一五・少女とディー
本日のキーワード:朴念仁
2012/01/23:誤字修正・表現を微修正
ご指摘ありがとうございました
――どうしてこうなった……
少女は未だ納得のいかない経過を思い出して、不機嫌そうに眉を顰める。
あのあとであるが、結局のところ急遽この場で野営をすることになっていた。
夜も遅くなってきていたこと。角竜の部隊がかなりの強行軍でここまで来ていたこと。それから理由がもう一つ。
「だめよ~イラちゃん。女の子がそんな風に眉間にしわ寄せてると、ガリィ王女さまみたいになっちゃうわよ~?」
――あんたそれ何気に不敬罪?になる発言じゃね?
部隊を率いてきていた村娘の格好をしていた赤毛の女性……ディーがなんだかやたらと少女の事を気に入ってしまい、この場から動き出そうとしなかったことがあげられる。
――ていうか、三番目が一番の理由だろこれ!?
そんなことはないと思う、多分。
ともあれ現在少女は、ディーに抱きかかえられたままという非常に恥ずかしい恰好で、焚火の前に陣取っていた。
その状況からの自力での脱出はもう諦めている。さすがにこれだけの部隊を率いてきているだけはあり、彼女はやたらと勘がよく、少女が何かしようとしてもその出鼻を悉く挫かれてしまうのだ。
そんなわけで助けてくれという視線を周りに向けているのだが、忙しなく動き回っている彼女が連れてきた兵士は何だか怖いし、普段なら無駄にこちらの心を読んでくるドゥガはなぜか助けてくれないというよりも、なんだか憐れむような目でこちらを見てくる。
ドゥガの弟の伯爵様に至ってはあのニヤニヤ笑いを浮かべたまま、
「従妹はまあ、可愛いものに目がないのですよ。そうですね……蒼の月が半分になるくらいで解放してくれますのでそれまでは我慢してください」
などとのたまう、
――蒼の月が半分て、月が二巡り……一六日もこのままってことじゃねーか!?
「ま、生贄だと思って我慢してください」
――生贄ってナンデスか!?
「でまあ、ディーがあんな状態ですので細かな経緯は後程彼女から聞いていただくとして、概ねの事情は先ほどお話しした通りです。兄上」
「……大まかなところは予想通りだが……なんというか馬鹿馬鹿しい話だな」
「馬鹿馬鹿しい出来事の裏側はたいてい馬鹿馬鹿しくて下らないものですよ」
「とりあえず明日以降は?」
男の言葉に伯爵はややうんざりした様子で肩を竦めて見せる。
「なにはともかく男爵の城館で滞っていた業務の再開ですね。ある程度目途がつくまでは休みなしになりそうです。正直此処まで所領が細切れにされているとは思っていませんでしたし」
「向こうの方はどうなんだ?」
「レザリオを代理に立ててきました。もう一三になるのですから別に家を立てるにしろ、どこかの入り婿になるにしろ役人になるにしろ、しておいて損はない経験でしょう」
一応後見をグライフに頼んでおきましたからね。何かあれば鉄拳を飛ばした後で処理をしてくれるはずです。
弟の言葉で、口と手が同時に飛んでくる、自分たちの教育係を兼ねた執事長の強面の髭面を思い出し、ドゥガは苦笑する。
「……従兄上様」
不意にかけられた従妹の声に、ドゥガは視線を巡らせる。その先にいた彼女は少し困ったような表情で小さく声を漏らす。
「……寝ちゃってます……」
従妹の腕の中で抱きかかえられたまま、少女はいつのまにか寝てしまっていたらしい。その寝顔は……よく判らない。
どうしましょう?
