種ですら襲撃相手の力量は見てとるぞ?」
「小蛮種などと比べるなど!」
「実際劣る証拠はそこに転がっているからな」
ドゥガが視線で示す先にあるのは六つの物言わぬ躯である。
「なにしろ小蛮種は俺の力量が分かっているのか、滅多なことでは俺の前には出てこないのでな」
つまり、それが分からないお前たちは森の妖魔と呼ばれている小蛮種よりも劣る存在だと、言外に告げている。
それに気が付いた少女が思わず立ち上がろうとした時、事態が動いた。
今までドゥガでも感じ取れなかった気配が、思ったよりも近い森の中に突如として現れる。直後襲いかかってくるのは一度に放ったとしか思えない三本の矢。
それに対してほぼ反射的にドゥガの両腕が振るわれる。
左腕の剣は自分に向かってきた二本の矢に。右手の投擲針は気配の元に。
――二本?
そのありえない感知能力で、飛来する矢が三本だと判断していたはずなのに、叩き落とした矢は二本。
そのことに気が付くのと同時に、ドサリという音がドゥガの耳に届いた。
一つは森の中から。もう一つは目の前から……
「手口は最悪だが、相変わらずいい技量だ……」
目の前で倒れている少女の左脇腹に刺さっている一本の矢。少女が不意に立ち上がったせいで心臓に刺さるはずのそれが逸れたのだろう。
「運がいい娘だな」
力量が足りなかったおかげで、結果的にドゥガの剣から逃れることができ、未熟故に動揺したことで、致命傷から逃れることができた。幸運以外の何物でもない。
「……見捨てるのも気分が悪いな……」
当初は捨てておくつもりだったのに助ける気になったのは、それこそ少女の幸運のせいか、少女のどこかにアクィラとのやり取りを思い出したせいか。
幸い出血は大したことはなさそうである。が、放置しておけば傷が腐るか血が腐る病になるのは間違いない。
ドゥガは少女の体内に入った鏃が周りを傷つけることがないように、慎重にその柄を折り、傷口に手持ちの酒を振り掛け、念のため酒を染み込ませた絹の端切れを刺さっている矢の根元に巻き付けそれを包帯で傷口に密着させる。
手早く処置を澄ませると、ドゥガは少女を慎重に肩に抱え角竜にまたがると、符を使い灯りを確保し、フィナ―セータに向かい角竜を走らせる。
「さて……胸壁の見張りが俺の事を覚えているのかどうか……」
――すんなり街に入れればよいのだが……
あれ?ドゥガが主人公みたいですよ?
ていうか何者だよ……
とりあえず今回は妖精種の価値観の壊れ具合を少々入れてみました。
大丈夫です。妖精種のいかれ具合はこんなもんじゃないので。
まあ主人公的にはちっとも大丈夫ではなさそうですが。
あとは解説というほどのものではありませんが
妖精種の純血主義者っていうのは
「妖精種以外は鏖♪」
ていう方たちです。第一氏族っていうのはそういった連中の血縁関係者の集団と思っていただければと。
以前に王女が漏らした「耳長ども」は彼らに対する蔑称です。
一般妖精種?にそんなこと言ったら拳で語り合うことになるので注意してください。
あと小蛮種はゴブリン扱いなんですが、見た目はもうちょっと人間よりです。
*ご感想がないのに登録者数が増えてるのに内心びくびくしてたりしますのでよろしくお願いします……




