一三・王女とドゥガとアクィラと
本日のキーワード:越後の縮緬問屋?
2012/01/13:サブタイトル修正:表現を微調整:段落の修正
2012/01/23:誤字修正・ご指摘ありがとうございました
高まる緊張を完全に無視し、光玉の明かりの元その場に現れたのは、二〇代半ばくらいの長身の男だった。
細身ではあるがしなやかさを感じさせる足取りと、その身に纏う純白の竜革の鎧がひときわ洗練された印象を見る者に与えている。
その整った容貌に柔和な笑みを乗せ、それとは逆に妙な迫力をまとうその男は、まるで舞台に上がった俳優のようにやや芝居がかった態度で一度、ぐるりと辺りを見回し、それから仰々しく一礼し、口上を述べはじめた。
「この中にもご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、不当な身柄略取、法的手続きに乗っ取らない人身売買。領内維持の放棄その他の罪状によりカレント男爵は所領の維持に関して甚だ適正に欠ける疑いがある。そう判断されました」
誰がそれを判断したのか。そこは伏せたまま男は言葉を続ける。
「まあ一応冤罪の可能性もあるので、男爵の身柄は一時拘束ののち、王都へ護送。その後査問を受けられることになっています」
――……それはもう釈明させる気なんかないんじゃないのか?
身体の震えはまだ収まっていないが、少女は男の口上に思いきり突っ込みを入れる。が、無論その言葉が表に出ることはないので男の口上はそのまま続くことになる。
「それに伴い一時的ですが、カレント男爵領における一切の“貴族の義務と権利”が停止されることになりました。なお、男爵の処分が決定するまでの間この地の管理はヴォーゲン伯爵家に一任されることになりました」
が、私の口から述べただけでは皆さん納得されないでしょうから。
男はそう言うと懐から“符”を三枚取り出し、口訣を唱える
「『接続』『同調』『投影』」
『……ん?どうしたガーティ。何か問題でも発生したか?』
直後、何もなかった空間に一人の人物の像が結ばれ、その姿が現れた瞬間周囲に動揺した気配が広がり、その場にいた兵士たちは武器を放り出し次々と跪いていく。
そこに現れたのは一人の女性だった。
蜂蜜色の髪を後ろで無造作に束ね、軍服のような固い印象を与える服をまとった硬質な印象を与える女性。二〇歳くらいに見えるその整った容貌の女性は、特徴的な大きな耳をぴくぴくさせつつ、こちらに視線を向けないまま手元の書類の束に注視している。
――俺と同じ……?
少女はその女性の耳を見て、自分の耳をそっと抑えた。自分のそれの方が大きくはあるが、女性が自分の同族であることを示す大きな耳。
「いえ、殿下。まあ私から説明をするよりも殿下御自ら命令をして頂いた方が面倒が少ないと判断しまして」
『相変わらず無精なやつめ。そこを上手くやるのがその方の仕事であろう?』
「厳密には私は殿下の命令系統には属してないんですけどね……一応今回の名目は監査官の護衛というだけですし。まあ、あとは珍しい人物を見つけましたので、殿下にお目にかけておこうかと」
『ほう?』
その言葉でようやく書類の束から顔を上げた女性は正面……といった表現が当てはまるのかはわからないが、正面にいたドゥガを見て綺麗に整った、女性にしてはやや太い眉をはねさせ、ついで少女の方を見て……今度ははっきりと驚愕の表情を浮かべる、
が、すぐにその表情を隠してため息を一つついた。
『クロッサン王国第二王女ガレリア=アッシュ=エル=クロサーヌである。が、別に私の名はどうでもいい。今回の件に関しては徴税室室長として動いているからな。で、現在の状況であるが男爵は本日只今から査問を待つ身となり、同時にその権利の一切は凍結される。男爵に雇用されている者に対しては、追って沙汰があるまで自宅もしくは自室で待機。ああ、男爵の処分が決まるまでの給金は保証してやるからとっとと帰って寝ろ。以上だ』
――……ぶっちゃけすぎだろ後半
最初はそれなりに体裁に則った台詞だったモノが後半はぶち壊しになっている点に、少女は再び突っ込みを入れたが、なんだか周りの人間は気にしていない。
ともかく『給金の保証』の言葉が効いたのか、『第二王女』の言葉が効いたのか……実際のところは『王国の金庫番』『守銭奴』とそこに纏わる、一般国民にまで伝わっている逸話の数々が効いたのだが……兵士たちはまるで祟り神にでも出くわしたかのように蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。
その光景にもう一度嘆息して見せると、王女はドゥガに視線を向ける。その前にちらりと少女の方に視線を走らせたのは……
――気のせい気のせい……
妙に威圧のこもったその視線に、少女は気が付かないことにした。
『……さて、珍しい所でお会いしたものですな我が師よ』
「その呼び方はよせと言っていたはずだ」
女性は親愛の情と嫌味を含んだ声で。ドゥガはうんざりした声で最初の言葉を交わしてみせる。
ドゥガの傍らというか未だ脚に引っ付いたままの少女はその言葉のやり取りから、女性とドゥガの関係について頭を巡らせたが……結論。情報不足。
――なんか、話してる内容からするとこの国のお姫様らしいんだけれど……
少女のイメージするお姫様とか王女様という単語と、目の前で不敵……というよりもふてぶてしい笑顔を浮かべる女性がまったく一致しない。
王女様とはドレスを着て、優しくてはかなげな美人……そういったありふれたイメージしかもっていなかった少女にとって、目の前に投影されている女性はなんというか軍人のような感じである。
――でも、軍人?ともなんか違うとい……あ
不意に少女の頭に一人の人物が思い浮かんだ。
それは、自分が働いていた会社の経理課長の女性。冷たい印象を与える美人で、金の扱いは慎重かつ几帳面。が、それ以外に関してはやたらに男前な性格だった『影の社長』
あの女性に、さらに威厳みたいなものをブレンドすると目の前の王女のようになりそうである。
――に、してもドゥガが師匠?