そう訴える目線を受け、ともかく男は今日少女がその身に受けた暴力の内容を手短に従妹に伝えることにした。
この少女は自分の事を頼みにしてくれているが、男では対応の仕様がない悩みが女性には……たとえそれが幼い少女でも……存在することくらいはわかっている。
男から一通りの説明を受ける従妹は初め驚き、怒りをその目に宿し……なぜか話の最後で怒りは解け、なんだか生暖かくなった視線を男に向けてきた。
「……愛されてますねぇ……従兄上様」
「……今の説明で出てくる感想がそれか?」
この従妹の発想と言動が、いささか突飛なものであることは昔からだったが、さすがに今の話でこんな感想を聞かされると、男は思ってもいなかったので呆れた口調で聞き返す。
「……え?だってこの子、暴行されそうになったんですよね?なのに必死で従兄上様に剣を届けようとした。そのあとはずっと従兄上様を盾にするように怯えていた……ですよね?」
「……その通りだが?」
「……愛されてるじゃないですか?」
「……だからどうしてそういう結論になるんだ?」
ここで出るべき言葉は、自惚れてもいいなら信頼とか信用という言葉であるはずだ。が、目の前の少女を抱いた従妹の考えは、男のそれとは全く違うらしい。
赤毛の従妹は不思議そうな表情を浮かべ、それから呆れたように、やれやれと肩を竦めて頭を振る。
「……だから従兄上様はダメダメなのです。ガリィちゃんの気持ちもよくわかるのですよ」
「……そこでどうしてあいつの名前が出てくる?」
「……そこでどうしてか判らないから、従兄上様はダメダメなのですよ?……まあそれはとりあえず置いておくとして、当分は私がイラちゃんを可愛がってあげればよろしいんですね?」
色々と言いたいことはあったが、ドゥガはとりあえずそれらの言葉を全て飲み込み、従妹に対して深々と頭を下げた。
「すまんな、ディー」
「いいんですよー。基本的に従兄上様のお願い事はすべて聞いてしまう、可愛い従妹ですから」
そう言って会話を締めくくろうとしたところで、これも恐らくいつもの事なのだろう。伯爵が茶々を入れてくる。
「私の言うことは一つも聞いてくれたことはありませんが……なぜに兄上だけ?」
「従兄様の場合、一つ言うことを聞くと、一〇〇の余計な仕事が付いてきますから聞いてはいけないと戒めているのですよ?」
普段の行いって大事ですよねー?
そう言って、何やら微妙に恨みのこもった目で見られた伯爵は、心当たりがあるのか兵の様子を見てきますと言い残して姿を消した。
「……毛布を取って来よう」
「おねがいします従兄上様」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――……後頭部が気持ちいいなー
半分寝ぼけた頭で、少女はそんなことを思い浮かべながら、暫く揺蕩うような感覚に身を任せつつ、目の前で小さな炎を躍らせている焚火をぼんやりと眺める。
パチパチと爆ぜる音がしんと静まった中聞いているのが、なんだか心地よい。
「……目、覚めちゃいましたか?」
耳元で囁かれる優しい声音で、少女はようやく今自分がどんな体勢でいるのかを思い出した。
が、今は何だかここから逃れる気が起きない。
小さくなってしまった自分の身体を抱きかかえているこの、少し恍けた感じのする女性の腕の中が心地よすぎて……少しだけ怖かったが、なんだか逃れるのがもったいなくて、結局一度小さく身じろぎしただけで逃走という選択肢を放棄した。
「お姉さんの身体、気に入ってくれちゃいました?」
その、微妙な発言に少女は小さく噴き出し、頷いて答える。
「それはよかったのです……ところでお姉さんからイラちゃんにちょっとお願いがあるのですが」
――お願い?
女性の言葉に少女は小首を傾げてから、小さく首を縦に振った。
「ありがとうございます。それではお姉さんからのお願いなんですけど……今から思いっきり泣いちゃってください」
泣き声を聞かれたくなかったらお姉さんの胸を貸しちゃうのですよ?
にこやかに優しい声でそう言い、少女を見つめるその女性に少女は何言ってんだこいつといった胡乱な視線を向けたが、女性は変わらぬ表情で少女の頭を優しくなでてくる。
「イラちゃんが無理してるのも我慢してるのも、お姉さんはお見通しなのですよ?」
――別に、我慢なんかしてないし……
「従兄上様に対しては平気なみたいですけど、従兄様がそばに来た時、震えるの我慢してましたよね?」
――それは……だってあいつ、喋り方チャラいのが気に入らないし……
「兵隊さんからお食事渡された時、ガチガチに固まってましたよ?」
――……だって……今の俺じゃ襲われた時抵抗できないし……
「従兄上様に余計な心配かけたくないのはわかりますけど、我慢しすぎはイラちゃん自身壊しちゃうのですよ?」
私のお父様も、我慢しすぎて壊れちゃった人でしたので……
その、寂しいのか遣る瀬無いのか……先ほどまでの情感豊かな声とは全然違う口調に、少女ははっとして女性の顔を見あげる。
そこにあった彼女の表情は硬いような困惑したような、しかしどこかすっきりしているような不思議な表情だった。
「私と弟達を生んで下さったお母様は、従兄上様と従兄様のお父様の妹だったんですよ」
でも、どういうわけか商人だった私のお父様と結婚されたんですよねー。何がきっかけでお付き合いして結婚するようになったのかは、もう知ることが出来ないんですけど。
