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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
15/59

一四・少女とドゥガ

本日のキーワード:ちょっとだけ解説

        :萌え?

2012/01/23:誤字修正・ご指摘ありがとうございました


「やってしまった……」


 クロッサン王国第二王女はガレリアは、先ほどまでしていた遠話の最後の最後でやらかしてしまったことを思い出し、自分の城である徴税室室長室の簡素な机で頭を抱えていた。

 今この時自分がいる場所が己の自室であったなら、間違いなく部屋中を転がりまわっていたに違いない自信がある。


 ――最初はうまく表情を取り繕えていたはずだ……多分。きっと、恐らく……自信はないけど……


「……だって二年振りだったんだぞ……」


 最後に会ったのは一応王城であった。が、その時はそれが最後だとは思っていなかった。

 いつものように挨拶をし、いつものように剣の稽古をつけてもらい、いつものように挨拶を交わし仕事場へ向かおうと思った時、しばらく国を離れると切り出されたのだ。


 その時どんな表情を見せたのか、自分でもよく思い出せない。というよりも三日間ほどの記憶がなかった。

 決済の書類に不備はなかったため仕事は滞りなくこなしていたとは思うが。


「……少しはそれらしく振舞えると思っていたのに……」


 自分があの男から、女性としてはあまり見られていないのは知っている。最初に出会った時の自分があまりにも幼かったから、妹の様に思われているのは理解している。

 だが、そこから一歩でも踏み出したい思いは昔から……今でも強く思っている。

 だからこそ懸命に、『有能な』『凛々しい』『聡明な』女性と言われる普段の態度を貫き通そうとしていたのに……


「……なんであんな女の子と一緒にいるのよ」


 あの黒髪の古血統の少女……あの少女がドゥルガーの脚にしがみつき、あまつさえ頭を撫でられるという光景を見たために吹っ飛んでしまった。


「……ドリィお兄ちゃんのおばか……」


 顔を真っ赤にして呟いた王女の声は、普段『守銭奴』と陰口をたたかれ『王国の金庫番』と恐れられている女傑のものとしては、か弱く幼いものだった。


 

        ◇   ◇     ◇     ◇     ◇



 大笑いを続けている男を無視して、ドゥガは少女の前に跪いていた。

 死地から脱したことで、ようやく少女の様子が普段と……会ってからまだ三日しか経っていないが……大分違うことに気が付いたのだ。


 そもそもこの少女は今まであまり、自分に甘えるような態度はとってきていない。頼りにしてくれているし、信用もしてくれているようだが、必要以上にべたべた纏わりついてきたりはしない。

 あの森の中でも、子供ならばもっと大人に甘えてもいいはずなのに、足場の悪さに顔を顰めながらも黙々と、なるべく自分の足で歩くことを選んでいたくらいなのだ。


 結果足首を痛めて自分が丸一日腕に抱えて運んだこともあったのだが。


 ともかく、子供なりに一種の好ましい矜持を持っていた少女が、何かから自分の身体を守ろうとするかのように、男の足にぴったり身を寄せてきていたのだ。好ましからざる何かがあったのにきまっている。


「……殴られたのか?」


 少女の薄い唇の端が切れ、そこはまだ傷口が塞がらないのか薄く血が滲んでいる。

 頬も紅く腫れ、よく見れば目元には青い痣までできている。


「服も……誰かに襲われたのか?」


 着ている服も自分が用意したものではなく、やや大きめの服を工夫して纏っているということは、その前のものは着られなくなったという事なのだろう。


「……大丈夫だったか?」


 何が大丈夫なのか、自分でもわからないままかけた問いかけに、少女は一瞬首を横に振りかけ、縦に小さく振る。


「何が……あった?」

「恐らく……というより、間違いなくあいつらの仲間に暴行されそうになったんでしょう。村の住まいの一つに黒焦げの死体が一つありましたから」


 いつの間に笑いを治めたのか、長身の男は探るような瞳で少女を見つめている。

 その弟の視線を不快そうな表情で窘め、男は黙って視線を逸らす。


「少し臭うが、我慢しろ」


 ドゥガは腰のポーチの中から、怪我をした時のために取っておいてある薄絹の端切れを取り出し、少女の口元を丁寧に拭ってやり、炎症止めの軟膏を丁寧に擦り込んでいく。


「……俺が渡した符の中には確かに雷の符もあった。しかしこの娘は言葉を話すことが出来ないんだぞ?一応励起文を念じれば発動はするが……人を殺すまでの威力は出ないはずだ」