あの短いやり取りだけで、様々な疑問が浮かんでくる。今まであまり気にしていなかったが……ドゥガは一体どのような男なのか?
――それにあの耳……
ドゥガの過去とか正体とかも気になるが、初めて見た自分以外の“妖精種”それが王女様らしいというのだからなんだか落ち着かない。人間のそれには見えない耳を持つあの女性が王女?ドゥガから少しばかり聞いた話では、この国を治める王族は人間のはずであるのに。
『何を考えているかはよくわかるが、その問いには直接会うた時にお答えしよう。妖精種の姫よ』
さらりと落とされる爆弾のような言葉に、少女は思わず目を見開いた。その視線の先にいる王女は、偉そうな雰囲気を漂わせたままにやにや笑いを浮かべている。まあ、実際偉いのは間違いないのだが。
――……はい?
「……この娘がエルメ=ナンド第一氏族の血統だというのか?」
王女の言葉の衝撃から復帰した少女は、何言ってんだといった表情を浮かべ、ドゥガは探るような厳しい視線を王女に向け、傍観者に徹していた男が何がおかしかったのか吹き出し、慌てて表情を取り繕う。
『ま、便宜上そう呼ばれているだけだ。血統的には何の関係もないであろうよ』
「……意味が分からんのだが」
『我が師はそこの辺りの事情を知る前に出奔されたからの。あと半年も我慢すれば耳に入れることもあったろうに』
そう言って王女は軽く唇を尖らせる。
『ま、それ故先程「直接会うた時に応える」と申したであろう?我が師よ、まだ耄碌するには若すぎるぞ?』
「その呼び方をやめろ、と言ってるんだガリィ……」
『ようやくその名で呼んでくれたかドゥルガー』
「一応お前は王女なんだからそうそう名で呼ぶこともできんだろう?」
『……さっきからの態度はとても王族に対するものではないと思うのだがな』
まあいい。それが父王がお前に与えた唯一の権利であるのだから。
王女はそう言うと表情を改める。
『古血統の妖精種を国内で保護した場合、あの耳長どもに通達し、面会をさせる協定になっている』
「……それはあちらに引き渡すという事か?」
そのドゥガの言葉に少女はピクリと身体を震わせ、ドゥガは労わるようにいつものようにやさしく頭を叩く。
その二人の仕草を見ていた王女は少しばかり不機嫌そうに眉を顰め、言葉を続ける。
『いや、面会場所は王都になる。具体的な場所はその時々だが過去の記録では王族の私邸が使われることが多いらしい。ああ、あちらに行くかどうかは本人の希望が優先される建前になっている』
「建前か……」
『面談の際に古血統に対して“導眠”が使用されたこともある……らしいのでな。協定は守るが、大人しく従う気もないといったところか。ま、詳しい話はまた後ほどにな。ああそうだ……娘よ、名を伺っておこうか?』
「アクィラだ」
『……なぜ我が師が答えるのだ?』
「そう呼ぶなと……声を失っているんだ。仕方あるまい」
『む……それは本当か?……いや、虚偽を申す理由もないか……済まなんだな……』
頭を下げる王女に対して少女は頭を横に振って応え、ぎこちなくも微笑んでみせる。
その表情を受け、ほっとした様子を見せる王女のその姿は演技なのか、それとも生来のものであるのか。
「殿下。そろそろ符の効果が切れる時間ですが」
にやにやとした笑いを浮かべながら黒子に徹する演技をしている男が、一応自分の職分を忘れていないことを主張するように、言葉を漏らす。
『……左様か。肝心なことの方は話せなかったが仕方ない……ま、私から話すことでもない故ドゥルガー、事情はお主の弟と従妹から聞くがよい。それと……』
王女は一度言葉を切ると、しばし何かを躊躇うかのように瞳を揺らしてから視線を戻す。
『お主の息災な姿が見られたことを嬉しく思う。それと……だ。その、いくら美しくてもだな。その娘……そのような幼い娘に手を出すのはまかりならんからな?そんなことをしたら地の果てまでもお主の事を……』
言葉の途中で投影されていた、顔を真っ赤にさせ、なんだか涙ぐんでいる王女の映像がフツリと消え去る。
残されたのは何とも言えない、非常に気まずい空気ばかり。
「……何を口走ってるんだあいつは……」
ドゥガはそう呟き、少女は肩をすくめて首を振る。
――深く考えるといろいろへこみそうです……
というのが少女の抱いた感想だった。
そして残されたあの男は……今にも膝をつきそうな勢いで爆笑していた。
このお話には突込みが足りない!
というか突っ込みは入れてるのほとんどアクィラのみなんで、ボケが止まらないというか。
まあ適切な突っ込み役は……出るのかな?
とりあえず少しずつ新キャラ入れつつ風呂敷を広げつつ、畳める所は畳んでいく感じになりそうです。
ドゥガと王女の過去は、そのうち……書くのか?
魔法というか符の使用法に関してはおいおい説明が入るかと……多分




