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この空の下、大地の上で  作者: 架音
一章・古血統の少女
13/59

一二・罠に落ちたモノ

2012/01/13:サブタイトル修正

2012/01/23:誤字脱字修正:ご指摘ありがとうございます

「なぜあの場所が襲撃を受けている!」


 目の前でわめいている神経質そうな痩せぎすの男を見ながら、この東の国境とは正反対の都市ベルゲンスタインに本店を構える大店ベックドーラ商会の幹部である五人の番頭の一人、マレイドはその怜悧な眼差しを柔和な笑みで隠して、どうしたものかと考えている。


 ここ、カレント男爵領の領主であるウェイラード=カレントとマレイドがいるのはドゥガたちが闘っている森からさらに南に五〇カーディほど離れた場所にある、カレント家の所有する四阿である。

 男爵家が狩猟をおこなう際に休息を取るために作られたそれは小さいながらなかなかの趣があり、近くには水場もしつらえてある。


 その四阿の中、天井付近に灯されたランプの光の下、男爵は苛立たしげに忙しなく歩き回り、腰を下ろしたマレイドが眺めているという構図だ。


 最初にこの男……当時はカレント男爵家の総領息子だった……と関わりを持ったのは、ただの偶然だった。


 きっかけは別に珍しいことではない。


 商会が運営している賭場に出入りしていた客がこの男で、その賭場の運営を任されていたのが自分だっただけだ。

 客と、厳密には違うが経営者の関係であった二人が深く関わるようになったのも、然程珍しい話ではない。

 クロッサン王国がいまだ大陸南方に存在する群雄の中の一国だった頃。

 その当時の首都であったベルゲンスタインは、その歴史の深さから様々な知識も各所に集積されており、現在では学術と技芸の都市として存立している。そんなベルゲンスタインに遊学に来た男は、”学術”ではなく”技芸”……要するに賭博にはまり、身を持ち崩した。


 本当に珍しい話ではない。


 借金で首が回らなくなった男が、実の両親に勘当されそうになり、逆に両親を謀殺しカレント男爵家御当主様になるという結末を得るまでは。


 狂気を孕んだ目で、密かに自分との面会を現男爵様が求めてきた当時を思い出し、マレイドは微笑みながら心の中で苦笑する。


 両親を排除し自分が男爵になるための決意はしたが、計画する能力も実行する気概も持たなかった男のために、すべてを御膳立てし……念のため発覚した場合自分の名前が出ないような準備は入念に行い……男爵に仕立て上げた。


 それから二年と少しかけ、複数の商会や小店、時には貴族の名前を使い少しずつ男爵領の土地を収得しつつ、ついでのように目立たないように領民の一部を奴隷として吸い上げる。


 ここまで大胆に動けたのは、男爵領が東の国境に接しており、奴隷を国外へ運び出しやすいこと。直接接する貴族の領地はなく、辺境であるせいで管理が甘くなっている直轄領が周りを囲っているという、少し特殊な環境のお蔭もある。


 が、さすがにこれだけ大きく動いたので、そろそろ何らかの査察が入るかもしれない。


 その為、その最後の仕上げとして、この村の村長の息子……こちらは商才のなさで事業に失敗した愚か者だが……が、偶々手駒の中にいたのでこれで手仕舞いにするために今回の絵を描いたのである。

 発案者は一応男爵ではあるが、無論そうなるように仕向けたのはマレイドであり、今あの傭兵とやりあっている兵以外の手駒はすべて商会の息がかかったものになっている。

 

 すべてはあの傭兵と、その傭兵が所属していたと思われる賊、そして男爵様が行ったことにして後腐れなくベルゲンスタインに帰る。


 そのためにも男爵様にはもうしばらくここにいていただかなくてはいけない。


「いやいや、いくらあの男が手練れとは言いましても、男爵様の手兵の手から逃れられるとは思いませぬ。ここは下手に動かない方がよろしいかと」

「しかしだな」

「応戦に回した兵どもも、どうせ始末する予定だったのですから。その手間をあの傭兵が省いてくださっていると思えば気にもなりますまい」

「……うむ」

「そしてむしろこの場で死んでしまえば凶悪な盗賊団に対しひるまず闘ったという名誉が与えられることになるのです。これ以上喜ばしいことはないでしょう?」


 何しろ与えるモノが名誉だけならば自分の懐が痛まない、というのが実にすばらしい。


「……」

「準備が整うまで、あと精霊が一回りするほどもかかりますまい。準備が整えばもうこの地へは戻れませぬが、なに、男爵様は私どもが責任を持って送り届けます故心安らかにしていて下さればよろしいかと」