「兄上……“希い奉る”系統の励起文を含んだ術式は、もともと妖精種のものですよ?今は“符”という系統に収められていますが、あれらは精霊に働きかける系統のそれです」


 “符”はもともとそれを必要とせずに、複数の術式を使用できる妖精種に対抗するために生み出された魔術道具である。あらかじめ“符”に一定の魔力を注入しておくことで、詠唱時間の破棄、発動確率と命中精度の向上、術式の安定性の確保を狙い、『極小の魔術的才能でも使用できる万能性』を得るために作られたもので、それ故に通常なら“符”に触れた上で“口訣”を唱えることでのみ発動するように条件付けがされている。


 それ以外の、たとえば少女にドゥガが説明したような使い方をする場合、威力が極端に抑えられる形で発動させる形がある。が、これは『口訣』という鍵を使わずに扉の隙間から効果をかすめ取る行為であるため、微弱な効果が発揮されるのだろうといわれている。


 が、元をたどれば“符”に籠められる魔法には源流が存在している。魔術が万人のものではなく複雑な印と呪文と大きな魔力を必要とする源流が。

 そして特に『希い奉る』の一文が入っている符は、もともと妖精種が使用していた魔術が源流である場合が多い。

 

「つまり、妖精種である彼女は、本来の威力ある術を“符”を用いずに使えるわけです。が、残念ながら喋れないので妖精種流のやり方でも術が発現することはありえない。ですが、“符”が触媒の役割を果たして本来の威力を発揮してしまった。そんな所でしょうか」

「……迂闊だった……」


 弟のその言葉で、男は自分がこの少女に何をさせてしまったのかに気が付いた。

 普段の少女らしさを感じさせない、おどおどとしてこちらを見上げる瞳。いつもならまっすぐこちらを見つめてくる黒い瞳は何かを悔いるように、何かを訴えるかのように揺れ動いている。


「完全に私の失態だ」


 自分が知っている同じくらいの年齢の子供より、遥かにしっかりした娘だったので失念していた。言葉は使えなくとも、その分表情や仕草で自分の意思をしっかり伝えることを常に考えている娘だったので忘れていた。


 そんな内面の葛藤を少女は見抜いたのか、少女は自分の目線の高さになっているドゥガの顔に優しく、それでいて厳しい視線を投げかける。


 ――気にするな。


 言葉が使えるなら少女は目の前の男にそう言いたかった。

 確かに、殺したかったわけじゃない。それ自体に関する強烈な忌避感と罪悪感も、いまだ治まっていない。

 しかし、過程はどうあれあの男を殺したのは間違いなく自分なのだから、目の前の男がそのことで嘆くのは間違っている。というよりも腹立たしい。


 ――辛くても、それをこの男に丸投げして自分だけヌクヌクしているなんて、そんなことは俺自身が許せない


 当分は男という存在そのものが恐怖の対象になってしまう予感がひしひしとするし、実際ドゥガの弟がそばにいるだけで意味のない恐怖に襲われそうになるが、それだって全部自分でどうにかしなければいけない傷だ。


 ――それすら自分から取り上げることは、この男でも許せない


 その少女の気持ち、気迫を受け止めたのか……暫くの間少女を見つめていたドゥガは、首を一つ横に振ると立ち上がった。

 そして、傍らに転がっていた自分の愛剣を改めて掴み、少女を見る。


「……一つ確認しておきたいんだが……ひょっとしてお前は俺に剣を届けようとしてくれていたのか?」


 その男の言葉に少女は……恐らく自分が捕まったことを恥じているのだろうか?しばらく俯いたままでいたが、小さく一度だけ、首を縦に振った。


「……そうか……」


 ドゥガは一度目を閉じ、再び開くとともに、朗らかな笑顔を浮かべて少女に礼を述べた。


「命がけで助けに来てくれたんだな。ありがとうアクィラ」


 ――……っ!


