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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
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一六・ヴォーゲン伯爵領

2012/01/26:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

 ヴォーゲン伯爵領領都フィナーセータ――王国東部で最も多数の人口を抱える都市である。居住人口は二万人弱、周辺の関連都市を含めると五万人を超える。王都ファンディオン、西部の学術と技芸の都市ベルゲンスタイン、海運都市ゼークトに次ぐ四番目の都市として数えられている。


 このあたり一帯がヴォーゲン伯爵領と定められたのは五代前の国王である『東征王』セイラムの御世まで遡る。

 現在からおよそ一五〇年の昔になる。もともと王国が長年敵対していた、今は存在しない東の大国メーレィアン王国の国王崩御に伴う跡継ぎ争い、そこから発展した内戦に乗じて開戦。東部へその領土を伸長させていく過程で、水運の利用を考慮に入れメドゥイン湖の南岸に築かれた砦が、この都市のそもそもの出発点である。

 ヴォーゲン伯爵領とこの一帯が定められたのは、その伸長の過程での初期、メーレィアン王国軍の中核を担っていたハイレーン侯爵騎士団を率いる当主を、当時まだ子爵であったがその個人的武勇により《槍の王》と称された伯爵家初代ディオニスが、少数の手勢ながらも見事な釣り野伏せで当主とその近衛だけを釣り上げ、首級を上げることに成功。

 その余勢を駆り侯爵騎士団を見事に打ち破り、メーレィアン王国に最初の橋頭保を築くという功績を成し遂げた事による。

 その後も加増に伴い手勢が増え、その度にまた新たな軍功を重ね、重なる功績により次々と加増されていく。

 まさに戦争中でなければありえない、見事な出世であったと言えるだろう。

 

 が、それでも当時は多少の水運の利便性こそあれ、将来これ程の大きな都市になるとは思われていなかった。

 なにしろ領内北部に広がるのはかの大森林であり、当時はまだ妖精種との協約がなかったとはいえ開拓は困難な場所であった。また、南に広がる平原を手に入れたとはいえ、当時のそこはかつての両国の国境にほど近い田舎であり、ほぼ未開の荒野であったためその発展には莫大な金銭か長い時が必要と思われていたのである。


 当時、広ささえ与えられていたがそれほど将来を見込まれていたわけでない、そのような伯爵領に発展がもたらされた理由は様々だが、最大の理由が王国の東方への勢力拡大そのものであったことは間違いない。

 メドゥイン湖から流れ出る二本の河川のうちの一本トリアス川が、当時はまだ妖精種の国エルメ=ナンドとの協約がなく、故に不可侵ではなかった大森林の中を東へ縦断していること。

 東方への領域拡大が進むにつれ、重要になっていく輸送路としての河川の存在。ほぼ途切れることのなかった戦により前線は東へ追い上げられ、その領域の整備も進まないまま、更に領域は増えていき……国の戦略上重要なものとなったそこを直轄領として、王の名を持って召し上げるには遅すぎる時間が経っていた。


 北部に広がる大森林と、そこに半分抉りこむような形で存在する、王国一大きいと言われるメドゥイン湖により安全な陸路が限定された結果、戦後街道が整備されていくにつれ、陸上の交易の結節点としての役割も徐々に増していったことも発展に寄与する環境の一つだろう。


 かくしてヴォーゲン伯爵領は王国東部の最重要拠点でありながら、王国の直轄地ではないという奇妙な立ち位置に立つことになった。


 無論このような臣下の存在は王家にとって甚だ不穏な状態ではあったが、当時の戦争で示した苛烈で人間離れした《槍の王》ディオニスの功績と王家に対する忠誠と献身。

 領民はもとより敵兵、さらには戦火を逃れてきた難民に対する慈悲深い施しと、それだけに終わらない自活への道の提示。

 《槍の王》個人が有能だったのか、彼の選んだ幕僚が優秀だったのかは今となっては判らないが、領民はもとより王国民全てに知られるようになった頃、表立った伯爵領に対する干渉はなくなった。


 民衆に人気の高い実力者である伯爵家ですら頭を垂れる王家。


 王家はそう民衆に思われることで体面と民衆の人気と信頼を獲得する道を選び、伯爵家は王家に献身と忠誠を誓い、時に苛烈な諫言をすれども表向きには王国の内政に口を出さないという態度をとることにより不干渉を勝ち取る。