「……わかった。よろしく計らってくれ」

「あ、エリアスタとミュールングへの街道なら封鎖したから、逃げるなら他をあたった方がよろしいですよ?」


 不意に自分たちの会話に加わった声に、マレイドと男爵はびくりと身体を震わせる。


「ちなみに伯爵領方面も塞がっています。というかまあ、全部露見しちゃってるんですけどね。裏付けもばっちりです」


 朗らかとしか表現しようがない軽やかな女の声が再び響き、不意に光玉の強い光が当たりを照らし出す。


 そこに立っていたのは村娘の格好をした一人の女だった。少しきつめの瞳と整った顔に柔和な微笑みを浮かべる、見たところ二〇くらいの鮮やかな赤い髪の女は、それだけが不自然極まりない武骨な剣を地面に立て、柄頭に両手を据えた姿勢で二人の事をにこやかに見据えている。


「いやー大変でしたよー。二ヶ月前に手仕舞いされてたら、ここまで届きませんでした。やっぱりあれですよねー。商売人は引き際が大事ってことですよね?」


 まるで何かの冗談のように少女はそう言うと、一人で勝手に頷いて見せる。


「あ、申し遅れました。私王国徴税室物流監査部特別監査官のディー=フィン=ヴォイドと申します。短いお付き合いになりますかと思いますが、よろしくお願いしますね?」


 村娘の格好で優雅に一礼する女に、マレイドは絶望の表情を浮かべ、引き際を誤った自分の判断に罵倒を並べ立てた。


 徴税室物流監査部……徴税室の一部所のような名前が付いているが、ある程度の規模の商会ならば彼等がどういった権限を持ち、何を行っているか知悉している。


 曰く金銭の猟犬。


 国内国外の怪しげな金の流れを調査し、裏付けを取り、場合によっては実力行使さえ行う王室の見えざる金庫番。


「徴税室だと!?ここはカレント男爵領の中だ、徴税役人風情が自由に動き回る許可など与えていない!」


 突然現れた少女に男爵は吠え立て、マレイドは噛みつきそうな表情で男爵を見やり、女は珍妙な生き物を見た時のような表情で男を眺める。

 確かに普通の徴税官相手ならばその弁は通用するだろう。

 が、特別監査官は貴族領における自治権を超越する。

 二〇年前に、どういった詐術を用いたのかその他さまざまな付帯事項まで丸ごと有力貴族の目をすり抜け、国法として施行されてしまっている。


「とっとと帰って上司に伝えろ!ここは私領であり、国の監察が入る権限はないはずだ!」

「……あ~……まさかと思いますけど、本気で言ってますよね?」

「馬鹿にしているのか貴様!」

「いやまあ……貴族なら国の法くらいは覚えておきましょうよ?そりゃうちの仕事はめちゃくちゃ地味ですけど……認可された賭場だけで我慢できずに、違法賭博場に入り浸る暇はあったんでしょう?」


 もう少し真面目に勉学に励んどいたほうがよろしかったですよねー?


 女はそれだけ言うと、にっこりと微笑み二人に最後通告を告げた。


「一応生きてると私の査定も上がるんで嬉しいですけど、生死は問わずで室長の第二王女殿下から捕縛許可が出てますんで、抵抗したらバッサリですよー?あ、一応弁明の機会は与えられるんで期待してくださいね?」


 その言葉が終わった直後闇の中から響いてくる音は……馬よりも軽快だが重厚な……角竜の足音か。


 どこぞの騎士団まで投入されているのか……


 女の正体を知るマレイドはその場で膝をついた。願わくばこの、いまだ状況も判らないまま喚き続ける愚かな男爵が無駄な抵抗をし、それに自分が巻き込まれることがないように祈りながら。



         ◇      ◇      ◇      ◇      ◇



 ――糞っクソックソッ!!!