 その、初めて見る何の陰りもない笑顔に少女は一瞬息をのみ、そして慌てて頭を横に振る。


 ――今のは気のせい今のは気のせい俺は男俺は男俺は男……ああもう何でドキドキしてんだよもうっ!


 そんな、謎の葛藤を始めた少女の事を訝しそうに眺めていたドゥガは、少しばかり調子が戻ったようだと判断し弟の方に視線を向けた。


「大方の所は予想がついているが……伯爵殿そういう事なのか?」

「つれないですね兄上。私の事も名前でお呼びくださってもよろしいでしょうに」

「けじめだ」

「ま、兄上らしいですね。で、兄上のおっしゃるそういうことですが、恐らくそうなんでしょう。まあ、私も今回は使い走りみたいなものなので……そろそろディーが来る頃かと思いますので説明は彼女にでも」

「従妹殿も来ているのか?」

「今回の担当官が彼女なんですよ……と、来たようです」


 その言葉に少女は何かわかるかと耳を澄ませたが、特に変化があるとは思えない。が、目の前の二人の男はそれが分かったらしい。


「角竜を二五……ディーを入れて三一騎か。随分連れてきたんだな?」

「相変わらずおかしな耳をお持ちですね……まあ演習という名目も付けましたので。兄上のお蔭で空振りになってしまいましたが」


――むぅ……よくわかるな二人とも。俺には全然……ん?


 少しずつ遠くから遠雷のような音が近付いてくる。やがてそれは低く轟く轟音になり、多数の光玉を頭上に灯した巨大な生物の集団が、二人の男と少女の目の前に姿を現した。


――すっげぇ……


 そこにいたのは、洗練された体躯を誇る巨大な鱗を持つ四足の獣だった。

 全体的なフォルムは、竜という言葉からくるイメージよりもかなり馬に近い。身体との対比のせいだろうか。少女が知る馬よりも少しばかり大きな精悍な、竜という言葉にふさわしい頭。その大きな頭を支える太い首と、立派な体躯。尻尾はさすがにトカゲのイメージが強い太く長いもの。その脚は少女の知識にある競馬馬よりも長くかなり太めだが、鈍重というよりも頑丈といった印象がある。

 しかしもっとも特徴的なのは、その鼻先にある一本の角だろう。太く、しかし鋭いその角は巨大な剣の先のようにも見える。


 ちらりと横目で見るドゥガよりも、遥かにその頭の位置が高いことを考えると、少女の知る単位では全高三メートル、体長は五メートル近くあるだろうか?


 少女は初めて見る異形の、しかしこの世界で言うところの家畜でもあろうその生物に心惹かれるかのように恐る恐る近づき、その感触を確かめようとそろそろと手を伸ばし、


「あぶないよー?うちの子乱暴者だから、知らない人噛むからねー?」


 君みたいに小さい子は頭からパックリだよ?


 途中で何者かに抱き留められる。

 慌てて振り向いた少女の視線の先にいたのは、自分が今着ている服によく似た服を着た、光玉の光を受け赤く輝く髪を持つ女性だった。


とりあえず簡単な魔法の解説入りましたー

ただまあ、これだけだとあんまり説明になってないんでやはりどこかで魔法講座みたいのやるべきかどうか……


そして久しぶりに出ました異世界らしい動物。

イメージはサラブレッドではなく重種。北海道のばんえい競馬に出てくるあれをでっかくした感じです。

最初は肉食系の動物のイメージで考えてたんですが、それだと騎士団とか戦場で効果を発揮するほどの数を揃えると、維持費がえらいことになるので草食系統のイメージに落ち着きました。

まあそっち系の設定はそのうち別の話に移植でもして再利用するとして。


そろそろストックが尽きてきてるので、このままどこまで毎日更新ができるのかわかりませんが、しばらくは勢いに任せていっちゃってみようと思います。


ある程度区切りつかないと他のものに手を出せませんし。


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