「お母様が亡くなったのはもう七年前になります……流行病で……あまり苦しまなかったのが幸いと言えなくもないかもしれませんけど」
その時はとても悲しくて、弟妹達と大泣きしました。けど、お父様はずっと我慢してらしたんですよ。一番泣きたかった方なはずですのに……私たちを立派に育てるって、亡くなる直前のお母様と約束なされてましたから。
「でも、多分ずっと無理をされてたんだと思います。無理をし過ぎて、ある日突然、お母様のいる所へ向かわれることを決断しちゃったみたいなんですよ」
子供だったとはいえ、私から見ても決断力に富んだ方でしたけど、何もそんな決断をすることもないでしょうにね。
「で、私もその時は子供でしたから。泣いてちゃいけない我慢しなくちゃいけない。弟妹達がいるのだからそんな暇はない。そんな風に心を決めていたんですけどね」
お父様の葬儀の後、従兄上様が私だけ呼び出して言うんですよ。今なら俺だけしかいないから泣いてしまえって……普段はやたら朴念仁な癖に、ああいった時だけはやたら気が回るんですよね、あの方……でまあ、色々抵抗したんですけど、結局従兄上様の見てる前で泣いちゃったんですよね私。
「あれがあったから多分、私笑うことも忘れなかったのだと思うのですよ。思い返してみると、お母様が亡くなった後、お父様が笑っていた所を見た覚えがありませんし……そういう事なんだなーと思うのです。そんなわけで、イラちゃんも泣いちゃうべきだと思ったのです」
語り終わったディーは、最後に一つ微笑むと、背中を向けている少女を両腕で持ち上げ、反応できずに戸惑っているのをいいことに正面を向かせ、抱きしめなおしてから背中にかかっていた毛布を使って少女をすっぽりと隠してしまう。
「男に乱暴されそうになった女には相手を撃退する権利と、その後に泣いて誰かに慰めてもらう権利があるのです」
ディーは毛布の下の少女にそうささやくと、毛布の上から優しく少女の背中を撫でる。
「結果は残念なことになっちゃいましたけど、貴方は間違った事なんて何もしてないのですよ。気にするなとは言いませんけど、全部自分が悪かったとか、そのことで他人が自分に気を使うのは間違ってるとか、そう思っちゃうのって間違いだなって、私は思うのです」
イラちゃん強い子だから、従兄上様にもそんな態度取っちゃったんじゃないですか?従兄上様も大概自罰的な方ですから……従兄上様が負担に感じないように……そんな態度、取っちゃってたりしたでしょう?
それはついさっき、ドゥガに対して自分が取った態度を肯定し、しかしそれ以上に否定する言葉だった。
さっきはあれだけ決然としていたはずなのに……出来ていたはずだったのにぐらぐらし始める自分の気持ちに、少女は小さな身体を強張らせる。
――……でも、そんなの……俺は人の命を奪ったのに……それは俺が抱えるべきことで……無責任すぎるんじゃ……
「人が人に対して行う行為で、片方にだけ責任が一方的に発生するなんてことはあんまりないのですよ。一部の犯罪行為は除外しますけど……とりあえずそんな風に思うのは、本人が意地を張っているか、頑固か融通が効かないのか……あら?これって全部同じ意味でしょうか?」
その恍けたセリフに、少女は笑いを漏らそうとして……失敗した。
我慢しようと思っていた、”悔しさ”から溢れたそれまでのものとは違う、”悲しい”涙が溢れ出し、あの恐怖を思い出した身体が、ディーの腕の中で震えだす。
「怖かったですよね?」
――……怖かった……壊されそうで、怖かった……
「辛かったですよね?」
――辛かった……あの気持ち悪い手で身体をいじくられたのが……辛かった……
「なのに、イラちゃんは従兄上様を助けようと思ってくれたんですよね?すごいですよ」
――そんなことない……怖くて……あの男の傍なら安心できるって、ずるい考えも半分くらいはあって……あそこから逃げて……
ディーが優しく言葉をかける度、新しい涙が溢れ出して止まらない。なのにそれが、なぜかとても気持ちがいい。
少女のそんな気持ちを肯定するかのように、彼女の手は優しく少女の背中を撫で続ける。
「まだ小さいのに、今までよく頑張って我慢してましたね。イラちゃんは頑張り屋さんです」
まるで母親のように、少女の事を肯定してくれるその言葉に、少女は涙を流しながらも安どの微笑みを浮かべ、
「まったく、こんな小さい子に手を出そうなんて……そんな男がもしいたら、これからは私が代わりにばっさり殺っちゃいますから安心してくださいね?」
まるで母親のように憤り、過剰報復を誓う彼女の言葉に少女は今度は苦笑を浮かべる
――……その……やり過ぎはやめてくださいね……?
あれ?なんか他の人の過去話より先にディーさんが語られちゃってますよ?
その上いつの間にかお母さん属性まで発揮している……
一応お姉さんで留めておこうと思ったんですが、なんだか止まりませんでした
晶君は順調に年相応外見相応に変化していってるみたいでこちらは予定通り(ニヤリ
今まで散々泣かせてきてましたけど、悔し涙とか命を諦めた涙ばっかりだったので、悲しみの涙を追加してみました。
とりあえず次回はアクィラがディーのおもちゃになる話です。多分
次回以降もずっとおもちゃになる予定ですが。おそらく
*ご意見ご感想をよろしくお願いするのです?