 それはある意味薄氷を踏むような関係であり、その均衡の天秤の維持のため、双方が力を尽くしているというのが王家とヴォーゲン伯爵家の現在の関係である。




        ◇    ◇      ◇      ◇      ◇



 あの村から角竜で五日過ぎた場所にある、ヴォーゲン伯爵領領都フィナーセ―タの衛星都市……とでも表現すればいいのだろうか。

 かつてのメーレィアン王国の難民の受け入れの際、難民の持つ技能に合わせて村と産業を起こさせたことを起源に持つ街の一つ。


 王国でも有数の絹と木綿の生産地であるハリツァイ。その片隅に建てられているディーの実家であるヴォイド商会の中に設けられている来客用宿泊施設に二人は逗留していた。


 ちなみにドゥガは、先に行って片づけておくことがある、とのことでフィナーセータに向かって出発していた。

 無論少女も共に行くつもりであったのだが、ディーに捕まってしまった……というのは言いすぎであろうか。


 最初に出会った時から今に至るまで、まともな衣服を少女に贈ることが出来なかったことを気にしていたのか、ディーに対して何か適当な服を見繕ってくれと頼み、ディーがそれに対して胸を叩いて引き受けたというのが、現状の惨状の原因である……とも言えよう。


 ドゥガとしてはもっと気楽に、ここにも多少は保管してあるだろうディーの弟妹達の衣服からいくばくかを融通してもらい、仕立て直してくれるように頼んだつもりである。

 ディーが嬉々として採寸から始め、各種デザイン画を商会が取引している工房に依頼し、あまつさえ商会の倉庫から庶民でも買えそうなものから、貴族御用達まであらゆる生地を少女と首っ引きで厳選することまでは頼んだつもりはない。というよりも予想すらしていない。

 もちろん本人がいれば、適当なところでディーの暴走を止めたのであろう。


 が、本人はとっくにフィナーセータに向かっているわけで……結果少女はディーに振り回されまくっていた。


「んっふっふっふっふ~……それじゃあ生地も決まったので、お姉さんも頑張って縫い上げちゃいますよ~」


 専門の工房の職人にはさすがに負けますけど、これでもちょっとしたものなんですよ?


 そう言って実にいい笑顔を浮かべるディーに対して、少女はぐったりとソファに身を横たえ、それでも律儀に手をひらひらと振って応えて見せる。


 ――何で逆らえないんだろーか……


 そんな自分の取っている態度に、とりあえずの役割を終えた少女はぼんやりと思考を巡らせる。


 あの夜――ディーの胸の中で思い切り泣いた時にまた一つ、自分の中の何かが変わってしまったらしいと少女は思った。

 それはとても不安で、恐怖さえ伴ったものだったはずなのに、なぜかあまりそれを感じていない。代わりに少しばかりの寂しさと、ディーに対するほのかな感謝と親愛が、少女の心を軽くしている。


 ――そしてそのことをどこかで喜んでいる自分がいる……


 黒木綿、白木綿、赤繻子、紗、紬等々の様々な種類の様々な彩の生地が置かれたその部屋の中央で、少女のために服を仕立てようとしているディーを眺めていると、特にその気持ちが強くなってくる気がする。


 ――なんだかもう色々とどうでもよくなってきてるのかな……


 この身体にもだいぶ慣れてきてしまっている。

 言葉が話せないというハンデも、ドゥガやディー相手ならそれほど支障がないような気がする。


 あの森から今までの間は戦うか襲われるか移動しているかで、こんなに落ち着いた時間を過ごすのは少女にとって、この世界に来てから初めての事だった。


 だから考えてしまうのだろう。これから先の事を。


 ――でもまあ、なるようにしかならない気もするし……


 ドゥガが出発してから半日。その間ずっとディーに付き合ってきたことで疲れてしまったのか、少女はゆっくりと微睡の中へ落ち込んでいく。


 目が覚めた時、激しい後悔に陥るだろうことを半ば予想しながら。




「んっふっふっふっふ~。ここで作りかけていた妹の服とかが出てくるわけなんですよ~。なんと肩幅のサイズがほとんど一緒だったりするので私もびっくりです」


どこかで入れとかないといけなかったので、今回は地理上の解説回になってしまいました。

ていうかめっさ不穏だな王国。


とりあえずなるべくわかりやすい解説を目指したんですけど、固有名詞が出てくる出てくるで……普通に手書きの地図を投下した方がよかったんじゃないかと思ったり思わなかったり。


トリアス川は森の中でドゥガたちが渡ろうととしていた川で、基本大森林の中を流れているんですが、所々森が切れているという事で。

そこから物資や兵員を陸揚げしてたみたいです。


補足としてこの世界では基本的に吊るしの服は売ってません。古着は若干存在しますが、衣服はおおむね自作です。手縫いです。お金持ちは仕立て屋さんに依頼します。

何しろ産業革命以前の世界ですのでいいところ家内制手工業に毛が生えたものだと思っていてもらえれば幸いです。

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