 晶は優男の腕の中でもがこうとするが、自分の身体だというのに上手く動いてくれない。

 確かに今の非力な体では、この細身の男の腕すら振りほどけないだろう。しかしほとんど動けないというのもあり得ない。


 だというのに動けないのは明らかに、先ほど襲われた時の恐怖が自分の中のどこか深い所を壊してしまったからだろう。


 ――結局……俺……足手まといになってる……


 悔しくて、情けなくて涙が溢れてくる。


 すんなりドゥガのもとにたどり着けるとは、少女自身かなり難しいだろうことは覚悟していた。

 しかし、これほどあっさり捕えられるとは少女も思っていなかった。


 ――こいつが……視界に入っただけで……


 少女の身体はそれだけで恐怖に囚われ、ドゥガのために持ってきたはずの剣を落としてしまい、その音のせいで優男に捕まり今、ドゥガに対する人質として使われている。


 どうしてそうなってしまったのか、少女にはもう理由が自分でもわかっている。


 男が恐ろしいのだ。男という生き物が。


 先刻襲われた恐怖が、自分のことを強烈に縛っている。理由はわかっているのに、こんな事じゃまずいと思っているのに……本当の自分は男だというのに……


 男が怖い。傍にいるだけで体が硬直し、吐き気を催すくらいに。


「傭兵ドゥガ、出てきなさい。さもなくばこの妖精種の命を……と言いたいところですが、とりあえず片目くらいは潰しますよ?」


 男の声に、森の中から反応はない。


 見捨てられたのかと、一瞬少女は思った。が、少女は首を振り、その考えを否定する。


 他の男の事は知らない。男だった頃の自分ですら信用できない。しかしこの三日間一緒に行動したあの優しい大男なら……信用できる。


 そのあとどうするかは判らないが、少なくともこの優男からは助けてくれる。


 ――……うん


 闇の中から少女は一瞬、ドゥガの気遣うような視線を感じる。

 それは錯覚なのかもしれない。

 が、少女はその感覚を信じた。あの男が何かをする。その時に自分がすることは……


 ――今だけは震える体を抑え、今だけは気力を振り絞らないと……


 少女は僅かに俯き、優男の足元を見る。男が履いているのはドゥガのようなしっかりした作りの革製のブーツではなく、指先がむき出しのサンダル。


 ――ちょうどいい……これなら……


 狙うのはそこから顔を見せている小指、その一本だけ。


 小さく少女が頷いたのをどこかで確認したのか、それと同時に少女と優男の真横から飛来する真っ白い何か。


「ひっ!?」


 情けない声を上げ、体をのけぞらせる優男に対して、勇気を振り絞り無理やり嘲笑を浮かべ……軸足になっている男の左足の小指を思い切り、踵で踏みつける。


「ぎっ!?」


 いくら少女のものとはいえ、その全身全霊を込めた踏み付けに思わず優男は拘束していた腕を離し


「こっ……まてっ……!」


 少女は転がるように優男の元から離れる。それと入れ替わるように飛び出してきたドゥガは男の手の中にある剣など、まるでそこに存在しない物かのように完全に無視して剛腕を振るい、男の顔面をとらえ、その勢いのまま地面に叩きつける。


 ――人間て弾むんだなぁ……


 殴られ、顔面を潰された優男の身体が地面で大きく跳ねる光景を見て、こんな時だというのになんともとぼけたことを考えてしまう少女。


しかしドゥガと合流できたことは幸いだが、事態はむしろ悪化している。

 

 一連の流れで流石に周囲に散っていた兵も集まり、ドゥガと少女の頭上に再び光玉が浮かび上がり、其処此処から弓を引き絞る小さな音が漏れ聞こえてくる。


「これは……まずいか……」


 ドゥガはそう言うと少女を見下ろし、少女は未だ止まらない涙を流しながら首を横に振る。


「……すまんな」


 何に対して謝るのか。ドゥガがその言葉を口にし、少女は男の足にしがみつく。

 そのまま場の緊張は高まり続け、ついに破れるかと思われた直前。


「はいはい皆さんもう夜遊びの時間は終わりですよ?」


 何とも気の抜けた男の声が夜の森に響いた。


恒例単位表


100ロイ=1カーディ=280メートル

100カーディ=1ミル=2.8キロ


ついにサブキャラらしいサブキャラが出ました。

徴税官です。

もっとわかりやすい組織名にしようかとも思ったんですが、個人的に好きなもんで。

秘密の徴税官とか秘密の国勢調査員とか秘密の出納係とか。

国勢調査員は秘密でも何でもないですし秘密の出納係とか横領とかやりそうですが。

そしてやっぱり最後まで名前出ませんでした村長。

ふへへ……優男で押し切ったぜ……


で、結局戦闘中に直接使用された魔法が光玉だけって……



*ご意見ご感想お待ちしてます~


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